第269話

【シーザ視点】


 魔王軍特別大将軍ヤマモト――。


 彼女が強いことは、既に周知の事実でしょう。


 そもそも、私の故郷も彼女によって壊滅的な打撃を受けて、今も復興中という煮え湯を飲まされていますからね……腹立たしいこと、この上ないです。


 そんな彼女の強さを認めてか、ツルヒ・ノワールはヤマモトに媚びを売るように彼女に靡き、エギル・ヴァーミリオンは本来の目的を忘れて、自己鍛錬に邁進するようになってしまいました。


「全く、嘆かわしい……」


 私は学園の空中ラウンジでお気に入りの紅茶を飲みながら、そう呟きます。


 私たちの目的は、当初は魔王軍四天王になることであったはずです。


 そもそも、私が魔王軍四天王を目指したのは、六公よりも強い立場である四天王という地位に就くことで、父と協力し、より開戦派の力を増すためでありました。


 けれど、私たちが四天王であるヤマモトを引き摺り下ろすよりも早く、ヤマモトはより上の地位を得てしまったのです。


 逆に父は降爵され、開戦派の勢いは削がれるばかり……。


 この状況から、人族との戦争を望む開戦派の勢いを取り戻すのは難しいと思われます。


 ですが、難しいからといって手がないわけでもありません。


 そう。手立てのひとつとしては、ヤマモトを開戦派に引き込むことです。


 前魔王の再来とも言われているヤマモトを開戦派に引き込めれば、魔王国の世論は一気に開戦に傾くことでしょう。


 前魔王の強さ、カリスマ性は千年が経つ今となっても衰え知らずなのですから、当然です。


 そんな前魔王の再来が、また戦争を引き起こすというのであれば――……これで血が滾らない魔物族はいないでしょうね。


 ですが残念ながら、彼女はそういうタイプではありません。


 そもそも、ファーランド王国で人族と魔物族との開戦のキッカケになるはずであった内乱をヤマモトは自らの手で止めています。


 これは、彼女が開戦派でない何よりの証拠。


 ほぼ、開戦派に彼女を引き込むのは不可能だと考えていいでしょう。


 ですから、私はもうひとつの手段を講じることにしました。


 ――それは、ヤマモトを打倒すること。


「…………」


 現在、ヤマモトは魔王国の最大戦力として、不自然なほどにその名が轟いています。


 恐らくは、魔王軍の最大戦力を飼い慣らしているという現魔王のアピールなのでしょう。


 ですが、逆にその知名度や存在感を広め過ぎたことが弱点にもなるわけです。


 すなわち、現魔王の広告塔であるヤマモトを倒すことができれば、その尊大で過大なヤマモトの評価をそっくりそのまま私が奪うことも可能だということです。


 そうなれば、開戦派にはヤマモトを倒すほどの戦力がいるとなり、開戦派に勢いを取り戻すことも叶わぬ夢ではないでしょう。


「いや、言い訳ですね……」


 それは、開戦派の父を持つ私のが言わせているものです。


 本音は違います。


「ヤマモトに勝ちたいだけなんですよ、本当は……」


 セルリアン領では、正直、私に勝てる魔法の使い手はいませんでした。


 いえ、それどころか次期四天王候補と目されるほどに私の魔力、魔法の操作技術は卓越していたのです。


 それは、きっと他の四天王候補たちだって、同じだったはずなんですよ。


 ですが、ヤマモトという存在によって、力の差を見せつけられ、プライドをズタズタにされた。


 私が嘆かわしいと呟いたのは、プライドをズタズタにされておきながら、それを良しと受け入れている他の四天王候補たちの態度です。


 本当に、それでいいのか? お前たち?


 ――そう言ってやりたいぐらいですよ。


 力を磨く、技を磨く、大いに結構。


 だけど、ヤマモトはそんな道をすっ飛ばして強くなったイレギュラー。


 真っ当に努力して追いつこうとしても、追いつける存在じゃない。


 頑張って強くなったとしても、ヤマモトはその数倍のスピードで成長しているんですから、差は開く一方です。


 だから、エギル、ツルヒ。


 あなた達のやっている打倒ヤマモトのための鍛錬というのは、ただの自己満足にしか過ぎませんよ?


