第295話

 ■□■


 私がユフィちゃんたちに愚痴を零してから三日――。


 ――トラップルームへの挑戦者数がひっそりと増えました!


 わー、ぱちぱちぱち〜!


 どうやら、ロウワンくんとユフィちゃんが少しだけ話を広めてくれたらしい。


 私はそんな挑戦者の様子を第四層の自室プライベートルームに設置した魔道モニタで観察しながら、期待に胸を膨らませる。


 さぁ、私が設計した最強のトラップルーム……攻略できるものなら、攻略してみるがいい!


 …………。


 なんか、本来のトラップルームの目的とは違う使い方をしている気がする……。


 けど、作っちゃった以上は試してみたいと思うのが生産職なのだ!


 というわけで、本日の挑戦者カモン!


『ここか? ヤマモトの屠殺場というのは?』


 おや? 本当に挑戦者が現れちゃったよ。

 

 本日最初の挑戦者は、私の部屋の扉を開けて、ズカズカと入ってきた少年の二人組だ。彼らは臆することもなく、私の部屋の奥へと向かって進んでいく。


 それにしても、屠殺場とかいう不名誉な二つ名を付けないで欲しいんだけど?


 別に殺すことを目的としてないし、普通にやればちゃんと通り抜けられる難易度に設定してあるからね?


 決して、地獄の一丁目というわけじゃないんだよ?


『誰もいないね? ここに何があるっていうんだい?』

『知らないのか? このヤマモトの屠殺場をクリアすると、ヤマモトが四天王にまで駆け上がった原動力となった伝説の武器が手に入るらしいぞ』

『え、そうなのか? そんな凄い武器をヤマモトが使ってたなんて聞いたことがないけど……』


 うん。私も聞いたことがない。


 もしかして、ガガさんの魔剣のことかな?


 でも、アレ人工魔剣だしなぁ……。


 作り出されて数ヶ月って感じだから、伝説の武器というほど伝説が残ってるわけでもないし。


『いやいや、そういう伝説の武器でも使ってないと、いきなり魔王軍四天王になんてなれないって。そして、今はもう魔王軍特別大将軍だっけか? になったから、それを手放そうって話みたいだ』

『その武器があれば……』

『あぁ、俺たちでも魔将杯で学園の代表になれるってもんだぜ!』


 なんというか、私の強さに説得力を持たせるために、謎の伝説の武器というものがでっち上げられたらしい。


 というか、そんな伝説の武器なんて賞品として用意してないんだけど……。


 ちなみに、このトラップルームを攻略したあかつきには、最近、暗黒の森の方で開発が進んでいるラーメンの試作品を提供しようと考えていた(なんか暗黒の森で料理のできる人材を確保したことで、色々と捗っているらしい)んだけど……ちょっと色々と考え直した方がいいのかもしれないね。


『なんだここ? プール?』

『この浮島みたいな足場を渡っていくのか?』

『よし、行くぜ!』

『あぁ、一気に行こう!』

『『せーの!』』


 カッ――ドカン!


 あ、いきなり二人して機雷踏んじゃったね。


 これで、なんの見せ場もなくゲームオーバーかぁ。


 せめて、一人ずつ挑戦してくれれば、どちらかが生き残れたかもしれないのに……残念。


 あ、黒子さんたちがやってきて、【蘇生薬】を使って二人を生き返らせてから搬送してるね。お大事にー。


「それにしても、魔将杯かぁ……」


 一般生徒としては、魔将杯に出て優勝することで色々と魔王に願いを叶えてもらうということが、とても魅力的に映るらしい。


 まぁ、それだけでなく、優勝することで実力も示せるから士官の道とかも開けたりするのかな?


 私の場合は、既に魔王軍特別大将軍という地位についているので、正直、進んで参加しようとは思わないんだけど……。


 トラップルームのせいなのか、既に学内ランキングで三十七位にいるというね……。


 まぁ、学園代表になるには、十位以内に入らないといけないらしいので、このまま何事もなければ問題ないでしょ!


「つまり、みんなにとっては魔将杯の予選を勝ち抜くことが今は最大の関心事……。だから、私のトラップルームにもなかなか人がやって来ないってことだね! 決して、すぐに爆散して退場してしまうこととはきっと関係がないんだ! …ろおっと、また挑戦者が現れたね。どれどれ」

『ヤマモト! テメェコノヤロー! この屠殺場を攻略したら、魔王軍特別大将軍になれるって本当か! 絶対にクリアしてやるからな!』


 おや、本日二組目の挑戦者は、エなんとか君だ。


 どこで、ここのことを聞きつけて来たんだろう?


 でも、やる気のある挑戦者はウエルカムだよ! さぁ、私の作ったトラップルームに挑戦して頂戴!


『テメェの作ったこの屠殺場を駆け抜けて、俺様が魔王軍特別大将軍になってやらぁ! 見てろよ!』


 カッ――ドカン!


 ってか、いきなり機雷踏んで出オチってるし!


