第320話
【アクセル視点】
――実際、俺たちはよくやっていた。
「馬鹿野郎! 突出し過ぎるな! 連中に長距離の攻撃はない! 機銃掃射の範囲にさえ気をつけていれば、大きな損害を被ることはないんだ! 距離を保って戦え!」
帝国四天王、大盾のノルディアの指揮に従って、帝国兵が陣形を整えて魔法や銃で金色の機械人形の集団を牽制する。
それに伴い、機械人形たちの進行も若干ではあるが遅延する。
機械人形たちが頭部に装備する機銃は、周囲を囲まれた場合に掃射するのが目的なのか、その銃口が斜め下に向いている。
そのおかげで機銃の射程範囲は十五メートルに届くか、届かないかといった短いものであった。
彼らの装備する光の剣もせいぜいが三メートル前後の剣身を誇っており、これらの距離に気をつけて、相手の射程を超える遠距離攻撃を行えば、彼らは前進するよりも先に、自分の身を守ろうとする行動パターンに入る。
つまり、こちらが攻撃射程外から遠距離攻撃を行えば、一時的にではあるが相手の足を止めることができるのだ。
……とはいえ、このまま足止めしかできないようでは、ジリ貧に陥ってしまうことは明白だ。
だからこそ、こちらからも攻める必要がある。
「行けるな! 冒険者部隊!」
「ここまで来て、行けないとは言わないだろう」
俺は乾いた血でパリパリになった髪を乱暴にかき回しながら、そう答える。
視界の端に表示されているHPバーは三割ほどしか残っていない。
正直、頭はガンガンに痛いし、腹部には撃たれた痛みのようなものがずっとズキズキと存在を訴えてくるし、左腕も握力が出なくなって久しい。
歩くだけでも振動が患部を悪化させ、風が吹くだけでも全身を怖気のようなものが襲う。
だが、それでいい。
俺にはそれが丁度いいのだ。
「よし、やるぞ! 大盾隊、機銃の射程範囲ギリギリにまで踏み込め! そして、耐えよ!」
ノルディアの言葉に応じて、大盾を構えた帝国兵士たちが機銃の射程ギリギリにまで踏み込む。
すると、金色機械人形たちは一斉に頭部の機銃を掃射し始める。
その弾幕を帝国兵士たちは大盾を石畳の隙間に突き刺すことによって、吹き飛ばされないようにして踏ん張って耐え抜く。
機械人形の行動パターン、それに関しては
だてに、リーゼンクロイツ内でアレを相手に立ち回ってはいないのだ。
機械人形の行動パターンとしては、
・近距離だと光の剣を振り回す。
・中距離だと機銃を発射。
・敵対人数が一定数以上かつ中距離だと機銃を掃射。
・遠距離は光の盾を構えて接近してくる。
この辺が既にわかっている部分だ。
そして、機銃掃射後は銃身の放熱をするためか、銃弾が発射できないという行動パターンも判明している。
「機銃の掃射が止まったぞ! 冒険者部隊、掛かれぇ!」
「「「うぉぉぉぉぉっ!」」」
厄介な機銃が止んだのであれば、次は接近戦だ。
遠距離攻撃で攻められれば安全なのだが、現状では、あの光の盾を突破して有効な攻撃を加える方法がない。
だから、確実にダメージを与えるために、あの光の剣や盾を掻い潜って、直接攻撃を加えるという手段を取ることになる。
要するに、ここからは近接職の腕の見せ所ということだ。
「おら、帝都冒険者集団行くぞ! このゲイル様に続けぇ! だっしゃらぁー!」
「やるぜ、やるぜ、やったるぜぇ! ゲイルの兄貴ぃ!」
「俺の戦斧二刀流を見せてやらぁ!」
そして、そういう荒事はスマートに銃を扱うことに長けた帝国兵士たちよりも、俺たち冒険者の方が得意だったりする。
俺たち帝都の冒険者集団は一丸となって、機械人形の集団との距離を詰める。
大盾部隊がさっと横に退く様を横目で見送りながら、俺は集団の先頭に抜け出す。
「ゲイルさん、悪いけど一番槍はもらうぜ」
「くそ! 怪我してるくせにアクセルは早ぇな!」
「俺は逆境になればなるほど真価を発揮するタイプだからな。怪我をしてるぐらいが、丁度いいんだよ……!」
帝都のA級冒険者の一人、NPCのゲイルさんを置き去りにして、俺は一人で機械人形部隊に突っ込む。
普通のVRMMORPGなら、こんな無茶はできない。
こんな無茶ができるとしたら、それこそプロゲーマー……SUCCEEDのミタライさんやササラさんぐらいのものだろう。
けど、俺もゲーマーの端くれ。
上手くなるために、ミタライさんやササラさんといったプロゲーマーの配信はチャンネル登録して、毎回欠かさずに見ているし、友達が部活なんかに打ち込んでる間にも、上手くなるために全力でゲームに打ち込んでいたりする。
そして、あわよくばプロに、と考えていたりもするわけで……。
けど、そんな俺でも、あの機械人形の集団に先頭を走って突っ込むのは自殺行為だった。
正直、プロゲーマーと俺との間には、それだけの腕の差がある。
