第229話
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ヤマモト領の領主屋敷の応接室は魔王城の待合室のような相手を威嚇するような禍々しい雰囲気の部屋ではなく、極々普通の机と革張りのソファがある質素な造りをしている。
そこに、私、ロウワンくん、ルーシーさん、ルーシーさんの護衛の兵士さん二名といったような面子が乗り込んできて、兵士さん以外の全員が席についたところで、扉を開けてメイド服を着たユフィちゃんが登場。
ささっと紅茶を淹れてもらって、ルーシーさんをおもてなしするよ。
貴族の作法も紅茶の淹れ方に関する知識も完璧なユフィちゃんに死角はないので、特に何を指摘されることもなく、まずは第一段階はうまくいったってところかな?
で、少し雰囲気がほぐれてきたところで軽い挨拶をして、ロウワンくんをちょいと紹介。
うん。
この辺は貴族のマナーを学園で習っといて助かったかも?
で、他愛のない話を少ししたところでようやく交易に関しての話スタートだ。
「一応、こちらで用意できる交易品に関しては、リストアップしてまとめてあります。こちらをご覧下さい」
そう言って、ロウワンくんが交易品として用意できる品をリスト化した紙をルーシーさんに渡す。
「これは見やすいし、わかりやすいですわね」
ルーシーさんは喜んでくれたけど、あちら側からのリストの提示はない。
私の視線に気づいたのか、ルーシーさんはピラピラとロウワンくんのリストを振ってみせる。
「私の方にこのようなリストはありませんわよ?」
あれ? そういうもの?
「そもそも我が領地回遊都市マーマソーは常に移動してますし、その海域海域で取れる魚の種類も違えば、近い陸地の領地も違ってきますもの。その時々で売り物が変わってしまうのですから、作りようがありませんわ」
「あ、そうなんだ」
「その代わり、ある程度要望を出しておいてもらえれば、その商品が手に入るタイミングで取り置くこともできますし、逆に近い領地の特産品などをこれは如何? と提案することなどもできますわ」
要するに、取り引きできる品物が流動的ってことなんだろう。
正直、現状のヤマモト領には色々と不足してる物が多すぎるので、こんな物があるけど、どう? と提案してもらえるのは逆にありがたいかもしれない。
領民になんでそれを買ったの? もっと優先すべき物があるでしょ! とか言われても、丁度これを買える機会だったからだよ! と言えば、説得もしやすそうだし、納得もしてくれそう。
毎回毎回、王都で店を開いてる
正直、ルーシーさんとの交易は魚介類と塩ぐらいしか期待してない部分もあったから、各領地との仲買業者をやってくれるというのであればありがたいかな。
「それにしても、思った以上に食料品を用意して下さってますわね?」
「今の時期ですと、必要かと思いまして」
「あら、どうしてかしら?」
ロウワンくんの言葉にさり気なく疑問を呈するルーシーさん。
うん。
見た目は穏やかに見えるけど、私の目には拳を固めてフリッカーなジャブを放つルーシーさんの姿がはっきりと見えるよ。
しかも、ヒットマンスタイルね。
「現在、マーマソーはヴァーミリオン領の沿岸部を回遊中ですよね? ヴァーミリオン領都では現在大規模な建設が行われているために、多くの人手が駆り出されているはずです。バイオレット様は自領だけではなく、そちらにも食糧を売ろうと考えているかと思いまして……ですから、量を多く用意致しました」
「そう。優秀なのね」
納得した風のルーシーさん。
これは、ピーカブースタイルで突っ込んだロウワンくんの勝利かな。
とりあえず、何も考えずに品物を用意したわけじゃないってことはアピール成功だ。
「それにしても考えていた以上の量ですわね。数だけではなく種類も多い」
「驚いていただけたようであれば、用意したかいもあります」
まぁ、三日前の計画の時よりも二倍近く量があるんだから、驚いてもらわないと困るんだけどね!
ちなみに、その増えた分の食糧はどこから取り出したのかというと、もちろん、私の【収納】の中から取り出したものだよ!
昨日、ザックさんが神妙な顔つきで屋敷までやってきた時は「なんかあった!?」って感じだったんだけど、聞いてみたら有事用に保存している食糧を交易用に出して欲しいって言ってきたからね。
思わずズッコけちゃったよ。
ちなみに、農業担当のザックさんには有事に備えて、あんまり表に出さない食糧もあるからねって一応伝えてはいたんだけど……。
実際は
それをまぁ意味ありげに、「有事の際の食糧はあるから、失敗を恐れずにガンガンいきなさい!」みたいな感じでザックさんには伝えてたから、重要な食糧なんだろうとザックさんは勝手に勘違いしてたみたい。
まぁ、他のヤマモトもちょいちょい使ってたりする食糧ではあるけど、それでも使い切れる量じゃないし、それを出してくれって言われたら、「どうぞどうぞ」って感じなんだけど、非常時の食糧にまで手を出すのはどうなんだ? ってザックさんは考えてたってことらしい。
そして、そんなザックさんを動かしたロウワンくんの熱意。
どう口説き落としたのかは知らないけど、なんというか私の見てないところで男同士のドラマがあったりするのかなぁとか考えちゃうと……まぁ、いいよ、いいよ、この食糧使って! ってなっちゃうよねー。
「そういう狙いで言えば、リストの中には普通の建材もありますのね?」
「そちらもヴァーミリオン領では入用かと思いまして。若干相場よりは高くなってしまいますが、売れると思います」
「そう。この土地ではそんな物も用意できますのね」
ルーシーさんが窓の外に視線を向けて呟くけど、これは
王都にいる紳士担当に連絡を取って、王都にある建材を集めてもらい、それを【収納】の中に入れることで輸送期間なしで用意した物。
売れればいいけど、売れなかったら売れなかったで、領地の建築素材としても使えるから、別にこちらとしては痛くも痒くもないのがいい感じだ。
……いや、お財布的には痛いかな?
