第321話
ガガガガガガガッ!
ドドドドドドドドッ!
着弾の衝撃が地面を揺らし、俺たちはその恐怖に目をつぶって身を寄せ合うしかない。
ギンギンギンギンギンギンッ!
――だが、気づく。
痛みがない。
地面は揺れているが、着弾の衝撃を体に感じない。
何が起きている? とつぶっていた目を開けた瞬間、目の前に飛び込んできたのは一人の男の背中であった。
その男は長身痩躯で、まるでモデルのような体型だった。
だが、違う。
モデルにしては体の筋肉が太く、どちらかというと、長身のアスリートといった風情。
だが、ただのアスリートと違うのは、その鎧の隙間から見える筋肉が赤黒く盛り上がり、鋼を撚り合わせたような不気味な見た目をしているということだ。
思わず、クリーチャーという言葉が思い浮かぶ。
そんな男の背中が嵐のような銃弾を全て受け止めるかのように俺たちの目の前に存在していた。
いや、ように、ではない。
実際に銃弾を受け止めていた。
衝撃に男の体が小刻みに揺れている!
「馬鹿な! 死ぬぞ!」
「あの時とは状況が違いますから……死なないですよ!」
ガガガガガガガ――バキンッ!
男の構えていたであろう大盾が、激しい銃弾の嵐に耐えられなかったのだろう。
耐久限界がきたかのようにバラバラになって弾け飛ぶのが見えた。
ゾッとする。
現実と寸分違わない痛みを伴うゲームで、全身を銃弾に貫かれる痛みがどれほどのものか。
そんなもの、
男の背中が更に激しく震え、男の上半身を守っているであろうプレートアーマーにも亀裂が走っていく。
「いいから、逃げろ!」
「大丈夫です。救います」
男は両腕をクロスして上げると、頭部を守りながら銃弾の嵐の中でじっと耐え続ける。
機銃掃射の光が男の前面で炸裂していく。
弾丸が貫通して、俺たちも蜂の巣になるのではないかと危惧していたが……そうはならない。
銃弾が全て男の前面で止まっているのか……?
だとしたら、なんという防御力……!
やがて、機銃掃射が止む。
俺たちにとって、永遠にも等しく感じられた長い時間が終わった。
果たして、男はどうなった……?
あれだけの銃弾を浴びて、無傷ということはないだろう。
「だ、大丈夫か……?」
「…………」
男の腕がだらりと垂れ下がり、銃弾らしき潰れた鉄屑が、いくつも石畳の上に転がってはポリゴンとなって消えていく。
やはり無茶をしたのではないかと、俺は心配したが――、
「ああ、問題ないですよ。ようやく強さを実感できた……。となると、タツさんの時のアレがやっぱり特殊だったのか……」
男は無事だった。
しかも、だらりと垂れ下げられていた腕の傷があっという間に治っていく。
自動回復持ち?
だから、あの銃弾の嵐にも耐えられた?
いや、自動回復持ちだとしても、あの苛烈な攻撃に耐えられるはずが……。
「考えていても仕方ないですね。お二人は逃げて下さい。ここは、僕たちで立て直しますから」
「たち……?」
呟きとほぼ同時――。
ガキィン!
機械人形の集団の一角に、全身を闇で固めたような全身鎧の騎士が突如として飛び込んできたかと思うと、機械人形の頭部に猿のように取り付いて頭頂部から股間部に掛けてを、一気に大剣で貫いたではないか!
漆黒の騎士はそのまま牛若丸もかくやという動きで、次から次へと機械人形の頭部に取り付いては頭頂部から股間部までを一気に大剣で貫くという動きを繰り返し始める。
なんだあれは……?
妖怪貫き童子か……?
まるで悪夢でも見ているかのようだ。
「機械相手は弱点が移動しないから楽。それにゴッドから貰った新兵器……ギャンブルクレイモアが楽しい」
「ミサキちゃん、一分半が限界だから。楽しさよりも数を優先して」
「大丈夫。ブレがいれば機銃掃射の良い
「これ以上、装備壊したら怒られるの僕なんだけど!?」
「大丈夫。もう、ゴッドにブツクサ言われる基準に達している」
「それは大丈夫と言わないよ!?」
恐ろしいのは、漆黒の騎士……多分声からして女だ……の攻撃によって、機械人形たちが一撃でポリゴンの光となっていることだろう。
大した抵抗をする間もなく、次々と消えていく機械人形たちを見ると、コイツらはそんなに弱かったのかと勘違いしてしまいそうになる。
…………。
いや、決してそんな生易しい相手ではないはずだ。
特に防御力や体力に関しては並の相手ではないし、光の剣の攻撃力は特筆すべきものだと把握している。
だけど、あの女騎士はそんな機械人形たちの光の剣による反撃をおちょくるように空中で躱しながら、次から次へと一撃のもとに屠りさるという離れ業をやってのける。
あれは……【空歩】か?
空中で軌道とタイミングを微妙にずらすことによって、機械人形たちの攻撃を全て捌いている?
