第258話

古代都市内部調査担当ダイヤ視点】


 超古代文明――。


 人族の歴史よりも古く、魔物族の誕生よりも古く、魔物族の祖とも呼ばれる天空人が生み出した文明がそれにあたる。


 それは、魔法や魔術とも違った遺失技術ロストテクノロジーを多用しており、体系化する以前の魔力の扱い……いわゆる古代魔法と呼ばれる技術が主として扱われていた文明だ。


 そんな遺失技術が多用された文明は、文明を作り上げた者たちが物質世界を捨て去ったことで、とうの昔に廃れ、今では遺跡やダンジョンの一部でしか存在を確認できなくなっていた。

 

 だが、暗黒の森の地下深くに建造された、この古代都市――。


 そう! ここではその失われたはずの古代文明が現在も絶賛バリバリ現役で稼働中なのである!


 特に、この古代都市の図書館ではそれらの文明で育まれてきた技術が書き記された書物が大量に収められており、それらの文明や技術について学ぶことができる……とにかくすんごい施設なのであった!


「ほうほう、ふむふむ……」

「よっす、古代都市内部調査担当ダイヤ。何読んでるの?」


 そんな古代都市の図書館内でほむふむと私が資料を読んでいたところで、ツナギ姿をした防衛担当ハートがやってきた。


 彼女も技術系でわからないことがあれば、この図書館にやってくる常連である。


 気安い関係なのだが、そもそも元々一緒の体にいたのだから、これを気安い関係と呼んでも良いものかどうか……。


 悩みつつも片手を上げて答える。


「よっす、面白そうな技術書を読んでる」

「その面白そうな中身を聞いてるんだけど?」


 なかなか食い下がるね。


 自分の目的の本でも探せばいいのに。


 仕方がないので、私はバンッとその資料を防衛担当ハートの目の前に広げてみせる。


 さぁ、自分で答えを導き出したまえ、私!


 これは何に見えるかね!


「なにこれ? 地球ゴマ?」


 ……地球ゴマ?


 言われて、もう一度資料の挿絵に目を通す。


 そう言われると、それっぽくも見えるね。


 でも、違う。


「これは宇宙ステーションだよ」

「へー、宇宙ステーションねー」


 防衛担当ハートが感心したようにそう言葉にし、【収納】からドリンクボックスを取り出すとコーヒーを口に含んだところで――、


「ブーッ!?」


 一気にコーヒーを噴き出していた。


 きちゃないなぁ……。


「LIAって宇宙ステーションとかも実装してるの!?」

「知らないよ。古代都市の資料に載ってたから見てただけだし」

「そういえば、夜空を見上げると星も瞬いてるよね……? もしかして、LIAって自由度高いし、別の星とかにも行けたりするのかな……?」

「わからないけど、ゲームの中とはいえ宇宙旅行が体験できたりするのなら浪漫あるよね」

「それは……、そうかも……」


 私と防衛担当ハートは図書館の中でちょっと虚空を見上げて思いを馳せる。


 私的には宇宙からこの星が見られれば満足なんだけど、防衛担当ハートは衛星軌道上に監視衛星でも飛ばすことでも考えているのかもしれないね。


 あとは、その監視衛星からレーザーを照射したりとかね。


 うーん。浪漫だよねー。


 そんな風に二人して思いを馳せていると、慌てた気配が突如として図書館に飛び込んでくる。


 この落ち着きのなさは……多分本体だろうね。


「二人とも、こんな所にいた!」


 ほら、やっぱり本体だ。


 私はウサギさんの着ぐるみパジャマの耳を弄りながら、ぬぼーっとした目を本体に向ける。


「なんかあった?」

「なんかも何も!」


 あ、防衛担当ハート、このタイミングでコーヒーにまた口を付けると危ないよ?


「魔王が、私の領地に査察に来るって! 古代都市のことがバレたのかも!」

「ブーッ!?」


 だから言わんこっちゃない。


 とりあえず、図書館の中では飲食禁止だし、そのドリンクボックスはしまって欲しいかな?


