第223話

 ■□■


【フンフ視点】


「…………。何が起こった?」


 わからねぇ……。


 というか、わかりたくもねぇ……。


 俺はいつの間にか眠っちまってたらしい。


 そして、起きてみたら、ヤマモトと再会したであろう森の浅い部分にある巨木の枝の上に寝かされていた。


 起きて、いきなり足場が不安定だとギョッとするが、最近はそういう生活を続けてたせいか、驚くこともなく普通に体勢を整え、枝の上で胡座をかく。


「しかし、夢……ってわけでもねぇみてぇだな」


 俺の視線の先には、正面の巨木の枝にロープで拘束された女が転がされている。


 奴こそが、今回のターゲットである【絶世の美女】こと、サンディだ。


 奴がロープで拘束されてるってことは、ヤマモトとオークの要塞に乗り込んだのは、俺の夢ってわけじゃないんだろう。


 しかし、なんだ……。


 ヤマモトとオークカイザーの一戦を思い出そうとすると、そこだけ妙に記憶が曖昧になる。


 確か、ヤマモトが何かを閃き、それに猛烈に嫌な予感を覚えた俺は止めようとして……。


「確か、ヤマモトははずだが……」


 そこから先の記憶がない。


 何が起きたのかはわからないが、なんとなく何が起きたのかを思い出してはいけない気もする。


 俺は気持ちを切り替えるようにして、頭を振る。


「これ以上詮索するな……なんとなく嫌な予感がする」


 こういう時の直感は当たるものだ。


 俺はその直感に従って、あまりその時のことを思い出さないことにする。


 そして、サンディを眺めていて、気がついた。


「なんだ? 手紙?」


 サンディの頭上。


 巨木の幹にナイフによって突き刺さっている紙を発見した俺は、空を飛んでサンディに近づくとナイフを抜いて紙を回収する。


 誰が残したのかは言うまでもない。


 広げた紙の最下段にヤマモトの名があるのを見て、俺は盛大に嘆息を吐き出す。


「これを残してるってことは……行ったのか。慌ただしい奴だな」


 手紙の内容を確認する。


 慌てていたのか、特に挨拶もなく内容から始まっているが特に気にすることもない。


 むしろ、こんなところで時節の挨拶から入っていたら、そいつの神経を疑うほどだ。


「なになに……」


 ヤマモトが言うには、俺はいきなり気絶したらしい。


 いや、俺だけでなく、その場にいたオークの集団も気絶したり、発狂したり、互いに殺し合ったりと、とにかく混乱が巻き起こったらしい。


「いや、地獄絵図じゃねぇか。何が起きたんだよ……」


 とにかく、その混乱に俺も……そして、オークカイザーも巻き込まれたようだ。


 手紙には気絶したオークカイザーをふん縛って、その後で要塞の中を家探ししてサンディを見つけたと書いてある。


 つまり、ヤマモトはオークカイザーの要塞自体は潰していない?


 確かに、奴は要塞の規模を縮小すると言っていたから、オークカイザーを倒すことを目的とはしていなかったのだろう。


 だが、あの要塞をそのままにしておいてもいいのだろうか?


 俺が疑問に思っていると、そのことについても言及してるようだ。


 オークカイザーについては、冒険者集団を率いて倒しに行くと書いてある。


「ふん縛ってる状態ならオークカイザーも抵抗できねぇか? だが、オークカイザーをずっと拘束しておけるとも思えねぇんだが……」


 オークカイザーを直接見れば、誰でもわかる。


 ありゃ、筋肉の塊だ。


 ただの紐で縛り付けたところで、それを引き千切って自由を取り戻す。


 鎖で縛ったところでも怪しいぐらいだ。


 頑丈な魔道具の鎖……それを使って、ようやく動きを封じれるレベルのバケモノである。


 そんな道具をヤマモトが持っていたとも思えねぇが……アイツはなんでもありだからな。


 もしかしたら、そんな道具も持っていたのかもしれねぇ。


 何にせよ、オークカイザーはアイツがなんとかするっていうなら、俺がこれ以上首を突っ込む話でもねぇだろう。


 それよりも、サンディだ。


「コイツ、なんでこんな仮面を付けてやがる?」


 懐から、丸薬を取り出して喉の奥に流し込む。


 俺が【絶世の美女】を受けて操られたら、シャレにならねぇからな。


 これは、その予防のための薬だ。


 そして、サンディから仮面を剥ぎ取って驚く。


「なんだコイツは……まるで別人じゃねぇか!」


 いや、それよりも……。


 本当に絶世の美女になってやがる……。


 …………。


 やべぇ、思わず見惚れちまったぞ!


