第227話
【ロウワン視点】
「山羊くーん……お手!」
「うご!」
「それは、お触手だよー! あはは!」
「うごご……」
農業担当のザックさんとの打ち合わせの帰りに、少女がヤマモト領の神獣様と戯れている姿を目撃したのですが……こうして見ると、この領地が改めて規格外だと思い知らされますね。
「あの少女はミミさんでしたか? 神獣様と呼ばれる存在をあぁも手懐けているとは恐れ入ります」
少なくともあんな恐ろしげな姿をしている神獣様とあそこまでフレンドリーに接することができるのは、この領地の中でもミミさんだけではないでしょうか?
「おっと、余計なことを考えてる時間はありませんでした」
時間は有限。
考えながらも動けと言うのが、我が家の家訓。
とにかく、行動しながら色々と考えないと。
「魔王国六公の一人、ルーシー・バイオレット様が三日後にはこちらに来られるのです。きっちりとデキる商人だという印象を持たれるためにも色々と準備をしなくては……」
そんなことを独りごちながら、私は黒の店に帰ります。
本当は、この店の主は
その主が全然寄りつかないので、今は私の居城として使わせて頂いている次第です。
もう少し纏まった資金が手に入った際には、この領地にこの店にも負けず劣らずの規模で自分の店を構えたいものですね。
「ロウワンくん、おつかれさんー」
「これはヤマモト様、丁度よいところに」
店の片隅でマグカップ片手に椅子に座ってらっしゃったヤマモト様がマグカップを掲げてみせます。
この匂いはコーヒーですかね。
狼男なので、こういう匂いに敏感に反応してしまうのは、もはや種族特性と言ってしまって良いでしょう。
私にも一杯欲しいところです。
「でしょー? そろそろ交易関係どうなったか確認しとくタイミングだと思って、こっちから来ちゃったよ」
実は、今回のルーシー様との交易に関して、ヤマモト様に「どのみち、いつかは実務経験積むだろうし、今回やってみる?」と言われて、ルーシー様が望むであろう商品を用意し、リスト化し、取りまとめるといった作業を担当させてもらうことになりました。
要するに、ルーシー様側に売りつける商品をあらかじめ用意する仕事を私に任せて下さっているんですよね。
そのため、商品の確保、値段の設定、どれくらいまでなら用意できるか、またルーシー様側が何を欲しているのかを予想して、多めに商品を用意するなど、色々とやることが多く、なかなか充実した日々を過ごさせて頂いております。
とにかく、後悔だけはしないようにと、商品になりそうな物を探して領内を歩き回ったり、頭を捻ったりする日々はなかなかに楽しい日々ではありました。
そして、その成果を今日はヤマモト様に報告しようと思っていたのです。
「はい、どうぞ」
私が資料を用意していると、ヤマモト様がコーヒーを机の上に置いて下さいます。
その正体は邪神ということなのですが、わりと細かい気配りもできる方なのですよね……。
「ありがとうございます」
「いいよ、いいよ。手持ち無沙汰だっただけだから」
そして、私も席に着いたところで報告を開始します。
「現状ですと、どうしてもこちらから提示できる商品としては食料関係が主になりますね」
「まぁ、そうだろうね。向こうもそれを望んでいたしね」
「米、小麦、あとは日持ちのする根菜などがメインになると考えて進めています。リストとしてはこちらに」
「はいはい。お、新鮮な葉野菜なんかも入れてるのね。いいじゃん、いいじゃん」
「日持ちもしないので、どうかとは思ったのですが量的には少量ですが用意できます」
「いいんじゃないかな? あっちはあまり作物の育たない土地で新鮮な葉野菜とか喉から手が出るほど欲しいと思うし。同じ理由で果物とかも欲しがると思うんだけど……このリストにはないね」
「そちらは、まだ生育中とのことで用意できませんでした」
「いくらバイオ植物でも数日で果樹は育たないかー」
この領地の特殊な植物は凄いです。
普通は手間暇かけて、それでも収穫できたり、できなかったり、味が良かったり、悪かったりするものなのですが……。
雑に育てても勝手に育ち、そして味も平均以上のものが出来上がるというのですから、凄いというしかないでしょう。
そんな植物が存在しているのであれば、魔王国中の食糧事情は劇的に改善されると思ったのですが、ヤマモト様曰く「成長に大量の魔力が必要らしくて、現状は暗黒の森の中でしか成長しないらしいよ。ほら、暗黒の森が山を越えて大陸外縁の他の土地まで侵食していかないのと同じ理由」とのこと。
なので、植物の苗や種を売るということはできないようです。
「あと、リストを見ると暗黒の森の木材って書いてあるけど?」
「暗黒の森の木材は頑丈なことで有名ですから、家具などに加工すれば高級品として売れると思います」
「ウチに家具職人はいないよね? だから、木材?」
一応、神獣様に頼めば結構良い品を作ってはもらえるのですが……この店の内装も普通に職人の作と言われても遜色ないですし……ただ、神獣様を労働力としてカウントするのは駄目でしょうね。
