第303話

「それじゃ、出発する」


 翌日。


 ミサキちゃんに出してもらった馬車に魔王を乗せて、私たちの護衛依頼はスタートした。


 旅程としては、このまま港町セカンから西進し、途中で愛花ちゃんたちと合流。


 その後は北上し、夜になる前に港町フォーズに辿り着ければいいな、といった算段だ。


 なお、フォーズからはガーツ帝国行きの定期船が出ているので、それに乗って今度は三日間の船旅になる予定である。


 というわけで、四日の後にはガーツ帝国に辿り着ける予定なんだけど……。


「待て。我らも同行する」


 いざ、出発というところで待ったがかかった。


 私たちを止めたのは、ファーランド王国第三騎士団の面々。その各々が戦争でもするかのような重装備を身につけている。


 まぁ、彼我の戦力差を考慮すると、それでも全然足りないけど……。

 

 ちなみに、彼らの主張としては、王国内で魔王に何かがあっては国際問題になるので、是非とも護衛として同行したいらしい。


 けれども、それは建前で本音は私たちの監視がしたいみたい。魔王国側の人間に国内をウロつかれて、何か悪巧みをされないかと見張るつもりなのだ。


 正直、見張りが付こうが付くまいがどうでもいいんだけど、問題は大所帯になることで進行速度が鈍って旅程が遅れることなんだよね。


 ただでさえ、スケジュールがカツカツなのに、足を引っ張られて遅れるといったことは避けたいのだ。


 というか、世界会議に遅れて到着したら、他の国々に何を言われるかわかったものじゃないからね。そういう意味でも足手まといは不要って昨日言ったんだけど……。


 そう。


 昨日の夜にも、第三騎士団の面々……ドライは王都に行ったのかいなかった……が宿までやってきて、「明日はお前たちを護衛する」云々言ってきたんだけど、魔王にも相談をして「要りませんよ」って断ったんだ。


 けど、私たちの意見はそもそも聞く気がないみたい。


 今日も朝からこの調子である。


「どうするの、ゴッド?」

「どうするって言われてもねぇ……」


 第三騎士団の人たちに要らないですって言っても勝手についてきそうだし、ここは居ないものとして扱えばいいのかな?


 とりあえず、第三騎士団の人たちと相談してみる。


「正直、あなたたちのペースに合わせて行動することはできないですよ? それで、世界会議に遅れたとなっても困るし……。私たちは私たちのペースで行くんで、護衛だか、監視だか、したければしたいで勝手についてきて、勝手にどうぞって感じでいいですか?」

「それで構わない。我々も決して君たちを妨害するつもりではないからな」


 いやぁ、もうこのグダグダが既に妨害になってる気がするんだけど……。


 まぁ、了承を得てしまえばこっちのものかな?


「じゃあ、こっちはこっちのペースで行くことにしますんで。じゃあ、ミサキちゃん、馬車出して」

「わかった。ぶっちぎる」

「「「ぶっちぎる……?」」」


 第三騎士団の面々が呆けたような声を出す中、ミサキちゃんの馬車が出発する。


 現在のミサキちゃんの種族はナイトメア。物理と魔力に優れたディラハンが進化するハイブリッドな進化形態だ。


 もちろん、ディラハン種族の特徴である【馬車召喚】の能力も引き継いでおり、馬車を召喚することができる。


 この馬車……一応、ディラハン種族に進化した時にプレイヤーがデザインし直せるらしい。


 私の場合は、開始時点でディラハン種族を選んでいたから、じっくりと馬車や棺桶を何時間もかけてデザインし直した経緯があるんだけど、ミサキちゃんの場合はブレくんを待たせてたこともあり、自分で一からデザインするんじゃなくて、いくつかのサンプルの中から、オーソドックスな箱馬車を選んだみたいなんだよね。


 なので、二頭立ての首なし馬が牽引する箱馬車というおどろおどろしい馬車が出来上がったわけなんだけど……問題はそこじゃない。


 問題なのは、この馬車が召喚者のステータスの何割かを引き継いで召喚されるということだ。


 現在、ミサキちゃんは私に育成計画を丸投げして、物攻、体力、スピードに特化した成長をしている。


 そう。


 のだ。


 その結果、呼び出された馬車はかなりのスピードが出せるわけで……。


「おうおう、早速ちぎれとるわ」

「スピードが違いますよねー」

「鈍足コンビ、馬車の上でうるさい」


 クラン・せんぷくが誇る鈍足コンビであるタツさんとブレくんが馬車の屋根で御満悦になるぐらいには、ミサキちゃんの馬車はスピードが出るようになっていた。


 第三騎士団の面々が遠くで何か言ってるのが聞こえる。


 まぁ、ろくでもないことを言われてそうなので、あえて拾わないけど……。


 ちなみに現在のフォーメーションとしては、馬車の周囲を守るように私とクイーンとツナさんとTakeくんが展開し、上空をリリちゃんが守り、馬車の上にタツさん、ブレくんといった布陣だ。