 ■□■


 どうやら、魔王が査察に来るのは一週間後のことらしい。


 それまでにどうしたら良いのかを私たちは、古代都市の中央塔に集まって話し合う。


「見られたらマズイものがウチの領地には沢山あると思うの!」

「「「うん」」」


 集まったのは、私、防衛担当ハート屋敷担当クイーン、それに本体だ。


 で、多分、全員の頭の中には、うごうご言いながら歩いている真っ黒な生物の姿が思い浮かんでいるんだと思う。


 全員が一斉に頷いていた。


「まぁ、査察の間、山羊くんたちには森の中に行ってもらうとして……」


 だよね。


 まず、最初にそれを思い浮かべるよね。


「住民はどうしよう? 嫌われ種族だから、魔王の前に出すのはマズイよね?」

「けど、住民の元気な姿を見せておかないと、統治体制に問題があるとか思われるんじゃない?」

「けど、届いた手紙には集団で視察を行うって書いてあったんだよね。だから、魔王は良くても他の同行者を不快にする可能性もあるんじゃないかな?」

「ちょっと待って。視察って書いてあったの? 査察じゃなくて?」

「そうだよ。けど、同じような意味でしょ?」

「「「全然違う!」」」


 査察はなんか強制捜査みたいなイメージだけど、視察は社会科工場見学みたいなふんわりとしたイメージなんだよ!


 要するに、魔王がなんか理由をつけて遊びにくるってことでしょ?


 なんか慌てちゃって損した気分だよ……。


「でも、問題があることについては確かなんじゃない?」


 屋敷担当クイーンの言葉に私たちは一斉に首を傾げる。


 全員が本体の賢さをベースにして生み出されているから、頭の良さも同じようなものなんだよね。


 首を傾げるタイミングが見事に一致したよ。


「魔王様御一行を出迎えるような施設も人材も料理もないんだけど……」

「「「あー……」」」


 そっちの問題があるかぁ。


 とはいっても、現状で背伸びしても補えないものは補えないので、あるものでやっていくしかないと思うんだけど……。


 一週間でしょ?


 それで、魔王様御一行が泊まる御殿を作るというのは、なかなか無理があるから、今ある施設でどうにかするしかないんじゃないの?


 料理とかはまだ一考の余地があるかもしれないけど。


「あとそれと、チヅキさんがいるじゃない?」


 屋敷担当クイーンが言葉を続ける。


 あのお爺さんに何か問題があったかな?


「いるねぇ」

「あの人、超一流の暗殺者なんだよね」

「うん」

「で、この領地って、魔王国の嫌われ者を匿いつつ、魔王に内緒で凄腕の暗殺者を潜ませてる状況になっているんだけど……それってマズくない?」

「普通に考えると、私たちが魔王国のやり方に不満を持っていて、魔王を暗殺しようと企んでるみたい……だよね?」

「えぇっ、それは困る! どうしよう!?」

「いや、それは魔王に気づかれないようにすればいいだけじゃ……」

「逆に言わないで発覚した時の方が怖過ぎるでしょ……。どうして言わなかったのって問い詰められて、ドモりでもしたら一気に不審感が増すじゃん! ここは、なんかわかりやすい感じで不審じゃないよアピールを魔王に向けてしておいたらいいんじゃないかな?」