確かに、機械人形たちは能力は高いが攻撃が直線的でフェイントに弱いというデータがあり、冒険者部隊もそこを突いて善戦していた部分もあるが……。
それにしても、彼女の動きはあまりに迷いがない。
格上と戦い慣れているということなのか?
それとも、死ぬのが怖くないのか?
俺には彼女の行動はどちらも正解であると言ってるように見えた。
「さぁ、二人も下がって。傷ももう治ってるはずですから」
「あ、本当だ。斬られた足が治ってる……」
確かに。
回復魔法を受けた覚えはないのに、全身の痛みが消えている。
それどころか、HPバーもマックスまで回復しているではないか!
どうして? と、周囲を見回したところで気がつく。
ノルディア部隊の合間に見える黒い女の姿――あれは、【黒姫】か?
なるほど。
全体回復で俺も回復されたというわけか。
【勇者】スキルが真価を発揮できなくなったことは痛いが、今は命が助かったことを素直に喜ぼう。
「わかった。行こう、紫扇MAA坊」
「あの、アクセルさん……今なら、あの黒騎士と協力して機械人形たちを殲滅できるんじゃ……」
確かに黒騎士の制圧力は高い。
たった一人で機械人形の集団に突っ込み、既に七体の機械人形を倒している。
それだけを見てもかなりの手練れだというのはわかる。
だが、それ以上に機械人形の数が多過ぎる。
パッと見ただけでも、この場には既に百を超える数が集まってきている。
これを二人で制圧するのは流石に無理な話だ。
「いくら、アイツが強いと言ったって、数分で殲滅できるような数じゃない。そもそも、ここに防衛の人数を割いてる分、あのロボットたちもこの場所に集ってるみたいだしな」
「やっぱり、ここに防衛線を張るのは無謀だったんじゃ……」
「仕方ない。この奥には病院と消防施設がある。どちらも公共施設であり、造りが頑丈だから、帝都の緊急避難先として指定されていたんだ。そこに逃げ込んだ市民を守るために、帝国軍も防衛線を築かざるを得なかった……ここは踏ん張るしかないだろ」
「それなら、市民に逃げてもらえれば……」
「重篤者や寝たきりの患者のような容易に動かせない奴らもいるんだ。ソイツらを見捨てては行けないだろ。……よし、行くぞ」
紫扇MAA坊と共に立ち上がって、ノルディアの部隊が控える後方まで小走りに退く。
ノルディアたちの帝都防衛部隊が、帝都の街中に残って防衛線を張っているのも病院と消防署に逃げ込んだ大勢の市民を見殺しにしないためだ。
そうでなければ、四方八方から敵が襲ってくる、こんな市街地のど真ん中でドンパチなどやっていないだろう。
正直、市民さえ公共施設に逃げ込んでいなければ、もう少しマシな場所に退いて状況を立て直したいところなんだが……。
まぁ、現在は【土魔法】を使える者が土壁など障害物を作り、敵の進行ルートを絞ってくれてるから、それなりに防衛はなんとかなっているが、それもいつまで続くことやら。
「それにしても、【黒姫】が来てくれたのは心強いな。彼女は集団戦に滅法強い。この状況では頼りになるはずだ」
単体回復が全て集団回復となり、回復力すら超絶上昇すると言われる【聖女】のユニークスキル。
その持ち主である【黒姫】は、堅実な守備を得意とするノルディア部隊や命知らずな冒険者部隊とは相性がいいだろう。
きっと、この状況でも活躍してくれるはずだ。
まぁ、【勇者】スキルの俺とは相性最悪なんだが。
「【黒姫】って最近は噂を聞かなかったんですけど、生きてたんですね……」
「おい、滅多な話をするなよ。――ん? 何の音だ?」
ノルディアの部隊まであと二十五メートルといったところで、耳慣れないサイレンのような音が聞こえ始め、俺は眉をひそめる。
大気を揺らす汽笛のような大音量は、どうやら多くの機械人形の内側から発せられているようだ。
何かの合図か? それとも……。
不穏な空気を黒騎士とクリーチャーも感じ取ったのだろう。
一時的に動きを止める機械人形たちから、素早く距離を取る。
そして、俺たちの意識が完全に後方に向いたタイミングで――、
『ようやく食事の時間だな。頂きまぁぁぁぁす!』
ドガンッ!
