第331話
【梨世視点】
これは何……?
白い空間……?
目の前が真っ白に染まる中で、私の目の前に複数の人影が浮かび上がる。
浮かび上がったのは、小さな赤ん坊と小さな女の子に、それにあれは……若い頃のお母さん?
だとしたら、あの小さな女の子はお姉ちゃんだろうか?
そして、赤ん坊が私?
…………。
というか、お母さん、若いなっ!?
思わず二度見してしまうぐらいには若々しい。
「お母さんの嘘つき……」
子供になったお姉ちゃんが目を真っ赤に腫らしながら、お母さんを謗る。
……え?
正直、泣いているお姉ちゃんなんて初めて見たから動揺してしまった。
お姉ちゃんが悔しそうに続ける。
「今日はみんなで動物園に行くって言ったのに……」
「仕方ないでしょ? 梨世が熱を出しちゃったんだから。それとも、真咲はお父さんと一緒に行ってくる?」
「お母さんも一緒じゃないと嫌!」
「だったら、今度また行きましょう? 梨世も一緒に、ね?」
「…………」
お姉ちゃんは否定することも、肯定することもなく、苦しそうに横たわる赤ん坊の私を睨みつける。
「そこは、私の居場所だったのに……」
「真咲……」
「みんな、梨世、梨世って……」
「ねぇ、真咲。言ったでしょう。梨世は生まれつき体が弱いんだから、優しくしてあげなきゃ駄目だって」
「…………」
「真咲も、もうお姉ちゃんなんだから、あんまりワガママ言わないの。いい?」
「…………」
「お返事」
「……はい」
目を腫らしたお姉ちゃんは目元を袖で擦りながらもしっかりと頷き、そして、人影がすっと消えていく――。
これは、何?
私の記憶にはない記憶だけど……。
でも、多分、実際にあった事なんだろうと思わせるぐらいにはリアルな会話だった。
背景が全て白くなければ、それこそホームビデオの光景かと勘違いしたぐらいだ。
けれど、私の記憶の中には、今の光景は存在しない。
だったら、今見たあの光景は何?
私の記憶じゃないとすれば……。
まさか、お姉ちゃんの記憶……?
私が考えている間に、フッとまた目の前に複数の人影が現れる。
それは、小学生ぐらいになったお姉ちゃんと、まだ若いお母さんの姿だ。
お姉ちゃんがランドセルを背負っているところを見ると、学校から帰ってきたところなんだろうか?
お姉ちゃんが足取りも軽く、お母さんに近づいていく。
「ただいま、お母さん! あのね、今日返ってきた算数のテスト百点だった!」
「あら、凄いわねぇ! 真咲は本当によくできた子だわ!」
「えへへ……」
ちょっとだけ嬉しそうなお姉ちゃんの背後に新たな人影が現れて、そして、お姉ちゃんとお母さんの会話を邪魔するように、お母さんに抱きつく。
それは、幼い頃の私だ。
「お母さーん! 算数のテストできなかったー!」
「…………」
「あらあら、見せて頂戴。あら、56点じゃない。梨世にしては頑張ったわね」
「でも、お姉ちゃんみたいに百点取りたい!」
「梨世もお姉ちゃんみたいに頑張れば、百点取れるわよ。そうだ。お母さんと間違ったところを復習しましょ! そうすれば、お姉ちゃんみたいに百点取れるかも!」
「あ、私も……」
「お母さん厳しいからヤダー! お姉ちゃんに教わるー!」
「…………」
「ごめんなさいね、真咲? 梨世の勉強見てもらえるかしら? その間にお夕飯の準備をしちゃうから」
「……わかった。梨世、部屋でやろう」
「ヤダ! リビングがいい! リビングでやる!」
「…………。そう。それじゃ、ランドセル置いてくるから待ってて」
「早くね! お姉ちゃん!」
お姉ちゃんが移動する動きを見せると、小さい頃の私の幻影とお母さんの幻影が消える。
そして、お姉ちゃんが一人になったところで――、
「妹には優しくしないと……」
お姉ちゃんは何かを堪えるようにして、そう呟いてから姿を消した。
…………。
なんとなく、この空間がどういうものなのかわかってきた。
これは、多分、お姉ちゃんの記憶。
記憶というか、お姉ちゃんの隠していた気持ち?