プロとアマの差……それを詳しく言葉にすることは難しいのだが、なんというかプロゲーマーというのは、見ている世界が違うというか、感覚が常人離れしているというか……。
配信なんかを見ていると、そのスキルをそこで使うか? と思って見ていたら、後々になって、そのスキルが活きてきたり――、
敵の動きを見透かすように動いて、敵を誘導するように隙を作り出して、効率的なスキルルートで最大ダメージを叩き込んだり――、
それこそ、彼らには未来でも見えてるかのように、相手を支配下に置くことができるのだ。
そして、俺はまだその領域に達していない。
その領域に達しているプレイヤーといえば……やっぱりミタライさんが第一人者だろう。
そう。
とにかく、ミタライさんは凄いのだ。
ネット上のVRMMORPGの激ムズコンボ動画とか、VRMMORPGの超絶華麗コンボ動画とか……動画の一部を切り抜いたであろうコンボ動画が上がっているのを見かけると、大体がミタライさんだったりする。
うん、頭オカシイんだよな、あの人……。
もちろん、いい意味でだけど。
俺はそんなミタライさんに憧れて、ミタライさんがこのLIAをやるって宣言した時点で、俺もやろうと決心したクチだ。
だから、正直ゲームの腕ではミタライさんに遠く及ばないと思っている。
そして、この機械人形の集団相手に先頭で突っ込んでいくなんて、俺の腕じゃ無理を通り越して自殺行為になるはずなんだ、本当は。
けど、LIAには他のVRMMORPGとは違う特徴がある。
LIAの特徴は、まぁいくつかあるけど、中でも珍しいのはユニークスキルというシステムの存在だ。
普通のVRMMORPGなら、まずありえないシステム。
なにせ、VRMMORPGは先行プレイヤーの方が大分有利にできているし、早い者勝ちのユニークスキルなんてシステムがあれば、後発組のプレイヤーから不満が続出することは目に見えているからだ。
だから、普通のVRMMORPGにはユニークスキルなんてシステムはない。
だけど、LIAはユニークスキルというシステムを取り入れたことにより、プレイヤー間に明白な差を作り出した。
それは特別で、特殊で――。
その差異が他のゲームでは、絶対に埋められないであろう腕の差を埋めてくれるシロモノになりうるのだ。
つまり、今の俺にはミタライさんやササラさんと同じように、この状況でも無茶を押し通すだけの力があるということだ!
「行くぞ、【勇者】の力を見せてやる!」
ユニークスキル【勇者】。
そのスキルの能力は単純明快。
残HPが少なければ少ないほどステータスの全パラメータに
その倍率は最大で、HPが一割以下で9倍ものバフが掛かる。
流石は【勇者】といえばいいだろうか?
逆境になればなるほど、その強さが上がっていくのは、確かにそれっぽいスキルだ。
そして、その倍率で跳ね上がったステータスが、俺の足りないゲームの腕を補ってくれる。
「――――っ!」
目の前が思わず明滅するほどの強烈な腹部の痛みに堪えながらも、機械人形が振り回してくる光の剣を躱して、一足飛びに懐に飛び込む。
ダメージを受けるために、機銃をわざと何発か食らったが、アバラでも折れてるのか、激しい振動の度に強烈な痛みが襲ってくる。
それでも歯を食い縛って痛みに耐えると、【剣法】のスキルアシスト機能を最大限に使って俺は持っていた剣を全力で振り抜く。
金属同士が激突する甲高い音が響き、一拍遅れて胸の装甲板をへこませた機械人形が大きく吹き飛ぶ。
だが、その結果を見て、自慢げに笑ってもいられない。
すぐに横手から斬り掛かってきた機械人形の斬撃を躱しながらも、すれ違い様に脚に一撃を入れる。
今度は装甲の薄い関節を狙ったからか、一撃で脚が両断できた。
機械人形がバランスを崩して、その場に倒れる。
そこへ津波のように押し寄せる冒険者たち。
俺はその冒険者部隊に紛れ込みながらも、痛みに顔を歪ませていた。
「くそ、やっぱり全身が痛ぇ……」
俺の【勇者】は、当初は使えないユニークスキルだとクロウに断定されていた。
それもそのはず。
現在のLIAは痛みが現実と遜色のない状態だからだ。
それこそ、痛みが大して感じられないゲームであったのならば、俺のスキルは神スキルとして持て囃されたことだろう。
だけど、痛みが現実と同じこの環境では、欠陥品もいいところだ。
言うなれば、トラックに轢かれてボロボロの体を無理やり動かして喧嘩しろと言われて、誰がその痛みに耐えて、まともに動けるかという話になる。
だから、クロウからは「効果は凄いが使えないスキル」だと断定されていた。
だが、このスキルの真価が発揮されたのは、ある一人の少女との出会いがきっかけである。
それが、イライザだ。
彼女のユニークスキル【
