第265話

 ■□■


冒険担当クラブ視点】


 やんわりとツナさんに、『もう私に任せてもいいんだよ?』と伝えたつもりだったんだけど、ツナさんが思っていたよりも頑固だった件。


 というか、このイカサマに気づいたのもツナさんのおかげなんだけどなぁ。


 どうも、それが本人にはわかってないみたい。


 私が相手のイカサマに気づいたのは、ツナさんの「指をどけないとフルハウスに見える」って言葉から、ジャグラーは何らかの方法で私の手札を見ているんじゃないかと確信できたからなんだよね。


 じゃなければ、あそこで変な迷いも生じてないだろうし、意味不明なドロップもしてないだろうし。


 つまり、していなければ、あんな変な間違いはおかさないはずなんだよ。


 それを考えると、私の背後から誰かが手札を覗き込んでいるとしか考えられなかったんだよね。


 けれど、私の後ろには誰もいない。


 それでも、ツナさんの「4を出すことが多い」というヒントで閃いた。


 私が出した、◇4♠4♡7♠6◇6ツーペア


 この絵柄を見ていたら、四隅に配置されているマークのサイズと位置が全く同じだということに気がついたんだよ。


 つまり、この四隅以外のマークを消せれば、比較的簡単に4というカードを作り出すことができる。


 そして、その消せるというキーワードから、私は認識を阻害するようなスキルを第三者から使われているのではないかと推測することができたんだ。


 認識が阻害されているから、背後から覗き込まれていても気がつかないし、カードのマークを誤認させることで楽に強い手が作られている……そう考えたのである!


 というか、そうでもないと、ここまで馬鹿勝ちされるのもおかしいでしょうよ!


 けれど、予想は立ったけど、認識できていないものを認識できるようにするというのは難しい。


 普通なら、この難題に手立てを失くすところなんだけど……。


 でも、この認識阻害には明確な弱点があることに私は気がついた。


 そう。


 相手が、ということである。


 つまり、目で見ていないと認識できない。


 そして、保険として、私はを超ミニマムサイズで【契約】を行う直前に召喚しておいたのである!


 なんという先見の明!


 本当はイカサマに対する意趣返しのつもりの仕込みだったんだけどね……。


 そして、そんな直視してはいけない……面倒くさいから山羊くんでいいか……をジャグラーの背後で元のサイズに戻るように指示したところ、私たちの背後で阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられる事態となったのである。


 うん。


 ここまでの事態になるとは思っていなかったかも……。


 目をくり抜いた人は後で治してあげるから許して欲しいかな……。


 で、話を元に戻すと、なんだかんだツナさんは私へのヒント出しとして役に立っていたはずなんだよ!


 けれど、本人としてはここでドロップする気はないみたい。


 ぎゅっと拳を強く握り締めている。


「これは、元々俺が撒いた種だ。それに、ゴッドからもらった装備を奪われたのは俺の落ち度。だからこそ、俺は自分自身の手で取り戻したい。……お前さんに呆れられないようにな」


 良くわからないけど、燃えてるツナさん。


 というか、その発言はやられたからやり返したいってことなの?


 それとも、私があげた装備を大切にしていて、意地でも取り返したいってことなの?


 後者なら、ちょっと嬉しいかなーなんて……。


「大丈夫だ。俺も強くなった。相手がどんな存在であろうと……問題はない!」


 …………。


 ――びたんっ!


 うん。


 固い決意と共に目を開けて山羊くんを見た瞬間に、その場で失神して机に顔面を強打したみたいだけど大丈夫かな……?


 ツナさんってば、魔防も精神もそんなに高くないのに無理するから……。


「い、一体、私の後ろに何がいるというのですか!?」


 ツナさんの奇行にジャグラーが怯えたように叫び出す。


 事情がわからなければ、そりゃ怖いよね。


 私だって、顔も知らない男の子がいきなり私のことを待ち受けていて、いきなり告白された時は、ストーカー? ストーカー? ってメチャ怖かったし。


 いや、ちょっと違うかな……?


