第328話
【呪仙竜コロシオン視点】
我が名はコロシオン。
誰もが恐れる呪いの竜――。
いや、竜だったが正しいのか。
生前の私はそこにいるだけで、周囲に徐々に呪いを振り撒く厄介な存在であった。
そのおかげで他種族には討伐対象に挙げられ、同族にも嫌悪されていたほどだ。
居場所がなかった私は、やがて住んでいた竜の国を飛び出し、植物が獣のように襲ってくる魔境で巣を作ろうとし――そこで、馬鹿強い魔物族の女に襲われ、死んだ。
死んだ生物は土に帰るのが定めだが、私は生前から強い呪いを発する竜であったためか、その遺骸は森に吸収されずに、その場に残り続けた。
何年も、何年も、気が遠くなるような時間放置され、その永い時の中で私の遺骸は魔境中の負の気を吸い取り続けた。
一体どれぐらいの時間が経ったのだろう。
気がついた時、私の体は朽ち果て、その身は骨だけの存在となっていた。
呪いに親和性のある性質を有していたからか。
目を覚ました私は、生前よりも強い呪いの力を周囲に振り撒く存在となっていた。
骨の本体を覆う、
その肉で生前の竜の姿を形成するバケモノと成り果てていたのだ。
正直、今の私が竜なのかはわからない。
ともすれば、アンデッドとも言える存在でありながらも、私の意識は生前と変わらぬクリアな思考を有していた。
私は魔境を脱出する。
私の記憶には、生前に襲ってきた魔物族の女の姿が鮮明に焼き付いていたからだ。
あんな目に遭うのは一度で十分。
私は、あんな危険な場所には居られないとばかりに、その場から逃げ出したのである。
移動したのは竜の国――。
そして、より厄介な存在と化した私を、この国はまた追い出すのだろうと思っていた。
だが、違った。
私は竜の国に住むことを許された。
いや、そもそも私の呪いが強すぎて、その辺の環境にいると生態系が一変してしまうため、竜王エルドラゴからの命令で竜の国の片隅に、私は収監されたのだ。
もちろん、居心地がいいはずもない。
だが、だからといって他に居場所があるわけでもない。
だから、私は甘んじてその生活を受け入れる。
他種族に遠慮せずに、呪いを振り撒いて自由に生きることも考えたが、それを行うと今度は世界の敵となってしまう。
むしろ、生き物の敵か。
その状況になったとしても、私に負ける気などはさらさらなかったが、世界の破滅の日までを孤独に過ごし、忌み嫌われる存在に好き好んでなりたいとも思わなかった。
だから、私は竜の国の王の命令を聞き入れ、竜の国と良好な関係を築き続けていたのだ。
私の安寧のために。
だが――、だがっ!
『グブブブ……、あり得るのか……! こんなことが……!』
私の垂れ流しの呪いの粒子に触れても、形が崩れずに突き進んでこれる存在!
そんな生物が存在したのだ!
視界に入った呪いを邪魔だと言わんばかりに蹴散らす姿は、まるで奇跡でも見ているかのようだ。
こんな生物がいるということを、私は今の今まで知らなかった。
なんということだ。
私は決して生物と相容れない存在などではなかったのだ!
「煙いんだよ、テメェ! いい加減、姿を現しやがれ!」
『世界は広い……! こんなことなら我慢することなんてなかったじゃないかぁ……!』
喜ばしいのと同時に煩わしさも感じる。
それは、私の思い通りに事が運ばないという苛立ち。
『グブブブ……、この程度の呪いでは倒せない生物もいるということかぁ……!』
「さっきからブツブツと……鬱陶しいんだよ! 俺にも分かる言葉を喋れ! 竜語か、コレ!」
『だが、もっと強い呪いを与えれば、流石に君も耐えられないんじゃないか……? なら、これでどうだぁ……?』
「何言ってるかわかんねぇんだよ! というか、煙が濃くなってますます見えねぇ! なんだこれ? 嫌がらせか? ルーメル! この煙を散らせ!」
「フッ、外から先程からやっていますよ。ですが、この煙、ただの煙ではないようです。少々時間が掛かりますよ?」
「時間が掛かってもいい! やってくれ! 多分、コイツは竜というよりも
魔法生物?
