第307話
…………。
首をプルプルさせながらの睨み合い――、
え、なに? 私を笑わせようとしてる?
ちょっと不安になったけど、魔王とラジスさんは真剣そのものだ。
口を挟める雰囲気じゃない。
「魔王国に不利益をもたらそうとした……ということで儂を処分するのかのう?」
「先代魔王様の時代じゃないんだから、血の処断なんてしないわよ……」
「はて、五百年前はそうではなかったようじゃが?」
「あの時は、戦争推進派の爵位持ちを無理やりにでも潰して回らないと国が先細りして瓦解する未来しか見えなかったんだから、仕方なくやっただけでしょう? ようやく国として安定の兆しを見せてたところに、戦争戦争って……。私には千年前の統一戦争で流された血潮を無駄にするようなことはできなかったってだけよ」
「国が瓦解するということは、先代魔王の偉業やら、儂らの頑張りやらが無駄になるということじゃからな。マユン殿の気持ちもわからなくもない。じゃが、戦争が無くなることで不遇になる魔物族がおったのもまた事実。シュヴァルツェン卿はそういった者たちを救うために協力者を募っており、儂はそれに乗ったということじゃ。まぁ、実際には何もしておらんがのう」
「それは――」
ボタンを押して、ビーッと背もたれを上げるラジス翁。
それに伴って、魔王もビーッと背もたれを上げ始める。
…………。
いや、真面目な話の最中にその動きはなんなの?
私を笑わそうとしているの?
ちょっとツボに入りかけてるからやめて欲しいんだけど?
吹き出したらどうしてくれんのさ?
あと、また中途半端な位置で止めないで!
「儂に与えられた任務は、人族国家連合と魔王国との間に戦争が起きてからのものじゃった。戦争が起きた際に、ガーツ帝国からファーランド王国に円滑に戦争物資を運び込むように海運業を牛耳っておくようにというのが、儂に与えられた任務じゃった。まぁ、戦争になると空気を読まずに不正を働く輩も多いからのう。補給路に関しては、シュヴァルツェン卿も信のおける者に任せたかったんじゃろう。それに、儂は占術を得意としておったからのう。数日先の天気を読んだり、先物取引にも潰しが利いたりすることもあって、海運業の顔役とされるのに、さして時間は掛からんかったよ」
「では、シュヴァルツェン元侯爵の計画に参加してはいたものの……」
「なんもせんで終わった、というのが正しいんじゃろうな。それこそ、フンフの奴に教えてもらわねば、計画の失敗にすら気付かずに過ごしておったわい」
「フンフもシュヴァルツェン元侯爵の元に?」
「フンフを知っとるのか?」
「流石に端役の兵士全てを覚えてるわけではないけど、隊長クラスであれば記憶しているわ」
へー。
シュヴァルツェンさんにも重用されてたし、やっぱりフンフって、それなりに有能な人物なのかな?
モーションはかけてるけど、私の領地に来てくれないかなぁ? 優秀な人材は大歓迎です!
「その記憶力が采配の妙を作り出したか」
「先代魔王様が適当に思いつきで考えたものを作戦レベルにまで昇華しなければならないんだから、現場レベルで有能な者を押さえておかなければいけなかったってだけよ……」
魔王が深々とため息。
うーん、魔王の社畜根性って、かなり昔からのものっぽいね。
下手すると、千年以上前から? 普通の人なら過労で死んでるんじゃないの?
魔物族だから頑丈で耐えられてるっぽいけど。
「それでどうするのですかな? シュヴァルツェン卿に手を貸した罪で、儂を処断なさるのかのう」
「だから、私は先代魔王様と違うって言ってるでしょ」
そう。
魔王は信賞必罰ってタイプじゃない。
使えるものは何でも使う人材コレクタータイプだ。
背もたれの位置を元に戻して、座り方も元に戻す。
…………。
いや、だったら最初から戻そうよ!?
さっきの首プルプルはなんだったのさ!?
「処断はしないわ。その代わり、ラジス翁には私たちの
「ほっほっほっ、こんな老人を魔王軍に再編すると?」
「別に戦力としてあてにしてるわけじゃないわ。ラジス翁がファーランド王国とガーツ帝国の貿易の顔役だということなら、そこを押さえておけば、いざという時に便利だと思っただけ。やることは今までと変わらないわ。……潜入工作よ」
えーと?
それって、人族と魔物族とで戦争になることを見越してたりするのかな?
うーん、良くわからない。
「あぁ、勘違いしないで頂戴。戦争をしようというわけじゃないの。ただ、ガーツ帝国は食料自給率がとても低くて、食料品に関してはファーランド王国からの輸入に頼らなければいけない立場でしょう? だから、その食料品が『水夫の給料を上げるため』みたいな名目で、高騰したらガーツ帝国の経済自体が落ち込んで、厭戦ムードになるんじゃないかって思っただけなのよ」
うわぁ。魔王が為政者してる……。
これ、ガーツ帝国にはわりと痛い所を握られたことになるんじゃないの?
