第302話

 さて、ひと悶着はあったけど、魔王と合流した後は、飛竜に乗ってファーランド王国まで移動開始だ。


 まぁ、私と屋敷担当クイーンは飛竜に乗車拒否されたから、自力で飛んでいくんだけどね!


 なんでも魔王が言うには、飛竜は竜種の中では弱いために、相手の強さを感じ取る力が優れているらしくって? 私が強すぎるために怯えてるんじゃないか? ってことらしい。


 いや、それだったら、魔王はどうなのさ? と思ったけど、そもそも魔王は文官タイプだから、そこまで強くもないからセーフなんだって。


 ツナさんあたりも引っ掛かるんじゃない? と思ったけど、ツナさんもまだ常識の範囲内で強いからセーフだったみたい。普通に飛竜に乗れてるし……。


 一応、魔王には「現四天王は全員飛竜に嫌われてる」というありがたいような、ありがたくないような言葉を頂いたんだけど……なんだろう? みんながバス移動の中、一人だけ原付きで追っかけてるような疎外感を感じるよ。


 原付き乗ったことないけど。


 あと、魔王の発言で微妙にツナさんがまだまだ四天王レベルではないってことが判明したね。ユニークスキルの【狂神降臨】を使えば、わからないかもしれないけど。


「いやぁ、それにしても天気いい中、空を飛ぶのは気持ちいいねぇ」


 なお、屋敷担当はこの状況を楽しんでるようだ。


 まぁ、眼下には紺色の海が広がって、時折、海面がキラキラと光を反射する様子は見ていて綺麗だし、抜けるような青空の下で風を切って飛ぶのは気持ちいいというのはわからないでもない。


「こんな状況で飲む、キンキンに冷えたビールは堪んないねぇ!」

「なに飲んでんの……」


 よく見れば、屋敷担当の首には小型の樽が紐で掛けられている。


 そして、その樽からは細長いストロー……いや、藁かな?……が伸びており、そこからチューッと飲み物を飲んでるようだ。


 なにそれ、ズルい。


「それ、私の分は?」

「あるよ。というか、【収納】の中に人数分用意してあるし」

「本当だ。あった」


 【収納】の中のものを確認してみると、確かに【ミニ樽型タンブラー(酒)】×8というのが見つかった。


 【レビテーション】と【エアウィング】の重ねがけの最中にアルコールを接種することは飲酒運転になるのかなーとか考えつつ、ミニ樽を首に掛けて飲んでみると――、


「冷た――あれ? ビールじゃない?」

「何当たった?」

「赤ワインだけど……え、中身全部違うの?」

「ロシアン要素あった方が楽しいかなーって」


 流石、私。一筋縄ではいかないね。


 なお、【収納】の中には同じアイテムが残り七つあったんだけど、本体と分身含めて全部で九つ用意したってことかな? 他に何が入ってるか、知りたいような、そうでもないような……。


 それにしても、フレッシュなワインなのか、ちょっと酸味が強いね。


 というか、真夏の海上で飲むものじゃないんじゃない? こういうのは、ナイトクルーズとかそっち向けじゃないの? 庶民舌の私には合わないよ。


「これ、戻しちゃダメ?」

「一度取ったものは最後まで飲むのがルールです」

「まぢかー」


 まぁ、海賊王でも目指す気持ちでチューチューしようかな。せめて、常温にしといて欲しかった。渋み強いし。


 ■□■


 お酒を嗜みながら、最近の暗黒の森ではルーク、アベル、ジョージの三人組が山羊くんを乗りこなすようになって、山羊くんライダーになりつつあるんだよーとか、どうでもいい会話を楽しむ。


 …………。


 いやなに、山羊くんライダーって?


 私の中では、とりあえずスラ○ムナイトみたいなものが思い浮かんだんだけど、それであってるのかな?


 ちなみに、現在の空の隊列は飛竜部隊が先頭を飛び、私たちヤマモトズが飛竜の後ろを飛んでいるような状態だ。


 普通は護衛が斥候を兼ねて前に出た方がいいんだろうけど、屋敷担当が嫌だって駄々こねたので、こんな感じ。


 というか、メイド服だからスカートが風に翻って、スカートの中身が見えちゃうのが嫌らしい。


 なら、メイド服なんて着てこなければいいと思ったんだけど、破廉恥忍者服の私が言えることじゃなかったというね……。


 というわけで、私たち二人は共に先頭を飛ぶことを拒否。


 逆に飛竜たちを追い立てるようにして、後方に回った感じだ。


 で、海面を見るのにも飽きてきたなーと思って、前方の飛竜たちに視線を向けたら、飛竜の背中がなんだか騒がしい。


 あー、なんか、ツナさんが飛竜の背中の端まで行こうとしてるのをタツさんが止めてるね。


 度胸試しでも始めたのかな? と思っていたら、【九尾ナインテール】を構えてツナさんは下を気にしてる。


 もしかして、飛竜の体の端まで行って、銛で魚でも取ろうとしてるのかな?


