第225話
「くそっ、こりゃなかなか木柵を壊すのに骨が折れ……あれ、すぐに壊れた?」
グレイウェーブの残った人がナイフの柄でガンガンと木柵を叩いてたら、木柵があっという間にポリゴンとなって消えていく。
まぁ、ウチの屍小姫ちゃんズが頑張って耐久を削ってたからね。
少しポコポコやるだけで、木柵は壊れちゃうような状態になってたみたい。
その空いたスペースを使って縄梯子を下ろすんだけど、グレイウェーブの面々よろしく、垂れ下がった縄を伝ってささっと上がってきちゃう器用な面々も地上部隊にはいるみたい。
って、ミタライくんたちSUCCEEDにアイルちゃんたちPROMISEのメンバーだったよ。
あの人たち、基本的にはオールマイティに戦えるように能力を平たく鍛えてるから、不得意がないんだよね。
だから、縄一本もあれば、それを取っ掛かりにして空堀を上がってこれるぐらいには身軽みたい。
うーん、敏捷値足りてるねぇ……。
なお、物攻と物防、体力にステータスを割り振ってるらしいムキムキマッチョなマッスラーズは縄梯子じゃないと上れないようだ……。
うーん、残念!
「すまん、遅れた! ここからは、SUCCEEDが受け持つよ!」
「暴れちゃうニャリよ〜!」
「天王洲アイル率いるPROMISEも行くぞ!」
「「「おー!」」」
というわけで、SUCCEEDとPROMISEが前線に到着してくれたおかげで、戦況が一気に安定。
その後も着々とお仲間が辿り着き、なんとかオーク要塞の一角を切り崩したような状況になったよ。
そして、私たち上空爆撃部隊も無事に着地して、このままいけばオークたちを一掃できるのでは? という甘い希望を抱き始めたところで……。
「ぐわっ!?」
「リーダー!?」
黄の騎士団のリーダーさんがオークの群れから大きく弾き飛ばされて地面に転がる。
「【ヒールライト】!」
愛花ちゃんが思わず回復魔術を唱えるけど、それでもスキルを維持するだけの集中力が切れたのか、黄の騎士団のリーダーさんの土の鎧が即座に土へと変わり、【ゴーレム化】の効果が解けていく!
「うわっ!?」
「くそっ、戦術的後退!」
「土魔術師に最前線を支える力はねぇって!」
途端に黄の騎士団の他のメンバーも慌てて前線から戻ってくる。
うん。短いドーピング期間だったね……。
「大丈夫か! ドン黄ホーテ!」
あ、黄の騎士団のリーダーの名前ってそんな感じなんだ。
他のメンバーの名前も知りたいような、知りたくないような……。
「うぐぐ、お、オークの中にバケモノが……」
「なに!」
ドン黄ホーテさんの言葉を皮切りにして、プレイヤーの動きが一斉に止まる――。
あれ、これはもしかして……?
「オークカイザー……!?」
「レイド戦……?」
「予想はしてたけど、やっぱりか……!」
プレイヤーの声を聞く限りだと、ようやくレイド戦の通知がきたみたいだね。
一斉に参加者が増えたから、私が先走って参加してたことも誤魔化せたかも。
私が他のプレイヤーとは全く違う感想を抱く中――、
「ブモォォォォ……」
低く唸るような声がオークの集団の奥から響いてくる。
その声の方向からポリゴンがドカンドカンと飛び散ってるのは、多分、道を塞ぐオークを斬り殺してるからかな?