「そ、そうだね、そうしようか!」


 というか、そういう意味で言えば……。


「それだと、オババさんも結構アキレス腱じゃない? 人間が魔王国に居着いているのも不自然だけど……あの人、確かリンム・ランム共和国の出身でしょ?」

「「「!?」」」


 私の指摘にみんなが揃って頭を抱える。


「そっかー。それがあったわー」

「なんでリンム・ランムを急に征服したのかって話で、その答えにオババさんが最適解になりそうで怖過ぎる……!」

「むしろ、オババさんに唆されてリンム・ランムを落としたんじゃない? ぐらい魔王も考えそう……!」

「じゃ、オババさんにもなんか人畜無害だってのがわかるような感じで振る舞って貰おうか?」

「そ、そうだね……!」


 私たちが揃って頭を抱える中で、今度は本体がおずおずと手を挙げる。


「はい、本体」

「私、オババさんで思い出したんだけど……。礼拝堂、どうする……?」


 そんな所にも爆弾埋まってたかぁ……。


 私たちは顔を覆う。


「魔王に『何の神に祈りを捧げる場所?』って聞かれて、『私です』とは答え難いんだけど……」

「そこは、それぞれの信仰する神に祈りを捧げる場所ですって回答すればいいでしょ。別に、神様の石像が立ってるわけでもないし。気づかれないって」

「立ってるんだけど……」

「え?」


 思わず聞き違いかと思って聞き返しちゃったよ。


「私たちの石像が立ってるんだけど……」

「えぇっ!? いつの間に!?」


 本当、いつの間にだよ!


「住民のみなさんが頑張って作ってくれたみたいで……」

「それ、壊すに壊せない奴じゃん!」


 本体に話を聞くと、本体だけじゃなくて分身体わたしたちの石像もあるみたい。


 そして、ちょっと面白いのが分身体の石像によって、ご利益の種類が別れているらしいということだ。


 例えば、屋敷担当の石像には、主に農作物関連のお祈りがされていて、学園担当の石像には学業関連のお祈りをするとご利益があると言われてるらしい。


 防衛担当の石像は技術のご利益があるとかで、最近この地にやってきたノワール領の職人たちが崇めてるらしくって、で、私はあんまり人気がないけど芸能の神様ってことにされてるらしいよ?


 なお、本体の石像はトータルでご利益が欲しい時に拝むと良いみたい。


 いや、なんか面白いね。


 まぁ、それはさておき――。


「どうする? 石像移動する? それとも【収納】にしまっちゃう?」

「うーん。いきなり石像が失くなるとみんな混乱するかもしれないから、これもなんとか誤魔化す方向でいってみようと思う……。ちょっと思いついたことがあるし……」


 どうやら、本体には何かしらのアイデアがあるようだ。


 それが画期的なアイデアであることに期待しよう。


 それにしても、いきなり一週間後に視察とはなかなか急だ。


 私たちは、あーだこーだと魔王視察に関しての対策を立てていくのだが――、


 バガンッ!


 そんな私たちがこもる中央塔の最上階部分の自動扉がいきなり部屋の中央目掛けて吹き飛んでくる!


 何事!? と慌てふためく私たちを嘲笑うようにして、その場に腕を組んで立っていたのは――、


厨二担当わたし、参上!」


 ――厨二担当ジョーカーだった。


 彼女は高笑いしながら、私たちにノッシノッシと近付いてくるんだけど……。


 うん。


 後で、ドア直しなよ?

 

「話は聞かせてもらったー!」

「いや、話がややこしくなりそうだから、わざと呼んでなかったんだけど……」

「そういうの良くないぞ〜! 混ぜろよぅ〜!」


 どうやら、混ざりたかったらしい。


 厨二担当は部屋の中央にまでやってくると、ハーハッハッハ! と肩を揺らしながら笑い、堂々と告げる。


「悩む君たちにズバリ全てが解決する方法を教えてしんぜよう!」


 え? そんな画期的な方法があるの?


 私たちが彼女に注目する中、少しだけ気持ちよくなりつつも厨二担当はニヒルに笑う。


「魔王の乗っている飛竜を暗黒の森に墜落させれば、魔王の視察自体をなかったことにできるぞ! これぞ完璧な作戦!」


 …………。


 いや、ドヤァってしてるとこ悪いけど、全然ドヤれる内容じゃないからね?


 私たちが無言でいることに気がついたのだろう。


 厨二担当は、キョドって、冷や汗をダラダラかいて、ちょっとだけ伏し目がちの涙目になると、


「混ぜろよぅ……」


 そうションボリしながら言ってくるのであった。


 ………。


 もー、仕方ないなぁ……。

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