第270話

【暗黒の森屋敷担当クイーン視点】


「なるほど?」


 暗黒の森のほぼ中央部にあるヤマモト領。


 そのヤマモト領の領主屋敷の一角を拳ひとつで破壊してから、私は【古代魔法】で創った【クラフトツール】の魔法を使ってみたんだけど、壊れた壁はピクリとも元に戻らない。


「おかしいなぁ……?」


 というか、もう明日には魔王がこの領地に視察にやってくるっていうのに、領主屋敷壊してたらマズくない……?


 そもそも、この領主屋敷って暗黒の森開拓のために魔王軍が建てた建物だし、それを私の魔法実験のために壊したってなったら、「コイツに領主やらせといていいのか?」という責任問題になるのでは……?


「ちょっと必死にやろう!」


 というか、そもそもは魔王一行の団体さんがやってくるっていうからさー。


 領主屋敷だけじゃ泊まる場所が足りないんじゃない? って思ったのがキッカケなんだよね。


 そしたら、学園担当ジャックから、なんか簡単に建築できる【クラフトツール】っていう魔法を開発したよーって報告があって、じゃあ、それを修得して魔王御一行が臨時に出入りする旅館でも作ろうかなーとなったのが、今回の発端。


 学園担当曰く、なんか必死に部屋を直そうとしてたら、上手く直せたみたいな話をしてたから、私も屋敷を壊してみたんだけど……。


 まぁ、結果は壁一面が破壊されている御覧の有り様といった感じ。


 何がいけないんだろう?


「直れ直れ直れ直れ直れ直れ直れ……!」


 某エ○ァのパイロット風に必死になって言ってみるけど直らない。


 必死さが足りないのかな?


 私がうーんと唸っていたら、壊した壁の向こう側をたまたま通りかかったであろうオババさんと目があった。


「何をやっとるんだい?」

「壁を直すために壁を壊してるんだけど」

「若者の考えることはわからんねぇ」


 ごめん。


 私も、自分で言ってて何言ってるんだろうとは思った。


「えーと、【古代魔法】の練習の一環で壁を直したかったから、壁を壊したんだけど……」

「もっと、適切な練習台はいくらでもあっただろうに……」


 もっともなご意見ですね!


「いや、違うんだよ。他の私が床や壁を直そうと必死になったら、そういう魔法ができるようになったっていうから、私もそれに倣って、うんうん必死で魔法を修得しようと頑張ってるんだよ!」

「【古代魔法】はうんうんやってれば、壁が直るんかい? ちったぁ頭使いな」

「? つまり、頭突きでやれと……?」

「阿呆かい。【古代魔法】ってのは、イメージの産物さね。やりたいことのイメージさえしっかりできてりゃ何でもできるんだよ。アンタが壁を直せないのは、壁のイメージがしっかりできてないからさ。屋敷の掃除の時に壁なんざ、何度も見てるんだから、そいつを思い浮かべりゃ簡単に発動するはずさね。そんじゃ、私は行くよ。子供たちが待ってるんでね」


 壁のイメージかぁ。


 …………。


 いや、掃除の時に壁なんか見ないし。見るのは床だし。


 文句を言おうと思ったら、オババさんもういないでやんの。


「壁……。ここにあった壁……」


 いや、ここにあった壁の特徴なんて覚えてないよ!


 ――と思ったけど、隣に同じ壁があるんだから、それを参考にすればいいや。


「えーと、この隣の壁をコピーして持ってくる感じで……。あ、こういう感じ?」


 なんか視界にトンカチマークが出たので、それを意識してみると、壊れていた壁がポンッと元に戻っていた。


 なるほど。


 VRMMORPGというよりは、どちらかというとFPSで壁とか拠点を建築するのに近い感じでイメージすればいいみたい。


 それをはっきりと意識すると、私の視界の端に建築用のアイコン群がパッと整列する。


「えぇ? これ、本当にVRMMORPG? 普通に違うゲームのシステム持ってきてない……?」


 いや、LIAが自由度高いVRMMORPGだというのはわかっていたんだけど、まさかシステム面でも他のゲームのシステムみたいなのを再現してくるとは思ってなかったよ。


 というか、今更かな?


 そもそも、【バランス】さんがシステムに介入して、新しい流派スキルとか作っちゃうような自由度なのだ。


 これに今更驚いていても仕方がない。


「とりあえず、【クラフトツール】の使い勝手を試すために、空き地に宿舎でも建ててみようかな?」

 

