第230話
「これはどういうことですの!? その……ヤマモト卿の天然水が1リットル1万褒賞石だなんて! それを十リットルも!? 暴利……どころか、普通そんなに出ませんわよ!?」
うん。
……うん。
とりあえず、ルーシーさん、一度落ち着こうか?
あと、私の天然水じゃないから。
ヤマモト領の天然水だから!
卿と領を間違ってるから!
だから、大声で恥ずかしいことを叫ばないでね?
というか、商品名の名付け方を間違えたかな?
アル○スの天然水やア○ールのみずみたいな感じで名前をつけたんだけど……。
とりあえず、わざとらしくゴホンゴホンとやると、ルーシーさんも何かおかしいぞ? と思ったみたい。
で、リストに再度目を通して、
「あ。ヤマモト領の天然水……」
うん、間違いに気づいたみたいだね。
ルーシーさんは顔を真っ赤にすると――、
「破廉恥ですわ!」
――そう叫ぶ。
いや、なんでさ!?
そして、恥ずかしさを紛らわすためか、少しだけ深呼吸をして落ち着いたところで、改めて抗議を開始する。
「どのみち、ただの水にリッター辺り1万褒賞石も払えませんわよ?」
「マーマソーの上では飲める水というのは貴重な物なんじゃないの?」
「海水から真水を作り出す魔道具がありますもの、そこまで貴重品ではありませんわ」
へぇ。
マーマソーでは、特に水に苦労してないんだ。
だったら、尚更、このヤマモト領の天然水を買っていってもらいたいかな?
「まぁまぁ、バイオレット卿。ヤマモト領の天然水は買って損はしない品だから。というか、これからのウチの目玉商品にしようとしてる品なんだよね。いわゆる、特産品なんだよ」
「……それは脅しですの? 魔王軍特別大将軍としての地位を利用して、ただの水に1万褒賞石も払えと?」
「どうも誤解してるみたいだね。だったら、この特産品のパワーをちょっと体感してみる?」
「体感……ですの?」
「ヤマモト領の天然水の効果を身をもって知れば、これがどれだけ凄い品かバイオレット卿にもわかってもらえると思うんだ」
うん。
ルーシーさんも派手にプレゼンしてくれたんだし、私の方もルーシーさんにヤマモト領の天然水の良さをこれでもかってぐらいにアピールしないとね!
なお、ロウワンくんからは頼みますって視線が送られてくる。
うん。
ここからは、ロウワンくんに説明させるわけにはいかないからね。
私が頑張らないと!
■□■
というわけで、ルーシーさんを連れて領地内を移動――。
まだまだ閑散とした様子の領地ではあるんだけど、そんな閑散とした中に妙に不釣り合いな巨大な建物がデンと建っている。
今回の目的地はそこだ。
領内の東側に作られたやたらと大きな総暗黒の木造りの建物。
その建物の中からはもうもうと白い煙が立ち昇っており、なんだか危険そうな気配でも感じたのか付いてきた兵士さんたちもルーシーさんを守るようにして建物の中に入って来ようとして――ストーップ!
いやいやいや、流石にそれ以上はダメだよ!
「バイオレット卿の兵士さんたちは、これ以上付いて来ないでもらえるかな?」
「何故ですの? 彼らは私の忠実な護衛ですわ。彼らを連れていけない理由をお聞かせ願えなければ、それはできませんわよ」
私は兵士さんたちを連れてはいけないって言うんだけど、ルーシーさんは真っ当な理由がない限り譲らなそうな感じ。
なので、私はルーシーさんに近づいて、コソコソと耳打ちする。
「だって、ここ湯屋だよ……?」
「え?」
「女湯に男の人たちを入れるわけにもいかないでしょ……」
私の言葉にルーシーさんはポクポクポクと考えていたようだけど、やがてチーンと結論を導き出したみたい。
「あなたたちはこの建物の入口で待機してなさい!」
「え!?」
「ですが、バイオレット様!」
「当主命令です! いいですわね! 絶対に絶対にそこで待機してるのですわよ!」
「「は、はい……」」
すごい必死なんだけど……。
前に何か嫌な目にでもあったのかな?
