第234話

 ■□■


「ひ、酷いよ! やめて!」


 ディザーガンドの街をてこてこと歩いてたら、そんな声が路地裏から響いてきた。


 私は思わず周囲を見回す。


 私が聞いた悲鳴は周りの人々にも聞こえていたはずだけど、道行く人たちは皆知らん顔だ。


 都会というのは、かくも他人に無関心なものか――と思ったけど、魔王国の場合は少々特殊なので一概にそうとは言えないのかもしれない。


 そもそも魔王国は、脳筋な初代魔王が暴力で多種族をまとめて作りあげた国家である。


 その時に、ある程度強い魔物族たちには適当に爵位を与えて、弱い魔物族たちの取りまとめ役として振る舞うように通達してるらしい。


 その慣習が今も色濃く残ってるせいで、力こそが正義、弱いのが悪みたいな意識が根底に残ってるらしい。


 現魔王は、そういう意識を払拭するための政策や、弱い魔物族にも社会的な地位の確立を、と色々と頑張ってるみたいだけど、魔物族自体が元々争うのが好きな種族っぽいからね。


 そういう政策をやろうとしても、なかなか上手くはいかないみたい。


 で、それを踏まえて先程の悲鳴。


 私としては、どうしたどうした何が起こった? って案件なんだけど、一般の魔物族に言わせれば、悲鳴をあげるぐらい弱いのが悪い、自分でなんとかしろ、という案件になるらしい。


 つまり、無視するのが一般的。


 逆に心配になった私が異端ってわけ。


 特に王都なんか、魔王国内でも腕自慢、力自慢が大勢集まる土地だからね。


 力こそ正義みたいな考えの人が大勢いるみたい。


 というわけで、少し窺ったんだけど、誰も動かない。


 そういうことなら行こうかな?


 私、結構逆張りなところあるからね。


 こう、皆が無視してると逆に興味を引かれるというか。


 というわけで、路地裏に足を踏み入れてみるよ。


 暗く、細い路地裏だけど、臭いはそこまででもないかも。


 そんな路地裏を通って辿り着いたのは袋小路。


 周りを建物の壁や塀に囲まれてできたデッドスペースなのかな?


 たまたま何も使えない空き地ができてしまったって感じに見える。


 そんな空き地には既に先客がいて、何やら揉めてる様子。


 揉めてるというか、一人がただ騒いでるだけというか……。


 ちょっと状況がわからないので、様子を見守るためにも空き地の入口で【隠形】の最上位スキルである【遮絶】を使用するよ。


 ちなみに【隠形】系のスキルは、


 【隠形】⇒【隠伏】⇒【遮絶】


 といった感じに、他人に気配や存在を感じ取らせなくなる効果がアップするらしい。


 まぁ、透過率みたいなものだね。


 効果が強い方が存在が透けるというか。


 ちなみに、やりすぎると他人に知覚されなくなって、逆に色々と迷惑を被るので普段は【隠形】ぐらいを使って存在感を消してるぐらいが丁度いい感じです、はい。


 で、空き地にいたのは、全身が刃でできた甲冑を来た魔物族の男の人――。


 えーと、男の人だよね?


 胸部装甲が膨らんでないし、多分男かなーと。


 で、その人が自分の鎧から刃をもぎ取り、それをおもむろに投擲する。


 それが孤を描いてぎゅーんとブーメランみたいに飛んだかと思うと、足を引きずっていた黒猫の背に刺さり、黒猫が「フギャ!」と悲鳴をあげて倒れてしまう。


 …………。


 えええぇぇぇ……。


「やめて、やめてよ!」

「ふふっ……」


 …………。


 えーと、ごめん、あまりの事態にちょっと脳が動いてないんだけど……?


 えぇっと……?


 戸惑う私を余所に「酷いよ! なんでそんなことするの!」と子供の声が刃鎧の男を非難する。


 その男の子は、昨日私の店に来てくれた男の子だよね?


 ――待って。


 ちょっと待って。


 ダメだ、思考がオーバーヒートして、頭がうまく回らない……。


「おいおい、君は何を言ってるんだい? 自分で自分の身すら守れない生物なんて、この魔王国ではすぐに死ぬんだ。だから、せめてその生をこの僕が有意義に使ってやろうとしてるんじゃないか。僕の趣味の的当ての的になれるだなんて光栄なことだよ? それを酷いだなんて……」

「キャシーが何したっていうの! 何も悪いことしてないのに!」

「弱いものは存在すること自体が悪なのさ。それに、僕の行動を止めたいのなら力ずくで止めてみなよ? 他人が誤ってると思ったら、力で他人の行動を正す――それがこの国の流儀だよ?」


