第六章、空中機動要塞だよ☆全員集合!

幕間

【魔王マユン視点】


「魔王様、こちらの書類の裁可もお願い致します」


 書類の山がようやく減ってきたなーと思っていたところで、その減ってきた山にどさりと山積みの書類をエンヴィーが追加するのを見て、私は思わず半眼を向ける。


「そんな目をしても仕事は減りませんから」


 そう素気なく言って、彼女は去っていく。


 やはり、ヤマモトと同行してからのエンヴィーは少し図太くなっていると思う。昔なら、もう少し私を恐れて書類の山を減らしてくれていたというのに……。


「はぁ、仕事しよ……」


 魔王の仕事はハードだ。基本的に待ちという状態がなく、常に自分が動き続けていないと終わらない。


 そして、魔王の仕事に遅れが出るとその煽りを食って、部下の仕事にも影響が出る。


 つまり、私の認可を貰ってからでないと動けない仕事は、私がサボるといつまで経っても開始されないとか、そういう問題が起きてしまうのだ。


 だから、サボれないし、常に動き続けないといけない。


 私は、これを事務土方じむどかたとひっそりと呼んでいるが、デスクワークのはずなのに体がボロボロになっていくので表現としては間違っていないはずだ。


 特に、日々書類にサインをし続けないといけないせいで、腱鞘炎とは常にお友達だし、書類の見過ぎで目も痛いし、体力回復効果のある装備を身に着けて仕事をしていないとすぐにヘバッてしまう。


 そんなギリギリの状態で毎日を過ごさなければいけないのが魔王という職業である。


 うん、先代が私に仕事を押し付けて逃げ出す気持ちがよく分かる。


 本当、勇者でもやってきて、私を倒して解放してくれないかなーと夢想するぐらいにはヤヴァイ状態だ。


 まぁ、そんなことになったら、魔王国は崩壊して群雄割拠の時代にまで逆戻りすることになりそうだけど……。


「それにしても、あの三馬鹿公め……」


 私は、あの戦争賛成派である三馬鹿公を思い出して歯軋りをしていた。


 彼らの主張はアホだったが、決して彼らは無能ではなかったのだ。


 彼らには昔から築き上げてきた名声や権力、それに実力があり、自分の領内のことは自分で判断して、自領を発展させていけるだけの自信と知恵があったのである。


 少なくとも、なんでもかんでも魔王の判断を仰ごうとしないのは評価できる。


 彼らは彼らの領地の中では、自分たちが法であり、ルールであると考え、ちゃんと自分たちの価値基準で領地を治めていたのだ。


 それはある意味、彼らを増長させる原因にもなったが――。


「それでも、アイツらの存在は私の仕事を減らしていたことを認めざるを得ないわね。彼らを六公から降爵させてから、仕事が1.5倍くらいに増えたし……」


 苦い顔で呟く。


 三馬鹿公の領地で舵取りをする者がいなくなったことで、同領地の細事もこちらに上がってくるようになったのだろう。


 村同士の領地境界線の問題だとか、領地内の河川に橋を架けてもいいかだとか、今まで三馬鹿公に許可を取っていたらしい仕事まで、どんどんこちらに回されており、正直睡眠時間がザクザクと削られているような状況だ。


「はぁ、まさか自分が三馬鹿公の復帰を願うようになるとは……」


 心底気に入らないが、健康との折り合いを考えるとそういうことになるのだろう。


 そういえば、健康で思い出した。


 我が魔王軍には、もう一人の問題児がいることを――。


「魔王軍特別大将軍、ヤマモト……」


 四天王の上に特別大将軍の職を設けたことは私的にもファインプレーだったと思う。


 そして、特別大将軍に就任したヤマモトが四天王に収まる器でないことも理解していた……つもりだった。


「けど、いきなり人族の国をひとつ落としてくるなんてことある……!? そんなこと誰も想像してないし、望んでもいないんですけど……!? あぁ、胃が死ぬ……!」


 ヤマモトのことを考えると胃がキュッとしまり、サインの文字が思わず歪んでしまう。


 私はエナドリをぐいっと飲み干し、少しだけ気持ちを落ち着ける。


 普通はエナドリを飲めば興奮するものだが、私にとってのエナドリは精神安定剤みたいなものだ。


 ちょっとだけ落ち着き、仕事を進めていると――、


「魔王様」


 エンヴィーがすっとひとつの封書を私に渡してくる。


 こういう行動を取るということは緊急の要件か、重要案件かということだ。


 果たして、どちらか。


「ファーランド王国からの親書です。中身を確認しましたが、人族のトップが集まる世界会議に是非とも参加して頂き、今回の件の弁明をして欲しいとのことです」

「弾劾裁判のお誘いじゃない……」


 魔王国を寄ってたかって、人族が吊し上げにしようとするイベントへのお誘いだ。


 これを断れば、多分、人族と魔物族との戦争が早まることになるのだろう。


 それを考えれば、断れない。


 というか、問答無用で人族の一国を征服したのだから、そりゃ槍玉に上がる……とは私も思う。


 というか、この会合に出る時は絶対にヤマモトも道連れにしよう。


 だって、アイツが張本人なんだしね!