それもこれも、ラジスさんが承諾してくれればの話だけど……。
「ふむ、その話……断ればどうなるかのう?」
「別に何も」
「ほう」
「ただ、いざとなれば利用させてもらうってだけ。ラジス翁が魔物族だという噂を拡散させれば、王国と帝国間の海運を混乱させられるでしょう? それだけでも、ひと月くらいは時間が稼げると思うから。戦争の機運が高まって来たところに冷水をぶっかけるくらいにはなるでしょ」
「儂ひとりが魔物族だとなったところで、ひと月も混乱が続きますかな?」
「シュヴァルツェン元侯爵の件もあるし、ひと月は人族社会に紛れ込んだ魔物族の炙り出しが続くと思うわ。彼らは飽きっぽいからひと月から半年ぐらいで終わると思うけど」
「それは、参りましたなぁ。儂以外にも迷惑がかかりそうじゃしのう」
「それとも今の立場を捨てて魔王国に戻ってくる? それだと、魔王城送りになるんだけど?」
「ほっほっほっ、それだけは絶対に嫌じゃ」
魔王城送りって、アレだよね?
ブラック環境でずーっと書類仕事させられる奴でしょ?
シュヴァルツェンさんも送られていって、その後の話を聞いたことがないんだけど……。
とりあえず、魔王がエナドリ依存症になっちゃうくらいにヤバイ奴だというのはわかる。
私もそんなの絶対嫌だけど、ラジス翁も同じみたいだね。断り方に余裕がなかったもん。
じゃあ、どうするの? って話なんだけど……。
「ふむ。どうやら、与えられた選択肢の中ではマユン殿の下につくのが一番マシのようですな」
「マシって……もう少し言い方どうにかならない?」
「謝意を示して欲しいのでしたら、デメリットばかりでなく、メリットも提示して欲しかったということですな。ほっほっほっ……」
「テロ未遂を見逃すことのメリット以上のものを用意しろと? それは少し業突く張りというものじゃないかしら?」
「なに、大したことではありませぬ。戦争をしないというのであれば、戦争をしないことで不利益を被っておる魔物族たちのことを少しだけ考慮して欲しいと、それだけのことですからのう」
それを聞いた魔王がこちらに視線を向ける。
え、なに? 何かの合図?
とりあえず、ウインク返しとく?
「それなら、もう実験的な受け皿が作られているわ。ねぇ、ヤマモト? あなたの領地ではハーメルン種族や兎人種族、サトリ種族も一緒に暮らしてるのよね?」
あ、そういうこと?
変にウインクなんてしなければ良かった。
しかも、両目瞑って失敗したし。
「そうだね」
「なんと……あの三種族が一箇所に……」
というか、周りが暗黒の森だし、あんまり発展してないし、いがみ合う暇があるなら少しでも良い暮らしにするために働いていこう、協力していこうって環境だからね。種族差別なんてしてる場合じゃないと思うよ。
そして、共同作業は互いのことを知り合う良い機会にもなるしね。
問題が起きてるとかは聞いたことがないかなぁ。
「そこの領地に後々に多くの虐げられている魔物族を住まわせられたら……とは考えているわ」
えぇ? 魔王ってそんなこと考えていたんだ?
というか、屋敷担当がいっつも人手が足りないって嘆いてたから、人が増えるのはいいことなんじゃないかな?
でも、事前に相談は欲しいよね。うん。
…………。
はっ! タツさんが、いつも私が全然相談なしで無茶言ってくるってボヤいてるのはコレのことだったりする!?
ちょっと反省。
「なるほど。それは、シュヴァルツェン卿も喜びましょうぞ」
「それで? あなたはどうするのかしら?」
「ふむ、微力ながらマユン殿の傘下に加わりましょうかのう。ほっほっほっ……」
「そう、ありがとう」
「しかし、やはりマユン殿は恐ろしい」
ん? なんか恐ろしい要素あったっけ?
というか、リクライニングチェアから立ち上がろうとして、もう一度体勢を整えてリクライニングチェアに埋もれるのはやめて欲しい。離れ難いのかもしれないけど。
「儂にそれを聞かせるということは、それ以外の策も用意してあるということじゃろう? そこまでやられては、恐ろしくて恐ろしくて素直に従うしかないわい。ほっほっほっ……」
「ふふ、どうかしらね」
魔王が泰然と笑みを浮かべるけど……。
リクライニングチェアから立ち上がってこようとしない。
というか、背もたれを倒し始めた。
…………。
いや、やっぱりここにリクライニングチェア置いたのは色々間違いだって、屋敷担当!?
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