まぁ、お金は沢山あるし、気にしない、気にしない!
「とても魅力的なリストですけど、流石にこのリストの物を全ては買えませんわ。こちらにも予算の都合がありますもの」
だよね。
私でも目移りするぐらいには種類と量があるんだもん。
ルーシーさんには考える時間が必要なんじゃないかな?
「予算を教えて頂ければ、こちらの方でオススメのものを見繕いますよ」
「あら、そうですの? では頼みますわ」
というわけで、時間が必要なのはロウワンくんの方になったみたい。
で、ロウワンくんが予算内でオススメの品物の選別を進めている間に、私たちは会議室を出て領地内の何もない空き地へと移動する。
こちらばかりがプレゼンをしていたが、これは交易なのだ。
というわけで、パパッと兵士さんたちが空き地に絨毯を敷いたり、立派なテーブルを設置したりして準備完了。
ここからは、ルーシーさん側の交易品を私が品定めする番だよ!
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ルーシーさん側の交易品の品定め方法は簡単。
まずは、ルーシーさんが【収納】から品物を台の上に取り出して、説明を行い、私が買うか買わないかを決める。
で、買った物に関しては、売却済みの札が貼られて一度ルーシーさんの【収納】に戻される。
で、買った物に関しては、リストアップされていって最後に代金のお支払いと同時に全ての商品が引き渡される形式なんだそうだ。
要するに競売相手のいないオークションみたいな感じかな?
なので、じっくり選べるので楽しい。
でも、実演販売みたいなところもあるから、ルーシーさんの説明が巧みで思わず買ってしまうってこともありそう。
一応、外部抑制装置としてユフィちゃんが近くにいてくれるので、そこはなんとかしてくれると信じよう。
そして、ルーシーさん側から出てきたメインの商品はやはり海産物!
どれもこれも私が想像していたのよりも大きい怪物サイズの魚介類がズラリと出てくる。
やはり、LIAの海は魔境らしいよ……。
一応、美味しそうな魚をチョイスして買っていくけど、LIA特有のオリジナル魚とかもいたりして、買うかどうか迷うんだよね。
ルーシーさんは美味しいって言うんだけど……。
食べたことないものは、なかなか美味しいかどうか判断できないから即決できないよ!
って、次の交易品って……真珠!?
「あの大きさの真珠ってなかなかないよね?」
私の顔ぐらいの大きさもある真珠にびっくりして、思わずユフィちゃんに話しかけると、
「要りませんよ」
なんか、即断即決の答えが返ってきたんだけど?
いや、まだ別に買うとは言ってないでしょ?
でも、あったらあったで床の間とかに飾ったらいいんじゃないかなーって……。
「要りませんので。次行ってもらえますか?」
「あら、そうですの? 残念でしたわね、ヤマモト卿」
うん。
ユフィちゃんは本当にしっかりしてるね!
というか、先生やるようになって本当にしっかりしてきたと実感するよ!
立場が人を育てるっていうけど、ユフィちゃんはその典型かもしれない……。
というわけで、ユフィちゃんに手綱を握られながらも、基本的にはお塩と生鮮食品を中心に買い漁る。
あとはちょろちょろっと、こんなのどうですか的に紛れ込んでる服なんかも買うよ。
だって、まだ領内で本格的な服とか作れないんだもん!
あとは普通に調理器具のような鉄製品もあれば嬉しかったんだけど、その辺の日用雑貨みたいな物はラインナップしてないみたい。
次回以降に期待かな?
「今回の交易品としてはこんなところですわね」
というわけで、少々買い過ぎちゃった感じでフィニッシュ。
うん。
それなりの値段いったね。
というか、この場にロウワンくんを連れてくれば良かったよ。
相場がわからないから、ほぼ言い値で買っちゃってるもん。
それにロウワンくんがいれば、値下げ交渉もできたかもしれないし……失敗したなぁ。
あとは、こっちの交易品の分でどれだけ挽回できるかだね!
私の爆買いの穴埋めをロウワンくんに頼むみたいで申し訳ないけど、いい感じに調整お願いします!
そんな感じで会議室に戻ったのだけど……。
「どういうことですの! これは!」
ロウワンくんのまとめたオススメリストをふむふむと眺めていたルーシーさんの顔があっという間に羞恥に歪む。
ひえっ。
ロウワンくん、何か粗相しちゃった!?
私は思わず首を縮こませて成り行きを見守るのであった。
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