第308話

 ■□■


 翌日――。


「いやぁ、昨日は盛り上がったねぇ、タツさん」

「せやなぁ。結局、魔王賞はツナやんに渡ってもうたのが残念やったけど、たまにはみんなで外で飯食うのも悪ぅないなぁ」

「いやぁ、流石にジャイアントモンクフィッシュだっけ? の吊るし切りを素人ながらに堂々と目の前でやられちゃあ勝てないって」


 ちなみに、モンクフィッシュというのは鮟鱇あんこうのことだ。


 それの超巨大版……小学校のプールぐらいのサイズはあったから、二十五メートルくらい? それこそ、ちょっとしたモビ○スーツサイズのジャイアントモンクフィッシュを灯台の屋上から吊り下げて、なんとなくで吊るし切りをやって成功させられちゃあねぇ。


 あんなことやられたら、インパクト的に誰も勝てないって!


 しかも、その後、潮風で冷えた体を温めるために、あんこう鍋を振る舞ってさぁ……。


 魔王が魔王賞に選ぶのも無理ないよね!


 うん。


 私たちも美味しく食べさせてもらって、満場一致でツナさんの勝利でした。


「【解体】スキル持ちの大勝利やな。まるっと素材が残ってたからできたド派手なパフォーマンスやったしなぁ……。【解体】なんて面倒や! って取得せぇへんかった連中も、少しは【解体】スキルのこと見直すんとちゃうか?」


 ちなみに、ツナさん以外で【解体】スキルを持ってたのは、ミンファちゃんだけだった。


 ミンファちゃんはテイマーだから、テイムしたモンスターたちに御褒美としてモンスターの肉をあげるために【解体】スキルを取得してるらしいよ。


 だから、ツナさんの対抗馬になるかと思ったんだけど、壊滅的に料理が下手だったんだよね……。


 なお、ツナさんは自分でも料理を作ったりすることもあって、【料理】スキルは取得しているらしく、今では【料理】スキルの上位である【調理】スキルまで取得してるらしいよ。


 なんだろう? 好きこそものの上手なれってことかな?


「ちなみに、タツさんは魔王と村長さんに何を出したの?」

「ワイはブレに手伝ってもらいながら、穴子の天ぷらや。【炎魔法】を使って、あれだけ上手く揚げ物つくれるんはワイだけやろなぁ?」

「それは、共喰いでは?」

「なんでやねん! ワイは竜やぞ、竜!」

「蛇じゃなかったっけ?」

「蛇やとしても共喰いちゃうわ! 穴子と蛇は別種やし、ワイは竜やねん! ちゅうか、そういうヤマちゃんは何出したねん!」

「私はコカトリスの卵で作った茶碗蒸しだよ」


 海鮮で御出汁を取り、それを使った渾身の茶碗蒸しだったんだけど――。


「だけど、銀杏が! 銀杏だけが! 足りなかったんだよ!」

「バーベキューコンロの上でなんかやっとるなぁ思うとったが、蒸し器で蒸しとったんか……。ちゅうか、銀杏ひとつでそこまで審査は左右されんやろ……」


 ちなみに、銀杏がない理由は暗黒の森で銀杏を育てたら、臭くて住民から苦情が出そうだからだ。


 はい。


 住民人気を気にする小心者の為政者です。


 なお、リンム・ランムの村長さんは、「お腹空いてるでしょうし、これでも飲んでもう少し待ってて下さいね」と、一番最初にコーンスープ(ドリンクボックス産)を持ってきてくれた愛花ちゃんに村長賞をあげている。


 うん。


 空腹は最高の調味料ってことだね。


「銀杏美味しいのに……」

「人によって好き嫌いあると思うけどなぁ」


 まぁ、それはそれとして。


「それにしても良かったよ。ラジスさんがガーツ帝国まで送ってくれることになってさ」


 港に係留されている大きな船に次々と荷物が運び込まれていく。


 あれが、ラジスさんの輸送船らしい。


 今回は、丁度ラジスさんがガーツ帝国に戻るので、その船に乗せてもらう予定だ。


 最新鋭の輸送船らしく、当初の予定であった航海日数は三日から二日に縮まり、より余裕をもってガーツ帝国に辿り着くことができそうである。


 なお、そのことについて、一番喜んでたのが愛花ちゃんだった。


 うん。


 愛花ちゃん、船にめちゃくちゃ弱いからね……。


「ガーツ帝国まで行ったら、今度は飛行船で空路か、街道を通って帝都まで行けるらしいんだけど……」

「いやぁ、飛行船はダメやろ? 絶対落ちると思うわ」

「あ、やっぱり?」


 なんだろう。


 フラグの臭いがプンプンするよね?


