第260話

 ズズズ……、ザザザァー……。


 街の北側にまで行くと、商隊に参加するメンバーが巨大な船の前で集まっていた。


 で、この船でそのまま砂漠を航行するのかな? と思っていたら、船長さんらしき人が笛みたいな物を吹いたんだよね。


 そしたら、砂漠の砂が急に盛り上がって、地中から巨大なヤシガニみたいなモンスターが飛び出してきたんだけど……。


 うん。


 大きなヤシガニはちょっとキモいね……。


「食っていいのか? アレ?」

「いや、ダメでしょ」


 ツナさんはジュルリとやってるけど、多分あのモンスターに船を引かせるんだろうし、食べたらダメな奴でしょ。


 そして、私の予想通り、船から巨大な革紐みたいな物が射出されて巨大なヤシガニに巻きつけられる。


 どうやら、あのヤシガニに船を引かせるということで間違いないようだ。


「あ」

「ん? どうしたの、ツナさん?」

「アイツ……」


 ツナさんの視線の先を辿ると、どこかで見たような天狗面を頭に括り付けたタキシード姿の男の姿が目についた。


 彼はこちらに気がついたのか、恭しく一礼すると私たちの方に近づいてくる。


「どうも。昨晩は儲けさせて頂きました」


 黒髪黒目黒タキシードで顔色も目つきも悪い彼は、なんというか凄く胡散臭いマジシャンといった雰囲気を漂わせている。


 これ、もしかしなくても、ツナさんってばイカサマに掛けられてない?


 そう思ってしまうぐらいに雰囲気が怪しい。


「よろしければ、どうですか? 今晩も」

「面白い。今夜こそはお前のイカサマを見破ってやる」


 あ、ツナさんもイカサマだとは思っているんだね。


 というか、そう思っていながら負けたってことは、相手は凄腕のマジシャンとかそういう感じなのかな?


 けれど、男は慌てたように言い繕う。


「イカサマなんて人聞きの悪い! 私はあなたと賭けをする前に、ちゃんと契約を交わしましたよね? イカサマはしないとちゃんとルールを定めたはずですよ!」

「普通はカードゲームひとつでそんな契約を交わしたりはしない。だからこそ怪しい。今夜こそ化けの皮をひん剥いてやる」

「おぉ、怖い怖い……」


 わざとらしく怖がる演技をしてみせる男。


 うん。


 凄く胡散臭いのはわかる。


 だからこそ、ツナさんもムキになっているのかもしれないけど。


 絶対に怪しいし、何かあるんだけど、それが見破れないって感じなのかな?


 けど、そんなムキになってる状態じゃ、見破れるものも見破れないでしょ。


 それにしても、凄腕のマジシャンかぁ……。


 …………。


 よし、決めた。


 私も混ぜてもーらおっと。


「そのカードゲーム、私も混ぜてもらっていいかな?」

「……ほう? いきなり現れましたが、あなたは?」

「…………。ウチのクランのクランリーダーだ」

「では、あなたが噂に名高いヤマモト様で?」

「そうだよ」


 私が肯定すると、男の目が少しだけ弧を描いたような気がした。


 なんか、獲物が食いついたみたいな顔をしてるんだけど……。


 もしかして、本命は私だったりする……?


「これはこれは、お会いできて光栄です。私はジャグラーと申します。しがないプレイヤーですが、以後、お見知りおきを」

「まぁ、覚えられたら覚えておくよ。それで? 私も混ぜてくれるの?」

「いいでしょう。ただし、レートは高くなりますよ?」

「まぁ、ほどほどにしといてくれると助かるかな?」

「おや、自信がないのですか?」

「あなたがそこまで持ってるようには見えないからね。素寒貧にしたら可哀想でしょ?」

「ははは、凄い自信だ。でしたら、よろしいでしょう。本日の夜にあなた達二人をお迎えしてカードゲームでも致しましょうか。……では、また夜に」


 そう言って、ジャグラーは去っていく。


 そんな様子を見ていたであろうタツさんが、ニョロニョロと近づいてきて、私の隣で目を細めてみせていた。


「なんや、妙なことになったなぁ。なんで、ヤマちゃんの周りはいつもそうなんや?」

「なんなら、タツさんも混ざる?」

「腕もないのに、カードゲームはできんやろ」


 それは、確かにそうかも。


「蛇にもできる賭け事だったら良かったのにねー」

「蛇やないわ! 龍や! 龍!」


 タツさん的には、そこは拘りポイントらしい。


 そして、今度は少しだけ呆れた目をツナさんに向ける。


「あと、ツナやん。元パーティーメンバーがカモられたからって、ちょっと熱くなり過ぎちゃうか? 目ぇ覚まさんとアカンで。ちゅうか、ヤマちゃんまで巻き込むなや」


 元パーティーメンバーがカモられた……?