どうして、お姉ちゃんの気持ちを私が追体験しているのかはわからない。
けれど、会話すら成り立たなかった先程よりは、ずっとお姉ちゃんの気持ちが理解できる。
理解できるからこそ、私は少しだけキュッと胸が痛んだ。
私が好きだったお姉ちゃんは、多分、私のことが好きじゃなかった。
ワガママ放題の妹――。
だけど、妹は体が弱いから優しくしてあげてと言われて、強くも言えずに、ずっと我慢してきた……。
それこそ、お母さんの言いつけ通りに……。
逆にいえば、それだけ、お姉ちゃんはお母さんのことが好きだったんじゃないの?
それなのに、何も考えていない子供の頃の私は、お姉ちゃんに意地悪をするように、お母さんとお姉ちゃんの時間を邪魔していたとすれば……。
お姉ちゃんの中で、少しずつ不満が溜まっていったことは、想像に容易い。
…………。
次に、私の目の前に映ったのは家族団欒の光景だ。
まだ小学生の私に、お姉ちゃんは中学生ぐらいかな? それに、お母さんとお父さん。
お母さんが少し離れた場所に立っているのは、台所にでも立っているからだろうか。
私たち三人は空気椅子……多分、ソファに座ってテレビでも見ているようだ。
お母さんが、お姉ちゃんに話しかける。
「真咲、今日何か食べたい物ある?」
「え……」
「今日、真咲の誕生日でしょ? 誕生日プレゼントにリクエストがあれば、腕によりをかけて作るわよ」
「それじゃあ……」
「はいはーい! ハンバーグ! ハンバーグが食べたい!」
「梨世には聞いてないでしょ! それに、ハンバーグはこの間、食べたじゃない!」
「あれはチーズインハンバーグだったの! 今日は和風おろしハンバーグが食べたい! ね、お姉ちゃん! ハンバーグでいいよね?」
「…………」
「真咲は違うみたいよ?」
「そんなことないし! お姉ちゃんもハンバーグが食べたいって言ってるもん! ハンバーグ! ハンバーグ!」
「真咲、ごめんね? 今日はハンバーグでいい? ケーキは買ってきてるから……」
「……わかった」
「やったぁ!」
お姉ちゃんはそう言ったけど、その顔はどこか浮かない表情だ。
その時の私は、そんなお姉ちゃんの表情に気づいてなかったけど、お姉ちゃんの中では何か思うところがあったのかもしれない。
いや、お姉ちゃんの誕生日なのに、お姉ちゃんの意見を無視して、自分の意見を押し通す時点で、私がお姉ちゃんにどう思われていたのかは想像に難くない、か……。
また場面が変わる。
今度は高校生ぐらいのお姉ちゃんが制服のまま、小皺の増えたお母さんと話し合っている。
「真咲、悪いんだけど、梨世の勉強見てもらえないかしら?」
「え……」
「あの子、どうしても真咲の通っている高校を受験したいって言ってて、でも、梨世の今の成績だと難しいでしょ? だから……」
「私も来年には大学受験だから、早めに受験勉強始めておきたいんだけど……」
「真咲は来年でしょ? 梨世はもう半年切ってるし……。それに、真咲ならそんなに根を詰めなくても、きっと大丈夫よ。でも、梨世はかなり無謀なことに挑戦しようとしてると思うの。だから、お願い。ね?」
「塾に通わせたら?」
「梨世が真咲に教えて欲しいって言うのよ。お小遣いもはずむからバイトだと思って引き受けてくれない?」
「…………。わかった」
「そう、良かった。それじゃ、よろしくね」
お母さんの姿が消える。
そして、一人残されたお姉ちゃんがゆっくりとその場に座り込み、両手で顔を覆ってしまう。
「いつも、いつも、梨世、梨世……。梨世が病気がちだから……、これ以上、お母さんたちに苦労を掛けさせたくなくて……、一生懸命頑張って、手の掛からない私……、優秀な私でいようって……、努力してきたのに……、誰も……、誰も……」
私の中のお姉ちゃんは顔色ひとつ変えずに、何でもこなすスーパーヒーローだった。
だけど、何の努力もせずに、そんなスーパーヒーローになれるはずがなかったんだ。
私はそんなことも知らずに、お姉ちゃんに知らず知らずの内に負担を強いていたのかもしれない。
体の弱い私という免罪符を盾に、家族は私を中心に機能していて、そこではお姉ちゃんは何でもこなす便利屋という役割があてがわれていた。
だけど、便利に使われてしまったお姉ちゃんを誰かフォローしていただろうか?