 ま、いっか。


「あー、人知の及ばぬもの?」

「――――!?」


 ものすごい顔芸を見せてくれたんだけど?


 例えるなら、ダウンヒルでハチ○クが溝落としするのを目撃したギャラリーが「ゲェ……!」っていうような表情?


 私以外が楽しめないのが残念だね。


 とりあえず、ツナさんがダウンしちゃった以上、ツナさんのチップは私が預かってと……。


「じゃ、勝負の続きをしよっか?」


 私は背後の阿鼻叫喚は気にしないように、なるべく明るくジャグラーにそう提案するのであった。


 ■□■


全てか、ゼロかオール・オア・ナッシング……」


 私の提案に、随分と長いこと考え込んでいたジャグラーが出した答えがそれだった。


「次のひと勝負で雌雄を決するというのはどうでしょうか……? 勝った方が全てを総取りするというのは……?」


 驚くほど声が嗄れているジャグラー。


 多分、喉がものすごく渇いているんだと思う。


 そりゃ、身の毛もよだつ重圧を後ろから掛け続けられてるんだから、喉もカラカラになっちゃうよねー。


 というか、次のひと勝負で、とか言ってるけど、実際にはが正しいんじゃないの?


 でも、それはきっとジャグラーにとって正解だと思う。


 精神的にもキツイだろうし、何回も勝負をするようなら山羊くんが私にジャグラーの手札を教えて、さっきまでのジャグラーのように私が徐々に優位な状況になることは明白だ。


 だから、まだ余裕のあるココで大勝負を仕掛けようとするのは間違っていない……と私は思う。


「いいよ。受けるよ」


 そして、その勝負を受ける私。


 時間をかければかける程、私が優位になれる状況。そんな状況で勝負を受けるメリットはほぼない。


 けれど、精神が削られてるのはジャグラーだけじゃなくて、私もなんだよ!


 イカサマの全容もわからずに、徐々にチップを減らされる状況っていうのは思った以上に心身を疲弊させる!


 というか、疲れた!


 だから、スパッと終わらせられるなら終わらせたい!


 しかも、勝った方が総取りなんて分かりやすいルールなら、私の望むところだ!


「ありがたいですね……」


 ジャグラーの目がバキバキになってるんだけど、この人大丈夫かな……?


「賭け事は、狂気の沙汰ほど面白い……!」


 駄目そう。


 とりあえず、私がカードを切って配る。


 その際にジャグラーは私の手付きをなめ回すようにして見てるんだけど……。


「カードを切るフリをして、実際には一番上のカードしか切っていないというイカサマはしてないですよね……?」

「そんな器用なことができると思う?」

 

 そんな正攻法なイカサマが使えるほど器用じゃないし!


 で、パパパッと配って、カードをオープン。


 ♠3♠6♣K♡1♡7!


 ――私は頭を抱えた。


 本当は、ちょっと運命のステータスが影響して、いいカードが揃ったりするんじゃないかなーと淡い期待を抱いていたんだけど……。


 見通しが甘過ぎたっ!


 勝った方が総取りだし、ここでドロップは不可能だし……。


 どうしよう?


 奇跡を祈って全部変えいっちゃう?


 …………。


 いっちゃえ!


「コールとかレイズは要らないよね? 五枚変えるよ」


 私がそう宣言したら、「嘘だろ、コイツ!?」みたいな目で見られたんだけど。


 いや、仕方ないじゃん! どうにもならなそうな手札だったんだしさぁ!


 というわけで、全部変えの結果は――。


 ♣2♣8♣4♡5♠8


 わ、ワンペア……。


 ……オワタ。

 

「それでは、私は一枚を変えましょう」


 いや、まだ!


 まだ、ジャグラーの引き次第で私の勝ちの目はあるはず!


 だけど、カードを引いた後のジャグラーの顔が悪魔のようにニヤけ始める。


 これは……嘘でしょ……?


