第233話
【
サグラ○・ファミリアの上部を黒く塗ったような外観の刺々しい街である辺境都市エヴィルグランデ――。
とにかく建物を白く塗っていたのが印象的な海に隣接する地下都市フォーザイン――。
折れそうなほど背が高い建物が特徴的な天空都市チェチェック――。
色々と面白い魔王国の都市を巡ってきたけど、王都ディザーガンドはちょっと違う。
特徴がないというか……むしろあり過ぎるというか。
多分、王都に来るまでの色んな都市の特徴が渾然一体となってるんだろうね。
とにかく規則性がなく、街全体が混沌としてる感じだ。
私が見ただけでも、エヴィルグランデやフォーザイン、チェチェックで見たような建物がそこかしこで建っている。
で、見たことのない建物も建ってることから、プレイヤーとしては王都に来るまでに巡ってきた街の景色がごちゃ混ぜになった景観を楽しめるといったところなんだろう。
建物を見ながら、プレイヤー同士で、ここ行ったなぁ〜とか、あんなことあったよね〜とか、ちょっと思い出に浸れたりするギミックだと考えると面白い。
あと、クランの建物を作る時も、どの建築様式でも選べますみたいに考えると、プレイヤーにとっても人気の都市となりそうだ。
流石、王都といった感じ。
普通のプレイヤーはもっと時間をかけて、大冒険して、ようやく王都だー、おぉスゴイ! となるんだろうけど、私はその過程をすっ飛ばしてるからね……感動も半減で、ちょっと勿体ない気はしてるよ!
で、その王都の奥まった場所にひっそりとある私の店。
Gallery Yamamoto。
当初は暗黒の森で採れた新鮮な野菜などを売ろうとしてたんだけど、建物の場所が悪いのか、お客さんが全然入ってこないので食料品を扱うのをやめてギャラリーになってしまったお店である。
しかも、たった一週間に!
そもそもギャラリーになったのは、売れ残っても大丈夫なものを商品にしてみたらいいんじゃない? と思った結果なので別にギャラリーじゃなくても良かったんだけどね。
ほら、一流の絵師って個展とか開いたりするじゃない?
そういうのに、ちょっと憧れがあったというか……。
ゲームの中だし、思い切って個展……というか画廊を開いてみてもいいかなぁと思ってやってみた次第である。
なお、まだ主力商品である絵画は三枚しか飾られてないので、割りと殺風景。
その分、絵には力を入れて描いてはいるんだけどね。
それにしても、ギャラリーに飾るのが前提となると、なかなか絵を描く時に力が入るというか、妙にこだわり出すというか……。
色々と難しい部分はあったりします。はい。
「それにしても、暇だねぇ」
暇なのでカウンターで梅酒を飲みながら、適当に撮っておいたスクリーンショットを見返しつつ下書きを行う。
ちなみに梅酒はドリンクボックスから瓶に移し替えたものを手酌で飲んでる。
というか、ほぼドリンクボックスがクラン・せんぷくの方で占拠されてるので、自由に使えないのがネックなんだよねー。
新しく作ろうかな?
絵を描く道具はその辺の道具屋で安い画用紙と鉛筆と消しゴムを売っていたので、それを買った。
LIAってファンタジーな世界観じゃなかったんだっけ? とは思ったけど、売ってたんだからしょうがない。
画用紙にカリカリと鉛筆で線を引きながら、あとで水彩絵の具で色を付ける予定。
というか、私の絵って独学だし、デジタルメインだったから油絵とか本格的なのは描けないし。
小学校の時に慣れ親しんだ水彩画ならなんとかなるかなーと思ってやってる次第である。
カリカリカリカリ……。
そんなことをやってたら、カランと入口の扉に付いていたベルが鳴った。
「いらっしゃい」
珍しい、と言いかけたけど、それを言うと繁盛してないのがお客さんにも伝わるかと思って口を噤む。
あくまでもそれなりに儲かってる風を装いたかったけど、その必要もなかったのかもしれない。
「あれ? ここ、食べ物を売って……?」
迷い込んできたのは、黒髪短髪で額にも目がある三つ目の男の子だ。
その子は戸惑ったように店内を見回すと、思わず扉を閉めようとする。
「ごめんなさい、間違えました……!」
「間違えてないよ。先週までは野菜を取り扱ってたから」
「え? あの、それじゃ、今は扱ってないですか? その、キャシーがお腹を空かせてて……」
物乞い系のイベントでも発生した?
そんなことを思いつつ、適当に男の子に聞き返す。
「キャシー?」
「猫です」
猫に食べ物あげるために、野菜をメインで扱ってる店に入るとはなかなかの奇天烈っぷりだね。
まぁ、猫は雑食だし野菜あげても食べるかもだけど。
「弱ってて、何かあげないとって思って……。そういえばここに食べ物を売ってるって……」
藁にも縋る思いで来たのかな?
まぁ、そういうの聞いちゃうと無碍にもできないか。
「ちょっと待ってて」
猫って何食べるのかな?
イメージだと魚だけど、弱ってるならそんなに食べられないかな?
一番はミルクとか? 流動食とか?
猫の流動食なんて作れないんですけど?
仕方ない。
コーヒーに入れるように用意してあったミルクにヤマモト領の天然水でも混ぜておこう。
それでダメなら【光魔法】でも使って回復させればいいでしょ。
空腹まで満たせるのかは知らないけど。
というわけで、バックヤードに行って安い深皿にミルクと天然水の混合水を注いで戻ってくる。
味にうるさい猫ちゃんだったらどうしようとか思いながら持ってきたら、男の子が私の絵を見上げて固まっていた。
なに? 絵に興味ある感じ?