 大陸横断という目標を掲げて、その第一歩目を踏み出して、キャッキャと喜んでいるガキの行動そのものです。


 ヤマモトはその間にもう大陸横断を三度も成し遂げているというのに、その事実に気がついていない。

 

 それだけの差がつけられている状況。


 私が他の二人と違うのは、私だけはこの状況に気がついているということ。


 そして、私だけがその差を覆して、ヤマモトを追い抜かそうと考えているということです。


 圧倒的な差がヤマモトとの間にあり、尚且つ、ヤマモトの方が圧倒的に歩むスピードが早いとなれば、それに追いつき、追い越すためには正道では足りない。


 妨害し、邪魔し、嫌がらせし、それでいて、自分自身も歩みを進ませ、近道を使い、最短距離を走っていかないといけない。


 それだけの苦労をしても、まだ見えない背中――。


 普通なら諦めるでしょう。


 でもね、私はね……。


 やられっぱなしというのが、一番嫌いでしてねぇ……。


 そのために、新学期の幕開けに合わせて、私の息のかかった転入生たちも沢山用意しました。私の手足となって働く貧乏貴族の子息たちです。彼らと、元々学園に通っていた開戦派の貴族の子息たちを使って、まずはヤマモトを弱らせていきましょう。


 学園内ランキングにかこつけて、毎日毎晩ヤマモトを襲わせましょう。


 嫌がらせ程度にしかならないかもしれませんが、どこかに綻びができるかもしれません。


 やらないよりは、やる方がマシでしょう。


 精神的に弱ることで、あっさりと白旗をあげるかもしれませんしね。


「そして、その間に私は強くなる……」


 ジャラリと取り出したのは十を越える数の錠剤。それを口の中に放り込み、紅茶と共に一気に嚥下します。


 錠剤にしているというのに、口の中に訪れるのは強烈な不快感。


 後は鼻腔を突き抜ける腐臭のような香り。


 私は右手の中指にはめた指輪を左手で触りながら、胃の奥がムカムカとする不快感と戦います。


 その内に、全身を苛む強烈な痛みも追加され、私は思わず目を閉じます。


 好きな紅茶の味、香りで誤魔化し、衆人環視の目を利用することで痴態を見せることを防いでいますが、そうでもしていなければ、その場で七転八倒していることでしょう。


「フゥー……」


 心頭滅却。


 どうにかこうにか辛さを抑え込みます。


 ……中指にしているのは、魔封じの指輪。


 魔法や魔術の発動を阻害するとされる遺失文明品アーティファクトのひとつで、呪いの装備とも称されるものですが、我がセルリアン家では、もっぱら魔力を強制的に増強させる道具として使われています。


 そもそも、魔封じの指輪とは、魔法の発動自体を阻害するものではなく、本来ある魔力量を極限にまで圧縮することによって、体内の魔力量を枯渇状態に近い状態にするアイテムなのです。


 それを付けた状態で、先程の魔力量増強薬と定着薬を飲むことによって、圧縮した状態の魔力を徐々に増やすことができます。


 そうして、我がセルリアン家は濃密な魔力を練り上げ、代々強力な魔法使いの家系として栄えてきたのです。


 とはいえ、そんなセルリアン家の秘法を使っても、ヤマモトに追いつくことは難しい。


 だからこそ、私は規定量の三倍の薬を飲み、本来ならば出もしない体の苦痛というものに耐えているのです。


 恐らくは――、


 こんな無茶を続けていれば、私の体は長くは保たないでしょう。


 そもそも、体にガタが来ないように調整された魔力増強の手法こそが、我がセルリアン家の秘法なのです。


 その秘法から外れるということは、セルリアン家の歴史の中で犠牲となっていった者たちと同じ末路を辿るということになるのでしょう。


 魔力が膨れ上がり過ぎて、内部から爆発して死ぬとか、魔力の暴走により自我が破壊されて廃人同然になるとか……そういった嫌な話は、セルリアン家の歴史の中では事欠きません。


 ですが、私はそれでも構わないと思っています。


 必要なのは、たった一度、ほんの一瞬。


 その瞬間だけでも、ヤマモトを超えられれば、私はそれで満足なのです。


 それがなされれば、私の自尊心は満たされるのですよ。


 だから、その時まで、私は静かにですが性急に力を強める必要があるのです――。


「――なぁ、アンタさぁ」


 私が静かに気持ちを落ち着けていると、突如として見知らぬ相手に声をかけられます。


 つば付き帽子を被った金髪の……少年? いや、少女ですか?


 少年にも少女にも見える中性的な整った顔には見覚えがありません。


 それにしたって、学園内ランキングの最中だというのに、パーカーに皮のズボンという格好は随分とラフに見えます。


 ランキング戦を恐れる者は、学園内でも戦場に出るかのような装備で過ごす者もいるというのに、その格好は強さに対する自信の表われなのでしょうか?