馬鹿め。
私は不死生物であることはあっても、魔法生物などではない。
だが、なんだ?
この記憶の底にある引っ掛かりは?
何故か胸がざわめく……。
私は記憶の奥底から答えを得ようとして――、
『君に破壊と再生を与えよう――それじゃ、またやり合おうよ?』
私を殺した女の幻影を思い出して、そこで思考を止める。
『グブブブ……』
――今はこの戦いに集中するのだ。
それこそ、何故蘇ったかなどと考えてはいけない。
私は雑念を振り払い、目の前の相手に全力を尽くすのであった――。
■□■
【青龍ブループ視点】
忌々しい話だが、どうやら俺はこの青二才の龍に速度で負けているらしい。
空中戦で何度かの攻防を繰り返した後、俺は大人しく速度での負けを認めた。
追尾性を有した魔術の炎を紙一重で躱しながら、俺は動きを止める。
「やめだ」
「なんや、ドッグファイトはもう終わりなんか?」
調子に乗った声――いや、相手にもそこまでの余裕はないようだ。
速度勝負では負けたが、こちらも直撃を食らったわけではない。
むしろ、疲弊しているのは、攻撃と防御のために魔法や魔術を連発している向こうの方だろう。
このまま相手がヘバるのを待ってもいいが、それじゃ俺のプライドが許さねぇ。
『認めてやるよ。空中戦ではどうやらお前さんの方に分があるらしい』
「エラい素直やないか」
『事実だからな。だが……ゲバッ、ゲバッ!』
「なんや? 何がおかしいねん?」
『俺の得意は青のフィールドだと言ったよなぁ? つまり、もうひとつの青ではどうかと思ってなぁ? それじゃあ、やろうぜ? 【海流招来】!』
「なん――ゴボッ!?」
次の瞬間、俺を中心に一気に水が溢れ出し、空中に巨大な水球の戦場ができあがる。
それは俺の得意なもうひとつのフィールド。
空中戦などよりも、よっぽど得意な戦場だ。
「ゴボッ、ゴボボ……!?」
未熟な龍が水流に巻き込まれて、木の葉のようにクルクルと舞う姿が見える。
どうやら、空中戦は得意でも水中戦には対応できていないみたいだな?
『ゲバッ、ゲバッ! まさか水中で息もできないのかぁ! その様子じゃあ、水中の高速戦闘は苦手どころの話じゃねぇようだ!』
「ゴボボボッ!」
『無駄だぜぇ? 【風魔法】は浮力は生まれるだろうが、水中で自在に動くには向かねぇ魔法だ。【水魔法】を持ってなかったのが運の尽きだなぁ……!』
俺がそう言ってやると、未熟な龍は水中で口の端を吊り上げて笑い始める。
なんだ……?
危機的状況に頭がおかしくでもなったのか?
『何がおかしい?』
「ボコ、ボココ――……アホか! ……お、やっと【ウォーターブリージング】が掛かったようやな……遅いわ!」
『ほぅ? どうやら初級の【水魔術】は身につけてたみたいだが、それでどうなる? 見たところ、貴様の得意は【火魔法】に【風魔法】、それに【闇魔法】といったところだろう? 水中で呼吸ができる程度の【水魔術】が使えたところで、空中戦よりも水中戦を得意とする俺に勝てる見込みがあるのかぁ?』
「アホか! 【水魔術】を使ったんはワイとちゃうわ! わざわざ眠っとる修羅を呼び起こして……どうなっても知らんからな!」
未熟な龍の視線が下がる。
その視線の先には何もない……いや、何かが近づいてきてる?
「前に聞いたことがあんねん。なんで、頭ひとつ抜けて強いんか? ってな。そしたら、返ってきた答えが『水中だと種族スキルでステータスが三倍になるから』だっちゅう話やった。ヤマちゃんの話やと、ステータスが三倍になるユニークスキルも持ってるっちゅう話やからな。つまり、水中においてはステータスが九倍になるバケモンなんや。そんなんが、狩り場を巡ってのイザコザがないフィールドで、欲望に任せてモンスターを狩りまくっとったら、そりゃ強うなるわっちゅう話や」
『何を言ってる?』
「決まっとるやろ! 水中最強プレイヤーの話や!」
未熟な龍の言葉が終わると同時に、途轍もない早さで迫ってきた物体が俺と未熟な龍の間で静止する。
それは、一人の魔物族の男に見えた。
どんなバケモノが来るかと思えば、こんなちっぽけな存在とは……。
男は水中で止まった上で、俺のことをジロジロと観察し始める。
「牛にビールを飲ませることで、肉に霜降りが増えて美味くなるという話を聞いたことがある。つまり、環境が変われば竜の肉もまた味が変わるのではないか? カニやエビや海藻を主食とすることで、肉に旨味成分が蓄えられてる可能性も……」
? ? ?
