閑話

【現実世界】


「亀ちゃん、彼の調子はどうだい?」

「体調が優れないというんで、面会できませんでしたよ。多分、仮病だとは思いますが……」

「そうかい」


 喫煙ルームで電子タバコを咥えながら、八津川は手元の携帯に視線を落とす。


 LIAというゲームを使った集団誘拐殺人事件は、事件開始より二ヶ月が経過しても目覚ましい進展が起こることはなかった。


 分かったことといえば、今回の事件の首謀者と見られる四人の運営スタッフの居場所が判明したことぐらいか。


 彼らはゲームのメインサーバーと直結する形で繋げられた高度医療カプセルの中に横たわっている形で発見された。


 その医療カプセルは、元々宇宙開発事業用に開発されたものらしく、星間移動の間に健康を損なうことがないように身体的なあらゆるケアを自動でしてくれるといった優れものなのだそうだ。


 元々VRMMОRPGを遊ぶヘビーユーザーの中には、このような医療カプセルを改造したVR機器で遊ぶ者たちもいたようだが、今回のコレはLIA用に作られた特注品であるらしく、一般の医療カプセル型のVR機器とは多少違うものとなっているようだ。


 特に外部から中身をこじ開けようとすると、メインサーバーの電源を強制的に落とすといったような仕掛けが施されているという。


 つまり、犯人たちを捕まえようとした場合、現在LIAに囚われているプレイヤーたち全員の命が同時に失われる可能性があるということだ。


 そのため、八津川たちも迂闊に手が出せなかったのだが……。


 事態が動いたのは、事件発生より二ヶ月と一週間後のこと。


 その頃になって、LIAに囚われていたプレイヤーの一人が目覚めたという話が舞い込んできた。


 目覚めた直後のそのプレイヤーは意識がはっきりとしない様子だったが、徐々に覚醒してきたのか受け答えがはっきりするようになっていったという。


 マスコミは彼を奇跡の生還者として騒ぎ立てていたが、問題はここからであった。


 彼が使っていたVR機器のハードディスク内を確認したところ、LIAのゲーム内で他プレイヤーを追い詰めて殺害するような一人称視点での映像が多数出てきたのだ。


 LIAがデスゲームである旨は、既に主犯である佐々木幸一によって語られており、奇跡の生還を果たした彼はヒーローから一転して、殺人鬼としてのレッテルが張られることになる。


 彼も自分が何をしたのかは理解しているらしく、警察の前ではすっかり口を閉ざすようになってしまった。


 捜査一課の方はハードディスク内の犯行データから、いずれは彼をしょっ引くことが出来ると踏んでいるようだが、問題は八津川たち、警視庁サイバー犯罪対策課の方だ。


 現在、LIA内の生きた情報を知る手段はなく、男が口を閉ざし続けることにより、LIA内で何が起きているのかを全く把握できなくなってしまったのだ。


 本日も八津川の部下である亀川と日下部の二人で男の病室を訪ねに行ったが、体調を理由に門前払いを食らったようである。


 亀川が渋い顔で呟く。


「このまま裁判まで知らぬ存ぜぬを突き通すつもりですかね」

「彼としては、そうするつもりだろうな。下手に嘘で塗り固めておいて綻びが出るのを恐れているんだろう」

「ですが、証言者は彼一人です。しかも、現状、目撃者はLIAに囚われている状態でしょうし、嘘の証言も吐き放題なのでは?」

「そうでもないさ、ほら」

「! 二人目のプレイヤーが目覚めたんですか!」


 八津川が持っていたスマホの画面を見せると、亀川が驚いたように食いつく。


 先程までは病院内にいたということもあり、最新のニュースをチェックしていなかったようだ。


「元々、彼の記録媒体に残っていた映像には、彼以外の共犯者の姿も映っていた。そして、彼がゲームの世界から帰ってこれたことを考えれば、他の者が帰ってこないとも考え難い。彼はこうなることを考えて黙秘していたんじゃないかな」

「では、この目覚めた男というのも共犯者ですか? そして、この男との口裏合わせを考えていると?」

「記憶媒体に残っていた映像を調べないとなんとも言えないけど、十中八九ね。新しく目覚めた彼の記憶媒体にも同じような映像が残っていれば、ほぼほぼ決まりだろうね。一応、目覚めた二人が接触しないように目を光らせていた方がいいかもしれないよ」