というわけで、ルーシーさんと共に湯屋に入る。
この建物、男湯と女湯は入口自体が別れていて、暖簾を潜ったら脱衣所で白装束に似た湯着に着替えるシステムだ。
というか、本当は全部脱いで温泉に浸かりたいんだけどねー。
ほら、私プレイヤーだから。
ゲームルール的に全部は脱げないシステムになってるんだよね。
だから、そこで考えた苦肉の策が湯着ね。
最初は水着も考えたんだけど、水着を着るのがなんだか恥ずかしくて湯着にしちゃった。
それに水着は、サイズやデザインも色々と作らないといけないから、それを領民分全部って考えたら……うん、湯着でいいやってなっちゃうんだよね。
湯着なら男物、女物でデザインを分ける必要もないし、サイズだけ変えればオッケーだから【魔神器創造】で量産するのも楽だし。
というわけで、ルーシーさんと湯着に着替える。
ちなみに、NPCもプレイヤーと同じで装備コマンドでささっと装備を変えられるから、湯着さえ渡せばピカッと光って装備換装が一瞬で行われる。
うん。
お着替えシーンを期待してた人がいたら、ゴメンね!
「あなた、認識阻害を……」
「ん?」
「いえ、なんでもありませんわ……」
湯着に着替えた辺りで、ルーシーさんが何か言い淀む。
なにかあったかな?
というわけで、お着替えも済んだので脱衣所からお風呂の方へ。
ガラガラーっと引き戸を開けつつ、中に入るとそこには大きな湯船と、壁を這う鉄パイプにシャワーヘッド、そして……。
「山ですの?」
「富士山だよ! 日本人の心だよ!」
壁一面にでっかい富士山の絵が描いてあったりする。
うん。
ここ、森のど真ん中だからね。
周り全部森だから絶景とかないし、せめて解放感が出るようにと、でかでかと描かせていだきました!
持ってて良かったリアル絵師スキル!
ちなみに私は、キャラ絵だけが得意で背景とかは苦手ってタイプの絵師じゃないんだよねー。
というか、引き籠もってる最中にもネットで海外の素敵な観光名所とかを調べてはその写真を見て模写してたタイプだからね。
何の苦労も(言葉の壁とか、まとわりつく視線とか)なければ、そういう所に行ってみたいなーとか思って拗らせてたタイプだし、そりゃ壁に富士山ぐらい描けちゃうって話だよ!
「フジさん? 誰ですの?」
「えー、まぁ、解放感を得るためのバカでっかい山の絵を描いたと思ってもらえれば……」
「そういうことですのね。理解しましたわ」
LIAのNPCに富士山のなんたるかを説いても意味がないことは理解したよ!
富士山よりも魔王国の絶景とかを描いた方が良かったのかな?
…………。
それはそれで面白そうだし、後で考えてみよっと。
「それにしても、特産品を説明するために何故に湯屋ですの?」
ルーシーさんは不思議そうな顔だけど、私としては何の不思議もない。
「え? 温泉が出たからだけど?」
「え?」
「だから、領内から温泉が出たから、その温泉の水をヤマモト領の天然水として売りたいって考えてるの」
「…………」
いやぁ、つい先日、領内で爆発するような音が響いた時はびっくりしたね。
慌てて外に出たら、領地の一部が水浸しだし、間欠泉のようにどばーってお湯が噴き出てるし、
それに、出たお湯が熱すぎるっていうんで、パイプ通して冷ましたり、大衆浴場という名の湯屋までパイプを地下に埋め込んだり、諸々と作業を行った結果、なんとかこうして湯屋として機能できるようになりました!
うんうん。
急な仕事だったけど納得できる仕事ができて、私的には満足です!
「えーと、温泉ですの?」
「うん、温泉」
「それがリッター辺り一万褒賞石?」
「うん」
「やはり、暴利では?」
どうも、ルーシーさんは納得してないみたい。
なので、私は無言のままに手桶に湯船の水を汲んで渡す。
「頭から被ってみたらわかるよ」
「何がわかるというのですの? こんなもの……」
ぶつくさと文句を言いながらも、頭からお湯を被るルーシーさん。
ざばぁ。
へなへな……ペタン。
そして、床にぺったんこ座りになっちゃうルーシーさん。
うんうん。
効果は抜群だね!