 もちろん、魔王は馬車の中である。


 まぁ、布陣というか、思い思いに適当に馬車の周りを走ってるだけなんだけどね……。


 それもこれも、体力無限のアバターだからこそできる荒業ではある。


「そういえば、ゴッド」

「なに、ツナさん?」

「沈没船の中身は確認したのか?」

「あー、アレねぇ……」


 四百年前の原型を残す沈没船の話題。


 その中身が気にならなかったわけじゃないけど、あえて中身を確認する気にはなれなかったんだよね。


 何故って……。


「あの船、原型は残ってたけど、普通に船体の所々に穴が空いてたから内部の侵食が激しかったんだよね。というか、魚の住処みたいになってたから、磯臭いし、なんか変なフジツボみたいな奴がみっちり生えてるし、海藻もモジャーとしてるし、正直、中まで確認してない……というか、したくなかったんだけど……」

「ワインなんかが積まれてたら、丁度良いぐらいに熟成されてたかもしれないな。惜しいことをした」


 四百年前のワインなんて、味とか変わっちゃって美味しくなさそうだけど……。


 でも、それも含めて、ツナさんは飲んでみたいってことなんだろうね。多分。


「どうかなぁ? 魔王の話だと、その頃の主な交易品って王国側が穀物で魔王国側がモンスター素材って話だったから、案外と金貨とモンスター素材ばかりが積まれてたのかもしれないよ?」

「素材と金貨か……可食部が少なそうだ」


 生産職としては、四百年前の素材とかは、ちょっと気になるけど、魔王からは「中身については絶対に手を出すな」って厳命されてるからね。


 多分、それも含めてのってことなんだろうけど。


「みなさーん、左手前方から大きな蜂さんの群れがやってきまーす! 戦闘準備をー!」


 上空からリリちゃんの警告が飛んでくる。


「ふむ、世間話もおちおちできないな」

「蜂ならロイヤルゼリーとかドロップするんじゃない?」

「やる気が出てきた」


 まぁ、形状がスズメバチだから期待できないかもしれないけど。


 それにしても、高速で突き進む馬車に突っかかってくるモンスターなんて、そんなにいないと思ってたけど、機動力に自信のあるモンスターにとっては、そんなの関係ないみたいだね。


「ワイの方でも確認したわ! 出鼻で範囲魔法かましたるから、生き残りは各個撃破で頼むで!」

「はいはいー。足止めて戦うほどの相手でもないし、みんな駆け抜けながら戦ってねー」


 タツさんの言葉にそう付け足しつつ、私はうごうご丸を抜く。


 さぁて、魔王御一行の行進を止められるもんなら、止めてみなさい――ってね!


 ■□■


デスゲーム担当スペード視点】


 私たちが合流地点ランデブーポイントに到着すると、既に冒険者の私とメイドの私がその場にいた。


 というか、平原のど真ん中にティーテーブルや椅子を用意して、その場で魔王に優雅にお茶を振るまっている。


 そして、すぐ近くには……なんだろう? 凄く疲弊した騎士団? みたいな人たちが休憩を取ってるんだけど……一体どういう状況なんだろうね? 知りたいような、そうでもないような……。


