第222話

「「…………」」


 私とオークカイザーは無言のままに睨み合う。


 なんか、睨まれてるから睨み返してるんだけど、どのタイミングでやめたらいいのかよくわからないね。


 どうしよう?


「っ……くっ……圧が……」


 と思ってたら、いち早く音を上げたのは、フンフだった。


 それだけ、オークカイザーが強いってことかな?


 私に匹敵するぐらいオークカイザーが強くて、私とオークカイザーの間の空間がグニャアと歪んでるのかもしれない。


 フンフが思わず地面に片膝をつく。


「テメェ、その【畏怖】スキルをやめろ……」


 すみません。私のミスでした。


 パッシブで発動する【畏怖】スキルは周囲にデバフを掛けちゃうスキルだ。


 私がちょっと戦闘モードに意識を切り替えたのと、フンフがパーティーメンバー登録されてなかったことで、フンフも巻き込んで発動しちゃったみたい。


 味方だと思ってた相手から、いきなり不意打ち気味にデバフをかけられたことで、フンフも思わずグラァときちゃったってことらしい。


 逆に闘志満々のモンスターはデバフをかけられても、片膝をつくことはない様子。


 ステータスは低下してるはずなんだけどねー。


 …………。


「もしかして、鍛え方が足りないんじゃあ?」

「ぶっ殺すぞ」


 言葉による暴力は良くないと思います!


 私たちがそんな感じでワタワタとやってる間にも、オークたちの群れがワラワラと要塞の中から出てきて、私たちを取り囲もうとする。


 やっぱり、百体ぐらいを間引いた程度じゃ、痛くも痒くもないみたいだね。


 フンフは五百って言ってたし、まだ四百体ぐらいはいるのかな?


 それとも、もっといる?


「グォウ!」


 けど、そんなオークたちの動きを、オークカイザーが一声鳴いて制する。


 え、なに?


 物量作戦はやめってこと?


「「グブブ……!」」


 そして、歩み出したのは背格好が同じ二体の特殊個体オーク。


 その二体が不気味に笑いながら、背負っていた巨大な斧を背中から取り外すと――、


「「ブボボボォォォッ!」」


 ブォン! ブォン! ブォン! ブォン!


 ものすごい早さで二人で斧のキャッチボールをしながら、こちらに近づいてくる。


 …………。


 なんかこんな敵、北○の拳でいなかったっけ?


「これはまさか! 【二対一斧についいっぷ】のユニークスキル!?」

「知ってるの! フンフ!」

「…………。いや、なんでそんなノリノリなんだ?」


 …………。


 え? 今そういう流れだったよね?


 あれ? 空気読み間違えた?


「まぁいい。【二対一斧】のユニークスキルってのは、背格好、技量も同等の斧使い二人に後天的に与えられる世にも珍しい『二人でひとつのユニークスキル』だ。そのスキルを得た斧使いは、まるで斧を羽毛の如く軽く扱うことができ、術理を得た達人のように流麗に操ることができるようになる。千年前の魔王国統一戦争の時も一度目撃されていて、先代魔王様に殺されるまでは悪夢の曲芸師として、戦場で恐れられていた……そういうスキルなんだよ」

「まるで、見てきたみたいに語るね」

「まるで、じゃなくて実際に見てるんだよ。俺は千年前の戦争参加者だからな」


 へー、そうだったんだ。


 私が感心してる間にもオーク二体が近づいてきており、斧のキャッチボールの速度を早めていく。


 二体ともよく取り落とさないよね?


 思わず感心しちゃうよ。


「ヤマモト! その二体の間に挟まれるな! 八つ裂きにされるぞ!」

「え?」


 刹那で互いの手に斧が渡る速度でキャッチボールを繰り返す二体のオーク。


 その二体がニヤリと笑みを零しながら、私を挟んだ瞬間――、


 ドンッ!


 オーク二体は互いの斧を掴みそこなって、その斧に上半身と下半身を泣き別れにされて、大きく吹き飛んでいた。


 パァン!