俺たちのすぐ横手。
何の変哲もない民家が吹き飛んで、大きく開かれた
「「――――!?」」
家を噛み砕いて進むほどの巨大な口、そして鉄もレンガもバターのように切り裂く鋭い牙。ネトリとした唾液が絡んだ舌は、俺たちの体よりも大きく、一口で俺たちを飲み込もうと一瞬で迫る。
これを、油断というのは酷だろう。
避けるとか、抗うとか、そういうレベルじゃない。
気がついた時には死を覚悟するレベルだったのだ。
それだけ唐突であり、俺たちは反応すらできずに、目の前に迫る巨大な口腔を見守るしかなかった。
HPが回復されて、【勇者】の効果が発揮されなかったというのもあるだろう。
だが、考えてみると、この事態に陥るであろうことは予想できたのかもしれない。
リーゼンクロイツを奪ったのは運営だ。
その運営が、このタイミングで帝都に攻めてきたということは、恐らく世界会議の出席者たちをどうにかしたいと考えたのだろう。
出席者たちを、どうしたかったのかは俺にはわからない。
ただ、普通に考えるなら、世界のリーダーたちをどうにかするとなったら、航空戦力だけでは不足だ。
古今東西、戦争の決着は地上戦と相場が決まっている。
だからこそ、金色機械人形を投入してきたと思っていたのだが、それ以上の仕込みをしていたということか。
思えば、帝都の冒険者ギルド前で竜が現れる事件が起きていた。
一瞬で問題が解決したために、そこまで問題にはならなかったが、良く考えてみれば何故そこに竜がいたのか? という疑問が残る。
そう、竜――……竜だ。
俺たちを喰らおうとするのは大型の竜。
それが大口を開けて、俺たちに迫ってくる。
竜が帝都にいた理由を予想するのは簡単だ。
運営が世界のリーダーたちを押さえるための地上戦力として用意したからだろう。
機械人形だけでも手に余るのに、これは過剰戦力に等しい。
運営が本気で俺たちを殺しに掛かってきている! と思うのと同時に、俺たちをどれだけ買ってくれてるんだよ! と思わず涙がこぼれ落ちそうになる。
確かに、このLIAというゲームはプレイヤーの
特に、ユニークスキルに関しては、こんな不利な状況でも覆して何とかしてしまう可能性を秘めている……ということもあるだろう。
だから、運営は油断はしない、全力で俺たちを殺しに来ていると……そういうことか?
クソッタレめ……!
ゲームバランスが狂ってやがるし、殺意が高過ぎんだよ! ロン◯ルキアの洞窟かよ!
「うわっ!」
竜の攻撃に巻き込まれないように、紫扇MAA坊を前方へと突き飛ばす。
俺のユニークスキルなら、【黒姫】もいるしワンチャン即死さえしなければ、瞬間的になんとかできるかもしれない。
それを狙う。
一瞬で集中力を高め――、
――ズドンッ!
「なんだ……!?」
それは唐突に上から降ってくると、竜の口を踏みつけるようにして着地していた。
そして、そのまま竜の顎を無理やり閉じさせると、巨大な銛でそのまま地面にズドンッと縫いつけてしまう。
竜の動きが完全に止まる中で、男は踏みつけた勢いのままに、竜の口の上でどかりと胡座をかいて座り込む。
な、なんだコイツは……!?
一体何処から……。
「おい。誰が食う側で、誰が食われる側だ?」
天狗面に高下駄に褌姿――。
変態か……?
男の格好も珍妙だが、やってることも珍妙だ。
竜相手に、口の上で胡座をかいてる場合ではないだろうに!
「馬鹿野郎! 竜には爪も尾もあるんだぞ! 寛いでる場合か!」
俺の言葉が終わるや否や――、
ドドドドドドドドッ!
空から次々と降ってきた巨大な銛が、竜の腕を、脚を、尻尾を、翼を一斉に地面に縫い付けていく。
なんだコイツ……。
あらかじめ、上空に銛を投げていたのか……?
それで、竜が動こうとするよりも早く、体を地面に縫い付けにした……?
そんな馬鹿な……。
それを狙ってできるとしたら、運とか、勘とかいうレベルじゃないぞ。
それこそ神懸かり的な何かだろ……。
コイツ、神か何かか……?
「まぁ、口を強制的に閉じられてしまえば答えられないか。さて、と――」
天狗面の男が、都合九つ目の巨大な銛を取り出す。
一体、コイツはあの巨大な銛をいくつ持ってるんだよ!? 無限か!? 無限なのか!?
俺の心の中での突っ込みを無視して、男は立ち上がる。
「数多のファンタジーでドラゴン肉は美味いという表現が使われることが多いが、果たしてコイツはどうなのか。楽しみだな」
「あ、ツナ。ソイツの弱点は――」
「必要ない。大体の生物は脳をこねくり回せば死ぬ」
「というか、なんで褌スタイルになってるんですか、ツナさん……」
「お前がゴッドの装備を壊したのを見たからな。俺は怒られたくない」
「ぐうの音も出ない……」
褌男は片手で巨大な銛を一回転させると、竜の眉間にドズンッと突き刺す。
…………。
いや、竜って鱗が硬いイメージがあるのだが?
どんだけ物攻が高いんだよ、この変態。
やがて、竜のくぐもった悲鳴が聞こえ、まもなくグッタリとして動かなくなる。
これは、死んだ……?
こんなあっさり……?
いや、それにしても、ポリゴンにならないのは何故だ?
「久し振りに【解体】が働いたな。竜の各部位で焼き肉が楽しめそうだ」
「…………」
取得することで、プレイヤーが著しくやる気を失くすと噂のグロスキル【解体】。
それを有効活用してる奴を初めて見た。
普通の奴は、半泣きになりながら解体作業をしたり、冒険者ギルドに料金払ってやってもらっていたりするからな。
…………。
いや、助けられといてなんだが……。
コイツ、見た目も行動も珍妙過ぎやしないか?
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