第267話

「はいはーい、皆さん、席について下さーい」


 オデコドリルちゃんと幽霊ちゃんが揉めているところに割って入ってきたのは、小さな女の子だ。


 ブカブカの白衣に角帽モルタルボードを被り、両手に小さな台座を抱えている。


 そんな女の子は教壇まで辿り着くと、その台座を教壇の後ろに置いて、台座の上にすくっと立つ。


 うん。


 とてもわかりやすいシークレットシューズだね。


 どうやら、この人がこのDクラスの担任なのかな?


「はい、こんにちはー。私がD級の担任教師となります、ミニムです。ミニム先生と呼んでくれてもいいですけど、ミニ先生とか、ミニマム先生とか呼んだら殺しますので、気をつけて下さいねー」


 …………。


 担任も濃いね、このクラス!


「本当は、私、ムチムチプリンプリンのダイナマイトバディなセクシー先生だったんですけど、実験に失敗して一時的にこうなっているだけですのでー。チンチクリンとか言っても殺しますんでー。そこんところヨロシクですー」


 ゴゴゴゴ……。


 うん。


 言葉だけじゃない迫力が、この先生にはあるみたい。


 からかうのはやめとこっと。


「一学期から、この学園に通っている方は知っているでしょうけど、二学期から転入してきた生徒さんもいるようですので、一応説明しておきますとー。今日から一週間は授業選択期間になりましてー。色んな授業を受けたりー、見て回ったりー、先生や先輩なんかにも話を聞いて、どれを受けるか決めて下さいー。一週間後には受ける授業を決めたコマ割りを提出してもらいますー。あ、必修科目は必ずやってもらう必要がありますのでー。そこはきっちり取って下さいねー。あなた達が決めるのは、主に選択授業の科目になりますー」


 なんだろう。


 一学期と違って説明が丁寧な気がする。


 これも、D級に上がったことで、担任教師のレベルが上がったからなんだろうか?


 そんなことを考えてたら、複数の用紙プリントが鳥のように宙を羽ばたいて、各人の手元にやってくる。おぉっ、ファンタジーっぽい。


 いや、用紙だけじゃないね。


 なんか、小さな指輪が用紙の片隅に貼り付けられているけど……なんだろ、これ?


「授業選択については、一学期と同様ですけど、それとは別に二学期には特別なイベントがありますー。用紙に添付されている指輪を皆さん、付けて下さいー」


 …………。


 付けたら呪われるとか、クラスのみんなで殺し合って最後に生き残った一人だけが指輪を取り外せるとか、そういう仕掛けはないよね……?


 私は怪しんで躊躇してたんだけど、他の生徒たちは特に怪しんでもないみたい。


 みんなが指輪をはめたのを見て、同調圧力に屈する私。


 うん、とても日本人です。


「はい、はめましたねー。では、指輪の説明をする前に、二学期の特別なイベントについて説明しますー。そのイベントの名前は魔将杯! ……の予選になりますー。魔将杯は有名なので、今更説明するのもアレですが、簡単に説明しときますねー」


 ミニム先生が言うには、魔将杯というのは魔王国全土で行われる学生たちの祭典なんだそうだ。


 まぁ、言っちゃうとバトルトーナメント?


 各学園の代表者数名を選抜し、チームを組んで、三学期には学園対抗でトーナメント戦を行うらしい。


 で、今回のこの指輪は、その学園の代表者を決めるための魔道具で、魔力を流すと自分の学園内でのランキングが表示されるんだって。


 なお、最初は期末テストの成績でのランキングになっているので、私の順位は143位。大体、真ん中くらいかな?


 で、学園代表になるには、補欠も含めてランキング10位以内になることが必要なんだって。


 それで、学期末にはチェチェックにある他の二つの学園……騎士学園と魔法学園と親善試合を行うらしいよ?


 これがまた、チェチェックという地域をあげてのイベントになってるらしく、相当盛り上がるみたい。


 お祭り騒ぎになるみたいだから、出店とか出てくれると嬉しいかもねー。やっぱり美味しいもの食べたいし。


「ランキングは変動制ですのでー。自分よりも上位の相手を倒せば、その人の順位と入れ替わりになりますー。そういう感じで是非ともランキング上位を目指して下さいねー」


 ランキングかぁ。あんまり興味ないなぁ……。


 そう思っていたんだけど、


「なお、二学期の成績はこのランキングが大いに関わってくることになりますのでー。手を抜いたりしないようにお願いしますー。あと、魔将杯で優勝した優勝メンバーには、魔王様ができる範囲で望みを叶えてくれるという特典もありますので、頑張って下さいねー」


 え、ランキングって成績にも直接影響してくるの?


 別にドベでもいいやと思っていたんだけど、魔王軍のナンバー2が学園でしょっぱい成績だってなると、色んな所でなんか言われそうで嫌なんだよね。


 本体や、他の分身に迷惑をかけないためにも、それなりの成績を残すことは必要かな?


 うーん。


「先公よー、自分よりも上位の相手を倒すって、もちろんお勉強勝負なんて言わないべ? ちゃんと、競技種目を言ってくれねぇと、俺バカだからわかんねぇっぺよ!」

「そんなの決まってますー」


 ミニム先生の回答は可愛らしいシャドーボクシングであった。


 なにこれ、可愛い。


 特に、丈の余った白衣の袖が前に飛んだだけというのが破壊力高いよね。


「暴力ですー」


 うん。


 ミニム先生の姿とは真逆な方法。


 魔王国ってそういうところあるよね。


「場所、時間は問わずに、不意打ち、罠、多人数、方法は様々ですー。とにかく、暴力で勝ち上がった者がランキングの上位になりますー」

「あのー、それだとおかしくなりませんか?」


 おずおずと挙手したのは、ユフィちゃんだ。


 何でもありで楽しいと思うんだけど、何かダメなのかな?