 

 彼? 彼女? は私のテーブルに近づくと腕を組んで仁王立ちして、私に対して嫌そうな顔を見せます。


「公共の場で薬キメんのやめてくんない?」

「別に構わないでしょう? 私が何をしていようとも、あなたには関係ない」

「いやいや、関係あるって。少なくとも頼んだパンケーキが不味く感じるぐらいには関係あるって」

「それは、ここのパンケーキが不味いだけで、私のせいではないでしょう」


 どうでもいい、些細なことで話しかけてきますね。


 これだから、立場も弁えぬ一般市民というものは――、


「大体さぁ、アンタ古いんだよ。魔封じの指輪をつけて、魔力密度上げようとかさぁ〜」


 コイツ……!?


 何故、我が家の秘法を……!


「そもそも、キミ雑魚でしょ? 雑魚がいくら魔力量上げたところで、大して変わらないんだし、無駄な努力続けるよりも、もっとこう……違うことした方がいいんじゃない? ほら、勉学に励んだり、スポーツに励んだり、愛とか、恋とか? 薬をキメるよりよっぽどマシだと思うんだけどなぁ。分かったんなら、ココで薬キメないように、以上」

「雑魚……? 雑魚だと……」


 バガン!


 思わず、目の前にあったティーテーブルを蹴り上げます。


 奴の顔に当たるように蹴り上げてやりましたが、奴は半歩下がってテーブルを素早く回転させると、何事もなかったかのように、その場に素早くティーテーブルを置きます。


 ついでに時間差で空中から落ちてきたティーセットをキャッチすると、私が蹴り上げる前の状態に見事に整えてみせます。


 大した早業ですが、それが私の怒りを鎮めることにはなりません。


「どこの田舎者かは知らないですが、私の名はシーザ・セルリアンですよ? 魔王軍次期四天王候補の一人になります。その私を雑魚と言いましたか? ……今の言葉、取り消しなさい」

「あぁ、雑魚じゃなくて、小物だったか。すまんすまん、勘違いしてたよ。ごめんな」

「今が魔将杯の予選期間で助かりましたね? どうやらバラバラにされたいらしいので、望み通りにしてあげますよ……!」


 私は、はめていた指輪を外します。


 私の中で抑えつけていた魔力が元の大きさへと戻り、出口を求めて暴れ狂うかのように体内を物凄い勢いで駆け巡ります。


 その様は、まさに荒れ狂う濁流のようであり、私はそれを体外に出さないように練り込んでいきます。


 ですが、それでも漏れ出た魔力が体外に放出され、ピシピシと細かな魔力の奔流が大気を焼き、異様な気配を私に纏わせます。


 異様な魔力の高まりを感じた他の生徒たちは逃げるようにして空中ラウンジを去り、私の目の前には性別不詳のオトコオンナだけが残りました。


 私のこの膨大な魔力に気づいていないわけではないでしょうが……大した度胸ですね。


「魔将杯? あぁ、死んでも生き返らせてもらえるってことかな? なんでパンケーキを美味しく食べるために殺し合いしなくちゃいけないのか、わからないけど……。まぁいいや、少し遊んであげる」


 オトコオンナはそう言うと、帽子のつばを後ろに回してニヤリと笑います。


「オレの名はイザク! 新学期からの転入生だ! ヨロシクなッ!」


 ■□■


【ツルヒ視点】


「ま、参りました……」

「ありがとうございました」


 降参する相手を前に、私は一礼をして得物をしまう。


 これで学園ランキングも八位に上昇した。


 ランキング上位の生徒たちは、私たちのような腕の立つ生徒から逃げ回っているらしいが、捕まえてしまえば何のことはない。


 逃げているには逃げているなりの理由があるということのようだ。


 私はここ何試合かの野試合で、それを痛切に感じ取っていた。


「おいっ、ツルヒ・ノワール!」


 私がその場から立ち去ろうとしたところで、乱暴に声をかけられる。


 私に、こんな乱暴な声の掛け方をする奴は一人だけだ。


「エギルか。何の用だ? まさか、私に挑戦しに来たのか?」

「おう――……じゃねぇよ! 大変なことが起きたぞ!」

「大変……?」


 なんだ? ヤマモトが魔王軍特別大将軍を罷免にでもなったか?


 それだと嬉しいが。


「シーザの奴が、名も知らねぇような転入生に負けやがった!」

「なに……?」


 シーザ・セルリアンはアレでも次期四天王候補と目されていた実力者だぞ……。


 それが、名も知らぬ相手に負けたとは……。


「俄かには信じ難いな」


 だが、ヤマモトという前例もある。


 無名というだけで、驚くほどの腕を持った剛の者が在野にいないとは限らない。


「だが、なるほど。面白い……」


 私はその事実に身震いすると共に、嬉しさのあまり口角を吊り上げてしまうのであった。

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