第264話
■□■
その後も特に打開策もないまま、ジャグラーに徐々に削られていく。
なんだろう?
毎回のようにロイヤルストレートフラッシュを揃えてくるようなド派手な強さじゃないんだけど、毎回のように私の手札よりもひとつ上の役を揃えられて負けてるような感じ?
ジャグラーは自分が勝てなさそうだという空気を感じとった時は迷いなく降りてるし、なんかこっちの手札を読まれてる感じがするような……?
イカサマ前提でなければ、あるいは当事者でなければ、相当ポーカーが上手い……で済むんだろうけど、これを何度もやられると流石にイカサマとしか思えなくなるよね。
ツナさんも『見』に徹しているけど、手も足も出なくて攻勢に出れない。
その歯痒さは本人が一番感じてるみたいで、時折悔しそうに奥歯を噛み締める音が聞こえてくるぐらいだ。
「どうしました? 最初の勢いが完全に失われたように思えますが?」
「まだまだ、これからだよ……」
ちなみに、現在のチップの数はこんな感じ。
私: 12
ツナさん: 20
ジャグラー: 58
あまり、よろしいとは言えないね……。
とりあえず、私は個人チャットでツナさんに話しかけて、状況を尋ねることにする。
『どう、ツナさん? 相手のイカサマは暴けた?』
『……観察してわかったことがある』
『え! なんかわかったの!? なになに!?』
『アイツは4を出すことが多い』
『…………』
それはわかったことに含めていいのかな……?
『そして、俺が4をキープしていると……』
『していると?』
『アイツの手札は弱いことが多い』
それはたまたまでは……?
『参考になったか』
『え、どうだろう……?』
とりあえず、言葉を濁してしまう。
まぁ、イカサマが見破れそうにないってことはわかったよ。
「どうしました? ヤマモト様の手番ですよ」
「え、あ、うん」
ちょっと個人チャットに夢中になり過ぎていたかな? ゲームは進んでいて、どうやら私の手番になっていたみたい。
私の手札は◇4♠4♠5♡Q♣K。
現状ではワンペアが揃っているから、それを残しつつカードを引いていけばいいかな?
だけど、強気の勝負に出れるほどでもないから、レイズはしない。
そのまま、コールして♠5♡Q♣Kを一気にチェンジ。
手元に来たのは、♡7♠6◇6だ。
ぬぅ、ツーペア……。
これは、最初の時と同じでジャグラーに狩られる予感がバリバリするよ!
……そう思っていたんだけど、なんだかジャグラーの様子がおかしい。
私の顔をチラチラと見ては様子を窺っている?
え、なになに?
なんか迷う必要ある?
そして、しばらく考え込んでいたジャグラーは――、
「ドロップします」
え?
ここまでドロップすることは確かにあったけど、その時は私やツナさんの手札が強かったりした時で、ツーペアの時にはドロップしたりはしなかったはずなのに……。
なんで、ここに来て急に?
でも、これでツナさんと一騎討ちみたいな感じになったわけだけど……。
「俺もドロップしよう」
ツナさんは私のチップが減っていることを察してくれて、わざとドロップしてくれた感じかな? ありがとー。
「じゃあ、ツーペア」
それを受けて、私は場にツーペアを出す。
すると、一瞬だけどジャグラーが悔しそうな顔をした気がした。
え? なんか、ジャグラーの思惑を外したってこと? え? え?
だけど、何が原因でジャグラーを悔しがらせているのかがわからない。
ジャグラーを観察するために、場にトランプのカードをゆっくりと置いていると、
「ゴッド、その指をどけてくれ。こっちからだとツーペアじゃなくて、フルハウスにしか見えん」
「え? あぁ、ごめんね」
そっか。
トランプのカードの7と6って、真ん中の列に一個マークが増やされてるだけだから、そのマークが指で隠れてると、両方とも6に見えちゃうんだ。
でも、トランプは端っこに数字が記載されているから――、あぁそうか。
このトランプには数字が記載されていないんだった。
……え?