殺されてはたまらないとばかりにオークたちが道を開ける中――、
プレイヤーたちの目の前にゆっくりと姿を現したのは、普通のオークよりも縦にも横にも二倍近い大きさをした巨大なオークであった。
「あれが、オークカイザー……」
「普通のオークとはまるで違う……」
「なんだよ、あんなの聞いてねぇぞ……」
その圧倒的な迫力に怯えるプレイヤーがいれば、
「皮膚に……なんだ? 縄のような模様……?」
「何かしらの呪いか何かか……?」
「誰か、【鑑定】に成功してないのかよ!?」
冷静に観察するプレイヤーもおり、
「あのマント……」
「あぁ……」
「どうなってるんだ……?」
オークカイザーが纏うマントがなんだかこんもりしてるのがちょっと気になっちゃったりしてるプレイヤーもいたり、
「オークカイザーの後ろになんか黒い動物の脚のようなものが見えないか……?」
「蹄がついてるような……?」
「まさか、オークカイザーケンタウロスとか?」
「属性盛り過ぎだろ、それ……」
「というか、ケンタウロスだと高機動だから厄介だぞ!」
オークカイザーの後ろに山羊の蹄の付いた脚があることに気づいちゃったプレイヤーもいたりして――。
プレイヤーたちは色々と混乱してるみたいだ。
うん。
いきなり正体が看破されたわけでもなさそうだし、とりあえずはこれでいってみようかな?
じゃあ、山羊くん。
二人羽織頑張って!
私は心の中でそうエールを送るよ。
■□■
なんで、こんなことになったのか?
それを回想すると、こうだ。
オークカイザーが大きなマントを羽織ってるのを見て、「あれ? マントの中に誰か隠れててもわかんないんじゃない?」と思いついてしまったのが始まりだ。
で、山羊くんを喚び出して、オークカイザーが気絶してる間に、山羊くんにはオークカイザーの手脚に触手を巻き付けてもらって、オークカイザーの背中とマントの間に潜んでもらった。
で、オークカイザーが気絶してる間に、こう、山羊くんに立ち上がって操作してもらったら、なんか普通に動けるぞ、ってなったわけなんだよね。
オークカイザーも気絶から目覚めた後に、山羊くんを振り解こうとして大暴れしたんだけど、山羊くんって物理攻撃には滅法強いらしくって全然振り解けないし。
むしろ、触手の一本をオークカイザーの喉に回して、ちょっと力を入れて絞めることで、オークカイザーを脅して制御することに成功したんだよね。
オークカイザーとしては、「もう殺せ……」って感じで、悲しく「ブモォォォォ……」って泣くだけの人形みたいになっちゃったんだけど、今のところプレイヤーは誰もオークカイザーが悲痛な叫びを上げてるとは気づいてないみたい。
みんな、レイドボス戦ということでやる気満々だ。
まぁ、言ってもオークカイザーは山羊くんに縛られてるので自由に身動きできないし、プレイヤーに危険はほとんどないんだけどね。
あとは、オークカイザーが難敵だって思わせられるかは、山羊くんの演技力次第!
二人羽織で動き辛いかもしれないけど頑張ってね!
「うご!」
「今、うごって言ったか?」
「オークって豚だから、ブモの聞き間違いじゃないのか?」
「そうか……?」
あぁ! 私が期待してることに気づいて思わず声を出しちゃったんだね! そこは返事しなくてもいいよ!
でも、なんとなく山羊くんは私の考えてることが読み取れるのかな?
よーし、だったら山羊くん、プレイヤー相手に大暴れだ!
「うご!」
「「「ぐわー!」」」
「ブモォォォォ(もう勘弁して下さい)……」
あぁっ! プレイヤーが思った以上に弱すぎる!
山羊くん、抑えて、抑えて。
小暴れ程度で。
「うご……」
「気をつけろ! オークカイザーは何らかのスキルで超スピードで動くみたいだ! 油断するな!」
「「「おう!」」」
ミタライくんはそう言ってるけど……。
ごめん、今が手加減してる状態なんだよ……。
普通に動いたら、プレイヤーには荷が重い?
今の抑えてるぐらいの状態が丁度良さそうかな?
