第306話

 ■□■


冒険担当クラブ視点】


 見事に第三騎士団にハメられた私たちは途方に暮れていた――……わけもなく。


 適当に港の方でキャンプをするために動き出していた。


 まぁ、あの程度の嫌がらせでどうにかなるほどヤワじゃないからね……。


 とはいえ、世間体として魔王を野宿させるのは好ましくない。


 なので、この地の領主に、魔王だけでも領主邸に泊めてもらえないかと交渉するつもりだったんだけど……。


「お前たちだけでエンジョイするのはズルいぞ。私も混ぜろ」


 というわけで、魔王も私たちのキャンプに参加することになってしまった。


 こうなると、その辺にテントを張って寝泊まりするわけにもいかないだろうということで、屋敷担当クイーンが城を作り始めたんだけど……。


「いや、流石に街中に城はやり過ぎだ。問題になる」


 途中で魔王のストップが入ったので灯台になったみたい。


 なんか、元からある灯台よりも、更に立派な灯台が港にあっさりと建てられちゃったんだけど?


 それをささっと建築できちゃう屋敷担当クイーンの小慣れ感が凄いよね。


 どこかで作る練習でもしてたのかな?


「装置の設置終わった」

「ありがと、ミサキちゃん」


 そして、こっちはこっちでバーベキューの準備だ。スーパーフードプロセッサーにバーベキューコンロ、ドリンクボックスにブルーシートを設置して、楽しむ気満々である。


 ミサキちゃんとバーベキューの準備をするのは二回目だから、まぁまぁ手慣れたもんだね。


 ▶【バランス】が発動しました。

  幸福と不幸のバランスを調整し始めます。


 ん?


 バーベキューの準備を進めていたら、なんか【バランス】さんが発動したみたいなんだけど……。


 …………。


 ???


 何も変化がないみたいだけど、何か起きてるのかな?


 ……まぁいいや。バーベキューの準備を再開しよっと。


 私の【収納】の中には、暗黒の森で取れた野菜やら謎の肉やらが沢山詰まっているので、それをバーベキュー用に次々とブルーシートの上に広げていく。


 どの肉を、どの野菜を、どうやって加工するのかは人次第。


 できれば、美味しい食べ方を発見できればいいなぁぐらいの考え方で食材を提供する。


 なんかこうやって食材が大量に並べられてると本格的な料理番組みたいだね。


 それか、大型スーパーの生鮮売り場かな?


 まぁ、それだけ食材が充実してるってことだろうけど。


 なお、包丁が使えなくても、そこはスーパーフードプロセッサーがあるから、怪我することなく材料を加工できるのも、このバーベキューのいいところである。


「ヤマモト」

「なに、魔王様?」

「私もバーベキューに普通に参加したいんだが?」


 ちなみに、魔王はバーベキューコンロから少し離れた所に豪華な椅子と机を設置し、そこに座ってもらっている。


 ちなみに、リンム・ランムの村長さんも、すぐ隣に同じように座ってもらっていた。


 魔王たちは今回の主役だ。


 なので、自由に動かれても困るから、席からは動かないようにお願いしてる。


「ダメですよ。今回のバーベキューでは、魔王様と村長さんは審査員なんですから」

「むぅ、歯痒いな……」

「普通に参加したいのですが……」


 そう。


 今回のバーベキューは、普通のバーベキューではない。


 ちょっとした企画を催している。


 その名も、『魔王と村長を超もてなせ! お口に合うのは何だ!? 選手権』である。


 ここにいる全員によって、自分たちがそれぞれ一番美味しいと思った一品を魔王と村長さんに饗するという企画だ。


 その結果、魔王が一番美味しいと思ったものには魔王賞を、村長さんが一番美味しいと思ったものには村長賞が授与されるといったお遊び程度の企画だったんだけど……。


「魔王が関わっとるからなぁ。もしかしたら、これに優勝すれば特別称号とかもらえるんとちゃうか? 称号次第では新しい進化先とか、特別な職業なんかも増えるかもしれんなぁ……」


 とか、タツさんが呟いたから、さぁ大変。


 俄然、みんながやる気になっちゃって、魚狙いの人たちは波止場に夜釣りに出かけちゃったし、食に興味がなくて【収納】に死蔵していた食材を沢山持ってる人たちなんかは、とっておきの食材を取り出して、どう調理したものかと吟味をし始めちゃったりと、とにかく本気モードに入ってしまった。


