第221話
「嫌な予感しかしねぇ……」
フンフの第一感想がそれだ。
「でも、戦力として考えれば極上でしょ?」
すーぱーすんごい強いと思うよ? 私。
「ゴブリン一体相手に大規模古代魔法撃ち込むようなもんだろ、それは……」
「いやぁ、いくら私でもゴブリン相手に大規模古代魔法は撃ち込まないよ」
「撃てるのかよ!?」
普通は撃てないらしい。
そういえば、古代魔法はミリーちゃんから本体が直々に教わってた希少な魔法なんだっけ。
ということは、現代ではあんまり使える人もいないのかもね。
「そもそも、私が手伝わないと目的を達成するのが難しいんじゃないの?」
「別にできねぇわけじゃねぇよ。タルいだけだ。冒険者共が騎士団を呼び寄せればそれに紛れるし、無謀に突っ込むならそれを囮に潜入する。こっちから能動的に動けねぇってだけで、状況を利用すりゃいくらでもやりようはあんだよ」
「でも、私、その冒険者からオークの集団をなんとかしてくれって頼まれたんだけど?」
「騎士団レベルにでもしとけよ! なんでよりにもよって魔王軍特別大将軍とかいうバケモノを動かすんだよ! 冒険者は馬鹿なのか! クソッタレ!」
どうやら、私が動くということは万引き相手に軍隊を動かすような暴挙らしい。
フンフが頭を抱えてる。
「まぁ、私も冒険者の依頼を全て掻っ攫うようなつもりもないからさ。ちょっとオークの集団の規模が大きいようなら少し縮小してあげようかな程度で見に行こうと思ってるし、そのドサクサに紛れて元同僚がいたら、説得してあげたらいいんじゃないの?」
「行くのはもう決まってんのかよ……」
「そう。だから乗るしかないよね! このビッグウェーブに!」
「なんで嵐の中で船出さなきゃいけねぇんだよ、コンチクショウ!」
私が起こすビッグウェーブはフンフにしてみたら嵐らしい。
…………。
「転覆しないといいね?」
「お前が言うな!」
頭を抱えてるけど、フンフにとってもチャンスではあるんだよ。
それは、本人もわかってるらしく、仮面をつけ直して表情を消す。
どうやら、お仕事モードになったみたい。
「当初の予定とは違うが、確かにテメェの言う通り戦力としては極上だ。これを利用しねぇ手はねぇ……俺の気持ちはどうあれ、な」
「え? ごめん。フンフの気持ちは嬉しいけど、その気持ちには応えられないかな」
「テメェに一片たりとも、そういう気持ちを抱いたことはねぇからな!?」
あ、そうなの?
勘違い、勘違い。
「じゃ、ちょっと行ってみようか? そろそろ暗くなってきたしね」
そろそろ日も落ちてきて暗くなってきてるし、急いだ方がいいかもね。
だって、暗くなっても私が漁村に帰って来なかったら、愛花ちゃんが心配しちゃうし。
「そっちじゃねぇよ。こっちだ」
けど、そんな私をフンフが止める。
「え? 真っ直ぐ行った方が早くない?」
「なんで、真っ直ぐ行こうとしてんだよ! 普通に敵を避けてくぞ! 下手に戦闘すると、五百体以上のオークの兵団が殺到してきてとんでもないことになるぞ!」
「蹴散らせばいいじゃん」
「五百だぞ!」
「五百でも全てが木っ端なら関係ないよ」
私には伝家の宝刀、雑魚狩りの【木っ端ミジンコ】があるからね。
あ、でも、それをやっちゃうと全部のオークを倒しちゃうのかな?