「はい、おまたせ」
「その、ありがとうございます……」
男の子にお皿を渡すんだけど、男の子は絵の前から動こうとしない。
そんなに魅了するほど凄い絵ってわけでもないんだけどなぁ。
私的には頑張って描いてるけど、ラッ○ンとかそういうレベルじゃないし。
でも、男の子には魅力的に見えるみたい。
食い入るように見ている。
「また見に来ていいから、とりあえず猫にそれあげてきて」
「あ、はい」
私が肩を叩いたら、ようやく思い出したかのように動き出したよ。
これで、ようやく静かになるかな、と思ってカウンターの所に戻って、絵とお酒の続きをやろうとしたら……。
カラン――。
「ニャー」
男の子が猫を連れてきて、絵の前で猫にミルクを飲ませ始めたんだけど……。
ここは、動物病院でも保育園でもないんですけど……?
「まぁ、閑古鳥よりはいいか」
そう自分に言い聞かせながら、私はお酒とスケッチを再開する――。
■□■
絵を見るのに飽きたら男の子も帰るでしょ、と勝手に思い込んでたら違った。
展示されてる絵を堪能し終えたと思ったら、今度は私の近くまで来て私が描いてる絵をじーっと見始めたのだ。
「ニャー」
更に、懐に猫を抱いて、キラキラとした瞳でずっと見続けられる。
うん。
気が散る。
「あのさ」
そう見られてると気が散るんだけど――。
と言いかけたけど、むしろ男の子の方が集中して私の作業を見守っていたので、なんか負けた気がして口をへの字に結ぶ。
やっぱりずっと見られてると描きにくいんだよね。
むしろ、そっちに気を遣っちゃうというかさ。
そういうのが嫌で、お絵描き配信とかやってなかったクチだしね。
「そんなに興味あるなら、絵描いてみる?」
そもそも、私の絵に感銘を受けたとかじゃなくて、絵自体に興味があるのかなーと思って男の子に聞いてみたら、一にも二にもなく激しく頷いた。
普通に絵を描くことに興味があったんだね。
道具屋で買った安い水彩絵の具のセットと画用紙を一枚あげると、男の子は「わーい!」と外に飛び出しに……行こうとせず、ギャラリーの中で絵を描き始めた。
猫を前にして絵の具を適当に取り出してる。
いや、出てってくれていいんだよ?
というか、猫なんて大人しくしてないから描きづらいでしょうに。
…………。
まぁ、張り付いてガン見されなくなっただけマシかな……?
ちょっと寂しいけども。
■□■
カリカリ描いてたら、大分時間が経っていた。
アバター作成の時もそうだったけど、作業に夢中になってると時間が経つのが早過ぎる。
というわけで、鉛筆を置いて画用紙から体を離すと大きく椅子の上で伸びをする。
と、そこで何か膝の上に違和感。
私の膝の上に黒い毛玉が乗ってるんだけど……?
というか、猫め。
いつの間に私の膝の上に乗ったし。
全く気がつかなかったよ。
で、その猫の飼い主? であろう男の子は床でぐでっとなっている。
「寝てる……」
お絵描きの最中で眠くなったのか、床に突っ伏すようにして寝てしまったようだ。
その男の子の目の前にある画用紙には、なかなかに斬新な猫が描かれていた。
「なんで、黒猫なのに青に塗ったし……」
しかも、絵の具の使い方がよくわからなかったのか、指で絵の具をこそぎ取って画用紙に塗りたくったらしい。
なかなか真似できないタッチだ。
どうやら芸術的な感性のあるお子様のようである。
というか、このままギャラリーで寝られても困るので、肩を揺すって起こそう。
「こら、そろそろ店じまいだから起きてお家に帰りなさい」
「ふぁい……」
男の子は眠い目を擦りながらも、黒猫を抱きかかえてふらふらとした足取りで店を出ていく。
そして、残された絵と散乱した絵の具。
…………。
「いや、描いた絵を置いていくんかーい」
描くのに興味はあるのに、描いた後には興味がなくなるとか、なかなかに前のめりな生き方である。
私は散らかった絵の具を片付けながら、置いてけぼりになった青い猫の絵を眺める。
「芸術といえば芸術……かな?」
実際には子供の落書きなのだが、斬新といえば斬新に見える。
「今度来た時に驚かせてやろう」
というわけで、男の子が残していった絵を額に入れて飾ってみる。
うん。
こうして、壁に飾ってみるとなかなか味があっていい絵に見えるから不思議だ。
というか、多分、額の力だろうけどね。
額パワー凄い。
「これで、今度来なかったら笑うけど」
苦笑しながらギャラリーの片付けをして、私はその日の営業を終わりにするのであった。
■□■
翌日の午前中は、
ルーシーさんとの交渉は上手くいったようだけど、あの土地はまだまだ不足してるものが多過ぎる。
今日は各家庭で使うようなお皿や調理器具の買い出しに向かうつもりだ。
と、ドアノブにCLOSEの札を掛けたところで、背後に気配を感じて振り返る。
「本日はギャラリーはお休みですか?」
お客さん……?
その割には風体がなんか怪しい。
フードを深く被り、体をすっぽり覆うローブで体型を隠しているのは、どう見ても不審者だ。
声は女の人だけど……。
とにかく見た目は怪しい。
「午前中は用事で出かけるので、午後からでしたら開けられると思いますよ」
「そうですか、わかりました。ありがとうございます」
見た目は怪しいけど礼儀正しい人らしく、ペコリと頭を下げて去っていく。
それにしても、ここの店を誰にも宣伝してないのにピンポイントでやってくるなんて……。
「お客さんの格好といい、なかなか謎だね」
とりあえず、わからないことをいつまでも考えていても仕方ないので、店に鍵を掛けて買い物に出かけることにしよう。
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