 あ、黒子さんたちがやってきた……けど、エなんとか君は自力でプールの中を泳ぎ始めたよ。


 凄いね。


 だてに魔王軍の次期四天王候補とか言われてないよね。


『ふざけんなよ! なんだこのトラップ! もう二度と来ねぇよ! バーカ! バーカ! 死ね!』

 

 あらら、エなんとか君、捨て台詞を残して帰って行っちゃったよ。


 これは、アレだね。


 エなんとか君に耐えられちゃったし、機雷の威力を上げないとダメだね!


 ■□■


 その後、三時間ぐらい経っても誰も挑戦者は現れなかった。


 私は学園に課された課題なんかをこなしながら、魔道モニタを確認してたんだけど、急に画面がブレたような気がして、思わず画面をまじまじと覗き込む。


 そしたら、見難いけど、確かに部屋の中に人がいるのを見つけた。


「あ、いるね」


 そこに居たのは、同じクラスの髪の長い女幽霊ちゃんだ。


 彼女はキョロキョロと周りを見回すと、すーっとプールの上を飛んで簡単にゴールへと辿り着く。


 おおー……。


 まさかのエリア1を苦も無くクリア。


 いや、元々飛べる種族には簡単なエリアとして作ってあるけど、こうもあっさりとクリアされると少し悔しい……かも?


 でも、第二エリアはこうはいかないからね。さぁ、幽霊ちゃん、先のエリアに進むがいいさ!


 ん?


 あれ? 動かない?


 というか、なんか第一エリアの入口の方をじっと見てるんだけど……。


 何かあるのかな?


『オラー! ヤマモト! テメェ、今度こそは目に物見せてやるからな! ……あ?』


 あ。


 エなんとか君がまたやってきたみたい。


 それに気づいて、幽霊ちゃんは静止してたんだね。


 というか、エなんとか君、さっき二度と来ないみたいなこと言ってなかったっけ? 三時間経ったら、自分の言葉を忘れたようにやってくるのはどうなの?


『なんでいきなりクリアしてる奴がいるんだよぉぉぉ!? 俺様が最初にクリアするはずだったのにぃぃぃ!?』

『…………』


 そんなこと言われても。


 そして、ゴールエリアでエなんとか君を煽るようにして踊り出す女幽霊ちゃん。


 君もなかなかイイ性格してるね。


『ふざけんな! なめてんじゃねぇぞ、この幽霊女! 俺様はさっきまでの俺様じゃねぇ! この三時間で俺様は【潜水】スキルを身につけてきたんだ! このスキルさえあれば、こんなプールなんざ!』


 ザバン!


 そう言って水中に飛び込んだエなんとか君。


 だけど、すぐにトゲだらけになってプカーと水面に浮いてくる。


 うん。


 トラップは当然のようにプールの中にも仕掛けられてるからね。そりゃそうなるよねって感じだ。


『卑怯だぞ! ヤマモト! 正々堂々勝負しやがれ!』


 でも、エなんとか君は死んでなかった。


 暫くプカプカしてたけど、意識を取り戻したのか、ザバッと水面から顔を上げると烈火の如く怒り出した。


 というか、エなんとか君が迂闊なのが悪いのであって、私が卑怯なわけではないと思う。


『あと、そこの幽霊女! 腹抱えて笑ってんじゃねぇよ! 畜生! みてろよ! もっと泳ぎが上手くなって戻ってきてやる! 待ってやがれよ!』


 そう言うと、ザブザブとプールを泳いで入口へと戻っていくエなんとか君。【水泳】スキルは最初から持ってたのかな? 泳ぎは普通に上手いね。


 うーん。


 それにしても、たった三時間で普通に【潜水】スキルを習得してくる辺り、流石は元四天王候補といった感じ?


 この調子で頑張られたら、いずれは第一エリア突破も夢じゃないかも。


 うん、頑張れ! エなんとか君! 私は期待してるよ!


「あれ? 幽霊ちゃんは先に進まないんだ?」


 エなんとか君が「待ってろ!」と言ったから待ってるのかな? 魔道モニタの中で幽霊ちゃんは地縛霊のようにその場で待ち続けている。


 そして、そのまま三時間が経過した――。


 その間にも二、三人挑戦者がやってきたけど、一瞬で爆死して救護室送りとなっている。


 うーん。


 そんなに第一エリアの難易度を上げた覚えはないんだけど、ここまで第一エリアの踏破者が出ないとは思ってもみなかったよ。


 もう少し難易度を下げた方がいいのかな?