お姉ちゃんは誰にも迷惑を掛けたくないと、ずっと、何かをぶち撒けたい気持ちを抑え込みながら過ごしていて、その真意を……恥ずかしながら……私は今更知ることになった。
その時の私は少しでも長く、お姉ちゃんと一緒の時を過ごしたくて、お姉ちゃんに勉強を習えば、きっと同じ高校にも合格できると、勝手に思い込んでいた。
お姉ちゃんに迷惑をかけずに、自分で勉強を頑張ればいいだけだったのに、お姉ちゃんに負担を強いて甘えていた。
その時の私は、それが家族としての助け合い、家族としての美しい在り方だと思っていたけど、その後、お姉ちゃんに何かしてあげただろうか?
病気がちの妹だから、お姉ちゃんが守ってくれるのは当然だから、と私はお姉ちゃんに何も返してこなかったのではないだろうか?
お姉ちゃんをただただ便利なお助けアイテムとして使い捨ててただけ……。
お姉ちゃんに感情があるなんて、当たり前のことなのに、それにすら気づかずにフォローしてこなかった。
「もう限界……、家を出よう……、ここに私の居場所は……」
私も、お父さんもお母さんも……。
誰一人、お姉ちゃんを理解しようとせずに、お姉ちゃんに負担ばかりを強いていたのかもしれない。
お姉ちゃんの言葉の通り、お姉ちゃんは再来年には東京の大学に受かって、家を出ていってしまう。
私は凄く悲しかったけど、お姉ちゃんとしては、多分せいせいしたんじゃないだろうか。
少なくとも、私の記憶にあるお姉ちゃんは泣いてはいなかった。
人影が消えて、やがて現れる――。
今度のお姉ちゃんは、私の知るお姉ちゃんよりも随分と大人っぽい。
大学生、もしくは社会人といったところだろうか。
そんなお姉ちゃんの背後から、目の下に隈ができた女の人がやってくる。
見たことのない人だから、誰だろうと思っていたら、その女の人は躊躇うことなくお姉ちゃんに背後から抱きついた。
不審者だ。
「真咲さぁぁぁん! 助けてぇぇぇ! レポートが終わらないのぉぉぉ!」
「いきなり、後ろから抱きつくな、楠木。危ないだろ」
「そして、いつも通りのクールな態度! ありがとうございますぅぅぅ!」
楠木? どこかで聞いたことがあるような……?