それは困るね。
「これだから、魔王軍の脳筋は嫌いなんだ……! なんでもかんでも暴力で解決しようとしやがる……!」
「あ、やっぱり迂回路で行けるなら、そっちで行きたいかな?」
「あ?」
「私の目的はあくまでオーク集落の規模縮小だから。全滅させることが目的じゃないからね」
「当たり前のように全滅とか……! これだから……! これだから……! クソッ!」
フンフが何かブツブツと呟いてるね。
まぁ、私に聞こえないように言ってるってことは、大したことじゃないでしょ。
「じゃ、フンフ、案内よろしくー」
「選択誤ったか……、チクショウ……!」
文句を言いながらも、陽の光が落ちてきた森の中をフンフは静かに木々を縫って飛び始めるのであった。
■□■
おぉう……。
フンフに案内されて辿り着いたのは、森の中に築かれた立派な要塞であった。
オークの集落っていうから、もっとこう原始的なものを想像してたんだけど、普通に石を切り出してきて、それを組み上げてちゃんとした石造りの要塞が建っている。
くそぅ。
こっちの領地なんて、最近になってようやく建物が建つようになったのに!
モンスターの方が私よりも建築技術が上だって事実に、ちょっとした理不尽さを感じるよ!
しかも、その建物の周りには木柵に空堀まで用意されていて、普通のモンスターの集落というイメージが覆されそうだよ!
というか、最早軍隊の所業だよね!
うん。
上空から俯瞰して見ただけで、これはヤバいというのがよくわかったよ……。
「これは本当にオークの集落なの?」
私が尋ねると、フンフは抑揚のない声で告げる。
「蠱毒って知ってるか?」
「アレでしょ。壺の中に毒虫を沢山入れて戦わせて、最後に残った一匹が凄い毒虫になるとか、そういう奴」
「この要塞に潜む元同僚ってのが、【絶世の美女】ってユニークスキルを持っててな。性別が男ならモンスターだろうとなんだろうと従わせることができる。それで、オークを集めて、殺し合いをさせて、蠱毒のように徐々に強いオークを作り上げていったんだ。結果、ここにオークカイザーというバケモノが生まれた」
「オークカイザー……」
名前だけ聞くと強そうな感じだね。
いや、実際に強いかどうかは知らないけどね。
ほら、ドイツ語の響きがね……なんか強そうだよね!
「オークやゴブリンの群れっていうのは、統率者が特殊個体に進化すると、そいつが率いる群れもあわせるようにして、簡単に一線を踏み超えやがるんだ。ただの雑魚モンスターだった奴らが、兵になり、技師になり、斥候になり、戦闘系の特殊個体になったり……まぁ、様々だが、あれぐらいの要塞を築けるぐらいには、色々とレベルアップするって考えりゃいい」
「なるほど。これは漁村にいる冒険者全員で攻め込んでも返り討ちにあいそうだね……」
「アンタを抜いた話なら、そうだろうな」
私を勘定に入れたら、大体の拠点は攻め落とせちゃうからね。
そこは、無しでいいよ!
「元同僚はここにオークカイザーの帝国を築き上げて、それを人族国家にぶつけるつもりなのさ。ったく、面倒なこと、この上ねぇぜ……」
フンフはそう言って肩を落とすけど、こうやって地味に王国内を回って元同僚を説得して回ってる辺り、薄情な魔物族ってわけじゃないんだよね。
シュバルツェンさんをしょっ引く時も恩赦を望んでたし、基本的にハーメルン種族全体のことを考えてクーデターを企んでたし、口は悪いけど、根は真面目というか、苦労性というか……。
「ふふっ」
「何笑ってんだよ……」
「悪ぶってるけど、意外と真面目で面倒見がいいよね?」
「ほっとけ。損な性格してんだよ」
自覚はあるらしい。
さて、
「それじゃ、この要塞の規模を縮小させてもらおうかな」
「どうする気だ」
「こうするよ。【灰棺】」
私が【灰棺】のスキルを使って、六つの灰色の棺桶を喚び出すと、フンフが仮面の奥の目を細める。
「それ、ツヴァイのユニークスキルじゃねぇのか?」
「うん。パクった」
「パク……ユニークスキルって、パクれねぇからこそのユニークじゃねぇのかよ……」
フンフが何かを言ってる間に、私は【灰棺】を操って、六つの棺桶をオークの要塞の中庭(?)に着地させる。
で、着地した棺桶の蓋がパカっと開いたら、そこから六人の小さな女の子キョンシーが飛び出す。
屍小姫という彼女たちは、私の強さに関係なく強さが一定の使役獣みたいなもので、こういう適度に暴れて、相手の興味を引くような場面には、うってつけの存在である。
というわけで、屍小姫を使って早速要塞を攻撃し始める。
勿論、【灰棺】も使って、ガッツンガッツン要塞の壁やら木柵やらを攻撃してくよ。
そらそら、耐久力をゼロにしちゃうぞー。
本当は強力な魔法やスキルで建物ごとドカンとやっちゃったら、楽なんだけどねー。
でも、それやっちゃったら、オークが全滅する可能性があるから、ちょっとずつ削っていくことにするよ。
ふふっ、ミタライくんに忖度する私。
デキる子!