 こんな本格的にやるつもりはなかったんだけどなぁ……とか思っても、今更、止めるわけにもいかず、後は成り行き任せにどうにかなることを祈るのみである。


「それにしても、これは地獄だぞ」

「えぇ、本当に。体に毒です」


 魔王と村長さんの目の前では、肉を試しに焼いてはパクリと味を確かめるミサキちゃんの姿がある。


 ミサキちゃんは、まずは私が提供した肉を片っ端から焼いて食べ、どれが一番美味しいかを確かめる作戦らしい。


 だけど、その焼いた肉の香りがホワンホワンと漂って魔王たちを直撃してる。


 しかも、ただただ目の前で肉を食べる光景を見せつけられるというのは、地獄以外の何ものでもないだろう。


 今なら白飯を出してあげたら、臭いだけで二杯くらいなら余裕でかき込みそうだ。


「せめて、何か、こう、前菜のような物は用意できないか?」

「でしたら、これを」

「なんだこれは? 水に見えるが?」

「水です」

「せめて、味が付いてるものを用意して欲しいのだが!?」


 水にも味はあると思うけど……。


 水マイスターは硬水と軟水で味が違うって言うよね?


 でも、魔王が怒ってるのは、多分、そこじゃないんだろうなぁ。


「審査に影響が出るものはお渡しできないので、水で我慢して下さい」

「そもそも審査は必要か? 普通にバーベキューをするのでは駄目なのか?」

「普通に肉を食べたいのですが……」

「みんながあれだけ張り切ってる中で、やっぱ無しで、と言えるとでも?」

「それは、ヤマモトの事情では?」


 魔王たちとじゃれ合っていたら、何やら港が騒がしい。


 誰かがドリンクボックスで御酒でも飲んで、はっちゃけてるのかなぁと思ったら違った。


 なんか見たことのないお爺さんが人を率いて、こちらまでやってくる。


 …………。


 いや、誰……?


 あ! もしかして、ここの土地の管理人さん!?


 勝手にバーベキューやってるから注意しに来たとか……?


 うわー、どうしよう……。


 土下座して、ゴミも綺麗に片付けるので一日だけ土地を貸して下さいとか言ったら、一日ぐらい見逃してくれないかなー。


 私が困っていたら、お爺さんが目の前にまで来て止まる。


「ここの責任者はお嬢さんで間違いないかのぅ?」

「えーと……」


 一応、バーベキューを取り仕切ってるのは私になるのかな?


 でも、現場で一番偉い人となると――、


「いや、この場の責任者となると私になるだろう」


 そう言って、魔王が立ち上がる。


 部下のピンチに颯爽と立ち上がる辺り、魔王は良い上司なんだろうね。


 他の上司を知らないから、比較のしようがないけど。


「この街に着くのが遅れてしまい、宿が取れなかったのだ。そのために、人家の少ない港にて、宿、すまない。だが、これらは明日の朝には蜃気楼のように消えてなくなる代物。邪魔だというのであれば、この街を出て野営も辞さぬが、できれば此処でひと晩を明かさせてはもらえぬだろうか?」


 魔王が懇切丁寧にお爺さんに説明する。


 だけど、白髭のお爺さん……なんかサンタクロースみたいだ……は、ちょっと驚いたような顔で、魔王の顔を見て固まってるように見える。


 はて……?


「まさか、こんな所で出会うとはのう……」

「む。――あれ? ラジス翁じゃない?」


 どうやら、魔王とお爺さんは知り合いだったみたい。


 普通に、魔王の素が出ちゃってるし。


 いや、なんで魔王と人族のお爺さんが知り合いなのかは知らないけどね?


「懐かしいなぁ。久し振りじゃない?」

「マユン殿、ここではなんじゃ、人払いを……」

「あぁ、そうね。ヤマモト、あっちの灯台を使ってもいい?」

「いいけど……。一応、護衛だから私も付いてくよ」

「彼女は?」


 お爺さんから鋭い眼光で睨まれる。


 これは……。


 もしかして、普通の人じゃないかもしれない……?


「魔王軍特別大将軍のヤマモト。現状の魔王軍の最大戦力よ」

「ほう、それはそれは……ほっほっほっ」

「じゃあ、行きましょうか。あぁ、お連れの方もお腹が空いていたらバーベキューに参加していって頂戴。それぐらい良いわよね、ヤマモト?」

「まぁ、食材もたんまりありますので、お好きにどうぞ。でも、村長さんは審査員なので食べちゃ駄目です」

「それは、酷くないですかな?」


 魔王も御飯を食べに席を外すわけじゃないので、そこは我慢して欲しいかな?