でも、態度でわかる。
多分、お姉ちゃんの友達だろう。
「そもそも、大学四年のこの時期にレポートって何だ? ゼミでの卒研のことか? むしろ、今時分なら就活でどうのこうのという話だろう?」
「うぅん。必修一個終わってないって話」
「はぁ? 見せてみろ。脳内電磁気学Ⅱって、二年時に必修科目だった奴じゃないか! なんで、そんな教科のレポートを今時分やってるんだ!」
「三年の前期、後期でテスト落としたから」
「落とすな! 死ぬ気で受かれ!」
「教授と掛け合って、もう仕方ないからレポート提出で合格にしてやるって言われたんだけど、ボク一人じゃ厳しいから同じゼミ仲間として手伝って〜!」
「図書館行け。私は忙しい」
「図書館に行ったら、必要な資料が貸し出し中だったんだよ! 真咲さんはボクに過去に提出したレポートを見せてくれるだけでいいからさぁ! このままじゃ、折角、内定が決まったのに落ちちゃう!」
「内定が……決まった?」
お姉ちゃんの動きが止まる。
「私ですら、まだ二次面接に三社受かって、最終面接待ちなのに、か……?」
「やんわりとマウント取るのやめて?」
お姉ちゃんに抱きついていた腕を離し、楠木さんが少し乱れた着衣と髪型を直してから続ける。
「その会社、ウチの大学の学閥が幅を効かせてるから、割と一芸に秀でてたり、それなりに無難な人材でウチの大学の卒業生なら誰でも内定出るって噂だよ?」
「そんないい加減な会社で大丈夫か?」
「ウチの大学自体優秀だし、会社側で伸ばす方針なんじゃない? それに、会社自体が結構イケイケで今は人が欲しいのかも」
「そんな会社があるのか」
「株式会社ユグドラシルっていうんだけど」
「ユグドラシル? あぁ、ユーフォニア戦記を出してるゲーム会社か。お前に無理やりやらされたゲームにしては面白かった奴だな」
「そうそう、あそこの会社。あそこの会社の成り立ち自体が、ウチの大学のゲームサークルが元らしくって、その縁でウチの大学から大勢採用してるみたいなんだよねー」
「それは知らなかった」
「ゲーム業界も没入感強めのVR機器がリリースされてから、景気が鰻登りじゃん? だから、ちょっと頑張ってお金稼ごうかなと思って、やる気と絵が描けることを前面にアピールして面接受けたら内定もらった感じなんだよ」
「そういえば、楠木は絵が上手かったな」
「へっへっへー、これでも壁サークル常連なんでね! そうだ。どうせだったら真咲さんも、その会社受けてみる? 滑り止め程度だとしても、内定あるとないとじゃ、心の余裕が違うでしょ! どう?」
「そうだな……」
お姉ちゃんは、少しだけ考えた後で……。
「そこで、私の居場所が見つかればいいんだがな……」
「居場所? なにそれ、哲学?」
「そんなようなものだ」
そう言うお姉ちゃんの寂しそうな顔を最後に、また人影の姿が変わる――。
今度のお姉ちゃんは、化粧っ気のない私服姿のお姉ちゃんだった。
いつも通り、感情の起伏の少なさそうな表情を浮かべているけど、その目の下に大きな隈ができているということは、寝不足なのだろう。
ちょっと先程見たお姉ちゃんよりも、ゲッソリしてる気がする。
「真咲さんー! これ見た!? 酷くない!?」
「来たな、楠木……。お前さんの所のCGクリエイターチームの進捗がひと月も遅れてるのはどういうことだ? 仕事しないで遊んでるんじゃないだろうな?」
「そこは、細部にまで拘った結果というか……?」
「その結果のせいで、木ひとつに容量取り過ぎて、動作がクソ重いって報告があがってきてるんだが?」
「そこは、プログラマーの方で何とかするように言ってよー。もしくは、技術がボクたちの拘りに追いついて」
「CG班がテクスチャーを使い過ぎてるからどうにかしろ! と、日野さんからは怒りの報告があがってるんだが?」
「えー、あー……。いや、そんなことよりも、コレよ、コレ! 見た? 真咲さん?」
「そんなことって……。なんだ? 今週号のゲーム雑誌か?」