…………。
私は、場に出されたカードをよくよく観察する。
すると、あることに気づく。
あっ! そうか、そういうこと!?
だから、やたらと4を出すことが多いって、ツナさんが言ってたんだ……。
そして、数字なしのトランプを使っていたのも罠だとすれば……。
…………。
ようやく、イカサマの全容が見えてきたよ。
そうなると、私の手札が見られてると感じていたのも、気の所為じゃなさそうだね。
私はキッとジャグラーを見据える。
「おや、少し取り戻したぐらいで、調子に乗っているのですか?」
「違うよ。確信したんだ。次のゲームを始めたら……あなたは負ける」
私は自信を持って、ジャグラーにそう告げていた。
■□■
【ジャグラー視点】
「次のゲームを始めたら……あなたは負ける」
ヤマモトの勝利宣言とも取れる発言に、私は失笑を禁じ得ません。
何故なら、この状況下でそれは絶対に無理だからです。
我がクラン、『セブンブリッジ』は私を含めて四人のクランメンバーで構成されています。
そして、その中の一人のユニークスキルこそが、数多くのプレイヤーを借金漬けにしてきた恐ろしいスキル【透明化】なのです。
その【透明化】は、ユニークスキルの保持者だけでなく、そのユニークスキルの保持者が指定した人や物を任意で透明にできるといった、とても汎用性の高い効果を持っています。
このスキルの良い所は、光学迷彩のような視覚を誤魔化すような中途半端な効果ではなく、本当に透明になってしまうといったところにあります。
質量も、気配も、臭いすらもなくなり、まるで幽霊のように物体をすり抜けることも可能になるスキルなのです。
しかも、それがMPが続く限り何時間でも続くし、更には消費MPもそこまでは多くないと来ているのです。
まさに、永遠に無敵となれるスキル。
とはいっても、弱点がないわけでもありません。
【透明化】中は無敵ではありますが、同時にこちらから攻撃しても相手にあたらないのです。つまり、完全な防御系スキルということですね。
恐らくは、斥候目的や、凶悪なモンスターから長時間逃げる目的などで使用することを想定されているのでしょう。
私たちはそれを冒険ではなく、ギャンブルに使っているのです。
まずは、私以外の三人を透明化し、常日頃から私一人だけのクランだと見せかけます。
そうして、相手に協力者がいないことを印象付けつつ、実際には三人もの協力者が存在するという状況を作り上げました。
その状況でギャンブルを開始すれば、油断した相手は背後に注意を払うこともなく、カードや牌を見せ放題になるのです。
あとは、グランチャットを通して、相手の手札や配牌を事細かに伝えてもらえば、私に大負けはありません。
そして、【透明化】の価値はそれだけではないのです。
一番の真価を発揮するのは、今、私たちがやっているポーカーになります。
【透明化】は物体を任意で透明にできる能力……つまり、トランプのカードに付着しているインクをピンポイントで透明にできるといった使用法も可能なのです。
トランプのカードを注意深く観察するとわかることですが、5〜8までの四種類のカードは中央部分にあるマークを【透明化】することで、全て4のカードへと変更することができます。
その他にも、3のカードは中央部分を【透明化】すれば2のカードになるし、逆に端の二つを【透明化】すれば1のカードにもなる……。
つまり、私の手札は【透明化】である程度自由自在に変更できるということなのです。
もちろん、相手の手の内にあるカード、相手が捨てたりしたカードに変更するといった間抜けなことはしません。
まぁ、先程はヤマモトが7のカードの中央部分を指で隠していたために、6と勘違いしてドロップしてしまいましたが……。
基本的には相手の手札を把握しつつ、私の方はその手札以上の役をある程度自由に作れるのですから負けるわけがないのですよ。
負けるとしたら、相手が自力でロイヤルストレートフラッシュを作ったりした場合や、【透明化】を使っても、配られた手札ではどうにもならない場合などですが……。
それは、レアケースとしてあまり心を砕くことではないでしょう。
それに、【透明化】は無敵の防御スキル。
ヤマモトが【透明化】に気づき、ここでいきなり暴れ始めて【透明化】破りを行おうとしたとしても、我がクランメンバーに被害が及ぶことはありませんし、ゲームは何事もなかったかのように続行されるでしょう。
それは即ち、ヤマモトはこの状況を絶対に覆すことができないということ。
こんな状況下で、勝利宣言などとは……。
フフッ、笑わせてくれますね。
「どう負かせてくれるのか、見せてもらいましょうか? カードを配ってもらっても?」
「そう。自ら負けにいくんだ? じゃあ、ツナさん、目をつぶってカードを配れる?」
「「目をつぶって……?」」
疑問の声は二つ。
ですが、疑問のままに固まったままなのは私だけだったようです。
ツナはいきなり目をつぶると、そのままカードを適当に配り始めるではないですか!
