第330話
■□■
望まぬことが起きてしまった。
そして、私に残されている時間も少ない。
ヤマモトは私に対して、お姉ちゃんを倒す準備は整っていると告げた。
ヤマモトは存在自体がフザけているようなプレイヤーだが、無意味な嘘はつかない。
想像の斜め上、あるいは斜め下を行くことはあるかもしれないが、根拠のないハッタリを言ったりはしないタイプだ。
だから、多分、このままだとお姉ちゃんに何かが起きる。
それが良いことなのか、悪いことなのかはわからないけど、ヤマモトに目茶苦茶にされる前に、私の言葉で説得できるものであれば説得したい。
何よりも大好きなお姉ちゃんに、これ以上、罪を重ねて欲しくない。
それを思ったからこそ、ヤマモトを出し抜いて、先んじてこの場所までやってきたのだ。
…………。
緊張する。
実の姉妹とはいえ、十年近くも直接会って話してこなかったのだ。
これが現実世界のことであったのなら、私は手汗をかいていたことだろう。
アバターで良かった、とも思う。
「久し振り、だね。お姉ちゃん」
「そうだな」
「え、姉? リアルの……?」
少し後方で慌てるような声が聞こえる。
うん。
アクセルには、この場にいて欲しくはなかったかな。
でも、逆にアクセルが慌ててくれたおかげで、緊張感が和らいだかも。……ありがと。
「お母さんを通してやり取りはしてたけど、こうして直接? 会うのは本当に久し振りだよね。十年ぶりくらいかな」
「それぐらいだろうな」
「だよね。十年近くも会ってこなかった。だから、私はお姉ちゃんがこんな事をしているなんて思いもしなかった」
「…………」
「なんで? なんでデスゲームになんて加担してるの? お姉ちゃんは、とっても優しくて、聡明で、私にとっては憧れの人で……こんな事をする人じゃなかったのに……」
「そうか。お前の中の私はそういう風に見えていたのか」
「違うの?」
「あぁ、そうだな。……全然違う」
ぞわり、と背筋が粟立つ。
何? 今見せたお姉ちゃんの表情は?
あんな顔のお姉ちゃんを私は知らない……。
「やはり、お前は全く私を理解していなかったんだな……」
「お姉ちゃん……」
「それはそうだろ! 理解できるわけなんてない!」
感情が失くなったかのようなお姉ちゃんの表情に気圧されている私を勇気づけるかのように、アクセルが助け舟を出してくれる。
「無関係な人間を大勢巻き込んで、命懸けのゲームを始めるような人間の心理なんてわかるわけもないし! わかりたくもない! アンタら運営のやってることは、そういう鬼畜の所業なんだよ! 人の枠から外れてるんだ!」
「なるほど。普通はそう思われるものか。そうだな、ササさんのために少し誤解を解いておこう」
「誤解? 何が誤解だと言うんだ!」
「佐々木幸一の目的は、別にデスゲームを行うことではないということだ」
「それはログイン初日に聞いた! 俺たちに真剣にゲームを行わせることが目的なんだろ! そして、その手段にデスゲームを選んだ! 違うか!」
「それは正解の半分でしかない」
「正解の、半分……?」
どういうことなの?
私の認識もアクセルと同じだったんだけど……。
他に目的があるというの……?
「勿論、プレイヤーに真剣にゲームを遊んでもらうという意味でデスゲームという手段を選んだことは間違いではない。実際に命懸けでゲームを遊ぶという感覚は、他のゲームによくある、死んだらコンテニューできたり、セーブポイントからやり直せるゲームとは違って、とても刺激的だっただろう?」
「ふざけるなよ! 何度も何度も命の危機にあって、そして何人も看取って……何が刺激的だ! 馬鹿にするな!」
「だけど、そういうギリギリのラインで生き抜いた時に、君は未だかつてない興奮を覚えたはずだ。普通のゲームでは考えられないような……それこそ、現実世界でも覚えられないような中毒性に近いような興奮をね」
「そんなことは……」
「ないと言い切れるか?」
「…………」
身に覚えがない、とは確かに言い切れない。
現実と同じ感覚、同じ痛みがある中で、映画や漫画の中でのスーパーヒーローのような力を使って活躍するのは、単調な戦闘を繰り返して強くなるようなRPGとは一線を画す緊張感があったし、面白さがあった。
ギリギリの戦いで勝利を収めた時には、それこそ言い知れないほどの充足感があったのは事実だ。
壮大な映画を一本見た後に、主人公に感情移入して泣いちゃったり、胸がいっぱいになったり、緊張感のあるシーンの連続で疲れたり……。
そんなことは現実世界でも体験してきたけど、LIAはその感動が画面越しではなく、実体験できてしまう。
それも、寸分違わない現実のような世界で、自分が物語の主人公になったかのように活躍できるのだ。