「見て、見て、真咲さんの名前! プフーッ! これは編集部に抗議案件だよね? ササさん通して抗議しに行こうよ!」
楠木さんが広げたゲーム雑誌のページ。
近づいて覗き込むと、そこには『ミヤモトさん(宮本正樹氏)には凄く迷惑をかけたりして――』という表記が載っていた。
どうやら、佐々木幸一へのインタビュー記事での誤植のようだけど……。
それをゲーム雑誌を出した編集部に抗議しようと、楠木さんは息巻いているらしい。
だけど、お姉ちゃんはあまり乗り気じゃないみたい。
楠木さんに連れられるままに歩いて、やがてひとつの部屋の扉を勢いよく開け放つ。
割と広い会議室のような部屋にいたのは、七三分けに眼鏡を掛けた細目の男性――佐々木幸一、その人だった。
彼はモニタに向けていた視線を上げると、突然の闖入者にゆっくりと視線を向ける。
「宮本さんとはよく会うけど、楠木さんがここを訪ねてくるなんて珍しいね」
「ササさん、これ! この記事見ました!?」
「今週号かい? まだ見てないけど、私の写真はカッコよく撮れてたかな? 確か、私のインタビュー記事が載ってたはずだよね?」
「インタビュー記事はそうだけど! ここ! ここのところ! 真咲さんの名前が違う人になってるんです!」
「え? あ、本当だ。これじゃ、真咲くんだね。アハハハ!」
「笑い事じゃないですよ〜!」
「というか、確か、バイトくんでこの漢字を使う宮本正樹くんがいたよね? もしかしたら、記者さんがその辺のバイトくんを捕まえて、宮本さんのフルネームを確認した結果、バイトの宮本くんと勘違いして教えちゃったんじゃない?」
「思いっ切り取材ミスしてるじゃないですか!」
「私が宮本さんの名前を良く出すものだから、把握しとかないとマズイと思ったのかもね。私に直接聞いてくれればよかったのに。それにしても、これは……私的には『インド人を右に』以来のヒットだね!」
「「インド人を右に……?」」
「知らないならいいんだ。そうだ。今日から宮本さんのことは、正樹くんと呼ぼうかな?」
「なんです、それ? パワハラですか? ボク怒りますよ?」
「違う、違う。渾名みたいなもんだよ。正樹くんっていいじゃないか。宮本さんの優秀さが業界に知られると大手からヘッドハンティングされる恐れもあるし、今後も謎のディレクター、宮本正樹路線でいこうよ。あははは!」
「出たよ、ササさんの悪ノリ……。真咲さんも嫌だったら、嫌って言った方がいいよ? ……あれ? 真咲さん?」
「あ、いや……、生まれて始めて渾名付けられたから……、その……」
「嫌かい?」
「いえ、すごく嬉しい、です……」
お姉ちゃんの鉄面皮の表情が崩れて笑顔が現れる。
その笑顔を見ただけでわかってしまった。
お姉ちゃんの求めていた居場所は、ここにあったんだってことが……。
同時に、お姉ちゃんが実家に帰らない理由もわかってしまった。
お姉ちゃんにとっては、このユグドラシルという会社こそが、むしろ実家として、家族として、かけがえのないものとして、機能していたのだろう。
だから、わざわざ実家に帰る必要がなかったんだ。
私が王様であり続ける暮らし難い世界になんて、帰りたくなかった――多分、そういうことなんだろう。
お姉ちゃんの笑顔がホワイトアウトして、また人影が入れ替わる――。
今度は目の下の隈が酷く、顔色の悪いお姉ちゃんと楠木さんが二人で一緒に歩いている場面だ。
一体、何があったのかはわからないけど、鬼気迫る様相が伝わってくる。
そんな二人の内、最初に口を開いたのは楠木さんだ。剣呑な視線で、お姉ちゃんを見つめる。
「どう思った、真咲さん? ササさんのデスゲームの話?」
「…………。正直、ササさんの語る理想や、デスゲームについては良くわからなかった。そもそも、そんなことを考えたこともなかったから、どうと言われても……」
「まぁ、正直、ボクもLIAの開発に思い入れはあるけど、そこで心中するっていうのはちょっと違うかなーっと思ったんだよねー……」
「そうか」