「なん……、ですの……、これは……、力が入ら……、ない……?」
「それだけ疲労が溜まってたってことだね」
「疲労? 言われてみれば、体が軽い……?」
「ここの温泉は入っただけで、体から疲れが抜け落ちるし、なんか昔に付けた古傷とかも勝手に治っちゃうらしいし、お肌も髪もピカピカにしてくれるだけでなくて完全に補修してくれるらしくて、入るだけで十歳は若返るとか言われてるんだよね。だから、かけ湯だけで体を洗う必要も髪を洗う必要もないというか」
ルーシーさんが自分のお肌を指でキュッキュッとしてみて、そして自分の髪を見て目を丸くしてる。
「そんな……。潮風によって長年痛みに悩まされていた髪や肌がツルツルもっちりに……」
「更にこの温泉は飲むことも可能で、飲んだ領民によると、疲れが取れるのはもちろん、体の調子が良くなって食欲が増し、いつも以上に健康的に過ごせたとかいう意見もあるから、多分デトックス効果もあるんじゃないかなって思ってるよ」
「デトックス?」
「体の中の悪いものを排出して、調子を整える効果ね」
「そ、そうなのですね……」
「とりあえず、お風呂入ろうか? 立てる?」
「た、立てますわ! 魔王国六公を見くびらないで下さいまし!」
いや、お風呂に入るだけで、そんな見栄を切られても……。
私も手桶で頭からざぶーとしてから、ルーシーさんと一緒に湯船に浸かるよ。
そんな私の様子を見て、何か言いたげなルーシーさん。
「…………」
「なに?」
「あなたはその場にへたり込みませんのね?」
「大将軍が温泉に浸かるだけで骨抜きになったらダメでしょ」
「そ、それはそうなのでしょうが……」
ブクブクとルーシーさんが納得いかない様子で口元まで沈んでいく。
本当のところを言っちゃうと、私はアバターなんで疲労とかを溜め込まないってだけなんだけどね。
だから、ここのお湯を被っても腰砕けにはならない。
でも、お湯に浸かる気持ち良さはちゃんとゲームとして再現できてるので、十分に気持ちがいいんだよ。
しかも、アバターだとのぼせないから、何時間でも入っていられちゃう。
まさに極楽極楽だよ。
「これは、確かに身も心もほぐされていってしまいますわね……。十歳若返ると言われてもおかしくない気持ち良さですわ……」
「でしょー? あぁ、あと言い忘れてたけど、この温泉の源泉がヤマモト領の天然水ね。その天然水を普通の水とかお湯に少しでも混ぜて使えば、それなりに効果が出るのは確認してるから、薄めて使ってもらえればと思うよ。料理に使う水に混ぜれば食べた人を健康にするし、お風呂に混ぜれば美容に最適だし、天然水をそのまま傷口なんかにかければ傷薬にもなる。万能薬湯――それがヤマモト領の天然水の正体ってわけ。だから、どうかな? 買って欲しいんだけど……ダメかな?」
「くっ……」
私が両手を合わせて、お願い〜ってしたらルーシーさんが目を逸らす。
これは、望み薄なのか、効果ありなのか、どっちなんだろう?
「なんなんですの、この破壊力……! これなら、まだ【偽装】で正体を隠してくれていた方がやりやすかったですわ……!」
なんかブツブツ言ってるけど、考え中?
「コホン……いいでしょう。買いますわ。ただし、十リットルでは足りませんから、百リットルにしてもらいますわ!」
「百!」
いきなり十倍!
予算的に大丈夫なのかな?
「元々、マーマソーには観光都市としての側面もありますの。それに加えて健康や美容にも良い都市という評判が立てば、観光客もより多く訪れるようになりますし、元手は簡単にペイできるでしょう。それに、観光客が増えなかったら他都市に売りつければいいだけの話ですし、十倍の量にしても全く問題ないとみましたわ!」
おぉう。
思った以上の高評価。
流石、ヤマモト領の天然水だね!
これで、私の爆買いの補填はちゃんとできてくれるといいんだけど……。
「そうと決まれば、早速あがりますわよ! リストの全てに目を通したわけではありませんし、体の調子も良くなってますからやる気マックスですわ!」
お湯をざばーと掻き分けてルーシーさんが立ち上がる。
うーん、仕事熱心だねぇ。
それにしても、湯着が体にぴったり張り付いてるからかな? ルーシーさんの体のラインがわかるんだけど……。
「ルーシーさん、ちょっと痩せた?」
「え?」
「なんかスリムになったように見えるんだけど……」
むしろ、若返った感じ?
こんなに変わるものなんだ……。
すごいね、ヤマモト領の天然水!
「もう! そんなこと言ってもこれ以上追加では買いませんわよ!」
そんなことを言いながら、ルーシーさんが湯船から上がるんだけど……。
なんか、軽くスキップ踏んでる?
「お風呂場でスキップしたら転ぶかもしれないから危ないですよー」
「スキップなんて踏んでませんわ!」
いや、踏んでるからスキップ!
ルンルンじゃない! ルーシーさん!
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