第329話
【
積み重なった暗黒の森の木々。
それらを押し潰すようにして着陸しているリーゼンクロイツ。
そこに潜入することを試みて、私と愛花ちゃんは一生懸命、積まれた木々を足場にリーゼンクロイツまで登攀を続けていた。
…………。
というか、飛んで向かったり、愛花ちゃんを抱きかかえて登った方が早くない? とは思うんだけど、愛花ちゃん曰く「目立つ方法で侵入しようとして、見つかりたくない」ということなので、今回はこの方法をチョイスした形だ。
でも、相手も私たちが侵入しようとしてることに多分気づいてると思うんだけどなぁ……。
それでも、愛花ちゃんは先に侵入していったイライザちゃんとアクセルくんが注意を引いてるだろうから、私たちは隠密行動ができてるはず、と考えてるらしい。
というか、本来であれば、足並みを揃えて潜入するか、何かしらの作戦を立てて動くべきだったんだろうけど、それらを全部無視してイライザちゃんが突っ込んじゃったからね。
仕方ないから、愛花ちゃんはそれを逆手に取って行動してるんだと思うよ。多分だけど。
もしくは、無計画に突っ込んで行っちゃったから、密かにキレてるのかもしれないけどね。
「あ」
――ガラララッ!
「――っ!?」
考え事をしながら登っていたせいか、積み重なった木を踏み崩してしまった。
まるで雪崩のように巨大な木々が崩れて、後ろを登攀していた愛花ちゃんを襲う。
私はそんな愛花ちゃんの前まで素早く戻ると、ものすごい勢いで落ちてくる木を丁寧にキャッチしては、脇にポイポイと積み重ねていく。
ポポポポポイ!
カラッ……。
…………。
ふぅ、収まった。
危ない、危ない。
「いや、危なかったねぇ、愛花ちゃん。無事?」
「ここまで酷い自作自演を見たのは久し振りなんだけど……」
「今のは自作自演じゃなくて不可抗力だよ」
「普通は! 枝付きの木は! 雪崩のように崩れたりしないものなの! わかる!?」
つまり、崩した時点で自演が疑われると?
でも、私の場合は物攻がアホみたいに高いから、踏み外しただけでも積まれた木が崩れちゃうんだよね。
つまり――、
「いや、やっぱり不可抗力だよ」
「不可抗力で木の山を崩した人は、あんなに鮮やかに戻ってきて、木の雪崩を処理したりなんかできないからね!?」
足場の悪い木の上でも素早く動けるのは、【バランス】さんのせいであって、自作自演じゃないのに……。
でも、【バランス】さんをいちいち愛花ちゃんに説明するのも面倒なので、ここは素直に謝っておこう。
「じゃあ、わざとやりました。ごめんなさい」
「じゃあって何!? じゃあって!? それにその様子じゃ、全然反省してないわよね!? あ、こら! ちょっと、こっち見なさいよ! あと、肩に担いでる丸太をいい加減下ろせ!」
注文の多い料理店よりも、注文の多い愛花ちゃんを相手に辟易する。
私は割と大雑把なタイプなんだけど、愛花ちゃんは気になるところは、とことんまで詰めてくるタイプだから、割と苦手なんだよね。
そんなに色々と気にしてたら小皺が増えるよ? ……とは思うけど、言わない。
言ったら、殺されるし……。
「丸太引っ張らないでよー。私の相棒なのにー」
「尺八はどうしたの! 尺八は!」
「尺八は楽器だし。武器じゃないし」
「リンム・ランムの森では鈍器として使ってたじゃない! モンスターの頭をアレでぶっ叩いてたでしょ!」
「叩き過ぎたせいで、まともに音が鳴らなくなっちゃって……」
「最初からまともに鳴ってなかったから! プピーとか変な音鳴ってたから!」
そうだっけ?
私的には割と上手く吹けてたと思うんだけど……。
「とにかく、今から敵の本丸に攻め入ろうって時にふざけないでよ! ちゃんと真面目にやって!」
「はぁーい」
「返事は、はいでしょ!」
「はい!」
愛花ちゃんはなんだかんだ真面目に過ぎるよねー。
というか、木の山を登ってる時点で、ちょっと面白映像になってるんだから、今更なのに。
まぁ、ここからだと周囲の光景が見えるから、愛花ちゃんが真剣になるのもわかるけど。
周囲では、未だに多くの人たちが戦ってるし、全然一段落したって感じじゃないもんね。
だから、愛花ちゃんも真剣に臨んでるんだと思うんだけど……。
なんだろうね?
この、ふざけちゃいけないって環境になればなるほど、ちょっとムズムズする感覚は?
いや、わかってるんだよ?