ちゃんと、オークカイザーと戦えてる感を演出するには、これぐらいのゆるゆる戦闘がいいみたい。
山羊くん、その調子で頑張って〜。
「うご!」
「ブモォォォォ(もう楽になりたい)……」
「みんな、ひと塊になるな! 散開してヘイトを分散しながら攻撃するんだ!」
ミタライくんが言ってることは間違いない。
けど、そのオークカイザーは自由に動けないから、ヘイトとかそういうのは関係ないんだ。
ごめんね。
「そうは言っても、普通のオークが邪魔だぜ!」
「普通のオークは我らマッスラーズが相手をしよう! ふふふ、折角の機会だ。我らの殺人プロレス技の餌食にしてくれん!」
「マッスラーズだけじゃ不安だ。腕に自信のない奴は周囲のオークを頼む」
「なんと!?」
WSGMさんの言葉に、オークカイザーにビビっちゃった面々がオーク退治の方に向かう。
うん。
山羊くんの手加減にも限度があるからね。
自信がないなら、通常のオークと戦ってた方が安全だと思うよ。
「どうするんだ、ミタライ? いきなり【必殺技】を撃つか?」
「TAXさん……。いえ、あの早い動きで躱されるかもしれません。ここは、まずは行動パターンの解析と隙を見つけるまで我慢しようかと……」
「わかった。タイミングはミタライに任せる。ただ、デイダラ戦みたいに【必殺技】で全てのHPがゼロにならない場合もある。使い所には気をつけろよ」
「はい!」
うーん。
デイダラ戦みたいにHPバーが上空に現れてないから、それはないんじゃないかな?
というか、誰も【鑑定】に成功してないから、それもわからないんだね。
あの時はレイドチャットで私が抜いた【鑑定】結果のスクショをばら撒いたら、みんなの目にもHPバーが見えるようになったんだけど、今回は誰も【鑑定】でステータスを抜けなかったのか、オークカイザーがどんなステータスをしてるのかわからないし、慎重になってるみたい。
私が【鑑定】した結果をレイドチャットとかで共有すればいいのかな?
けど、レイドパーティーのメンバーが誰も【鑑定】に成功してないってことは、普通のプレイヤーにとっては多分そういう相手なんだよね。
ここで、下手に動くとヤマモトだって身バレしそうだし、面倒事も増えそう……。
よし、今は大人しくしよう。
私的には、こう、ミタライくんに【必殺技】でどーんとやってもらえれば、後は流れで山羊くんがオークカイザーを操作して、どかんとあたれば、簡単に決着がつくなーとか思ってたんだけど……。
これは、ちょっとかかりそうかな……?
「だったら、オークカイザーの隙はささらが作るニャリ!」
「おー! 出るぞ! ささらちゃんのユニークスキル【コンボ補正】が! 打撃を連続であてればあてるほどダメージが伸びていく、プロ格闘ゲーマーだからこそ使いこなせるユニークスキルだー!」
おぉっ、謎の解説要員が……。
…………。
もしかして、ファンの人かな?
「行くニャリよー!」
体をウィービングしながら、正面からオークカイザーに近づいていく動きは、どこか有名な格闘ゲームのキャラを思い出す。
むしろ、彼女がそのキャラを意識してる?
正面から行く……と思わせておいて、オークカイザーの横手にスルリと潜り込んだささらちゃんは鋭い角度でオークカイザーの脇腹に拳を――……。
つるんっ。
あれ?
拳がするんと逸れて、ささらちゃんがたたらを踏んでる。
…………。
「まさに、たたらちゃん」
「なに言ってんの……?」
近くにいた愛花ちゃんから呆れた視線が。
あぁ、そんな目で見ないで!?
「なんニャリ!? 拳が滑ったニャリ!? そして、なんか手がヌメヌメするニャリ!?」
「どけ、ささら」
転がりながらオークカイザーから距離を取るささらちゃんに代わって、ゴードンさんが矢を三本番えて放つけど……。
ビビビシュッ!
つるつるつるんっ。
「うわ、危ねえ!」
「どこ狙ってんだよ!」
ゴードンさんの放った矢はオークカイザーに触れたと思った瞬間にあらぬ方向へと飛んでいってしまう。
「うっ、手から変な臭いがするニャリ……」
「あのテカり具合、この臭い……油だ。オーバー」
「油……」
その後も、何人ものプレイヤーが物理攻撃で攻撃しようとするも、全ての攻撃がオークカイザーの表面にある油の膜のようなものに滑って、見当違いの方向に逸れていってしまう。
まさに、物理攻撃に関しては無敵って感じだけど……。
あれが【油膜】っていうユニークスキルかな……?
