第228話

「交易品を見直すってどういうこと?」


 三日後には、ルーシー様が到着するのは、もう決まっていること。


 その予定をずらすことができないのは百も承知です。


 そして、それまでに余裕をもって交易の準備を終わらせておくのは魔王国の幹部としては当然の行い。


 それを曲げてまで頼み込む以上、相応の理由が問われるのは当然でしょう。


 ヤマモト様の声に自然と表情が固くなるのを感じます。


「現在、回遊都市マーマソーは大陸の北東部……つまりヴァーミリオン領がある場所を回遊中なんです。ヤマモト様が仰ったように、ヴァーミリオン領都が復興中であれば、それを考慮した商品を多めに用意しなければなりません。例えば、建築に必要な資材、多くの人間が流入しているのを考慮すれば、交易品に食糧をもっと増やしても良いでしょう」


 建築中に怪我人が出ることも考えれば、薬などの医療品だってあれば売れるに違いありません。


 とにかく、領都が今再建築中であるということであれば、現場では色々な物が入用となっているはずです。


 この機会を知っていながら丸々見過ごせば、とんでもない機会損失となることでしょう。


 そのことをヤマモト様に説明するのですが……。


「別にわざわざ見直すこともないんじゃない? そもそも、あと三日しかないんだけど……」

「その三日で利益が十倍、二十倍と変わってくるとしてもですか?」

「そんなに変わるの……?」

「今のままのプランでもルーシー様からはオーケーを頂けるでしょう。ですが、それは我々のリサーチ能力の低さや、商売に対する熱の薄さを露呈することになります。そんな調子ですと、ヤマモト領自体との交易が侮られ、交易品が買い叩かれる可能性も出てくるのではないかと愚考します」