 まぁ、タツさんも同意見なら、やっぱり街道かな?


 街道は一日がかりで進めば帝都に着くらしいし、確実な道を選んだ方がいいよね。


 ちなみに、飛行船は数時間もあれば着くんだけど、割高なんだってさ。


「魔王に世界会議に飛行船。これだけ揃って、何も起きんとかないやろ。別に落ちたところでヤマちゃんなら何とかしそうやけど、一般のNPCまで巻き込むんは気ぃ悪いからなぁ」

「じゃあ、やっぱり陸路だね」

「なんやったら、船も若干怖いんやけどな」

「船はわりと成功体験があるから、私は平気かなー」


 船に荷物が積まれていく様子を、桟橋で佇みながらタツさんと二人でぼーっと眺める。


 一応、クラン・せんぷくメンバーは桟橋でラジスさんと話し込む魔王の護衛ということで、港の近辺で待機中である。


 若干一名、海の中に潜って警戒してる人もいるけど、それは特殊な人なので仕方ない。


 そして、愛花ちゃんたちは、積み荷を積み込んでいるのを見るのに飽きたのか、街を見学すると言って行ってしまった。


 まぁ、そんなに大きい街でもないけど、迷子にならないかちょっと心配だね。


 ■□■


 そのまま三十分くらい、適当にタツさんと会話してたら、ようやく愛花ちゃんたちが帰ってきた。


 心配してたけど、何もなかったみたいだ。


 まぁ、デスゲーム担当スペードが付いてるし、何かあっても対処できるだろうけど。


 けれど、帰ってきた誰も彼もがちょっと困ったような顔をしているのを見て、何もなかったわけではないことに気がついた。


 まだ朝早い時間帯で、お店が開いてなかったとかそういうことかな?


 とりあえず、スペードを呼んで事情を確認してみる。


「いや、なんか街が大変なことになってたから、早めに切り上げてきたんだよね」


 私が言うには――、


 ・高級宿? らしき建物の前で商人らしき人たちが抗議活動を行っていたらしい。


 ・商人たちは宿に泊まっていた騎士団の面々に「顔役になんて無礼を働くんだ!」みたいな文句を言って非難してたみたい。


 ・そしたら、怒った騎士団が出てきて、商人たちと口論が始まったんだって。


 ・口で商人たちに勝てるわけもなかったのか、カッとなった騎士団の一人が商人に手を出して――。


 ・それをたまたま見ていた市民が領兵に通報したっぽい?


 ・領兵と騎士団で小競り合い勃発! 逮捕者も出る大騒ぎ!


 ――みたいなことが起こってたらしい。


「昨日から部屋に幽霊ゴーストは出るし、幽霊に驚いて高価な壺を割って弁償させられるし、マクラが合わなくて首を寝違えて散々だ! みたいなことを言って、騎士団が大分イラついてたみたいだったから、巻き込まれないように逃げてきたんだよ」


 騎士団って、多分、第三騎士団だよね?


 朝から何やってるの? あの人たち?


「まぁ、それが正解じゃない?」


 公的権力vs公的権力の争いに首なんか突っ込むべきじゃないしね。


 言うなれば、地元県警と警視庁の出向組との間の縄張り争いみたいなもんでしょ? そこに一般市民の入り込む余地なんてないし。


「ちゅうか、アイツらは宿取れてたんやな。しかも、高級宿って……」


 タツさんが思わずジト目になる。


 やっぱり、してやられたってことなのかな?


 まぁ、あっちはあっちで散々だったみたいだから、素直にやられたーって感じはしないんだけども。


「まぁまぁ、タツさん。こっちはこっちで楽しかったんだし、いいんじゃない? 内容からいえば、こっちの方が高級と言えなくもないし」


 巨大鮟鱇の吊るし切りショーに、珍品、絶品の楽しい料理の数々。更には魔王とのディナーショーまで加わったとなれば、普通にお金が取れる内容だと思うんだよね。


「せやなくて、なんでアイツら嘘ついてんねんって話で……まぁ、ヤマちゃんが気にしとらんなら、別にえぇか」


 気にしないというか、関わりたくないというか……。


 時間が無い時に余計な問題抱え込みたくないよね。


「あ、そろそろ荷物も積み終わるみたいだね。あの木箱が最後じゃない?」

「じゃあ、私は愛花ちゃんたちに声かけてくるよ」

「お願いー」

「せやったら、ワイはクランチャットでメンバーに集合するよう呼びかけるわ」

「うん。頼むね、タツさん」


 というわけで、荷物を運び終わったところで、みんなでぞろぞろと輸送船に乗り込む。


 さて、それじゃあ、いよいよガーツ帝国に向けて出発だー!