それだけ、ヤマモトを信頼しているということですか……。
「それじゃあ、超ミニミニサイズから元のサイズに戻っていいよ――……山羊くん」
次の瞬間、ヤマモトの後ろに【透明化】で隠れていたはずのクランメンバーたちが、次々と【透明化】を解除して姿を現します。
ど、どういうことですか、これは……。
「へぇ、三人も居たんだ」
「「「あぁぁぁぁぁあぁぁあぁぁっ!」」」
「な、何が……!?」
【透明化】で隠れていたはずの三人は、突如として姿を現しただけではありません。
その場で、気が狂ったかのように奇行を繰り返しています。
一人は頭を壁に打ち付けて自傷を始めますし、一人は全身から力が抜けたようにその場に倒れて失神していますし、一人は興奮したかのように息を荒げて自分の目玉をくり抜いては、うっとりとその目玉を眺めている……。
これは……、何ですか……?
何が起きているんですか……?
その時、私の背後で何かが蠢いた気がしました。重量のある何かが……背後にいる?
思わず背後を振り向こうとした私を、ヤマモトの声が鋭く制止します。
「振り向かない方がいいよ。正気でいたければね」
くっ……。
何かが、何かが私の背後にいる……!
恐らく、私の仲間が狂ったような行動をとっているのは、その何かを見てしまったからなのでしょう。
嫌な重圧が私の背後から迫ってきて、私の体がソレに拒絶反応を起こします。
全身に鳥肌が立ち、体の震えが止まりません……。
「それじゃあ、続きをやろっか?」
「しょ、正気ですか……!? こんな状態で続けられるわけがないでしょう……!?」
背後から迫る重圧に押し潰されそうなこの状況でまともにポーカーなんてできるわけがありません!
そんなことをやっていたら、私の気が狂ってしまう!
「いやいや、あなたの部下だか、クランメンバー? が、透明になって私たちの手札を覗いていたみたいじゃない? だったら、あなたも手札を覗かれてても文句は言えないでしょう?」
いや、手札を覗くって……。
一体何が覗いているというんですか……!?
「ゥゴ……」
自分の吐息がゆっくりと荒くなっていく中で、ねっとりと纏わり付くような声が背後から聞こえた気がします。
そして、何か黒いものがチラチラと視界の端に映り込むのが見えます……!
あぁ、駄目だ、駄目だ、駄目だ……!
こんな状況で賭け事なんてできるわけがない……!
はぁ……、はぁ……、はぁ……。
「ふむ。ゴッド、俺はいつまで目をつぶっていればいいんだ?」
「あ、そうか。ツナさんの件があったね。そのまま、目をつぶってポーカーやるのは無理だよね?」
「まぁな」
「だったら、もう勝負からドロップしちゃってもいいよ。後は私が何とかするから」
ヤマモトが諭すようにそう言うのですが、
「それはできないな」
ツナはそう言って断りました――。
これは……。
まだ私にも付け入る隙があるのではないでしょうか……?
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