最初は温かい飲み物とかを冷まさないために油膜を張るためのスキルかと思ってたけど、なるほど、防御型のスキルだったんだね。
油膜というよりは、ローションに近い感じのようだけど、オークカイザーの高い物防と丸みのある体型が合わさって触れようとしてもツルツル滑るみたい。
なお、山羊くんは隙間なく密着してるので、つるんっとはならない様子。
気絶してる間に貼りついといて良かったよ。
「なら、【火魔術】で焼き払うんですよー。油なら良く燃えますー」
Dr.さんがそんなことを言うけど、魔術が来たら今度は【油膜】を解除しちゃって、オークカイザーにそこまでのダメージはないみたい。
むむむ、なかなか厄介なモンスターだね。
けど、厄介だからって時間をかけるわけにもいかない。
暗くなってくると人族には不利になってくるからね。
なるべくなら、早めに決着をつけたいところだけど……。
「お姉……じゃなかった、虚無僧.comさん!」
「なんでござるか?」
「さっきから全然攻撃してないけど……攻撃したら?」
「え? あ、うん……」
いや、山羊くん相手に攻撃があたったりしたら可哀想だから、攻撃は控えてたんだけど……。
確かに何もしないのも目立つかな?
じゃあ、山羊くんにはあんまり効かない物理攻撃にしよう。
これなら、間違って山羊くんの触手が絡まってる部分を叩いちゃっても大丈夫でしょ。
私は
すると、オークカイザーも私に合わせて、ちょっと前に出てくる。
…………。
「おい! さっきまで何の動きも見せなかったオークカイザーが動いたぞ!」
「きっと魔術が効いてるんですよー。続けて下さいー」
Dr.さんはそう言ってるけど、多分効いてないと思うんだよね。
というか、私の動きに合わせて動いた?
えーと……?
どういうこと?
「とりあえず、いくでござるよー」
適当に気合いの抜けたヘロヘロの攻撃をオークカイザーに放つために近づいていく。
「おい、危ないぞ!」
「魔術を一旦止めろ!」
ごめんねー。
でも、オークカイザーが今【油膜】を張ったから、私の物理攻撃はこのままつるんっと滑――、
シュバババッ!
――えっ!?
山羊くんがものすごい動きでオークカイザーを操って、私の尺八に直角にあたりにきてる!?
しまった!
もしかしたら、直角にあたってしまったら、つるんっとならずにズボッとなってしまうかもしれない!
そしたら、私の攻撃力でオークカイザーが即死してしまう!
え、忖度!?
私に忖度してるの山羊くん!?
私が一番の手柄をあげるようにって!
でも、それは忖度迷惑だよ!?
一番の手柄はミタライくんあたりにでも譲ればいいからさ!
でも、山羊くんは納得してくれないみたい!
どうしても、私に手柄をあげさせたい気持ちがこちらに伝わってくる!
くっ、やむをえないか……!
シュバババ!
シュバババ!
刹那で私と山羊くんの攻防が始まる。
上手くオークカイザーを尺八にあてて、私にオークカイザーを倒させたい山羊くんと、そうはさせじとフェイントの限りを尽くして尺八をカスあたりさせてつるんっとしたい私。
大きく動くと、私の姿が消えたように見えちゃうから、極狭い空間で恐ろしいほどの早さで動き回る。
多分実際の時間としてはコンマ一秒も掛かってないだろう。
見ていた人たちも、私たちの姿が一瞬霞んで見えたぐらいにしか見えてないんじゃないかな?
それぐらいの動きを極狭い空間で行ったせいか、足元からなんか焦げ臭い臭いが……。
ボッ!
あ。
【油膜】を張ってたオークカイザーに引火した!
「ブモォォォォ(そうはならんやろ)!?」
「よし、ミタライ! 今だ! そこの虚無僧さんもさがって!」
「あ、はい」
「必殺、エリミネーションセイバー!」
私がそそくさーと後退する中、入れ代わりに突っ込んできたミタライくんの【必殺技】があたり、オークカイザーは派手なポリゴンとなって砕け散るのであった――。
…………。
……よし。
このポリゴンが舞ってる間に、山羊くんを送還しとこっと……。
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