 いや、危ないって。


 落ちたらどうするのさ?


 あー、ダメダメ! 落ちないために【九尾】を飛竜に突き刺そうとしないの! 飛竜が死んじゃったらどうするのさ!


 いや、何その顔? もしかして、飛竜肉が合法で食べられるかもしれないって閃いた顔してる?


 ダメだよ! 魔王軍が育てた飛竜とか、どれだけ育成費用が掛かってるかわかりゃしないんだから! あとで弁償しろとか言われたらどうするのさ!


 そういうのは、野生の奴を狙って乱獲しよう? ね?


 私の気持ちが届いたのか、タツさんの説得が届いたんだかは知らないけど、ツナさんは大人しく飛竜の背の中央にまで戻っていく。


 中央に飛竜隊の隊員の鞍があるからね。


 飛竜を駆る隊員の人も内心でビビってたんじゃない? コイツいきなり何してんの? って。


 ツナさんも大人しく諦めたのかなーと思ったら違った。


====================


[ツナ缶うまいですよ♪]

ゴッド、魚取ってくれ。


====================


 どうやら、飛竜の上からの銛突きは諦めたけど、その大役を私に委任してきたようだ。


 うーん。どうしようかなー?


「ツマミ欲しいし、いいんじゃない?」


 屋敷担当は適当だ。


 そういえば、【九尾】の試作型の銛があったから、あれを使えば取れるかも。


 まぁ、こっちも景色を肴に飲むだけというのにも飽きてきたし、丁度いいや。


 【収納】から試作型の【九尾】……三本までしか銛が出せない……を取り出し、早速魚群らしき濃い群青をした海面に向けて、銛を投げ放つ。


「ていっ」


 ひゅーん。


「なんで下手投げ?」

「泉の一件で学んだからね」

「泉?」


 屋敷担当の疑問には答えずに、私は銛の行き先を見守る。


 結構やる気なく投げたにしては、銛は加速し、そのまま小さな水音を立てながら、海の中を突き進んでいく。


 本当に軽く下手投げで投げたはずなのに、ぎゅーんと魔力でできた鎖が伸びていく様子は、私のステータスがヤバいってことをよく表してると思う。


 やがて、鎖が止まった。


 手応えはないけど、海の巨大生物が私の攻撃で瀕死になってるパターンやポリゴンになってるパターンもあると思うので、鎖が引かれないからといって諦めてはいけない。


 もしかしたら、海底に刺さっただけかもしれないけど。


「一応、【収納】見てみたけど、魚介類が増えた感じはなかったよ?」

「ありがと」

「暗黒の森の素材はガンガン増えてたけど……」


 山羊くん頑張ってるなぁ……。


 とりあえず、なんか刺さってないかなーと鎖を手繰り寄せてみる。


「む、わりと重い手応え」


 とりあえず、何かは刺さってるらしい。


 鎖を力任せにグイグイと手繰っていく。


 グイグイ、グイグイ、グイグイ……。


 ザバー……。


「なにこれ?」

「沈没船かな」


 海面から姿を現したのは、ちょっと古めかしくて豪華な巨大帆船であった。


 …………。


 流石にこれは食べられないよね?


 ■□■


「間違いないですね。これは、四世紀前の海運王ナオシス卿の帆船です。どうしてこれが、こんなところに……」


 はい。


 というわけで、なんとかファーランド王国の港町セカンまで辿り着きました。


 魔王が飛竜隊を率いてやってきた結果、セカンの街は大混乱。


 住民は逃げ惑い、一時はファーランド王国第三騎士団と一触即発の空気になったんだけど、セカンの街の大通りに釣り上げた沈没船を下ろしてあげたら、「いや、どういうこと……?」みたいな空気になって少しは緊張が緩和されたみたい。


 その間に、魔王は飛竜隊を帰し、セカンの街に降り立ってたりするけどね。


 うん、ちゃっかりしてるよ。


 で、第三騎士団団長である水髪眼鏡のドライが出てきて、目の前に提示された沈没船の検分をさっさと始めたかと思ったら、先の驚きよう。


 むしろ、なんかわかることにこっちが驚いたよ。


 魔王が人族の船だから、持っていってあげればなんかわかるんじゃない? って言ってたけど、本当にわかるとは思ってなかったよ……。


「というか、海運王ナオシスって何?」

「なんですか貴女? 馴れ馴れしいですね。魔物族が私に近づくんじゃ――」

「スカルプケアのシャンプーとリンス役立ってる? 追加で売ろうか?」

「……なんで貴女がここにいるんです? ディーン様が国外追放にしたと聞きましたよ。あと、追加で売りなさい。市場に出回ってなくて困ってるのです」


 うん。


 生え際の薄い人にどうやら思い出してもらえたみたい。


 というか、私は第二王子に国外追放にされてたんだっけ?