コイツは何を言っているんだ……?
竜の肉を食う?
は?
「というわけで、タツ、コイツを俺に譲ってくれ。食ってみたい」
「えぇで。どのみち、水中戦はワイの領分とちゃうしな」
「恩に着る」
『ゲバッ! 竜を食うだと? ……ふざけるなよ! 食うのは俺で! 食われるのは貴様らの方だろうが! ――グバッ!?』
次の瞬間、俺の目の前にいた男の姿が消えた。
そして、腹に何かが突き刺されるとんでもない衝撃。
一瞬、意識が飛びかけて、眼の前が明滅する。
何が……起きた……?
「狩りの時間だ」
なんだ……?
なにか槍のような物が腹に突き刺さっている……?
俺はその痛みから逃れるようにして、身を捻り、そして――。
■□■
【砂神竜セベク視点】
ヌゥーン……。
「これ、全く攻撃が当たってないように感じるんだけど! 大丈夫なの、ミサキちゃん!?」
「私のユニークスキル【弱点看破】には、弱点が高速移動してるように見える。多分、砂嵐の中をモンスターの
ヌゥーン、ヌゥーン……。
ヌッ、ヌッ、ヌッ……!
「それを破壊できれば私たちの勝ちだけど……」
「なんか、やれるものならやってみろって、この砂の竜に笑われた気がするんだけど……。あと、ミサキちゃんはもう少し大きな声で指示を出してくれないかな! 砂嵐の中だと外の音が聞こえにくくて、指示がうまく聞き取れな――」
ヌゥーン!
「ガハッ!?」
「ブレ!」
ヌゥーン! ヌゥーン! ヌゥゥゥン!
……ヌゥーン?
ヌゥーン!?
「あー、死ぬかと思った……」
「巨大な砂の爪で上半身が消し飛ばされたにも関わらず、即座に再生するのは頭おかしい……」
「これは僕の力というよりも、ヤマモトさんに貰って体内に取り込んだ物のおかげだよ」
「なるほど。魔剣フィザニア」
ヌゥーン……?
「僕の種族であるエビルフランケンは、【自動回復(小)】と共に、【魔造生物】という取り込んだアイテムの特性を取得できる種族スキルがあるからね。それで魔剣フィザニアを取り込んだことで、僕は欠片でも肉片が残っていれば死ななくなった。だから、上半身が消し飛ばされたくらいじゃ死なないよ」
「でも、痛いのは痛い」
「そう。だから、この力に頼りたくはないんだけど、この状況じゃ頼らざるを得ないでしょ」
ヌゥーン……。
ヌゥーン、ヌゥーン、ヌゥーン……!
「砂嵐が勢いを増した。ブレ大丈夫?」
「砂粒による連続ダメージが脅威だけど……本当に僕とこの竜との相性がいいね。ダメージ自体が小さいから、自前の物防と【自動回復(小)】の力でほとんどダメージを受けないみたいだ。そして、時折来る大ダメージには魔剣フィザニアで耐えられる。……負ける要素がないよ」
ヌゥーン……!
「でも、勝てる要素もない……」
「それなんだよねー。上手く核を攻撃できないかなー……」
ヌッ、ヌッ、ヌッ!
ヌゥーン! ヌゥーン! ヌゥーン!
「なんか凄く笑われてる気がするけど……まぁいいよ。気長にやろう。泥試合は望むところさ」
「最悪、ゴッドに頼めば解決する」
「まぁ、そうだね」
ヌゥン!?
ヌヌヌ、ヌヌヌゥーン!
「なんかそれはズルいって言われてる気がする」
「全身砂粒になって物理攻撃が効きにくい相手に言われたくない」
ヌゥン!?
ヌゥーン、ヌゥーン……。
ヌゥーン!
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