やっちゃいけないってことはわかってるんだけど、こう、真面目な空気を作り出そうとされればされるほど、その空気を壊したいというか……。
悪ふざけして、雰囲気を変えたいというか……。
「とにかく急ぐわよ!」
私に先んじて木の山を登り始めた愛花ちゃんの背中を見ながら、私は担いでいた丸太をゆっくりと頭の上に乗せていく。
そろり、そろり……。
うん、これでどうだろう。
「愛花ちゃん、愛花ちゃん」
「なに、お姉ちゃん?」
「でっかいチョンマゲ」
「…………」
頭の上の丸太をチョンマゲに見立てた高度なギャグなんだけど、愛花ちゃんはピクリとも笑わない。
あれ? 押しが足りないかな?
丸太を少し前方に伸ばして、と。
「長いリーゼント」
パァン!
愛花ちゃんに引っ叩かれたんですけど!?
「真面目にやろうって言った直後に、何その態度……?」
「そ、その、空気を軽くしようと思って……」
あぁ、私の丸太が転がり落ちていく……。
がっくし……。
「全然! 今! 空気を軽くする場面じゃないでしょ! お姉ちゃんってばいつもそう! 人が真面目にやろうとすると、いっつも茶化すじゃん! いつだったかも、お姉ちゃんに恋愛相談した時も真面目に聞いてくれなかったし!」
いや、だって、私、恋愛経験ないし……。
相談されてもアドバイスできないし……。
それでも、妹の手前、恋愛経験ゼロですとか言って失望されたくないし……。
そりゃ話題を無理やりにでも変えようとするでしょ!
「みんなが真面目に体を張って作り上げたチャンスなんだよ? それなのに、ふざけてる場合じゃないでしょ! なんでそういうことするの!」
「ふ、ふざけてるというか、緊迫した空気に耐えられなかっただけだよ……。気負ってばかりじゃ、いざという時に動けないかもしれないじゃない……?」
「お姉ちゃんは緩み過ぎなんだから、もっと緊張感があった方がいいんだよ! 大体、デスゲームの真っ最中に何がでっかいリーゼントよ! 頭悪いんじゃないの!」
「長いリーゼントだよ! 頭悪いのはそうだけど、面と向かって言わなくてもいいじゃない!」
自覚してるからこそ、そこを突かれるとイラッとくるね!
私と愛花ちゃんは、その場で足を止めて言い争いを始めるのであった――。
■□■
【宮本梨世視点】
私はお姉ちゃんが好きだった。
そして、それは今でも変わっていない。
とはいえ、もうお姉ちゃんとは十年近くも会っていない。
お姉ちゃんとの思い出は、私が学生時代のものが主だ。
お姉ちゃんとは、お姉ちゃんが大学入学のために上京した時以来会っていない。
あの時は、お姉ちゃんと別れるのが嫌で、ちょっと泣いてしまったことを覚えている。
それぐらい、お姉ちゃんのことが好きだったのだ。
私も地元の大学に通うようになって、地元の企業に就職することになって、仕事が忙しい、大学が忙しいと言って、実家にいつまで経っても帰省しない、お姉ちゃんの気持ちがちょっとだけわかるようになってきた。
それでも、年末年始ぐらいは実家に顔を出してもいいんじゃないかとは思うし、私のお母さんだけはお姉ちゃんと連絡を取り合ってるらしく、私にも連絡をくれてもいいんじゃないかとも思っている。
私が十年ぶりぐらいに、お姉ちゃんからの連絡を受けたのは、そんな折だ。
連絡といっても、簡素なハガキ一枚だけ。
しかも、実家宛てのハガキで、お母さん経由で私に手渡された。
そこには、ただ一文、『LIAはやるな』と書かれているだけ。
久し振り〜という書き出しも、時候の挨拶も何もなく、たったその一文しか書いてない。
何を思って、そんなハガキを出したんだろう?
けど、内容についてはタイムリーではあった。
私はLIAの初回ロットの抽選に当選していた。
その事を、お姉ちゃんがどうやって知ったのかはわからないけど、その話題をキッカケにお姉ちゃんと話せるかもしれないと思って、電話を掛けてみる。
けど、その電話にお姉ちゃんが出ることはなかった。
忙しいのかな?
