第319話
さて、物理攻撃も通じない、魔力による攻撃も通じない、そして攻撃を受けたら恐らく即死する――……という相手と対峙した時、どうしたらいいんだろうか?
最もポピュラーなのは、戦わずに逃げること?
でも、それをやると、後の作業に差し支えが出そうだから選ぶことはできないときた。
力技でやるのだとしたら、相手の攻撃の瞬間に自分の攻撃を合わせるとか?
私の
…………。
想像しただけで痛いので却下である!
というか、普通に死んじゃうから!
死なないとしても、痛みでまともに動ける自信がないから!
じゃあ、どうするの? となると、私が思いついたのはシンプルな方法だ。
「最初は魔王軍特別大将軍が俺の相手かぁ? 面白ぇ……」
「最初で最後だよ。魔王様、絶対に後ろは振り向かないでね?」
「ふむ」
「黒い仔山羊召喚」
私たちの背後にちょっと大きめサイズの山羊くんを召喚する。
「終わりだよ」
私の宣言に入れ墨ハゲの動きが止まった――。
■□■
結局、透過していようと何だろうと、周囲の状況が見えているということは、視覚情報を得ているということだ。
だから、見たらマズイものを呼び出すだけで、決着はつく――、
そう考えていた。
けど……。
「終わり? なかなかどうしてぇ、笑わしてくれるなぁ」
「あれ? 山羊くんを見たら、普通は発狂するものじゃあ……?」
「メルティカ教では、魔王を邪神として認定してるからなぁ! まともな冒険者なら、魔王殺しの依頼を受けた時点で邪神が得意な狂気の対策ぐらいしてるんだぜぇ!」
見た目と裏腹に、割と入念に準備するタイプだった!
というか、山羊くんの精神攻撃をそんな簡単に防ぐ方法があるなら、教えて欲しいぐらいなんだけど!
「そいじゃあ、行くぜぇ!」
「いやいや、来なくていいから! 【マッディ・グラウンド】!」
入れ墨ハゲの足下に泥沼を作り出す。
次の瞬間には、ズブッと入れ墨ハゲの足が泥沼へとはまる。
「ちぃ……」
「あ、やっぱり?」
なんかちょっと転びそうになってたから、そうなんじゃないかなー? と思ってたけど、やっぱりそういうことなんだ?
「だよね? いくら透過するって言っても、足の裏まで透過してたら、マントルまで直行だもんね? だから、足の裏だけは透過させてない……違う?」
「なるほど、少しは頭が回るようだなぁ」
その反応はアタリってことでいいみたい。
それなら、そのまま【マッディ・グラウンド】の効果が切れたところで、地面ごと足下を【ロック】しちゃえば、私の勝ちかなーと思ってたんだけど……。
入れ墨ハゲが【収納】から扇を取り出して一振りしたら、体全体がふわりと浮かんで、すぽっと足が泥の中から抜け出してきちゃったんですけど……?
いや、それどういう原理……?
「だが、【色即是空】の全てを理解しているわけではないようだなぁ。この【色即是空】は俺の意思ひとつで体のあらゆる部位を空無状態と実体状態で切り替えられるのよ……! 風を起こし、足を空無状態にし、指先の僅かな皮だけを実体状態にすれば、風に吹かれて舞う綿毛のように、宙を舞うこともできるって寸法よぉ!」
「そんな薄皮一枚レベルで調整が可能なら、泥の中に足が沈むのはおかしくない?」
「地面を走ったり止まったりするには、ある程度の体重がないと難しいのよぉ。軽すぎると風に影響を受けちまうからなぁ!」
そう言うなり、入れ墨ハゲが再度動き出す。
動き出すんだけど……。
「なるほど」
私に彼を恐れる理由がなくなっていた。
だって、彼自身が普通に自分で弱点を申告してくれたからね。
「【マッディ・グラウンド】」
「それは、先程通用しないと言ったぜぇ!」
扇を使って風を起こし、皮膚一枚を実体化させて、他の部分は空無状態に――。
そして、皮膚一枚だと風に影響を受けると……自分で言ったよね?
