第301話
【
「市井の冒険者たちよ、はじめまして。我が名は魔王アンリ・マユン。この度は、我が旅の護衛を引き受けてくれて嬉しい――」
「うわぁ、魔王様が魔王様してる」
「……ちょっとヤマモトは黙ってて」
いや、ごめん。
見慣れない光景だから、つい口が滑っちゃったよ。
けど、そんな私たちのやり取りも理解できないほどにタツさんたちは緊張してるみたいだ。
唯一、普段と変わらないのはツナさんかな?
魔王に興味ないからなんだろうけど。
「というか、みんな緊張し過ぎちゃって話を聞けてないんだけど? なんで、そんな威圧するような団体さんでやってきちゃったの?」
そう。
今回、私たちクラン・せんぷくは、ガーツ帝国まで行く魔王たちの護衛として雇われた。
その魔王との合流地点である地下都市フォーザインの闘技場でのんびりと待ってたんだけど、そこに現れたのは大勢の飛竜隊を……それこそ椋鳥の群れかってレベルで……引き連れてやってきた魔王だったんだよね。
それを見たクランメンバーは一様に顔を引き攣らせて固まっちゃって、軽口も叩けないような状態になっちゃったんだ。
まぁ、普通に椋鳥の大群を見かけただけでもちょっと怖さを覚えるもんね。
それの飛竜版とか、ゾッとしないというか……。
でも、そんな威容を誇る飛竜たちが着地すると同時に、同じく空を飛んでついてきたであろうメイド姿の
何故か、
…………。
ちょっと竜種ってなんだっけ? と考えさせられる光景ではあるね。
あと、こっち見た飛竜たちもソワソワしないの!
「ファーランド王国には飛竜隊を使って乗り込む予定だ。だから、連れてきた」
よそ行きの魔王だからか、口調まで変わってる。
いや、これが本来の魔王なのかな?
懐に入れてくれると、結構フレンドリーなんだけどね。今は威厳アリアリでいくみたい。
「余計な威圧感を与えないよう少人数で行くって聞いてたけど?」
「一応、このレベルの軍勢はすぐにでも動かせるというところをファーランド王国には見せておかないといけないからな」
「そうなの?」
「我が国に一番近い人族国家がファーランド王国だ。我々と戦争になった場合に、人族の橋頭堡となる可能性が高い。だからこそ、我々の力を見せておくことで、世界会議で人族が戦争に舵を切るようなら、絶対に反対するように圧力をかけておく必要がある。そのための示威行為だ。まぁ、ファーランド王国に入ってからは少数精鋭で陸路を進む予定だから安心しろ。そこら辺はヤマモトの出番だ」
要するに、戦争を始めるようなら、お前の国は酷いことになるぞってわからせるために飛竜隊を率いて行くと――。
人族国家も別に一枚岩じゃないから、ファーランド王国だけがワリを食うような展開はファーランド王国だって避けたいもんね。
それで戦争反対派の国がひとつでも増えれば、魔王国側としては万々歳ってことかな?
でも、心配な部分もある。
「それって一歩間違えれば、ファーランド王国の敵愾心を煽ることにならないかな?」
「つい数ヶ月前であればそうだっただろうな。だが、どこかの誰かさんがファーランド王国の軍部を引っ掻き回してくれたおかげで、今はファーランド王国の上層部も厭戦ムード真っ只中だ。敵愾心など煽られようもあるまい」
だから大丈夫、と魔王は笑う。
まぁ、それならいいんだけど。
とりあえず、私は私で緊張してるクランメンバーを魔王に紹介していく。
紹介が必要なのかどうかはわからないけど、護衛の顔と名前もわからないのは魔王としても気まずいんじゃないかなーと思って紹介したわけなんだけど……。
全員を紹介し終わった後で魔王の背後から横槍が入る。
「魔王様、そんな奴らを覚える必要はありませんぜ」
「ほう」
そう言って、魔王の背後に控える飛竜隊の中から前に進み出てきたのは髪の毛を赤、黄、青に染めた三人組のモヒカンであった。
なにあれ? 信号機かな?
「そんなどこぞの馬の骨なんぞに頼る必要はありません。魔王様には我々親衛隊がおります」
どうやら信号機モヒカンは魔王の親衛隊らしい。
その目は何やら敵愾心に燃えている。特にこちらを見る目がとても怖い。
なんか恨まれることでもしたかな、私?
「なんや、アイツら?」
ハッキリとした敵意を向けられて、タツさんの緊張感も消えたみたい。タツさんのドラゴンアイが探るように細められる。
というか、親衛隊については私も知らないんだけど……どういう存在?