「けど、人生百歳時代でしょ? この人生平坦に進んでいって、それで何が残るの? とも思ったんだよね。老衰で死ぬとしても、結局、最後は体があちこち痛くなって死ぬわけじゃない? だったら、現実世界と寸分違わない虚構の世界で好き放題にやって死ぬのもありかなーって」
「好き放題って、何をやる気だ?」
「美味しい物たらふく食べて、宝石にブランド物で着飾ったりして、ボクツエーしたり、逆ハーも作りたいかなー。それだけ、夢を叶えて死ねたら本望でしょ。現実でダラダラ生きてもそんな夢叶えられずに死ぬだけだし」
「楠木はササさんの意見に賛成なんだな……」
「賛成っていうか、死に方の選択肢として、有りかなって。……真咲さんは反対?」
「私は……正直、デスゲームとかはどうでもいい。ただ、折角見つけた私の居場所が失われるのは嫌だ。……だから、ササさんに付き合うと思う」
「まぁ、真咲さんならそう言うだろうとは思ったよ」
「……わかってくれるのか」
「何年、親友してると思ってんのー? そりゃ、何度もデスマーチ乗り越えた仲だよ? わかってるに決まってるじゃん!」
「親友……。親友か……」
「あ、駄目だよ? 今更親友じゃないとか言わないでよ? そんなの言われたら泣くよ?」
「言わない。ただ、その気持ちが嬉しかっただけだ。ありがとう」
「えへへ……」
「だからこそ、楠木も、ササさんも、日野さんも殺させない……。私の居場所は、私自身が守ってみせる……」
■□■
「――はぁっ!? はぁ、はぁ、はぁ……」
目の前の光景が元に戻る。
目の前には、私と同じような格好になりながら、息を荒げるお姉ちゃんの姿が――、
「え? なんだ? 二人して消えて……急に現れた?」
どうやら、関係のないアクセルは今の現象に巻き込まれなかったらしい。
まるで、十キロマラソンをした後のような倦怠感を覚えながらも、私はお姉ちゃんに視線を向ける。
「見たのか……」
私を射殺すような目をして、お姉ちゃんは私にそう聞いた。
きっとお姉ちゃんの方も、私の気持ちが見えたのだろう。
言葉で罵り合うよりも、よっぽど雄弁に私とお姉ちゃんは心を通わしたに違いない。
だからこそ、お姉ちゃんが私を嫌悪するのもわかる。
だけど、それとデスゲームを推し進めるのは別問題だ。
「ならば、私が何故君たちを迎え撃つのかも、わかったんだろうな……」
「佐々木幸一たちを守るため……?」
「理解したのなら私の邪魔をせずに……梨世、大人しく死んでくれ」
「それは……違う」
「なに?」
私の否定の言葉に、お姉ちゃんが呼吸を整えながら、姿勢を正す。
そんなお姉ちゃんを見ながら、私も同じようにして姿勢を正す。
「佐々木幸一たちを助けたいという、お姉ちゃんの気持ちは本物だと思う。だけど、お姉ちゃんは別にデスゲームがやりたいわけじゃないはず……。だって、そうじゃなきゃ、お母さん経由で私に『LIAをやるな』なんてハガキを送るわけがないんだから。だから――」
「あれは、気紛れだ。十年近く経って、お前が私の意見を聞けるような人間になったかを試してみたかったという、ただそれだけのことだ。どのみち、梨世……お前たちがササさんたちを傷つけて、デスゲームを終わらせようとするのであれば容赦はしない……」
お姉ちゃんが両手に銃を取り出す中で、アクセルが無言で前に出て、射線を切ってくれる。
…………。
お姉ちゃんに、ずっと迷惑をかけてきた。
それにすら気づいていない人生だったけど……。
私がお姉ちゃんを好きなのは本当なんだ。
だから、それをお姉ちゃんに気づかせる。
お姉ちゃんが間違ってると、声を大にして言ってやる。
それが、多分、お姉ちゃんの求める居場所を作ることの第一歩だから。
「だから、お姉ちゃんを止める。……ごめん、アクセル、力を貸して」
「わかってる。追い込むぞ」
「うん」
私たちはお姉ちゃんを前にして、全力を以て臨むのであった。
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