「開催日はひと月後ねぇ……」

「最近、魔王様もお忙しい日々が続いていますし、気分転換のバカンスだと思って仕事を調整して行って来られては?」

「火炙りになるかもしれない危険なバカンスで気持ちがリフレッシュするとでも?」

「緊張と緩和によって解放感を得られるかもしれませんよ」

「緩和はないでしょ。緊張だけでしょ」


 しかし、エンヴィーは良いことを言ったね。


 私の頭の中にひとつのアイデアが思い浮かぶ。


「でも、リフレッシュは必要よね? このところ、秘書チームも割と死んでる状態でしょ?」

「ハハハ」


 否定しない。これは死んでるな……。


「慰労会じゃないけど、少しだけ気分転換をすることも必要だと思うの。一泊二日ぐらいでどこか観光地にでもいけないかしら? マーマソーとかどう?」


 そう、リフレッシュ休暇! 今の私たちにはこれが必要だ! 少し休むことで心身共にリフレッシュ! 仕事の効率も上がるに違いない!


 私は魔王国の中でも一番人気の観光都市の名前を出すが、エンヴィーに否定されてしまう。


「現在、マーマソーはヴァーミリオン領とセルリアン領の中間辺りの北の海を航行しています。一泊二日の日程ですと、訪れるのが難しいかと」

「良い案だと思ったんだけどなぁ」

「三泊四日の日程でしたら行けますが……」

「その内の二泊は移動時の中間拠点での寝泊まりでしょ? 実質、マーマソーで羽を伸ばせるのは一日。そして、サボった四日分の仕事をこなすために地獄を見ると……。割にあってないのよねぇ……」

「近場ですと、幻獣都市スー・クーがありますよ」

「幻獣都市って名前はいいけど、ドラゴンやユニコーンなんかの幻獣ファーストの都市を作ったせいで、実際には牧場と何も変わらない所でしょ。そんなところで余暇って言われてもねぇ」

「ストレスを与えずに育てられた幻獣種で作られた幻獣料理は割と絶品と聞きますが」

「現地で食べる麒麟のお肉とか美味しいのかしら? まぁ、エナドリばかり飲んでる馬鹿舌に味がわかるとも思えないけど……」


 自嘲する。


 けど、牧場見学をしてから、美味しい物に舌鼓を打つというのは、割と悪くない案に思えた。


 その後も、仕事をこなしながらもエンヴィーと協議を重ねる。


 だが、やはり一番良さそうな案としては、スー・クーへの一泊二日の慰安旅行というのが現実的であり、楽しめそうだ。


 私たちの案が、ほぼその路線で決まりかけていた――その時のことである。


「魔王様、魔王軍飛竜部隊隊長のシルヴァ様が今回の視察任務の任務報告をしに来られています」

「うん、いいよ。通して」

「はっ」

「――失礼します!」


 軽いノックの後で、凛々しい声と共に入ってきた若者を見て、私は目が点になる。


「え? えーと、シルヴァ、だよね……?」

「はっ!」


 執務室に入ってきたシルヴァは、前に見た時よりも顔の皺も弛みもなくなっており、お肌も艶々ツルツルで十歳は若返ったように見えていた。


 いや、何があったの……? ってレベルで別人なんだけど……?


「と、とりあえず報告を……」

「はっ!」


 シルヴァの報告は、現在のヴァーミリオン領やセルリアン領の領都の復興具合、そして砂漠都市フィザの跡目争いの問題にまで多岐に渡った。


 私はその報告をひとつひとつ吟味しながら聞きつつ、その話題が出るのを今か今かと待ち侘びていた。


 何故、彼が急激に若返ったのか? その謎がきっと報告の中に隠されているのだと耳を象のようにして聞いていたのだ。


「――報告は以上になります」


 けれど、報告は普通に終わってしまった。


 いや、待って? あなたのその見た目若返りについての報告がひとつもないんだけど?


 私はゆっくりと瞼を閉じてから、目を見開く。


 うん。


 疲れ目による幻覚とかではない。


 確実に見た目が若返っている。


「報告はそれだけ?」


 仕方ないので水を向けてみるが、


「それだけですが……何か不備がありましたでしょうか?」


 いや、あるでしょうよ!


 私がちらりと離れた所にいるエンヴィーに視線を向けると頷かれた。


 どうやら、気持ちは一緒らしい。


「シルヴァ? あなた、見た目が変わったように見えるんだけど?」

「そうですか? いつもこんなものだと思うのですが……」

「「そんなわけないでしょうよ!」」


 エンヴィーと一緒にツッコんでしまった。


 だって、絶対に若返ってるように見えるのに、見た目変わらないって言うんだもん。


 どう考えてもおかしいし。


「そうですか? でも、何も特別なことなんて……あぁ、そういえば」


 シルヴァは何かを思い出したのか、ポンっと掌を打つ。


「そういえば、入りましたね。あれから、体の調子がすこぶる良い気がします」

「入る? 何に?」


 私が尋ねるとシルヴァはニッコリと笑みを浮かべてみせていた。


「温泉ですよ」

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