更には痛みがリアルであることや、デスゲームであることにより、真剣さが他のゲームとは一線を画す。
確かに、そこで得られた感情や経験は重く、貴重なものだと言えることだろう。
それが普通のゲームで得られるものか? と問われると、イエスと言うのは難しいかもしれない。
「その興奮をプレイヤーに与えることが、運営側の目的だと……?」
そのことについては、アクセルも理解していたのか、声の勢いが失われる。
だが、お姉ちゃんはそうではないと頭を振っていた。
「いや、それはデスゲームも悪い面だけではないと告げたかっただけだ。勿論、その辺の恐怖や充足感は私たちも享受させてもらっている」
「アンタたちも……?」
「私たちがこのゲームを始めたのは、君たちに先んじてサービス開始の一日前だ。開発としての知識はあるが、ゲームの開始時期としてはそう大差はない。まぁ、ユニークスキルの内容については、ある程度把握していたから、選択に迷うことはなかったが」
「一日のアドバンテージで知識チートを使いまくって、俺たちとの差を広げたということか……」
「平たく言うとそうだな。だが、知識チートといえば簡単そうに聞こえるが、たった一日のアドバンテージだけで十万人のプレイヤーを圧倒するほど進めるには、相応のリスクを享受することにもなる。それでも、我々はずっとギリギリのラインを攻め続けてきた。しかも、ほとんどソロでだ。ワンミスでリカバリーが効かない状況は、かなりのスリリングだったよ。だからこそ、私たちは君たちと同様に、いや、それ以上に濃い経験をしてきたと声を大にして言える。その上で、デスゲームは悪い面だけではないと断言する」
「アンタらがギリギリを攻めるのは勝手だし、好きにしろよ! けど、それを俺たちに強要するな!」
「何故? 抗わなければ、我々に蹂躙されるだけだぞ?」
「そもそも、抗ったところで、知識チートでズルをして、強くなり続ける奴らに勝てるわけがないだろ!」
「その分、数がいるじゃないか」
「アンタらの知識チートに、人数で対抗しろっていうのか……! 犠牲を出してアンタらを抑え込めと!?」
「むしろ、君たちの人数に対して、私たちは知識チートで対抗しているといったところなんだがな。十万人対四人なのだから、それぐらいのハンデがあってようやく成り立つ勝負だろう」
「勝負が成り立つ!? アンタらはリーゼンクロイツを手中にし、更には竜の軍団まで引き連れてきて、現状でこれだけの差があるのに……まだ勝負になるとでも思ってるのかよ!」
「君たちが今回の侵攻に対して、全く歯が立たなかったのであれば、それは正しい主張だっただろう。だが、実際に君たちはこの場にいる」
「…………」
それは、ほとんどヤマモトの力だ。
アクセルたちだけではどうにもできなかったと思う。
それだけ、運営との間には力の差がある。
だけど、その現状を打ち破ってしまったヤマモトは?
彼女はむしろ、お姉ちゃん以上の存在ということじゃないの……?
「君たちは安全マージンを取り過ぎてるんだ。もっとギリギリを攻めろ。ササさん風に言うなら真剣さが足りないってところだろうな。そして、ササさんを楽しませるために、もっと強くなるといい。まぁ、私にとってはそれは不本意だが……」
「不本意……?」
「話が逸れたな。代わりに、先程の正解の答え合わせをしようか。君たちは、アメリカの歴代大統領の名前を幾つ知っているかな?」
「はぁ? 歴代大統領?」
「梨世はわかるか? 教えただろう?」
「わ、ワシントン、リンカーン、ケネディ、ルーズベルト、レーガン、オバマ……えぇっと……」
「まぁ、有名どころはそんなところか」
「それがどうしたって言うんだ! アメリカの大統領がデスゲームと何の関係がある!」
アクセルの言葉はもっともだ。
これがデスゲームを行うことに何の関係があるというのか。
だが、お姉ちゃんは淡々と告げる。
「アメリカの歴代大統領は、それこそ五十人以上も存在する。だが、歴代大統領の名前を挙げろとなったら、義務教育で教えてもらったものか、何かしらのメディアで取り上げられた存在しか名前が挙がらないだろう? 名前も挙がらない彼らも国を導いた優秀な指導者であっただろうに、今では忘れ去られてしまっている。悲しいことだ」
「それは普通のことだろう! 過去の偉人たちに敬意は払うが、俺たちは過去に生きてるわけじゃない! 今の俺たちに関係ない全てまでは把握し切れない!」
「そうだ。それは正しい」
私にはお姉ちゃんが何が言いたいのかわからない。
だけど、お姉ちゃんは私たちの様子など無視して続ける。
「そして、それはゲームも同じだ」
「は……?」
「えっと……え?」
アメリカ合衆国の大統領とゲームが同じ?