「遅いよ、私! 待ちくたびれた上に騎士団にも追いつかれちゃったじゃない!」

「そんなこと言われても」


 こっちには旅慣れてないメンバーもいるんだから、そんなに急いでなんて移動できないよ。


 とりあえず、冒険者の私との会話もそこそこに、リンム・ランムの村長さんを魔王に引き合わせる。


 リンム・ランムが魔王国の属国になるというのであれば、そのことは早めに伝えておいた方がいいからね。


 そのための顔繋ぎというか、話しやすい環境を作るというか、そういうところに気を回した感じだ。


 それとは別に、私は私たちと相談しなければならないことがある。


冒険担当クラブ屋敷担当クイーン、ちょっといい?」

「合流できたんだから、さっさと進みたいんだけど……なんか急ぎの用?」

「そうだね。取り急ぎで相談? 報告? しときたいんだ。三人だけで」

「じゃあ、外界を遮断しとこうか? 【ダークルーム】」


 平原の一角に縦横高さ五メートルの漆黒の立方体が作られて、騎士団の方でちょっとした騒ぎが起きる。


 けど、ただの秘密の部屋を一時的に作っただけなので、騒がないで欲しい。別に悪いことするわけじゃないし。


「タツさん、愛花ちゃん、騎士団の人たちが血迷った行動をしないように監視お願いね」

「えぇで。ちゅうか、なんで監視する側が監視されとんねんって感じやけどな」

「いいわよ。というか、なんでお姉ちゃんっぽい人が何人もいるわけ? 声がそうだよね?」


 …………。


「ごめん。相談したいことが増えたかも」

「時間決めとこう、結論出なさそうだし」

「愛花ちゃんに説明まだだったの、私?」


 ちょっと気持ちが滅入りながらも、【ダークルーム】の中に足を踏み入れる私たち。


 というか、【ダークルーム】に入る前にチラッと見たら、「どうもどうも」みたいにタツさんと愛花ちゃんが挨拶してたんだけど……。


 まぁ、二人は協調性ある方だから、私が紹介しなくても上手くやってくれるでしょ。


 どっちのパーティーも今の内に挨拶済ましといてもらえるとありがたいなぁ。


「――で、話って何?」


 【ダークルーム】の中に入るなり、いきなり切り出す私。うーん、せっかち。


「昨日、ファースの街で駆け出しのプレイヤーと会ったの。kskbって名前のプレイヤーなんだけど……」

「この時期に駆け出しっていうのは珍しくない?」

「そもそも、駆け出しのプレイヤーに優しくするようなタイプだっけ?」

「というか、接触してきたのは向こうから。で、彼が言うにはそのkskbさんは、警視庁サイバー犯罪対策課の捜査員の人らしいんだけど……」

「「……いや、なんて?」」


 まぁ、そんな反応になるだろうとは思ってたよ。


 というか、日下部kskbさんと二人だけで話をした時の私がそんな感じだったし。


古代都市内部調査担当ダイヤのところで現実世界に戻れないか、PKを使って実験してたでしょ? その結果、PKは現実世界に無事戻ることができたってことを伝えにきたみたいなの。……命を賭して」

「いや、え……?」

「そのためだけにデスゲームの中までやってくる? 自分の命がかかってるんだよ? えーと、その人、本当に警察の人? 頭おかしいんじゃない?」


 言い方ぁ!


 私もそう思ったけどぉ!


「いやぁ、私だって最初は疑ったよ? けど、古代都市内部調査担当ダイヤのたこ焼き実験の一部始終を詳細に語られたら、そりゃ、やられた本人か、記憶媒体の中身を確認した相手でしかありえないでしょ?」

「まぁ、折角、デスゲームから脱出できたのに、わざわざまた戻ってくる馬鹿もいないだろうし……」

「だから、警察だろうと?」

「うん」


 実際に、LIAからのログアウト実験は繰り返していたけど、本当に現実世界で意識を取り戻しているのかは確信できなかった。


 ある程度、成功しているだろうという手応えはあったけど、今回の件でそれが完全に確信に変わったのは大きい。


 警察側も、LIA内に正常にログアウトできているという情報を伝えたかったのだろう。


 けれど、どうしても良い手段が思い浮かばず、こうした直接的な手段を取らざるを得なかったみたい。


 情報を伝えるためだけに、命を賭してデスゲームに参加する……そのおかげで沢山の命が救えるかもしれないけど、どれだけの正義感やら勇気が必要なんだろう?


 kskbさんには、ただただ感服するしかない。


「それで? そのkskbさんっていうプレイヤーは?」

「世界会議が失敗したら戦場になるかもしれない場所に、駆け出しのプレイヤーなんて連れていけないでしょ? だから、ファースの街に潜んでもらってるよ。一応、フレンドコードフレコは交換したから、本体が拒否ってなければ、いつでも連絡できるはず」

「本体、通知オフにしてるから気づいてないんじゃない?」

「ありえるわー」


 そこは、次の定例会議の場でちゃんと伝える必要がありそうだね。


「とりあえず、これで運営を現実世界に戻すための最後のピースがハマったってことを伝えときたかったの」

「確か、古代都市内部調査担当ダイヤの調査してた、デスゲームを脱出する条件もほぼ解明済みなんだよね?」

「うん。いつでもやれるように、も用意してあるよ」

「あとはタツさんたちの情報を元にしたも用意してあるけど、できればもっと詰めたいよね。初見殺しに近い方法だし」


 タネが割れれば、きっと耐えられてしまう……そんな予感がある。


 だからこそ、やる時は必ず一発で仕留めなければならない。


 そのために精度を上げておきたいんだけど……日下部さんなら、捜査資料とかで生きた情報を持ってるのかな?


 そこは、ちょっと要相談だね。


「準備は多分整ったんだけど、まだ問題があるね」

「問題? なんかあったっけ?」

「佐々木以外の運営の居場所がわからない」


 なるほど。


「まさか、根本的な部分に問題があるなんてね……」


 私はひっそりと頭を抱えるのであった。

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