「魔王軍の中でも能力的に優れた者が親衛隊に配属されるらしいよ。要するに、魔王軍の中でのエリートってことみたい」
「そうなんだ。ありがと、私」
「どういたしまして、私」
やっぱり、持つべきものは私だね。
思考回路が私だから、口にしなくても答えが出てくるのがありがたい。
「なんや、ヤマちゃんが複数人いるって聞かされとったけど、実際に見ると混乱するなぁ……」
他人にとってはそうでもないみたいだけど。
まぁ、親衛隊についてはわかったよ。
とにかく腕に自信がある魔王軍の兵士ってことね。了解。
「モホーク三兄弟よ、これは私自らが依頼した案件だぞ。むしろ、何故、お前たちがついてきている? 私は護衛は不要と言ったはずだ」
「どこぞの馬の骨ともわからぬ連中に御身の安全は任せられませんでさぁ。せめて、我らモホーク三兄弟だけでも連れて行ってはもらえませんでしょうか?」
「それは、魔王軍特別大将軍を軽視してないか?」
「魔王軍特別大将軍が居ようとも、一人だけ。それでは手が回らないこともありましょう」
うん。
魔王軍特別大将軍なら、三人も集結することになるから心配いらないと思うけどね?
それは魔王にも言ってあるからか、魔王の対応も
「不要だ」
「御身が心配なんでさぁ」
食い下がる信号機三兄弟。
というか、この押し問答のせいで時間を浪費しているということに気がついたのかな?
魔王の機嫌が段々と悪くなってる……。
どうしたものかなぁ、と思っていたら、
「ヤマモト以外にも使える者がいるとわかればいいんだろう?」
そう言って、ツナさんが一歩前に出る。
その手には、この間、私が渡したばかりの新兵器が握られているんだけど……。
どうやら、イライラゲージが溜まっていたのは、魔王だけじゃなかったみたい。
時間があったら、港町セカンで久し振りに釣りを楽しみたいって言ってたもんねー。こんなところで押し問答されたら、そりゃちょっとイライラが溜まっちゃうかぁ。
「なん――」
ドンッ!
多分、「何だ貴様は!」とか言おうとしてたんだろうけど、次の瞬間には三人の真ん中にいた黄色モヒカンがあっという間に後方にすっ飛んでいく。
ツナさんの手から放たれたのは、漆黒の巨大な銛。その銛の御尻部分には魔力によって作られた鎖が繋がっており、それがジャラジャラと音を立てて伸びていき、やがて闘技場の壁に到達したところで、大きな衝撃音と共に鎖が不規則に跳ねる。
飛び散った細かな砂礫が収まった時、そこには闘技場の壁に銛で串刺しにされた黄色モヒカンの姿が……。
うーん。
両脇に別のモヒカンがいたから、避けられなかったのか、それともツナさんの攻撃が早すぎて回避行動すら取れなかったのか……。
何にせよ、問答無用とはなかなかツナさんもエゲツないね!
「貴様、不意打ちとは卑怯だぞ!」
「護衛希望なら不意打ちぐらい対処すべきだろ」
「黙れ!」
「いや、そうだな……」
「魔王様?」
魔王がどこか愉しそうな笑みを浮かべている。
なんか嫌な予感。
「私の護衛を希望するというのであれば、この程度の暴漢を軽く捌けねば、その資格はあるまい。わかるな、モホーク三兄弟?」
「……魔王様のリクエストだ。やるぞ」
「コイツを倒せば、俺たちの価値が示せるってわけか。言葉よりもわかりやすくていいじゃないか……」
突然の事態なのに、それを利用して魔王が煽っていく〜!