 そして、一拍遅れてオーク二体分のポリゴンがその場に舞い散る。


 うん。


 儚い美しさだねぇ……。


「な、何が起きた!?」


 どうやら、フンフには見えなかったみたい。


 フンフもまだまだだね。


「私に向かって投げつけられた斧を躱しつつ、ちょっと指先で押して加速してあげたら、オーク二体の予想を越えて斧がすっ飛んできたから受けそこなったってだけだよ」

「あの速度の斧を押して加速……?」


 何言ってんだコイツみたいな目で見ないの!


 それに、あの程度の斧の速度なら私には止まって見えるレベルなんだから、押せて当たり前でしょ!


 そこを不思議なものを見る目でみないでよ!


 それにしても、あんまり力を入れて加速させたつもりはなかったんだけど、一撃で倒せちゃったってことは、ちょっと触っただけで、斧に私の物攻(スキル込み4500オーバー)が乗っちゃったってことなのかな?


 物攻4500を体力だけで受けるとなると、ステータスでも450は必要だからね。


 物防である程度軽減したとしても、オークの特殊個体では物攻4500は受けきれなかったってことらしい。


 それとも、斧キャッチボーラーの二体が特別脆かったってことかな?


 真相は謎である。


「ブゴゴゴゴ……!」


 そして、私があっさりと特殊個体を撃破したことで、オークカイザーの機嫌が悪くなったみたい。


 すぐにこちらに向けて、一歩を歩み出そうとしてくるんだけど、


 ドシン!


 その歩みを止めるようにして、丸太を沢山担いだオークが、丸太の一本をオークカイザーの前に突き立てて、その歩みを止める。


 次は俺がやるって意思表示かな?


「ブゴォ、ブゴゴゴォ……」


 貴様、少しはやるようだな……ってとこ?


 丸太オークが背中の丸太を引き抜いて、それを自分の体を中心にして、ビュンビュンと振り回し始める。


「ブゴブゴブゴ! ブゴー!」


 うわー!


 カンフー映画とかで見る奴だ!


 ハイハイハイアチョー! って奴だよね?

 

「あの動き【棍法】か? いや、【棍理】にまで達してるかもしれねぇ!」

「【棍理】? 【棍法】?」


 カンフーじゃなくて?


「なんで【古代魔法】は知ってて、【棍理】や【棍法】は知らねぇんだよ!?」


 フンフが言うには、長い棒を扱う攻撃アシスト系の初級スキルに【棍術】っていうのがあるらしい。


 そのスキルの進化先が【棍法】や【棍理】なんだって。


 つまり、


 【棍術】⇒【棍法】⇒【棍理】


 って感じで攻撃アシスト系スキルは進化していくみたい。


 そして、あの丸太オークはその上級スキルである【棍理】を持ってるんじゃないかって話らしいよ。


 …………。


 プレイヤーなんて、デイダラ戦を経たり、ミチザネ戦を経たりして、ようやく中級スキルを取得し始めてるってレベルなのに……。


 愛花ちゃんのお友達であるミクちゃんなんか、この間ようやく初級魔術全属性がレベル5になったって喜んでたのに……。


 なんだか、レベル格差というか、LIAのゲームバランスってどうなってんの? というのは感じるね……。


 うん?


 もしかして、他のプレイヤーが弱いから私を突出させてゲーム【バランス】を取ってたりする?


 …………。


 ははは、まさかぁ。


 それにしても、


「丸太を棍という枠組に入れていいのかな?」

「長い棒だろ。なんも問題ねぇよ」

「そういうもの?」


 棍と丸太じゃ、大分イメージが違うんだけど……。


 そんなことを思いながらも、まるで暴風のように丸太を振り回すオークの前に立つ。


 破裂するような風切り音。


 強風が全身を打つようだね。


 そんな暴風を突き破って、無数の突きが丸太オークから繰り出されるわけだけど、


「ブォララララッ!」

「おっと、わっと、あっと、ひぇっと」


 それをフラフラと躱す私。


 うん。


 かっこよく躱せればいいんだけどね。


 私には、上級スキルの【時間加速】があるから、オークの攻撃は全てスローモーションのように見ることができる。


 だから、攻撃を躱すことに不安はない。


 けど、丸太オークも私に躱させるように攻撃して、私の体勢を崩させて、鋭い攻撃をしてくるから要注意だ。


 それが、私に悲鳴を上げさせてる原因ね。


「なんて鋭い突きだ……! そして、なんてキメェ避け方なんだ……!」


 うるさいよ、フンフ!