全然わからないんだけど……。
「近年ではゲームの種類も、ユーザーの好みも多様化しており、名作と呼ばれるゲームが出たとしても、ハードの関係やジャンルによって、ゲーム史上最高のタイトルというものが生まれ難くなっている。ササさんはそれを憂慮していた」
「何を言ってるのか理解できない……」
「わかりやすく言えば、ササさんはLIAをゲーム史に残る作品として、プロデュースしたかったのさ」
「だから、言ってる意味が――」
「なんとなくわかったかも……」
「え?」
現状のゲームは確かに多様化していて、昔ほどゲーム市場では大ヒットする作品が生まれなくなっている、と何かの記事で読んだ覚えがある。
そんな中で、LIAは久し振りの社会現象まで巻き起こすような大ヒットゲームになった。
それは、凄いことだ。
だけど、佐々木幸一はそれ以上を望んでいたとしたら……?
「イライザ、どういうことだ?」
「LIAは普通に売っていたら、多分、近年では最高のヒット作として、大きく売れたゲームになったんだと思う。けど、佐々木は売り上げとかじゃなくて、ゲーム史に名前を残したかったんじゃないかな? 誰もが語り継ぐような、本人が死んだ後でも後世にまで話題に上るような、そんなゲームを作りたかった……」
「簡単に言うと、そういうことだ。先程、梨世が挙げた大統領の中にジョン・F・ケネディがいたな。彼は僅か三年程の任期しか大統領を務めていなかったにも関わらず、人々の記憶にも歴史にも残り続けているだろう? それは、大統領暗殺という最大のインパクトがあったからこそだ」
ケネディよりも長い任期で、結果を出してきた大統領も数多くいることだろう。
だけど、知名度で言えば、ケネディの方が上になる。
そして、今回のデスゲームを利用することで、LIAも……。
「ゲーム史上、最大の犠牲者を出した最悪のゲーム……その悪評はきっと後世にまで語り継がれ、歴史となる。そして、未来の人々は何故こんな事件が起きたのかと話題にすることだろう。我々の作ったLIAはずっと未来にまで語り継がれていく、そういう伝説のゲームになるということさ」
「それは……それは悪評じゃないか! 自分たちで作ったものが、そんな風に語られて嬉しいって言うのかよ!」
「普通のゲームであるのなら、空前のブームを巻き起こしたのかもしれない。だが、ブームはブームだ。LIAもいずれは飽きられ、後追いの同じようなゲームに食われ、ゲーム史に埋没する良作となってしまう。だが、そこにデスゲームを行ったという冠がつけば、ゲーム史で無視できない問題作となる。そんな後世にまで語り継がれるような作品に携われたことは、普通のクリエイターにはないことだ。ある意味、君たちも、私たちも特別な体験をしているといっても過言ではない」
「狂ってる……」
「お姉ちゃん、このLIAは面白いゲームだよ。ゲームの予約や当選で社会現象が起こるゲームなんて、近年見たこともないし……。その面白さを万人に伝えないで、デスゲームにしちゃうなんて、それがゲームクリエイターのやることなの……?」
「このゲームの面白さは君たちプレイヤーだけが理解してくれれば構わない……とササさんは考えてるようだ。万人にまで広めるつもりはないということだ」
「ふざけるなよ! そんなことのために、大勢の人間を不幸にしてんじゃねぇ!」
「逆だ。大勢の人間を不幸にするから、LIAが歴史に残る」
「そんなのが、デスゲームを始めた理由だっていうなら、俺はアンタらを絶対に許さないからな!」
アクセルの怒りももっともだと思う。
歴史に名前を残すためだけに、多くの人々を犠牲にしていいはずがない。
それに、私にはずっと引っ掛かってることがあった。
「さっきから、ササさん、ササさんって、お姉ちゃんの気持ちはどこにあるの? お姉ちゃんは本当はどう思ってるの? それを聞かせてよ……」
「私の気持ちはササさんと一緒だ」
「だったら、何でそんな……表情が抜け落ちたような顔してるの!? このデスゲームがクリエイターとして誇らしいことなら、もっと高揚した顔になるものでしょ! なんでそんな……」
「…………」
「本当は、こんなデスゲームなんてやりたくなかったんじゃないの?」
「…………。お前と話すことはない」
お姉ちゃんの表情が変わる。
だけど、これは圧倒的な殺意……?
駄目なの? 私じゃ?
説得するどころか、話し合いの場にすら立てないの?
十年近くの年月が私たちの間に大きな溝を作ってしまったということなの?
せめて……。
せめて、お姉ちゃんの気持ちだけでも知ることはできないの?
お姉ちゃんの感情を揺さぶることで、何か説得のキッカケが掴めれば――、
「お姉ちゃんの……」
「…………」
「お姉ちゃんの馬鹿ぁぁぁぁ!」
こんな叫びでお姉ちゃんの心が揺さぶれるとも思わないけど、私にはそう叫ぶしかなかった。
■□■
【
「お姉ちゃんの馬鹿ぁぁぁぁ!」
「…………」
愛花ちゃんに面と向かって切れられてしまった。
▶【バランス】が発動しました。
姉妹喧嘩のバランスを調整します。
――え?
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