残りのモヒカンたちが背負っていた巨大なトゲ付き棍棒を背中から引き抜く。魔王の言葉で一気に臨戦体勢に入ったね。
まぁ、ツナさんが銛を投げちゃって徒手だから、強気に出てるってこともあるだろうけど。
「ツナやん、手伝おうか?」
「要らん。ゴッドから貰った【
「そうかぁ。ま、精々怪我せんようにな」
タツさんからの手助けを拒否し、ツナさんは無手で相手と対峙する。
大丈夫かなぁと思うけど、ツナさんなら大丈夫でしょという謎の信頼もある。
特に自分の欲望に忠実な時のツナさんは強いし。
「貴様も護衛として雇われたのであれば、二人がかりで襲われても文句は言えんよなぁ?」
「我らが三兄弟の超絶コンビネーションを受けてみるがいい!」
「もう二兄弟だが?」
「減らず口を!」
「その体、ボロボロにしてやる!」
赤モヒカンと青モヒカンが動く。
両者はほぼ同時に右と左に別れると、ツナさんの側面から挟み撃ちするような位置に移動していた。
ツナさんとしては、どちらかに背を向けなければ対処できない場面。
そうなると、どちらかの攻撃をがら空きの背中で受けなくちゃなんないんだけど――、
でも、そうはならない。
「来い、【九尾】」
「「な――」」
ツナさんの呟きに応じるようにして、ツナさんの右手と左手の中に巨大な銛が現れる。
これは【収納】から新しい銛を取り出したわけではない。
【九尾】はそういう武器なのだ。
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【
レア:8
品質:高品質
耐久:1000/1000
製作:ヤマモト
性能:物攻+789 (刺属性)
【魔銛錬成】9/9
備考:見た目はただの黄金色の腕輪だが、緋緋色金やミスリルを使われて作られた希少価値の高い魔道具。装備者の魔力を元にして、装備品に付与された物理現象を引き起こすことができる。
※【魔銛錬成】……魔力を元にして物理的な銛を作り上げることができる。この銛によるダメージは物攻を基準とする。
====================
所有者の意思を受けて、九本まで即座に実体化できる魔力でできた巨大な銛を呼び出すブレスレット。それが、【九尾】。
勿論、本体がブレスレットなので装飾品扱いとなり、コグスリーとの同時装備が可能である。
つまり、ツナさんは合計で巨大な銛を十本までなら同時に扱うことができるようになるというわけだ。
なんでこんな装備を作ったのか?
その原因は、フィザ領主戦にある。
あの戦いで、タツさんとブレくんが死にかけた。
私はそれをすごく反省したのである。
運営はきっと私たちよりも更に強くなっているのに、普通のNPCボスにやられてしまったという事実……。
これは、どう考えてもよろしくない。
かと言って、レベル上げはできるレベルで目一杯やってるし、ここから更に加速することは難しい。
装備も状況に応じて可変できる便利なものを取り揃えてるし、刷新するというのもなんだか違う気がする。
なので、この一週間で個人個人に合わせた
いうなれば、ユニークスキル外の必殺技。
クランメンバーとも良く話し合って、こういう武器、技、道具とか用意できるんだけど、どう? と提案、相談してみたのである。
その結果、ツナさんが選んだのは延々と投げ続けられるような投擲武器。
特に、銛を投げる機会が多いので、投げた後の隙を失くす武器として開発したのが【九尾】というわけだ。
ジャッ!
腕を交差するようにして射出された巨大な銛は魔力の鎖の線を空中に引きながら、瞬く間にモヒカン二人に迫る。
モヒカン二人はその銛を避けようとして動こうとするけど――遅い。
一拍の後には、銛はモヒカン二人の腹に食らいつき、その身を吹き飛ばして闘技場の壁へと激しい音と共に縫い付けていた。
「……やり過ぎたか?」
決着は一瞬。
あまりの手応えのなさに、ツナさんがそんなことを言ってるけど、私の狙いとしては大成功なので問題はないと思う。
とりあえず、魔力の鎖を引っ張って、掛かった
そして、彼らに【中級ポーション】を振りかけてやりながら腕を組む。
信号機三兄弟もツナさんの一撃でポリゴンになってないところを見ると、それなりに強いんだろうけど、相手が悪かったとしか言いようがない。
多分、ツナさんの強さは既にA級冒険者でも届かない領域に達してきてると思うし。
「護衛としては、この程度の実力だが不安か?」
「いや、十分だ……」
「申し分ねぇよ……」
「完敗だ……」
ツナさんの言葉に、流石のモヒカン三兄弟も諦めたらしい。しゅんとしょげ返る。
やはり、魔物族は力こそ正義ってことらしいね。
普通の社会だったら、問題をいきなり暴力で解決したとなって大顰蹙を買ってた気がするけども!
「ねぇ、ヤマモト?」
「なんです、魔王様?」
「あの子、四天王とかに興味あったりしない?」
そして、暴力が基準の社会では、暴力に秀でた者は時の権力者さえも惹きつけるらしい。
でも、ツナさんは権力に興味あるタイプじゃないので、多分そういう話には食いつかないとは思う。
「四天王には興味ないですけど、美食には興味あるみたいですよ」
「そう、残念ね」
残念、なのかなぁ……?
まぁ、頭が残念という意味では残念なのかな……?
「ゴッド」
「なに、ツナさん?」
じーっと見ていたのに気づかれたのか、ツナさんがこちらに視線を向けてくる。
「さっきからずっと考えていたのだが」
「うん」
「あれだけ飛竜がいるんだから、一匹ぐらい潰して肉としてもらえないか、魔王に聞いてくれないか?」
うん。
「こういう人です」
「そう、残念ね」
今度の残念には違和感はなかった。
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