 一生懸命やってる人にキメェとか言っちゃいけません!


 それにしても、このまま躱してても埒が明かないね。


 私は伸びてきた丸太を横から叩くように、ぺしっと掌で押してやる。


 ちょっと邪魔って感じで横に払い除けたつもりだったんだけど、


 ボギンッ!


「ブゴォォォォ!?」


 オークの手から丸太が吹っ飛んで、オークの片腕がぷらーんとなっちゃった……。


 え、折れた?


 けど、オークは諦めない。


 残った片腕で丸太を背の後ろから引き抜くと、それを私に向けて振り下ろしてくる。


 なので、勘弁してって感じで、掌で丸太を横にぺしんと払い除けると、


 ボギボキメキッ!


「ブゴォォォォンンン!?」

 

 オークの手から丸太が吹っ飛んで、さっきの腕よりもズタズタになって、ぐるんと回って胴体に巻き付いてしまっていた。


 うん。


 いきなりの攻撃だったから、さっきよりもちょっとだけ力が入っちゃったかも……。


「なんかごめんね……?」

「なんで、モンスター相手に謝ってんだよ……」


 いや、ちょっとやりすぎたかなぁって。


 それに目の前で両腕ズダズダで恨みがましい目を向けられるとね。


 なんか謝っちゃうよね?


 私がそうして困り顔で謝っていたら――、


 ズガンッ!


 巨大な剣がオークの頭を貫いて、私にまで一直線に迫ってくる!


「あぶなっ」


 それを体ごと避ける私。


 頭を貫かれた丸太オークはそのまま前のめりに倒れて、その場でポリゴンとなって散っていく。


 なんだろう……えっと……。


 ご愁傷様です……?


「アイツ……、仲間を……」


 フンフが絞り出すような声で非難する先には、片手で大剣を放り投げたままの姿を保つオークカイザーがいた。


 失敗した部下を労りもせずに、非情に切り捨てる冷酷な支配者……。


 普通は、その姿に恐れを抱くものなんだろうけど……。


「か、【鑑定】……」


 私は震える声を絞り出すようにして、思わず【鑑定】を行ってしまう。


 ▶???を【鑑定】します。

 ▶【鑑定】に成功しました。


 名前 なし

 種族 オークカイザー(オーク)

 性別 ♂

 年齢 342歳

 LV 352

 HP 4810/4810

 MP 1550/1550

 SP 0


 物攻 542(×1.425)

 魔攻 105

 物防 541(×1.425)(+56)

 魔防 293(+48)

 体力 481(×1.425)

 敏捷 167

 直感 150

 精神 155

 運命 108

 

 ユニークスキル 【油膜】

 種族スキル 【集団影響】【皇帝の血統】

 コモンスキル 【大剣術】LvMAX/【大剣法】Lv8/【頑丈】LvMAX/【頑強】Lv7/【気合】LvMAX/【闘気】Lv7/【夜叉】LvMAX/【修羅】Lv5


 ステータス的にはEODクラス。


 今の愛花ちゃんたちがレイドボスバトルとして戦うにはかなり辛い相手だけど、五十パーティーで戦う想定なら、相応の相手と言えるレベルかな。


 けど、今の私には――、


「どうしよう……弱すぎる」


 下手に攻撃するとうっかり倒しちゃって、レイドボス戦がいきなり終了しかねない恐怖!


 私は愛花ちゃんや、ミタライくんたちの顔を思い出しながら、心の中で「しくじったらゴメン」とひっそりと謝るのであった。

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