 ■□■


【???視点】


「なぁにぃ? 魔王はこの連絡船に乗らんで、輸送船に乗って出発しただとぉ?」

「は、はい……」


 広い船室。


 いざという時には、襲ってきたモンスターを退治するという約束で貸してもらっているVIP専用の特等船室だ。


 今、その部屋には四人の男がいる。


 一人は全身に入れ墨を入れた筋骨隆々のハゲ野郎――特A級冒険者のホーガンだ。


 奴は、あんなナリしてメルティカ教の司祭をやってる敬虔なメルティカ教徒だったりする。


 そして、一人はそのハゲに申し訳なさそうに謝るパッとしない見た目の男……確か、B級冒険者の……あー、名前までは覚えてないが、それなりに堅実な仕事をする使える奴だと聞いている。


 そして、一人は話を聞いてるのかわからない様子で脚を組んで椅子に座り、金髪を弄ってる若造。白スーツの上下に白のハットとサングラスを身につけた特A級冒険者のキザ野郎こと、ルーメルだ。


 そして、最後の一人が、この俺――全身に呪われた装備を身につけて、床で座禅を組んでいる特A級冒険者のマスラオである。


 そう。


 俺たちは特A級冒険者を自称している。


 勿論、冒険者ギルドには特A級なんてランクは存在しない。


 最高でA級というのが、世間の常識だ。


 だが、長く冒険者をやっているとわかってくる。


 A級にも、ようやく頑張ってギリギリでA級になれる奴と、A級なんて腰掛けに過ぎず、もはやA級という強さの枠に収まらないレベルで強くなっている化け物の二種類がいるということに。


 俺たちは、後者のことを特A級冒険者と呼んでいる。


 正直、ペーぺーのA級冒険者なんかと同じランクで考えて欲しくないのだが、世間はそうは見てくれない。俺たちはA級というだけで、十把一絡げにされてしまうのだ。


「おいおい、頼むぜぇ? 俺たちは魔王を殺すことでS級になろうとしてるんだ。折角、逃げ場のない船上で戦おうと思ってたのに、肝心の魔王が乗ってないんじゃよぉ……なぁ?」

「す、すみません……」


 そう。


 ホーガンの目的は、魔王を殺すことだ。


 まるで暗殺者ギルドの依頼にしか聞こえないが、ホーガンが言うにはこの依頼はメルティカ法国の上層部からの直接の依頼ということらしい。


 嘘か本当かは知らないが、ホーガンはメルティカ教の司祭だ。法国からの依頼であれば、まず内容に疑問を挟まずに遂行するように動くだろう。


「輸送船というと、ラジス商会の最新鋭艦ですか?」

「は、はい、おそらく……」

「フッ、でしたら、海上で追いつくのは無理でしょうね。性能に差があり過ぎます」


 ルーメルの奴も魔王狙いか。


 コイツはメルティカ教徒じゃなかったはずだが……依頼を受けてるとしたら、ガーツ帝国か、ファーランド王国のどちらかか。


 なんにしろ、コイツもいい加減A級から卒業してS級になりたいと思ってるクチだろうな。


 使えないA級と一緒に組まされて、そいつ等の尻拭いばかりをさせられていると愚痴っていたのを知っている。


 だから、ワンランク上に行くことで、しがらみを断ちたいと思っているはずだ。


「ちっ、運のいい奴らだぜぇ」

「フッ、帝国に着いたら、空路を選びましょう。それでもしかしたら先回りできるかもしれません」

「構わんが、標的は早い者勝ちだからなぁ?」

「わかっていますよ、フッ……」


 ルーメルたちは俺に水を向けない。


 同じ特A級として付き合いが長いから、俺が何を考えているのかわかるのだろう。


 そう。


 依頼を受けるなら絶対に不可能だと言われているものを好んで受ける性格。


 戦の多い倭国に渡った時は、戦況が苦しい国に付いては戦況を覆してきた実力。


 モンスターを狩る時には、いつだって絶望的に強い相手を選んでは戦って……そして勝利を積み重ねた実績。


 俺はマスラオにして、益荒男。


 状況が悪ければ悪いほど、相手が強ければ強いほど、そいつを覆したくて堪らなくなる男だ。


 そして、今回の俺の標的は――たった一人で国ひとつを落とす前代未聞のバケモノと決めている。


 コイツを殺せば、依頼も何も関係なく人族国家からS級冒険者と認められるはずだ。


 そうなれば、俺の命を狙って次々と強い奴が俺のもとに押し寄せて来るに違いない。


 それを考えるだけでもゾクゾクする……。


 勝てば修羅道、負ければ徒花――。


 なぁ? 俺を愉しませてくれるかよ、ヤマモトォ?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る