「【デスストーム】……改」
私の呟きに応じて、目の前の大通りを飲み込む巨大な竜巻が発生。
【風魔法】レベル10。吸い込んだ全てを切り裂き、捩じ切る、小規模な竜巻を起こすのが【デスストーム】という魔法だ。
そんな【デスストーム】に【魔力操作】を使って持続時間を伸ばしつつ、【古代魔法】を使って色々とアレンジを加えたのが、この【デスストーム】改というシロモノである。
「多分、皮膚一枚になればこの竜巻の中でも、強風に舞う木の葉のように生き残れるんだろうけど……」
【古代魔法】で加えた特性を使って、竜巻を私の望んだ通りに変形していく。
細く、長く、曲げて、丸めて、こねて、小さくして――。
出来上がったのは螺◯丸……ではなく、竜巻ボールとでも呼ぶべきもの。
【デスストーム】を圧縮した風の塊は、球の形状をとってはいるが、その中身は竜巻が縦横無尽に暴れまわっている、とてつもなく危険なシロモノだ。
その中に、恐らくは皮膚一枚の状態で先程の入れ墨ハゲも巻き込まれているはずだ。
この状況――。
全身を完全な空無状態にしたら、多分簡単に脱出できるんだと思う。
でも、全身が空無状態になるってことは、周囲の状況を完全に把握できないってことだよね?
ほら、視覚の情報っていうのは、こう、目から入ってきた光の情報を脳が理解するわけでしょ?
全身が空無状態になっちゃうと、その光の情報すらも遮断しちゃうわけだから、周囲が把握できないと思うんだ。
そうなるとかなり怖いんじゃないかな?
【デスストーム】が終わってるか、終わってないのかわからない中で、実体化するっていうのはかなり勇気がいる行為だと思う。
というか、下手に実体化したらタダじゃすまないし。
それこそ、状況を理解するために目だけを実体化したら、その瞬間に網膜が傷つけられるだろうし……私だったら絶対に目を開けられないと思うんだ。
多分、今の竜巻ボールに入っている入れ墨ハゲも同じ考えなんじゃないのかな?
ダメージを受けないために、全身のほとんどを空無状態にしている――。
そして、外の様子を知るために、指先の皮膚の一部だけを実体化している――。
そんな感じじゃないの?
【デスストーム】が終わったかどうかは、触覚で風が吹いてるかどうかで判断できると思うし、今は【デスストーム】が吹き荒れてるから、絶対に実体化しないでおこうと思ってる最中なんじゃないかな。
なお、その【デスストーム】は効果時間をかなり延長してあるので、なかなか終わらないんだけどね。
そして、「無駄なことを……」と入れ墨ハゲが竜巻ボールの中でほくそ笑んでいるであろう間に、こっちはこっちでやれることをやっとこう。
「【コールシルフ】」
「……およびですぇ?」
私の傍らに風が集ったかと思うと、その風の道から羽の生えた小さな着物少女が目を瞑ったままの状態で現れる。
【風魔法】レベル8。風の精霊であるシルフを召喚するための魔法が、この【コールシルフ】である。
この魔法は、
ちなみに、願いの難易度に応じて、分け与えるMPの量が増大するため、御利用は計画的に、といった感じである。
「この竜巻ボール……そうだね、『風牢』と名付けよう……風牢をメルティカ法国まで届けて欲しいんだけど、できる?」
「そうですなぁ。残存MPの半分をもらっていくことになると思いますんけど、よろしおすぇ?」
「いいよ。お願い」
「よろしおます」
というわけで、風牢を手渡してシルフさんに入れ墨ハゲをメルティカ法国まで運んでもらうことにするよ。
入れ墨ハゲが皮膚の触覚だけに頼っていたら、メルティカ法国までそのまま送り届けられることになるんだろうけど……。
途中で何かおかしいと気付いたら、全身を空無状態にして風牢から脱出するかもね。
そしたら、海にボチャンかな?
どちらにしろ、帝都攻防戦に復帰できなければ、こちらとしては問題ない認識だ。
「では、行ってきますぇ」
「よろろー」
一瞬で、突風のように去っていくシルフの背中を眺めていたら、
「まさか、こんな決着になるとはな」
魔王に感心された。
だけど、元々の案は魔王のものなんだよね。
「いや、発想の逆転をしただけですよ」
「発想の逆転?」
「私が逃げられない状況だったので、相手に逃げてもらっただけです」
「…………」
一瞬、ポカンとした魔王だったけど、すぐにその表情を呆れさせる。
「普通は、敵対した相手を逃さないようにするものなんだけどね? 対策立てられたら面倒くさいしさ。けど、それをやっちゃうのがヤマモトかぁ……」
RPGとかで『魔王からは逃げられない』って表示されることがあるけど、そういうことなの?
でも、魔王軍特別大将軍は優しいので、逃げようと思えば逃げられる仕様だよ!
あと、周囲に人がいなくなったからか、若干、魔王の素が出てるね。
呆れすぎて、思わず素が出ちゃっただけかもしれないけど。
「とりあえず、後ろでうごうご言ってるのを送還してくれない? なんか怖いんだけど?」
そういえば、ビッグ山羊くんを帰すのを忘れてた。
私は魔王に言われて、山羊くんを送還しながら、これでようやく遊撃として立ち回れるなぁと、視界の端にマップを呼び出す。
さて、まずは投げてもいい建物を探すところからかな?
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