 ■□■


 見た目は灯台だけど、中は塔という建物の中に入り、早速とばかりに魔王はエントランスホールにあった魔導リクライニングチェアに腰を下ろす。


 というか、塔の上の方では屋敷担当クイーンがまだ内装を色々とやってるっぽいね。


 カンカンカンカン、音がするし。


 …………。


 というか、そのリクライニングチェアって古代都市で粗大ゴミとして出されてたのを、まだ使えるからとか言って、本体が【収納】に格納した奴じゃないの?


 なに気軽にエントランスホールに設置してるの?


 いや、本体が私会議で「好きに使って」って言ってたけど、使い方はこうじゃないでしょ!


 周りが殺風景だからってダメだよ! 一部のグレードを上げたところで、全体のグレードが上がるわけじゃないんだから! あと、普通に遺失技術ロストテクノロジーの一端だし!


「ん?」


 ほらぁ! 見た目は普通のリクライニングチェアだけど、中身は人をダメにする柔らかリクライニングチェアなんだから! 無駄なところに古代の叡智を使ってるんだから! 魔王も「あれ、なんかおかしいぞ?」って顔してるじゃん!


 屋敷担当、ここにコレを置いちゃダメだよ!


 でも、もう魔王も座っちゃってるから、今更撤去することもできないし……。


 どうしよう……。


「ほわぁぁぁぁ……ほっほっほっ……」


 そして、お爺さんがリクライニングチェアに気持ちよさそうに半分埋まってる! いきなり昇天しちゃったりしないか心配だよ!(失礼)


「流石は二代目魔王様……やりますのう……」

「驚いたかしら?」


 魔王は余裕たっぷりにそう言うけど、私にチラリと視線を向けて、「なにこの椅子? 私も驚いてるんだけど?」と訴えてくる。


 うん。


 私はその視線にあえて気づかないフリをしてスルーするよ。


 文句は屋敷担当にお願いします。


「このボタンはなんですかな? ――ぬぉぉっ!?」


 それは、背もたれが倒れていくボタンだね。ついでに足元の部分が上がってきて、姿勢が徐々に横倒しになっていく。これが気持ちいいんだよねー……。


「なにそれ、楽しそう」


 ラジス翁が寝転ぶ姿勢になったのを見て、魔王もボタンを弄り始める。


 しばらく、二人で背もたれをドッタンバッタンさせてる光景を見せられるんだけど……。


 なにこれ? 小学生かな?


「それにしても統一戦争以来だから、一千年ぶりくらいかしらね、ラジス翁?」

「当時は世話になりましたな。マユン殿も、お変わりないようで……」


 ようやく背もたれのポジションが決まったのか、二人で話し始める。


 でも、ちょっと背もたれ下げすぎじゃない?


 二人共、互いの顔を見るために、クビ痛そうなんだけど? なんで、その角度で話そうと思ったの? もう少しベストポジションあるんじゃない?


「統一戦争の頃は、ラジス翁の占術に随分と助けられたのよね。懐かしいわ……」

「ほっほっほっ、儂はその土地々々の天候やら気候やらを占ったのみじゃよ。それを以て、戦に活かしたのはマユン殿の智謀あってのことじゃろうて」

「戦に天候というのは重要なの。それを利用して作戦を立てると立てないとじゃ、被害も段違いになるわ。まぁ、先代魔王様はそんなの関係なく力尽くで何とかしたでしょうけど……」

「ほっほっほっ、然り、然り」


 二人で笑い合ってる。


 というか、二人の変な姿勢のせいで話が全然頭に入って来ないんだけど……。


 どうしよう……。


「それにしても、ラジス翁はどうしてこんなところに? 先代魔王様から爵位を得た後は、魔王国で悠々自適な生活をしていると思っていたのだけど?」

「なに、昔馴染みに誘われましてなぁ。それで人族国へと足を運んだ次第じゃよ」

「その昔馴染みというのは、シュバルツェン元侯爵のことかしら?」

「…………」


 二人の間に、一瞬緊張が走る。


 シュバルツェン元侯爵といえば、ファーランド王国を扇動して魔王国と戦争を起こそうとしてた人だ。言ってしまえば、テロリスト。


 それに乗っかってファーランド王国に来たとなれば――、


 ラジスさんの言葉次第では、テロリストとして処罰しなければならなくなる。


 でも、ラジスさんが空惚ければ……。


「そうじゃ――と言ったら?」


 けど、ラジスさんは値踏みをするように、鋭い眼光を魔王に向けるのであった。

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