私がお姉ちゃんに電話をかけるといつもこんな感じなので、その時はそんなに気にしてはいなかった。
こういう場合、大抵はお母さんを通して、後から私に事情が説明されるのだ。
だから、今回も待っていれば、何故そんなハガキを寄越したのかもわかるだろうと思っていたのである。
そんな感じだったので、私は何故、お姉ちゃんが『LIAをやるな』と警告してきたのか、真面目に考えることはなかった。
やがて、時間が経ち、お姉ちゃんの警告を忘れてしまった頃に、初回ロットのLIAのソフトが届いた。
私はそのソフトを嬉々として起動する。
だけど、ゲームを開始してすぐ、お姉ちゃんの警告を無視したことを後悔するはめになってしまう。
そう、LIAでデスゲームが始まったのだ。
私は本名の梨世をモジッて
そこで、アクセルたちと出会い、このデスゲームでなんとか生き延びようと足掻き始める。
色々な冒険や、様々な出会い、時には裏切りや、予想外の助けがあったりもして、私は厳しいながらもLIAの世界を楽しめていた。
だけど、どうしても心の奥底で引っ掛かる部分があったのは確かだ。
それは、お姉ちゃんが何故LIAがデスゲームになることを知っていたのか、ということである。
疑念の萌芽は、運営の一通のメッセージから一気に開花した。
それは、デスゲーム開始から、ゲーム内体感時間で数ヶ月が過ぎた頃に、プレイヤー全員に届いたものだ。
そこでは、デスゲームに第二陣を投入するという恐るべき内容と共に、デスゲームのゲームクリアの内容について触れたものであった。
確かに、ゲームクリアに関しては気になっていた。
基本、こういうストーリーのないVRMMORPGにはゲームクリアという概念がない。
それこそ、売上が出ている限り、バージョンアップに次ぐバージョンアップで、それこそサ終までは延々とゲームが続いていくのが通例だろう。
だから、どうクリアするのだろうと思っていたのだけど……。
このゲームの生みの親である運営四人を殺せ、というとんでもない条件を突きつけられてしまった。
いや、百歩譲って、十万人をデスゲームに巻き込んだ大量殺人犯たちと割り切ってしまえば、その条件を飲むこともできなくはない。
実際に、アクセルなんかはメッセージを読んだ後で、「覚悟を決めた」とも言っていた。
だけど、私はそのメッセージに書かれていた一人の名前が気になってしまっていた。
私のお姉ちゃんは、
これは偶然の一致なんだろうか?
ただの同音異義の赤の他人?
わからない。
だけど、お姉ちゃんが警告のために送ってくれたハガキのことを考えると、全くの別人と考えることはできずに、私はその時からずっとモヤモヤとした気持ちを抱えていた。
そのモヤモヤが解消されたのは、ドルトムント皇帝陛下の依頼によって、リーゼンクロイツ遺跡のモンスター発生調査を行っていた時のことである。
『私の名はmasaki。君たちをデスゲームに招待した者たちの一人だ。まずはメサイアの諸君には礼を言わせてくれ。邪魔な蟻の排除をしてくれて……、そして、この空中機動要塞リーゼンクロイツの封印を解くまでの時間を稼いでくれて、ありがとう』
それは、お姉ちゃんの声だった。
ショックだった。
一瞬、心臓が凍りつきそうな程の衝撃を覚え、その後はどうにかしてお姉ちゃんのもとに辿り着こうとして、アクセルたちの制止を振り切って、私は一人でリーゼンクロイツに残った。
でも、攻撃力もない回復職がソロで残ったところで、機械人形の大軍を相手に勝てるはずもない。
私はそこで徹底的に抗戦して、そして、最終的には【消去】の副作用の効果で、目玉だけの存在となってリーゼンクロイツの甲板から落下し、海へ着水した。
そこで、褌一丁の変態に助けられ、ヤマモトと出会い――助力を請うたのだ。
私の力だけじゃ、あれ以上先に進むには無理だったし、アクセルたちの力を借りても先に進むことはできなかった。
だから、プレイヤーの中では、頭ひとつ抜けていると噂のあるヤマモトに協力を申し込んだのである。
そして、私の願いは聞き入れられ、またこうして、リーゼンクロイツへと戻ってきた。
「イライザ、手を」
「ありがとう」
アクセルに助けられて、リーゼンクロイツの甲板へと上がる。
まるで大型空母の離発着場のようなそこは、前回辿り着いた時とは違って、閑散とした光景を見せていた。
あの時はうるさいぐらいに金色に光る機械人形がいたというのに、今ではその姿は影も形もない。
砲弾として使い切ったのか、それとも奥の格納庫にまだ未起動の物が沢山収められているのか。
それはわからないけど、私の目当ては機械人形ではない。
私の目当ては――ソコにいた。
甲板に吹く強い風に煽られて外套を翻しながら、男とも女とも言えない中性的な美貌を誇るエルフ族が一人立っている。
全体的な雰囲気は変わっているけど、顔の造形はそこまで変わっていない。
真咲お姉ちゃんだ……。
「ようこそ、この未曾有の事態を乗り越えて辿り着いた勇気あるプレイヤーたち。君たちこそ、勇者というべきなんだろうな。改めて、挨拶しよう。私はmasaki……君たちが倒すべき運営の一人だ」
「お前が……!」
アクセルが気色ばむけど、私はそんなアクセルを押し留めるようにして前に出る。
そして、思いの丈を伝えるようにして吼える!
「なんで、こんなことをしてるの! 真咲お姉ちゃん!」
「梨世か」
私の名前を知っているということは、やはり真咲お姉ちゃんで間違いない……。
願わくば、人違いであって欲しかったのに……。
私は人知れず固く拳を握り締めるのであった。
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