「それ、どういうこと……?」

「あぁ、ヤマちゃんは昨日早く寝たから知らんのやな。昨日、宿のカウンターで飲んどったらなぁ――」

「タツ、あまりベラベラ喋るな。それよりも乗船するぞ」


 タツさんの話を遮るようにして、ツナさんは船に向かって歩き出してしまう。


 そんなツナさんを見送るタツさんは、肩がないのに思わず肩を竦めているように見えた。


 ■□■


 まぁ、あそこまで言われて何も聞かないのもアレなので、タツさんにこっそりと話の続きを聞いてみる。


 すると、なかなか面白いことがわかった。


「ツナやんは気難しいところがあるけど、元々ソロで冒険者をやっとったわけやないねん」


 どうも、デスゲーム前のゲーム開始直後には、パーティーを組んで遊んでたみたいなんだよね。


 私が出会った頃は一人だったし、それからも決まったパーティーメンバーと一緒に行動してるところを見たことがなかったから、ずっとソロだと思い込んでたんだけど、そうじゃなかったみたい。


「せやけど、パーティー組んでても、ユニークスキルがアレやろ?」

「アレかぁ……、アレだねぇ……」


 ツナさんのユニークスキル【狂神降臨】は、自分の理性を失う代わりにステータスが思い切り跳ね上がるスキルだ。


 効果は凄いんだけど、理性を犠牲にしてしまうため、敵味方の区別すら失くなってしまう。


 離れて戦っていれば、敵と誤認されることもないんだけど、近いとフレンドリーファイアが起こる可能性が高くなるとは、ツナさんが言ってたっけ。


 まぁ、デスゲームでは嫌われるよね。


「デスゲームになって痛覚設定がリアルと同じになったせいで、ツナやんと一緒にパーティー組むのは危ない言うて、ツナやんは一日でパーティーを追放されたみたいや」

「まさかの追放もの主人公だったツナさん……」

「いや、一日しかパーティー組まん間柄で、追放モノもクソもないんやけどな? せやけど、ツナやんは義理堅いから、その時のメンバーのことを覚えとったみたいやねん。で、昨日の飲みの席で、たまたま再会したっちゅー感じやな」


 タツさんが言うには、ツナさんはその元パーティーメンバーとの再会を喜んだみたいなんだけど、どうも元パーティーメンバーの方は元気がなかったみたい。


 それで、話を聞いてみたら賭け事をして、有り金を全部巻き上げられてしまって、フィザにまで行けなくなってしまって落ち込んでいるのだとか。


 そんなところに、丁度ジャグラーが通り掛かって、元パーティーメンバーに更なる賭けの話を持ってきたみたいで、ツナさんがちょっとカチンと来ちゃったみたい。


 元パーティーメンバーの負け分まで取り返してやる! と意気込んで賭けに乗ったみたいなんだけど、結果は……まぁ、惨敗ということらしい。


「タツさんは止めなかったの?」

「ワイとTakeは止めたで?」

「あ、Takeくんもいたんだ」

「せやけど、ツナやん頑固やし」


 そうだね。ツナさんは自分が納得するまで引き下がらないタイプだし、言って聞くような人でもないか。


「ちなみに、ワイはヤマちゃんも心配しとるんやで?」

「私?」


 何か心配されるようなことあったかな?


「やっとることが昨日のツナやんと全く一緒や。もしかしたら、と思うとな」

「まぁ、大丈夫だよ」


 気楽に答えながら、行列の速度に合わせながら船に設置されたタラップを上がっていく。赤錆びたタラップをカンカンと上がっていく音が、なんか耳に心地良いね。


「ツナさんも熱くなってるように見えて、武器までは賭けの対象にしてないでしょ? 武器があれば、いくらでも稼ぎ直せるって、頭のどこかで冷静に考えてる証拠だよ。私もツナさんが毟られたからって、怒ってるわけでもないしね」

「なら、なんで怪しい賭け事になんて首突っ込んだんや?」

「え、面白そうだからだけど?」


 ジャグラーが本当のマジシャンだったりしたら、生のマジックが目の前で見れるわけでしょ?


 そりゃ、体験したいし、見たいよね?


 私がそう正直に言うと、


「ヤマちゃんはなんちゅうか、スゴイなぁ。徹底して自分本位やねんな」

「そんな褒められても……」

「褒めとらんよ?」


 そうなの?


 もっと褒めてくれないと、私伸びないタイプだから、もっと褒めてくれてもいいんだよ?

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