「では、勝負といきましょうか。ストレート」

「わ、ワンペア……」


 互いのカードが机の上に並べられ、私は絶望へと叩き落される。


 そこには、私のワンペアに対し、ジャグラーの♡7◇9♣10♡J♡Qストレートが並べられていて――、


 ――あれ?


「あ――アヒャヒャヒャッ! 勝った! 勝ったぞ! 私は勝ったんだ! ザマァミロ! これがギャンブラーの力だぁぁぁっ! どうだ、見たかぁ!」


 …………。


 えーと、喜んでいるトコ悪いんだけど……。


「それ、チョンボじゃない……?」

「は?」

「だって、それ8じゃなくて、7だよ? つまり役無しブタじゃあ……」


 ガバッと屈み込むようにして、カードを確認するジャグラー。


 そして、私の指摘通り♡8だと思い込んでいたものが、♡7だと知って「馬鹿な! 馬鹿な! 馬鹿なぁぁぁ!」と叫び始める。


 うん、気持ちはわかる。


 ここ一番の大勝負でチョンボとか頭を抱える案件だもんね。


「そんなはずはありません! 確かにこれは♡8であったはずです! 見間違えるはずがありません!」

「でも、実際に♡7なんだし……」

「おかしい……、おかしい……、こんなことはありえない……、ありえないはずなんだ……」

「平静でいられる状況ならまだしも、この状況で本当にカードを見間違えなかったって言えるの?」

「そ、それは……」


 流石にその状況でカードを見間違わない自信がジャグラーにはないらしい。


 しばらく呆然としていたジャグラーだったけど、やがて敗北を受け入れたのか、ガックリと肩を落として、椅子に持たれるようにしてズルズルと座り方を崩す。


「じゃあ、私の勝ちってことでいいよね?」

「…………」


 ジャグラーは声を発しなかったけど、きちんとテーブルの上に六十万褒賞石が収められた革袋が出てきたあたり、負けを認めたってことみたい。


 ついでに、ツナさんから巻き上げた装備や、ツナさんの知り合いのパーティーから巻き上げたであろう装備や褒賞石までもが、机いっぱいに広がっている。


「それも持っていくといいですよ……」

「ありがと」


 さて、気絶したツナさんを担いで、山羊くんを送還したら、今度は背後の阿鼻叫喚の地獄絵図に【聖魔法】レベル2の【サニティ】をかけてあげる。


 これは、心の均衡を取り戻す魔法で、いわゆる「おれはしょうきにもどった!」的な魔法だから、効くと思うんだよね。


 私の予想はあたっていたらしく、一応奇行は止まって、みんなその場にバタバタと倒れ始める。


 後は、【再生薬】に【エリアヒール】を併用する形で回復しておけば、部位欠損も治るでしょ。


「じゃあ、行くね」

「さっさと行ってくれ……」


 まるで、この世の終わりでも見たかのような無気力さで送り出され、私はジャグラーの部屋を出ると大分距離が離れたところで、盛大にため息を吐き出す。


「はぁ〜〜〜、あっぶなかった〜……!」


 いやいやいや。


 ジャグラーの出した♡7だけど……。


 私が全部変えする前に引いてたカードなんだよね!


 で、裏返して捨札として捨てたはずなんだよ!


 けど、何故かジャグラーのストレートの中にはその♡7が


 何が起きたのかは、私にもわからないんだけど、とりあえずジャグラーの役は役になっていなかったってことは事実だったからね。


 そこをゴリ押しして、なんとか乗り切ったんだけど……。


 一体何が起こったんだろ……?


 あの場には、私とジャグラー以外にまともに行動できる人はいなかったはず。


 だから、私が何も仕掛けてないってことはジャグラーが仕掛けたってこと?


 でも、わざわざ負けるようなことをする?


 それに、あの脱力具合は演技にも思えなかったし……。


 となると、一体誰が……。


 その時、コポッ……と携帯培養層の中で、小さな音が鳴った気がした。


「…………。まさか、ね」


 私は一瞬その可能性を考えたけど、すぐに頭の片隅から追い出すのであった。

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