 くそっ、コイツは本当にサンディなのか?


 ヤマモトに担がれてるんじゃねぇのか?


 手紙の内容を読み進めていくと、サンディについての記述もあった。


「なになに、【絶世の美女】というスキルなのに【絶世の美女】じゃなかったため、【絶世の美女】という概念に対して【バランス】調整が行われたようで顔が変わってしまいました。フンフの知ってる顔じゃないかもしれないけど、フンフの探していた人だと思います。なお、顔が私なのは気にしないで下さい。……ヤマモトは何を言ってるんだ?」


 難解な暗号でも解いてるようだぜ……。


 しかし、そういや確かにヤマモトの顔を見たことがないか……?


 一回目は黒騎士姿。


 二回目はよくわからん法衣姿。


 そして、いずれも顔を見たことがねぇ。


 その顔が今のサンディの顔だって?


 思わず確認するが……。


 …………。


 駄目だ。思わず魅入っちまう。


 これが、ヤマモトの顔だっていうのなら、確かに隠してて正解だろう。


 こんな顔で話をされても、全く頭に内容が入ってこねぇからな。


 俺はサンディに仮面を被せると、その仮面が簡単に外れないように持ち合わせの道具で細工をする。


 正直、【絶世の美女】のスキルに関係なく、コイツの顔を見ながら冷静に話せる自信がねぇ。


 ったく、なんつーことをしてくれたんだヤマモトは……。


「おい、起きろ、サンディ。テメェの小さな夢は潰えたぞ――」


 俺はそう言ってサンディを起こすのであった。


 ■□■


デスゲーム担当スペード視点】


「昨日、遅くまで帰ってきませんでしたよね、虚無僧.comさん? 一体どこに行ってたんですか?」

「え? このタイミングでそれ聞くでござるか?」


 オークカイザー相手にちょっとした仕掛けを用意した私は、気を失ったフンフとフンフの元同僚を肩に担いでオーク要塞を脱出。


 夜になっても篝火を焚いて宴に興じる漁村に急いで戻り、しれっと宿屋で一室を取って漁村の宿屋に最初から引きこもってましたよーといった感じにアリバイ工作をしてみたわけなんだけど……。


 愛花ちゃんには通じなかったみたい。


 翌日に、レイドメンバー五十人程が森の中を突き進む中、後方に配置された私にすっと近づいてきたかと思うと先の台詞である。


 既に森の中では、オークの集団と何度も会敵して戦闘を繰り返しているというのに、昨日の私の動向について質問されるとは思ってなかったので、ちょっとびっくりだ。


「PROMISEのリーダーから、ちょっと野暮用で村の外まで出かけていったと聞いたんですけど? 朝になって宿から出てきたってことは、昨日の内に戻ってきてたんですよね? 普通、そうやって心配かけたら戻りましたって報告しますよね? なんでしないんですか? 馬鹿なんですか?」

「えーと、aika殿、怒ってるでござるか?」

「全然怒ってませんけど?」


 めっちゃ怒ってる!


 ここは、誠心誠意謝るしかない……かな?


「えー、そのー、帰ってきたことを伝えなかったのは悪かったでござる。それに、ちょっとした野暮用を済ませただけで、からaika殿に報告しないでも良いかなーと思ってたでござる。今度からはちゃんと報告するでござるよ」


 うん。


 覚えてたらだけどね!


 勿論、その言葉は口には出さない。


 口に出したら、絶対にこの場で正座させられて説教コースだからね!


 そんな地雷は踏まないよ!