「要するに、あんまり商売っ気がないと思われるとナメられるってこと?」


 物の価値がわからない相手に相応の値段を提示するのは、商人の中でも当たり前のテクニックであり、騙される方が悪いという風潮があります。


 特に、魔王国の六公ともなりますと、というのは考え難いでしょうね……。


「はい。ですので、マーマソーがヴァーミリオン領に差し掛かっていることも踏まえて、改めて交易品の計画を練り直したいのです」

「練り直しは構わないけど、三日で間に合うの?」

「…………」


 正直、時間的には厳しいでしょう。


 ここから計画の変更を伝えて、ザックさんに農作物の増産を頼んでも、当初の予定数とそう変わらないのかもしれません。


 ですが、この状況を知って、動かないというのは私にはできそうにもありません。


 やる以上は、ギリギリまで儲けるために頭を使い、そして限界まで動きたい。


 だから、私はヤマモト様の顔を見て、


「間に合わせます」


 そう答えを返していました。


 ■□■


 翌日、私はザックさんの家まで訪れ、交易品として出せる農作物の量を増やせないかとお願いをしに来ました。


 ですが、ザックさんは首を横に振ります。


「流石に、今から収穫量を増やすというのは無理だ。二日……いや、一日か? で収穫できる農作物なんて聞いたこともない」

「そこをなんとかお願いできませんか」

「そんなこと言われてもなぁ」

「例えば、この領地の食べる分を少し切り詰めてひねり出して頂くとか……」

「俺たちに餓死しろって言うのか?」

「そこまでは言ってません。ただ、ここでヤマモト領の優秀さを他領に知らしめることで、今後の関係のあり方が変わってくるんです」


 最初の印象というのは大事になります。


 それ次第で付き合い方も変わってくると考えたら、ここで手を抜くわけにはいきません。


 私は必死でザックさんに頭を下げます。


「お願いします! 当初の計画よりも二倍、三倍の量を用意して欲しいとは言いません! 一割、二割でいいんです! なんとかひねり出せませんか!」

「おい、やめてくれ! 領主様の友人に頭下げさせたなんて噂されたら、俺の首が物理的に飛んじまう!」


 ザックさんの悲鳴が聞こえますが、頭ひとつ下げるだけでなんとでもなるというのなら、私はいくらでも頭を下げます。


 そして、私が梃子でも動かないと思ったのでしょう。


 やがて、ザックさんが溜息を吐き出します。


「……はぁ、一応、最後の手段みたいなものがあることにはある」

「本当ですか!」

「けど、それで本当に用意できるかどうかはわからないから、あんまり期待しないでくれ」


 そう言ってザックさんは難しい顔をして腕を組むのでした。


 ■□■


 ザックさんとあらためて相談した後は、黒の店に戻ってきて、今度はヴァーミリオン領都の建築事業について考えます。


 普通に考えるならば、現在ヴァーミリオン領都では空前の建築ムーヴメントが起きていることでしょう。


 そこで主に消費されるのは木材や石材といった建材でしょうか?


 むしろ、釘やネジなどの鉄製品の方が消費が激しいのでは?


 そもそも、ヴァーミリオン領の主要な建築様式はどうだったのかを思い出します。


「建材には赤熱黄金石を使い、装飾に華美を好む文化ということでしたね……」


 授業で習ったことを思い出します。


 言うなれば、派手好き。


 そして、赤熱黄金石はヴァーミリオン領でしか取れない特殊な石材ですので、これを用意することは難しいでしょう。


 ならば、建材を用意することは難しい?


 いえ、赤熱黄金石を好む文化であるとはいえ、普通の石材や木材で家を建てることがないわけではありません。


 むしろ、赤熱黄金石で家を建てているのはヴァーミリオン領の一部のお金持ちの中でのステータスということであり、庶民の建物は普通の石材だったり、木材を使うといった話だったはず。


 ですから、その辺の建材を安く調達できればかなりの儲けが出ると思われるのですが……。


「問題はヤマモト領では、ほとんどの建材が暗黒の森産の木材を使っているということ……。暗黒の森の木材は高級品な上に加工も難しいから中級家庭や庶民にとってほぼ需要はありませんし……参りましたね」


 普通の建材が用意できるのであれば、それが一番良いのでしょう。


 そして、現在の建築ムーヴメントに乗れば、多少割高になってもヴァーミリオン領では売れるはず。


 問題はその建材をどうやって調達するか。


 私は勝手知ったるなんとやらで、店の中の器具を使って勝手にコーヒーを淹れるとそれを持って席に着きます。


 今からヤマモト領の近くで、木材はともかく、建材になりそうな石材を探してもらうというのはどうでしょう?


 神獣様に頼み込めば、それも可能そうな気がしますが、この森の中に実際に石材があるのかどうかすらわかっていない現状ですと確実な手とは言えません。


「それでも、打てる手は打つだけ打ってみましょう」


 私のような若輩者にはコネも伝手もないのですから、フットワークぐらいは軽くないとダメですしね。


 まずは行動してみる――それで、ヤマモト様とも知己を得たのですから、うだうだと考え続けているよりは動くことにしましょう。


 とはいえ、私の場合は神獣様に近づくというだけでもかなりの苦行。


 決意を固めるためにコーヒーを一口だけ啜ってから、よしっと気合いを入れて店を出ようとしたところで――、


「うっ!」

「あ、大丈夫?」


 何か黒い塊とぶつかり跳ね飛ばされてしまいます。


 誰かと思ったら……厨二ジョーカー様ですね。


「コホン。……急いでいたのかは知らないけど、急に飛び出すと危ないぜ? ケケケ」

「これは失礼しました。少し商売のアイデアが浮かんだものですから、気が急いていたようです」

「商売のアイデア?」

「成功するかどうかはわからないのですが、神獣様に暗黒の森内にある石材を探してもらおうかと思いまして……。それを今から神獣様に話に行くところだったのです」

「石材探し? なんで?」


 私は現在のヴァーミリオン領の状況を伝え、そのために建材が必要である旨を厨二様に伝えます。


 静かに私の話を聞いてくれる厨二様。


 奇行が目立つ彼女ですが、決して思慮が浅いというわけではないのでしょう。


 そもそも、ヤマモト様の話を信じるのであれば、彼女もまた同じヤマモト様。


 思考回路自体は似通っていて、表面に出ている性格だけが変わっていると考えた方が良いのでしょうね。


「それってさ――」


 私の話を聞き終えた厨二様が何かを言うよりも早く、ドンっという何かが爆発したような音が領地内に響きます。


 私と厨二様は顔を見合わせると、何事かと慌てて外に飛び出し、その光景を目の当たりにして――、


「なんだあれは……」


 驚きのあまり言葉を失うのでした。


 ■□■


学園担当ジャック視点】


 さてと――。


「来たね」

 