 まぁ、今回は世界会議に出席するためということなので見逃して欲しいところだ。


「で、海運王ナオシスって何? というか、誰?」

「約400年程前に、魔王国と王国間の仲を取り持ったとして知られる人物です。確か、王家の傍流の血を受け継いでおり、王家の信も厚かったと聞いています。ですが……」

「ですが?」

「400年前に魔王国との重要な会談の席で、魔王国側に抹殺されたと王国の歴史書には記されていたはずです」

「――とんだ流言飛語デマだな」


 おっと、私たちの会話を聞いていたのか、魔王の登場だね。


「私の記憶では、ナオシス卿は魔王国との交易品目の増大と関税について話し合った後、上機嫌で帰っていったぞ。その後、音沙汰がなかったので王国側で交易条件について揉めているのかと思っていたが、まさか我が国が抹殺したと思われていたとはな……」

「……貴女は?」

「アンリ・マユン。魔王国の王だ」

「貴女が……」


 一瞬、複雑そうな表情を見せるドライ。


 まぁ、少し前まで打倒魔王国でやってたもんね。しこりのようなものが残っていても仕方ないかな。


「――失礼致しました。私はドライ・ケルン。ファーランド王国第三騎士団団長を務めております。以後、お見知りおきを」

「そう畏まらずともよろしい。それはそうと、我らの手土産はどうやら喜んでもらえたようだな」

「手土産……」

「その船が手土産よ」

「恐れながら、陛下。この船は魔王国の悪魔の所業を後世に伝える物証になるかと……」

「え、どういうこと?」


 ドライに尋ねてみたら、迷惑そうな顔でこっちを振り向かれたんだけど?


 対応が魔王相手と違いすぎない?


 私も高官、高官。


「この船を見なさい。四百年程前の遺物にも関わらず、今なお、しっかりと原型を留める程の技術が詰め込まれた帆船ということがわかるでしょう? それだけ頑丈だったということです。これだけ頑丈なのだから、海難事故など起こるはずもなく……故に、魔王国に暗殺されたという説に信憑性が増すのですよ」


 そういえば、この船って四百年前の年代物にしては、普通に原型を保ってるね。


 どうしてなんだろうって、再度ドライに聞いてみたら、船って海に浸かるから痛みやすいらしく、海水で傷まないように魔法でバリバリに補強してるみたい。


 だから、海の中でも朽ち果てなかったってことらしい。


 あと、海のモンスターに襲われても大丈夫なように、かなり頑丈に作られてるんだって。


 そうしたことから、ファーランド王国の船は凄い丈夫なことで有名らしい。難破などしないし、座礁などもしないし、海難事故なども起きない、というのが王国側の見解らしいね。


 でも、実際に海の底に沈んでたからねぇ。


 多分、なんらかのモンスターに襲われて沈没したっていうのが結論なんじゃないのかな?


「クラーケンとかに巻き付かれても、王国の船は海の底に沈んだりしないの?」

「それは……」

「というか、そもそも海運王さんが暗殺されたっていう証拠がひとつも出てないのに、この沈没船ひとつで暗殺の物証になるって苦しくない?」

「だが、メルティカ法国の枢機卿が受けた神託では……」

「え、神託? まさか、神託を根拠に魔王国が海運王さんを殺したって事実を捏造したわけじゃないよね……?」

「…………」


 ドライくんに凄い目で睨まれる。


 いや、私、普通のことしか言ってないんだけど、そんなに怒るようなこと?


「ヤマモト」

「何、魔王様?」

「それは、ヤマモトにとっては極普通の質問なのかもしれないが、彼らにとっては常識を否定されることに等しいのだ。容易に受け入れられるものではないことを理解しなくてはならないぞ」

「はぁ……」


 そんなもんかな?


 というか、人族って何がなんでも魔物族を悪者に据えようとしてない? 大丈夫かな? こんな感じで世界会議に参加しても。


「さて、ケルン卿。原型を留めているとはいえ、四百年も海底に放置されていた代物。その沈没原因を探るのは容易ではないだろう。だが、船そのものをここまで運んできた我らの気持ちは汲んでもらいたい」

「そうですね……。このことについては、私から王にお伝え致しましょう。四世紀も前の話とはいえ、ナオシス卿は王家の血筋に連なる御方、王も久方振りの帰還に喜ばれることでしょう。……それと、本日はこの街で一番の宿を手配致します。ごゆるりと休まれますよう」

「ふむ、ファーランド国王にもよろしく言っておいてくれ。世界会議で会うかもしれないがな」

「はい。今、案内の者を呼んできます。少々お待ちを」


 そう言って、ドライは行っちゃったよ。

 

 いやぁ、沈没船を引き上げちゃった時は、とんでもない粗大ゴミを拾っちゃったなぁって感じだった……ツナさんにもめっちゃ愚痴言われた……けど、魔王の手によって、あっという間に高級宿に化けるなんて、世の中わからないもんだね。


「よし……! 一見さんお断りの高級料理……!」


 そして、そのことを一番喜ぶツナさん。


 これは、もう、なんか、塞翁が馬ってことでいいのかな?


 あと、一見さんお断りかどうかはわからないからね、ツナさん?

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