神獣様は気まぐれなところがありますし。
あまり、計算に入れては駄目な気がします。
「加工が自由にできた方が需要があると思ったのですが」
「ルーシーさんのところで加工できるかな? なんか王都にある
「ルーシー様の領地でなくとも、他の領地では欲しがるところもあるかもしれませんので。一応、そういう物も用意できますというところを見せられればと思っています」
「売れるかわかんないけど、あるよってことね? 了解」
木材はあまり需要がないとヤマモト様は考えているようですが、暗黒の森の木材は高級品。
少量でも売れれば、かなりの利益が出る品となります。
そんな品物があるのに提示しないというのは、流石に商人失格でしょう。
その後もヤマモト様と相談を行いますが、大きな指摘点もなく話はスイスイと進んでいきます。
というか、ヤマモト様も初めての交易ということで、どう進めるべきか手探り状態の部分も多いのではないでしょうか。
とりあえずやってみて、改善点を探していこうという印象を受けます。
「うーん、こんなところかな? それにしても、やっぱり交易品の主力は農作物になっちゃうかぁ。せめて、もう一つぐらい産業があればなぁ……」
ヤマモト様的には、この土地ならではの特産品などを主力にしたいと考えているようですが、現状ではその特産品を作り出せるような人材も施設もありません。
「その辺は今後の課題ですね。暗黒の森のモンスター素材は取れるのですから、それを上手く何かしらに加工できれば儲けられるとは思うのですが……」
「それなら、冒険者ギルドを誘致してみる? そうすれば、モンスター素材をギルドの方で買い取ってくれそうだけど?」
「今はやめておいた方がいいでしょう。今の領地は虐げられてきた人々とヤマモト様の威光に縋る者たちのみで構成されています。そこに何者にも縛られない第三者機関を置くと領内が混乱すると思われます。冒険者ギルドを置くのを考えるのであれば、あちら側から擦り寄ってきた場合に、こちら側が有利になる条件を飲むように仕向けた方がよろしいかと」
「まぁ、あんまりやりすぎると、冒険者ギルドが魔王様に泣きついて、今度は魔王様が口挟みそうな気がしないでもないんだけどねー」
「それでしたら、出す条件をよく吟味しないといけませんね」
魔王様の名前をこうも気軽に出せるというところに、ヤマモト様の特異性が見え隠れします。
本人は多分気づいていらっしゃらないと思いますが……。
「他に何か確認したいことは御座いますか?」
「んー? まぁ、特にはないかな?」
「では、私からもいいですか?」
「ん、なに?」
「ヤマモト様の耳に入っていれば教えて欲しいのですが、どこかの地域で飢饉が発生したとか、どこそこの地域で小競り合いが発生したとか……そういった情報があれば教えて欲しいのです」
「飢饉……、小競り合い……」
そういった情報があれば、商売の種になります。
特にルーシー様の領地は大陸に沿って回遊していることもあり、現在一番近い距離にある土地で必要な品などを用意できれば、多少割高でも買い取ってくれる可能性があります。
ルーシー様自身は、その品が不足している領地でそれなりの価格で売れれば儲けも出ますし、その土地の領主にも恩も売れますし、いいこと尽くめでしょう。
とはいえ、ヤマモト様も暗黒の森に囲まれた僻地に留まられてるお方。
興味深い話は聞けないかもしれない、と思っていたのですが――、
「そういえば、この前、ヴァーミリオンとセルリアンとノワールの領都が壊滅したんだけど……そういう話でいい?」
「壊滅!?」
いや、それ以上を私が聞いてもいい話なのでしょうか!?
ですが、ヤマモト様はあっけらかんと続けます。
「まぁ、私に喧嘩売ってきたから、私が潰したんだけど」
「そ、そうですか……」
何を言ってるんでしょう、この人は……。
一瞬、思考が止まりかけますが、本人がそう言うのであれば、情報の正確さは確かなものでしょう。
…………。
いや、え……。
領都って個人で潰せるものなのですか……?
「んで、魔王国の幹部会議で魔王様から各領都の修復が厳命されてたから、今頃ヴァーミリオン、セルリアン、ノワールの六公は躍起になって領都を建て直そうとしてるんじゃないかな?」
「領都を建て直そうと……?」
「ま、大した話じゃないよね」
「…………。いえ、そんな……まさか……」
「え?」
ヤマモト様が戸惑ったような声を出しますが、私としては一大事です。
学校で習った計算式を用いて、回遊都市マーマソーの現在位置を大凡の位置で割り出します。
「やはり……」
現状では、大陸北東の近海を回遊中……。
ここは……。
「ヤマモト様」
「どうしたの、ロウワンくん? 表情がちょっと硬いけど?」
「どうやら、交易品をもう一度見直す必要があるようです……」
私は硬い声でそうヤマモト様に告げるのでした。
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