 私が領主屋敷の前で腕を組んで待っていると、ゆっくりとグリフォン部隊が翼を羽ばたかせながら降下してくるのが見えた。


 一糸乱れぬ動きはいいんだけど、降下のための風が相乗効果で強められて、まるでヘリコプターの着地のような暴風が私の顔を打ってるんだけど?


 …………。


 まぁ、ヘリコプターの着地なんて目の前で見たことないから、表現が合ってるのかは知らないけどね!


 とりあえず、今日のところは青空教室をお休みにしといて良かったよ。


 こんな怖そうなモンスターと大人たちが降りてきたら、子供たちが泣いちゃうし。


 ちなみに、山羊くんたちにも今日明日に関しては領地内に近づかないように厳命してある。


 ルーシーさんのところの兵士さんが気絶しちゃったり、混乱しちゃったりしても困るし。


 山羊くんが誤ってグリフォンをおやつとして食べちゃったら弁償とかもできないしね……。


 不要なトラブルを避けるためにも、そういう要素はなるべく排除するようにはしたよ。


 そして、相変わらずの跪く兵士と伏せるグリフォンの道を割って、紫のドレス姿でしずしずと登場してくれるルーシーさん。


 迫力満点だね!


「魔王国幹部会議以来ですわね。ご機嫌よう、ヤマモト卿。今日は互いに良い取り引きができることを願ってますわ」

「ご機嫌よう。こちらも有益な話し合いになることを願ってるよ。ははは……」


 卿!?


 あ。


 一応、私も魔王国の幹部クラスになるから卿でいいのかな?


 というか、公式の場だから、なぁなぁではやらないよという先制パンチをもらった気分。


 流石は商売人の六公。


 きっちりしてるね。


「あと、こちらをお納め下さいまし」

「なんです、これ?」


 なんかルーシーさんのとこの兵士さんがでっかい宝石を持ってきたんだけど!


「前に訪れた時に、お食事を頂きましたので、そのお礼ですわ」

「これ、でっかい褒賞石……?」

「回遊都市マーマソーが大きな亀の上に作られた都市だというのは、前に話しましたでしょう? その亀が襲いかかってきた海のモンスターを返り討ちにすることがあって、その時にドロップしたものなんですの。珍しいものでもありませんから、どうぞお受け取りになって」


 これ、暗黒の森の巨大モンスターよりは小さいけど、それでも立派な褒賞石だよ。


 それをカレーの代金にぽんっと出しちゃうところに、大きなお金を扱うのに慣れてるんだなぁと感じちゃうね。


 言うなれば、大衆食堂に入ってカレーを頼んでツケにしてもらって、次に来た時にこの間のカレーの代金ですわーとか言って百万円の小切手切ってくるようなものだよね。


 私の感覚では常識外れなんだけど、お金持ちの感覚としては当然なんだろう。


 なんというか、凄ぉ……としか言えない。


「お受け取り致します」


 ここで受け取る受け取らないで揉めても仕方がないので、屋敷担当クイーンが前に出て【収納】に褒賞石をしまいこむ。


 これで、カレーの件は精算できたってことでいいのかな?


 屋敷担当も怒ってないみたいだし……元々怒ってないかもしれないけど……これはこれで片が付いたということで、フラットに話し合いができそうだね。


「それじゃ、屋敷担当クイーンは兵士の皆さんをもてなしてあげて。バイオレット卿はこちらに――」


 うん。


 照れずに卿と言えた自分を褒めてあげたい!


 というわけで、数人のお供を従えたルーシーさんを屋敷の応接室へと案内するよ。


 というか、一緒についてきているロウワンくんの動きが目に見えて硬いんだけど大丈夫かな?


 会議で吐いたりしないよね……?


 それだけは絶対にダメだからね……?

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