「学園の代表を決めるランキングなんですよね? そんな卑劣な方法で順位が決まってしまったら、正しく実力を測ることができないのではないでしょうか?」


 あぁ、言われてみればそうかも。


 卑怯な罠や、多人数で実力者を倒したとしても、その人の実力が優れているというわけじゃないもんね。むしろ、実力不足を補うために趣向を凝らした感じになるわけだし。


 そうなると、その方法で学園ランキングを作ったら、実力者が正しく評価されないんじゃないかとユフィちゃんは思ったわけね。


 けど、ミニム先生の意見は違うみたい。


「真の実力者はその程度の小細工で揺るぎませんからー。むしろ、他学園の行うクソ汚い工作に対する免疫が上がりますのでー。むしろ、実力不足の方は頭を使って戦うことを推奨していますよー」


 ということらしい。


「まぁ、確かに。ヤマモト様相手にどんな小細工を弄しても勝てませんし、実力者にとっては問題のないルールということですか。納得致しました。質問にお答え頂き、ありがとうございます」

「はいはいー。先生も積極的に質問してくる生徒は好きだから、オッケーですよー」


 その後も、二個、三個と質問が続き、質問が途絶えたところで、ようやくホームルームが終わったわけなんだけど……。


「ゴン蔵! お前に勝負を申し――」


 グシャ!


 ホームルーム終了と同時に、ゴン蔵くんに勝負を申し込んだ魔物族の男の子が、いきなり教室の壁にゴン蔵くんの手によってめり込まされてるね。


「喧嘩で悠長に名乗ってんじゃねーべよ! 他にも俺様に楯突く奴がいるなら、掛かってくるっぺよぉ! ぉおん!?」


 手が早い!


 というか、何でもありなのに、わざわざ勝負を申し込もうとする辺り、先生の話を全く聞いてなかったのかな?


 頭のいい生徒は、そんなゴン蔵くんと壁めり込み生徒の様子を横目で見ているだけだ。


 ここでわざわざ真正面からやる必要はないと判断しているのか、それとも真正面からやると危険なぐらいにゴン蔵くんが強いのかは知らないけど、続けて突っかかっていく生徒はいないみたい。


 私がそんなことを考えている間にも、黒子スタイルの人たちがやってきて、壁にめり込んだ生徒を救出して救護室に向かっていく。


 うん。


 良くわからないけど、この指輪には再起不能リタイアになった生徒の存在を伝える機能も搭載されてるみたいだね。


 だから、安心して戦ってねってことなのかな?


 私は積極的に参戦することは考えてないんだけど、こういう機能があるなら色々と安心だよね。


 ま、それはそれとして、学生は学生の本分を全うしようかな。


「それじゃ、ホームルームも終わったし、取る授業でも考えようかー。ユフィちゃんは何か取りたい授業とかある? 私は魔道具とか、魔法陣とかその辺を学びたいんだけど……」

「私は色んな授業を総合的に取っていきたいですね。特に政治関連や、経済関連は優先したいです」


 ユフィちゃんと同じ授業を取る場合は時間を合わせる感じで、二人で授業一覧の用紙を見ながら意見のすり合わせを行う。


 二人して完全に別々の授業を取ってもいいんだけど、わからない部分はユフィちゃんに聞いた方がわかりやすく教えてくれるから、なかなかユフィちゃん離れができないんだよねー。


 というわけで、ユフィちゃんと私が取りたい授業が重なった場合はなるべく同じ時間に取るようにして、そうじゃない時は好きな授業を取る感じで……一日目にして、コマ割りは大体決まった。


 あとは、実際の授業に出て、雰囲気を掴むぐらいかなーと思っていたんだけど……。


 この時の私は、まだ学園ランキングの酷さを全く理解していなかったんだよね……。


 ■□■


 草木も眠る丑三つ時。


 言ってしまうと、大体午前二時くらいかな?


 私は部屋の中でグースカ寝ていたんだ。


 けれど、いきなり鼓膜を劈くような爆発音が響いて、私は慌てて目を覚ます。


 何事? と思って寝ぼけ眼を擦っていたら、三人の武装した魔物族たちが私の部屋に侵入してきて、次の瞬間には私を滅多刺し。


 いや、滅多刺しと言っても、私の物防が抜けなくて、キンキンうるさいだけなんだけど(微小ダメージは入る)、それが効かないとわかるや否や、その場に閃光弾なんだか爆弾なんだかを放り投げて脱出……。


 ドカンッ!


「…………」


 後には、ボロボロになった私の部屋だけが残るというね……。


 寝起きでぼーっとしながら、吹き飛んだドアを元の位置に戻そうとしたんだけど、蝶番から外れていたので直そうに直せず、壁に立てかけて寝たんだけど……。


 これがまた明け方にも、同じような連中がやってきて、今度はハンマーでガンガン私を叩いて、爆弾置いて逃げるっていうね……。


 いや、あまりにキンキンいうから、刺属性無効の鉄鎧でもパジャマの下に着てるとでも思われたのかな?


 残念! 素で物防が高いんでしたー!


 ……いや、そんなことよりも、これは深刻な問題が発生してるよ。


「超眠い……」


 そう。


 私は二学期早々から深刻な寝不足に悩まされるという切実な問題に直面せざるを得ないのであった――。

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