「…………。本当にちゃんとしてよ。すごく心配したんだからね」

「それはすまなかったでござる」


 とりあえず、愛花ちゃんとは仲直り。


 というか、レイドボス前に姉妹喧嘩みたいな展開にならなくて、心底ホッとしてる私がいる。


 折角、愛花ちゃんたちの安全を考慮して色々とやったのに、それが原因で仲違いしてたら目も当てられないからね。


 そこは、仲直りできて良かったよ。


「前方にオーク部隊を発見! 数五十!」

「マジで、うようよいやがるな!」

「斥候職、罠は!」

「解除が間に合わねぇ! ダメージ覚悟で戦闘してくれ!」

「【黒姫】がいなかったら、既に壊滅してんぞ! ひとつでもいいから、罠の数を減らせよ!」

「わかってる! 地雷源かってぐらいに多過ぎるんだよ! 罠が!」


 おー。


 前方では前衛組とオークの戦闘部隊が交戦に入ったみたいだね。


 森の中の茂みを掻き分けながら、接敵してはキンキンカンカンと剣戟の音を響かせてる。


 けど、その戦闘の最中にもどこかしらから矢が飛んできたり、落とし穴に落ちたりと大忙しだ。


 うん。


 私の場合、要塞に辿り着くまでずっと空を飛んでたからね。


 森の中に罠が沢山仕掛けられてるなんて気づきもしなかったよ。


 そして、その罠の数と解除難易度の高さからプレイヤー側の斥候が悲鳴を上げてる。


 けど、一番シンドいのは前線で戦ってる前衛職なんだよね。


 戦闘中に不意のダメージとか食らって、リアルの痛みが襲ってきたら、普段通りの動きができなくなって一気にピンチになっちゃうもん。


 それを救うのが、愛花ちゃんのユニークスキルである【聖女】による回復魔術の全体化だ。


 愛花ちゃんのおかげで、少ないMPでも全員を回復できてるから、なんとか前線が崩壊しないで済んでるといったところかな?


 中衛も頑張って弓や攻撃魔術でちまちま攻撃したりして、援護はしてるんだけどねー。


 森は遮蔽物が多いからあてるのが難しいみたいなんだよね。


 まさに、地の利は向こうにありって感じ。


 そんな激戦が繰り広げられてる中、私は何をしてるのかというと……。


「【ファイアーストライク】」


 こう、無難な感じで後方から魔術による援護を行っていたりする。


 うん。


 魔術や魔法は、【魔力操作】とかで変に弄らない限り、ある程度一定の効果で発動してくれるから、コイツおかしいぞ? ってならなくて楽だよね。


 なお、ちょいちょい超圧縮した視認し難い【ファイアーストライク】を飛ばしては、遮蔽物を貫通して、オークを一撃で葬ってたりもするけど、この乱戦の中では誰も気がつかないみたい。


 やがて、十五分ほども戦っただろうか。


 戦闘の大勢が決まり、オーク部隊の何体かが背を見せて敗走し始めて、ようやく決着。


 プレイヤーたちもその場に尻もちをついて、大きく息を吐き出してる。


 意地でも逃さないと追いかけるプレイヤーはいない。


 それだけ、精神的に疲れたってことなんだろうね。


「ふー、なんとか勝ったな……」

「何体か取り逃しちまったけどな」

「追っても罠にかかるだけだ。ここは慎重に行った方がいい」


 ある程度、怪我をした人はいたみたいだけど脱落者はなし。


 愛花ちゃんが何度か全体回復を掛けていたのが効いたのかもね。


「あー、くそ、イテェ……回復足りてないぞー。全快してねぇー」

「それぐらい、自前のポーションで回復しろ。【黒姫】のMPだって無限じゃねぇんだぞ」


 うーん。


 オークの数は昨日の内に少し減らしといたつもりなんだけど、それでもなかなかキツイみたい。


 人の生き死にが掛かってるデスゲームだから、なるべく難易度はイージーモードがいいとは思うんだけど……。


 簡単過ぎると、それはそれで調子に乗る人が出たり、プレイヤー自身の成長に繋がらなかったりするし……。


 今後同じような依頼が出た時に依頼の難易度を読み違えて失敗して全滅とかになったらシャレにならないし……。


 難易度調整っていうのは、なかなか難しいよねぇ……。


 …………。


 ――はっ!


「拙者、もしかして運営よりも運営やってないでござるか……?」

「なに言ってるの……?」


 愛花ちゃんの冷たい視線を受けながらも、私は思わず心の中で運営に恨み言を呟くのであった。


 やっぱりこのゲーム調整甘いよ! と――。

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