「わかりました。一課の方に連絡しておきます」

「頼むよ。私は新しく目覚めた彼に会うついでに、鑑識に記録媒体の中に残っている映像の方も確認できないか交渉してみるよ。どうせ、押収されてるだろうしね」

「八津川さんが病院まで行くんですか?」

「亀ちゃんも病院にとんぼ返りは嫌だろう?」

「そんなことはないですけど……」

「ま、ここは甘えておきなよ」

「あ、ありがとうございます」


 電子タバコの電源をオフにしながら、八津川は喫煙室を出る。


 八津川は地下の駐車場へと向かいながら、例の記憶媒体に残されていた映像について考えていた。


 記憶媒体に残っていた映像には、確かにLIA内での殺人現場の映像が残っていたが、それは記憶媒体の容量でいえば、たった7%の内容にしか過ぎない。


 では、残りの93%はというと、暗い、どこか牢のような所に閉じ込められ、モザイクの掛かった相手にひたすら実験のようなことをされている映像が残されていたのである。


 その映像を見た時、八津川は薄ら寒さを覚えたものだ。


 なお、株式会社ユグドラシル側にあのモザイクは何だと後日尋ねたところ、プレイヤーを認識できないようにするスキルが発動されており、主観者が認識できていないので、そういった映像になってしまっているのだという回答を得られたが、八津川としては首を捻るばかりであったりする。


 とにかく、八津川が思うに二人のプレイヤーが現実世界に戻ってきたのは偶然ではない。


 恐らく、先の映像のモザイクだらけの人物がプレイヤーを実験動物のように扱って、その結果、たまたま上手く現実世界に戻ってきたのではないかと八津川はそう考えていた。


「科学者気取りかね……」


 デスゲームの中で殺人を犯す神経も理解できないが、その殺人者を狩って実験動物として利用するのにも狂気のようなものを感じる。


 だが、二つの行為には決定的な差がある。


 殺人は何も生み出さないが、人体実験には明確にデスゲームから逃れようという意思を感じるのだ。


「あるいは、今回目覚めたという男こそが、その科学者なのかもしれないな」


 実験の結果、第一のプレイヤーがLIAの世界から消えたことで、安全にログアウトできると踏んで、自らを使って人体実験を行ったか――、


「いや、それだとリスクが高過ぎるな」


 第一のプレイヤーがLIAの世界から消えたことは確かだが、LIAの世界にいながら無事に現実世界に戻ってきていることを確認することは現状では不可能だ。


 そんな不確定な状況の中で、人体実験を行う程に慎重な人間が自分の体を実験台にしてデスゲームからの脱出を試みようとするだろうか?


 八津川としては、それはノーであると考える。


 せめて、この現実世界の結果を持ち帰って、成功していると認識できない限りは、自分を使っての人体実験は行わないのではないだろうか。


「そうだな……。もし、人体実験の結果、現実世界に戻れるという情報をその科学者に渡したらどうなる? LIAに囚われた人々全てを無事に救い出すことができるだろうか?」


 エレベーターを使い、地下駐車場にまできたところで八津川は自分の車に乗り込み、嘆息を吐き出す。


「無理だな。プレイヤーの数があまりに多すぎる……」


 デスゲーム開始直後のプレイヤー人数は十万人。


 そこから数は減っているだろうが、何万という数のプレイヤーに一人一人人体実験を行って、現実世界に戻すというのは非現実的に思える。


「何人かで人体実験を行った後で、信頼のおける知り合い、もしくは本人を使って人体実験を行ってデスゲームを脱出するのが目的か?」


 八津川が想像する通りの慎重な相手であれば、信頼できる知り合いをデスゲームから脱出させ、現実世界に戻ってきたところでもう一度LIAにログインしてもらい、その結果を待ってから本人で人体実験を行うのではないだろうか。


 もしくは、多少賭けにはなるが、結果を待たずして、自分自身で人体実験を始めるか。


 いや、そもそも……。


「何故、正規のルートを進まずにデスゲームを終わらせようとする道を探っているんだ……?」


 助かりたいという思いはあるが、デスゲーム攻略の課題が難しすぎるために、他の方法を探っているのだろうかと八津川は考える。


 だが、それは違う。


 その実験者は、例え相手がデスゲームの主催者といえども、殺してしまうということに色々としがらみがあることを理解し、なるべく殺さないでデスゲームを攻略しようと目論んでいるのだ。


 だから、八津川の想像は完全な的外れなのだが、デスゲームの攻略条件などを知らない八津川にはその理由を推理することはできなかった。


「ふむ、映像の実験者についても是非とも意見を聞きたいものだが……。今度、目覚めた彼は軽率なお喋りくんだといいんだけど、どうだろうね?」


 八津川は車のエンジンを入れ、発進する――。


 デスゲームから帰還する人間がいることは世間では話題になったが、まだまだこの事件が解決する日は遠いのであった。

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