 私がそんなことを考えていると、


『オラー! エギル様が戻ってきたぜー! 【潜水】のスキルレベルを上げてきたから、これで前回のような不覚は取らねぇぞ! そして、そこの幽霊女ー!』


 ビシッと幽霊ちゃんに指をさすエなんとか……いや、エギル君。


 挑戦者同士で喧嘩とかやめて欲しいんだけどなぁ。


 だけど、エギル君はお構いなしのバリバリ全開威嚇モードで女幽霊ちゃんに牙を剥く。


『テメェにできて、俺様にできねぇはずがねぇ! 見てろよ、コノヤロー!』


 威圧された女幽霊ちゃんは、震え上がるか、怒りでムッとするかのどちらかだと思ったんだけど、彼女は白装束の袂から小さな巻物を取り出してみせると、それをクルクルと広げてみせる。


 そこには、やたらと綺麗な字で『頑張れ、エギルくん!』と書かれていた。


 うん。


 なんか待っている間に、幽霊ちゃんがコソコソやってるなぁとは思ってたんだけど、それを書いてたんだね。


 それを見たエギルくんは、


『…………』


 フリーズした……?


『お、おぅ……。ありがとな……』


 そして、めっちゃ照れたようにそっぽを向いてる!


 そこは殺すぞコラーとか、なめてんのかコラーとか言うところじゃないの!? 普通に初々しい反応見せるとは思わなかったよ!?


 というか、そういう素直な反応できるなら、私に対してもまともに接して欲しいんですけど!?


 そして、幽霊ちゃんの方もエギルくんが普通に照れちゃってるから、吊られて照れちゃってるじゃん!


 なんだそれ! アオハルか! 青あんど春か! 学生か! ――学生だったわ!


『お、お前のためじゃねぇぞ!? 俺様はヤマモトを倒すために今からプールに潜るんだ! だから、その、勘違いすんなよ!?』


 …………。


 エギルくんのツンデレなんて誰得なんだろう?


 でも、幽霊ちゃんには得だったみたい。


 長い髪の奥の口が三日月のように弧を描く。


 というか、普通に見ると超ホラー。


 画面越しで見てるだけなのに背筋がブルリと震えたよ。


 私がそんなことをしてる間にも、


『いくぜ! うぉぉぉぉっ!』


 エギルくんは潜水を開始。


 プールに飛び込んだ瞬間に小さくはない白波が泡立ち、一瞬で水面が静かになる。


 …………。


「プールの中にも魔道カメラを仕掛けておけば良かったかな?」


 あんまり画が動かないから地味だ。


 けど、それも僅かのこと。


 やがて、プールの水に血の色が混じり始める。


 どうやら、負傷したみたいだね。


 それでも、前回のように浮いてこないのは、怪我の程度が軽いからかな?


「長いね……。十分は潜ってるんじゃないの?」


 【潜水】のスキルを使えば、水中で息を止めていられる時間が長くなる。


 ツナさんとかは、その【潜水】と【水魔術】レベル2の【ウォーターブリージング】の併用で水上に顔を出さなくてもいつまでも潜っていられるらしいんだけど、エギルくんも同じようなことをしているのかもしれない。


 やがて、エギルくんの体が浮いてくる。


 だが、それはトゲに串刺しにされたからではない。


『っしゃあ! これで屠殺場クリアだ! 見たか、コラァ!』


 対岸に手をかけ、一気にプールの水から体を引き上げるエギルくん!


 うん、正攻法での攻略お見事!


 私は思わずその場で拍手しちゃったよ!


 適度に苦戦しながらも、努力してその困難を乗り越える……私の求めていたトラップルームの姿はコレだよ! 謎の感動! ありがとう、エギルくん!


『オラ出てこいや、ヤマモト! そして、俺様に魔王軍特別大将軍の地位を明け渡せ! ……あん? なんだこの階段は?』


 気をつけろ! 上から来るぞ! ――じゃなくて、第二エリアの入口に気づいたみたいだね。


 ズンズンと階段を降りていって、新しい扉を見つけたエギルくんと幽霊ちゃんが顔を見合わせる。


 そして、ガチャリと扉を開けた先には、ランダムで網目の隙間を変える魔道熱線レーザー網と超重そうなシャッターがデンッと鎮座する光景が見えたことだろう。


 うん。


 バ○オのレーザートラップとSAS○KEのウォールリフティングを組み合わせてみたんだけど、どうかな? このトラップルーム?


 なお、この第二エリアは道幅を広めに取った一本道。純粋にパワーとスピードと判断力が試されるトラップとなっている。


 意外と道幅が広めというのが、攻略の鍵かもしれない。


『なるほど、そういうことかよ……。いいぜ、ヤマモト……。テメェがそういうつもりなら、とことんまで付き合ってやろうじゃねぇか! そして、テメェを必ずギャフンと言わせてやる!』


 今どきギャフンなんて言う人はいないと思うけどなー。


 私がそう思いつつ、魔道モニタを眺めていたら、


『ギャフン!』


 エギルくんと幽霊ちゃんがレーザートラップに一緒になって引っ掛かって、一瞬でポリゴンに変わっちゃったんだけど……。


 というか、そっちがギャフンって言うのかーい!


「あ、黒子さんたちが部屋の入口まで来てる……。そういえば、第二エリアの敗退者ルーザーの回収方法まで考えてなかったなぁ。後で回収するための仕掛けを追加しとかないと……」


 仕方ないので、私は二人を復活させに自ら第二エリアへと向かうのであった。

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