 これ。


 ゲーム内のイベントなんだろうけど、そうとわかっていてもリアルな動物虐待をいきなり見せられたら、「えっ」ってなって思考停止するんですけど……。


 そして、かなりの胸糞イベント。


 正直、回れ右したいけど、そういうわけにもいかないか。


「へぇ? 猫の前に立っちゃって……。つまりはそういうことかな?」

「キャ、キャシーは、ぼ……、僕が守る!」

「そうかぁ。じゃあ仕方がないなぁ。次の的は、君にしよう! 大丈夫! 強ければ死なないし、君の正義が証明できるさ! まぁ、弱ければ死んじゃって、僕の正義が証明されるんだけどねぇ!」


 そう言うなり、刃鎧くんは自分の鎧の刃を同時に三本抜いて、それを投げつける。


 不規則に空中を回転しながら飛ぶ刃は迎撃しようと思ったら、その全ての軌道を読むことは難しい。


 だから、私はシンプルに考えた。


 あたっても痛くないなら、あたっちゃえばいいや――って。


 なので、素早く男の子の前に出る。


 ごちゃごちゃと考えるよりは、こうやって行動した方が悩みがなくていいね。


 それに行動しなくて、後から後悔するのも嫌だし。


「誰だ……?」

「お姉ちゃん……?」


 複雑な軌道をした刃のブーメランを前に、二人が驚きを見せる中――、


「え?」


 私も驚きを見せていた。


 というか、私が前に出たタイミングで更に私の前に誰かが出てる!


 その全身を隠すローブ風のシルエットは今朝方お店の方に来た女の人?


 いや、なんでここにいるの!


 というか、私の前に出たら危ないって!


「フッ!」


 けれど、私の心配は杞憂だったみたい。


 キン、キン、カキン!


 ローブの女の人は飛んできた刃を素早く拳で迎撃して叩き落とす。


 なかなかの早業に正確性。


 甲高い音と共に刃が地面に落ちる中、フードの女性が――、


「殺す気ですか!」


 ――と刃鎧の男を怒鳴りつけていた。


 まぁ、私にあたったところで、痛くも痒くもないんだけど……。


 あ、もしかしたら男の子や猫ちゃんを思っての発言だったのかもしれない。


 そう考えると優しい人なのかな?


 とりあえず、フードの女の人が時間を稼いでる間に【オーラヒール】を使って、猫ちゃんを回復させておく。


 うーん。


 この猫ちゃん、人間不信になってないといいんだけど……。


「なんだい? まさか、的の希望者かい? 僕の邪魔をしてくれちゃってさぁ!」

「黙りなさい! 卿は今とんでもないことをしようとしたのですよ! それを理解しているのですか!」

「ふぅん? ……卿ねぇ。その言い方だと同じ爵位持ちってところかな? 先生ェー……」


 刃鎧くんの言葉に人物が跳ね起きる。


 こちらの様子を観察するかのようにねっとりとした視線を向けてたんだけど、刃鎧くんのお仲間だったみたい。


 先生と呼ばれた彼はタキシードにマント姿といった格好で、屋根から飛び降りると音もなく着地し、深く一礼。


 見た感じ、顔は昭和のイケメンって感じで濃い目なんだけど驚くほどに顔色が悪いのが特徴かな。


 これはあれだね。吸血鬼ヴァンパイア系だろうね。


「どう思いますー?」

「吾輩が思うに、坊っちゃんには少々荷が重い相手ですな」

「そうじゃなくて、この人の素性とか、爵位持ち同士で戦ってもいいのかとか、そういう判断を尋ねたんですけどー?」

「相手の素性もわからぬ内に仕掛けるのは下策も下策。ここは一度退くのがよろしいですぞ」

「ふぅん。じゃあ、引き下がろうかな。白けちゃったのも確かだし」


 まるで何事もなかったかのように袋小路の出口から出ていこうとする刃鎧くん。


 その背に「猫ちゃんに謝りなさいよ!」と言うよりも早く、ローブ女さんが前に出る。


「旧態に縋るのはもうやめなさい。時代は既に動いているのです」

「時代は変わらないさ。今もそしてこれからもね……」


 …………。


 うわー! なんか格好いいセリフの応酬してるー!


 わ、私も何か言った方がいいのかな……?


 よ、よし!


「担々麺は甘いタイプもわりと好きだ」

「…………」

「…………」


 いや、いきなりで出てこなかっただけだから!


 そんな可哀想な者を見るような目で見ないでくれないかな!?


 あと、胸糞イベントから格好いいセリフの応酬とかギャップが凄すぎてついていけなかったのもあるんだよ!


 これはもう運営が悪い! そうしよう!


 いや、私がアドリブに弱いのが悪いのかもしれないけど!


 私が心の中で言い訳をしていたら、いつの間にか刃鎧くんと吸血鬼先生は袋小路からいなくなっていた。


 そして、取り残される男の子と猫とローブ女さんと私。


「「「…………」」」


 えーと、ほぼほぼ初対面の人たちで集まったネットのオフ会かな?


 …………。


 いや、オフ会に行ったことはないけども。


「あのー、とりあえず、お話も聞きたいので私のお店にでも行きます……?」


 二人にとっての接点がそれぐらいしかないからね。


 私がおずおずと提案すると、二人ともおずおずと頷いてくれたよ。

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