 というわけで、私は屋敷の外に出ると領内の空き地に簡単な居住施設を作り始めるのであった。


 ■□■


【魔王マユン視点】


 さて、本日はいよいよ待ちに待った温泉……じゃなくて、視察の日だ。


 予定は一泊二日。


 本当はもうちょっとゆっくりしたかったんだけど、予定をどう頑張って詰めても、これしか時間が取れなかったんだよね。


 恨むべきは、争い事、諍い事が大好きな国の風土か、それともそんな問題事をパパッと処理できない私たち事務方の能力がヘッポコなのか……。


 まぁ、今はその事は少しだけ忘れよう。


 風を切って飛ぶ飛竜の背に取り付けられた二人乗りの鞍に、飛竜隊隊長のシルヴァと一緒に跨りながら、私は代わり映えのしない暗黒の森の景色を眺めるともなく眺める。


「それにしても、ヤマモトは本当にこの森を切り拓いたんだ……」


 上空から見る森は一見静かに見えるが、その実、内部ではモンスター同士の激しい争いが行われている。


 耳を澄ませば、虫や鳥の声に混じって、モンスターたちが相争う声が確かに聞こえてくるのが、その証拠だ。


 学者たちの中には暗黒の森こそが全てのモンスターの発生地であり、そこから溢れ出たモンスターたちが、この大陸だけでなく、海や、海を超えた人族の大陸を支配していた時代があったという説を唱えている者もいるけど……。


 確かにこの広大で禍々しい森を一度でも見てしまったのならば、その説にも頷いてしまいかねないね。


「我々も驚きましたが、確かに小さな町規模の範囲で森を切り拓いておりましたね。とはいえ、まだまだ領地の発展具合としては村といった風情ですが……」

「その領地の住民は他領地で嫌われている種族を主に集めたんだっけ?」

「はい。魔王様におかれましては、特にサトリ種族にはお気を付け下さい。彼らは人の心を読みますゆえに……」

「それは誤った情報だよ? 魔防が高ければ、サトリ種族の種族スキルは普通に抵抗レジストできるから。そういった誤った情報が広がることで、サトリ種族が追い詰められているというなら、何か手を打つ必要があるかなー?」

「はっ。申し訳御座いません、市井の噂話を鵜呑みにしてしまいました……」

「いや、いいよ。逆に市井ではそういう認識だとわかったし」


 やはり、戦争を知らない若い世代の魔物族だと、そういう誤解があるんだろうね。


 千年前に、多種族で協力しあって魔王国統一を果たした時は、相手の弱点や特徴を知るためにも、色々な種族の特性などを覚えたもんだけど、戦争を知らない世代にとってはこういった市井の噂話ゴシップみたいなものを鵜呑みにしているものも多いということのようだ。


 特にシルヴァは、目と耳の良い鷹獣人族ホークマンの戦士。


 飛竜乗りとしては一流の能力を有しているけど、鷹獣人族は多産な種族であり、寿命も人族とそう変わらないんだよね。


 故に、真実を自分の目で見たことがなかったから、そんな噂話を信じ込んでしまったのだろう。


「そういうことであれば、同行する何人かの秘書官にも注意を促す必要があるかなー」

「弱い立場の者を軽視するものが秘書官の中にいるのですか?」

「いや、必要以上に恐れる必要はないと宥める必要があるんだよ」


 私の秘書官たちは優秀であり、なおかつ温和な性格の者を選んで揃えている。


 でないと、仕事が切羽詰まったデスマーチ時に、凶暴性が増して困ったこと(罵詈雑言&ギスギス空気)になるからだ。


 だから、なるべく温和な性格の秘書官を多く採用しているのだが、中には気弱な者もいる。


 そういった者たちが恐れないように、こちらが気を使う必要があるのである。


「魔王様も大変ですね……」

「でしょ? 正直、誰かに代わって欲しいぐらいなんだけど。シルヴァはどう? 魔王の地位とか興味ない?」

「私は妻も子供もいるんで……。年に一度ぐらいしか家に帰れない生活とか、ちょっと無理ですね……」

「私はこんなに頑張ってるのに、魔王国の不人気職ナンバーワンが魔王職とかになりそうで、正直憂鬱なんだけど……」

「気を落とさないで下さい。今日はこれからヤマモト領をあげて歓待してくれる予定なんですから。きっと、魔王様も気に入ると思いますよ」

「ヤマモト領をあげて歓待……? それは、逆に不安材料じゃないの……?」


 あのヤマモトだよ?


 正直、不安しかないんだけど。


 私は温泉入りたいだけで、それ以外の不要なところでハッスルする必要はないからね? そこんとこヤマモトはわかってるのかなぁ?


「きっと大丈夫ですよ」

「だといいけど」

「あ、ヤマモト領が見えてきまし――、なんだアレはぁ!」


 そらきたぁ! いきなりやらかしてるじゃん! ヤマモトォ!


「ヤマモト領に、い、いきなり……」


 シルヴァが絶句するんだけど、私はその言葉の続きが気になって、思わずシルヴァの肩越しに前方を確認してしまう。


 そこには、遠目からでもわかる――、


「でかい塔が建っている!」


 うん。


 そして、その塔の上部から『歓迎、魔王様御一行』と書かれた垂れ幕が下がってるね。


 …………。


「いや、そういうのいいから!」


 私は思わず片手で自分の顔を押さえてしまうのであった。

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