そうなってしまえば、後は【勇者】スキルの独壇場だ。
防御に関してはイライザの【消去】スキルを頼りに、常にステータス倍率9倍を維持しながら、俺が目一杯暴れ回っていれば、大体の敵はあっという間に殲滅できてしまった。
特に、イライザの【消去】スキルは優秀で、敵のヤバイ攻撃も即座に消せてしまうし、ダメージも【消去】させてしまえば、すぐにHPも完全回復できてしまうので、回復職としてパーティーに無くてはならない存在であったのだ。
逆に、イライザに頼り切りになったせいで、俺が防御を蔑ろにするものだから、周りからは狂戦士だなんだってあだ名が付けられるようになってしまったが……それもこれも、パーティーにイライザという頼れる
だが、そんなイライザはもういない。
「痛みというものは、こんなにも厄介なものだったか……」
呼吸する度に体のどこかしらが悲鳴を上げる。
だけど、その状態を維持したまま、俺は戦い続ける。
痛みを苛立ちに変え、怒りに変え、それを叩きつけるように機械人形に次々と攻撃を叩き込んでいく。
機械人形は一撃では倒れない。
だから、何度でもねちっこく、相手をスクラップに変える勢いで剣でぶっ叩く。
壊れろ、壊れろ、と念入りに斬り付けたおかげで、二体倒すことができた。
よし、この調子でもう一体――。
「アクセル、一分半だ! 脱出するぞ!」
「……もうか。わかった」
声を掛けられて、正気を取り戻す。
放熱が回復するのに、大体二分三十秒。
余裕を持って撤退するには、一分三十秒程度で撤退を開始するのが望ましい。
俺はすぐさま踵を返すと、機械人形部隊から遠ざかろうとする。
そんな俺たちの行動を援護するかのように、魔術や魔法が飛んできて――、
「ぐぁぁっ、い、痛ぇ! 痛ぇよ〜!」
「紫扇MAA坊!?」
――撤退を開始していた冒険者の一人が、その場に転がる姿が目に飛び込んできた。
恐らくは、援護に飛んできた魔術や魔法に気を取られたことで、足が止まったか何かしたのだろう。
そこを機械人形に斬られて、地面に倒れ込んだものだと思われる。
特異な名前からすると、プレイヤーか?
相方らしきプレイヤーが、倒れたプレイヤーを振り返って顔色を青くさせているのが見えた。
「ゲイルさん!」
俺はゲイルさんに、なんとかならないかと視線を送るが――、
「急がねぇと機銃掃射が飛んでくる! 傷病人抱えに戻ってる時間はねぇぞ! 残念だが、ソイツは置いてけ!」
ゲイルさんの言葉に、相方のプレイヤーの顔色が青を超えて白になり、紫扇MAA坊と呼ばれたプレイヤーの顔からも表情がストンと抜け落ちる。
いや……。
「だ、大丈夫だ……。て、帝都を守りきったら、そ、【蘇生薬】で生き返らせてくれよな……」
紫扇MAA坊は、自分が助からないと理解したのだろう。
次の瞬間には、表情を強張らせながらも相方のプレイヤーに向けて、そう告げていた。
その表情が、その言葉が――。
――俺の足を止めさせる。
「馬鹿野郎! アクセル! お前も死ぬ気か!」
「止めないで下さいよ、ゲイルさん……。俺のユニークスキルなら傷病人一人担いでも、残り三十秒で脱出できる……」
この場面、多分、ミタライさんやササラさんなら助けには向かわない。
戦力全体を見た時、紫扇MAA坊は冒険者部隊のひとつの駒であり、エースアタッカーのような重要な存在ではないので、プロなら多分損切りするような存在だ。
けど、俺はプロゲーマーじゃない。
だから、これは大勢からみたら多分間違った行動だとわかっていながらも……救いに走ってしまう!
「どうなっても知らねぇからなぁ!」
去っていくゲイルさんとは逆方向。
俺は倒れた紫扇MAA坊に駆け寄ると、その肩に腕を回して助け起こす。
「走れるか!」
「あ、足を切られて、足が動かねぇんだ。すまねぇ、クランリーダー。俺なんかのために……」
…………。
そうか。
紫扇MAA坊は俺のクランのクランメンバーだったのか。
だったら、尚更、放って置くわけにはいかなくなったな……!
「泣き言を言うよりも足を動かせ!」
「あぁ……、あぁ……!」
まるで二人三脚のように、その場から離れるために懸命に走る。
力任せに紫扇MAA坊を半ば引きずるように走ろうとするが、紫扇MAA坊と密着した部分が、俺に意識を飛ばすほどの強烈な痛みを与えてくる。
く……、そ……、傷口に直接触れてるのか……。
痛みの度に体が引き攣り、うまく速度が出ない……!
ブォォォ……。
やがて、機械人形たちの頭部機銃が回り始める音が聞こえてくる。
放熱が終わったのか。
…………。
くそ、ここまでか……。
俺が密かに歯を食い縛る中、機械人形たちの一斉掃射が始まった。
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