「なんでもありか、アンタ……」
「なんでもではないよ。家とか建てられないし」
「それだと、オークよりも下に聞こえるな……自己卑下詐欺かよ」
「人には得意不得意があるってことでしょ。あ、オークが気づいて出てきたよ」
暴れる屍小姫に気づいて、要塞の中から粗末な装備をしたオークたちがわらわらと出てきた。
そして、太い声でブゴォと鳴くと、一斉に屍小姫に襲いかかる。
▶レイドボス『オークカイザー』戦にエントリーしました。
エントリー数 1/250
あ、やっぱりレイド戦になるんだね。
というか、まだオークカイザーらしき敵が出てきてないんだけど、レイド戦って扱いなんだ?
それにしても、本当にワラワラ出てきたね。
もう百体ぐらい要塞から出てきてるんじゃない?
装備や動きを見ても、多分普通のオークとは違う……みたい?
私はさっき石を投げた時がオークとの初対戦だからね、よくわからないんだ!
「…………!」
そんなオークたち相手に奮戦する屍小姫ちゃんズ。
そこだー、行けー!
あぁ、殴られちゃってる!?
「流石に多勢に無勢だな」
私の内心の応援も虚しく、屍小姫ちゃんズは徐々にオークたちに押し込まれてしまう。
別に屍小姫ちゃんズは弱いわけじゃないんだけど、戦闘スタイルが防御型だからどうしても殲滅力が足りないんだよね。
その代わり、すごく頑丈だからオークにボコボコに殴られても表情ひとつ変えずに噛み付いたり、突進したりしてる。
なお、LIAではキョンシーに噛まれても、同じようにキョンシーになるような機能は実装されてないらしい。残念。
「粘ってはいるが……こりゃ無理だな」
フンフがそんな感想を漏らすほどに、オーク側が優勢になってきたところで、なんか毛色の違うオークたちが出てきたね。
鎧とマントを身につけて片手に巨大剣を持ったオークと、背中に何本も丸太を背負ったオーク、そして、巨大な斧を背負った背格好が全く同じ二体のオーク。
多分、どれも特殊個体だよね?
雑魚オークとは格好からして違うもん。
「なんか変なのが出てきたけど、オークカイザーっていうのはいる?」
「あのマントを付けた奴だ。他のは違う特殊個体だな。幹部クラスといったところだろう。勝負が見えてきたところで、出てくるあたり嬲り殺しにでもするつもりで出てきたか」
嬲り殺し……。
デスゲームの中でそれをやられたら、色々と精神がおかしくなるプレイヤーとかいそうだよね。
うん。
そういう危ない要素はちゃんと排除しとかないとダメかな。
「よし、出るよ」
「出る? おま……、待て……!?」
フンフの襟首を掴んで【レビテーション】を切るなり、そのまま地面に向かって落ちていく。
「重っ……!? 首が締ま……飛んでられねぇ……!?」
「女の子に重いとか禁句だよ」
「というか、俺……巻き込むん……じゃねぇ……!」
ズドンッ!
地面に蜘蛛の巣状のヒビを作りながら着地する。
うん。
ちょっと重いかも……?
でも、そういうのを他人に指摘されると、イラッときちゃうもんなんだよね。
八つ当たりってわけじゃないけど、掴んでいたフンフの襟首を離して、その場にポイと投げ捨てる。
「ゲホ、ゲホ……お前なぁ……!」
「まぁまぁ、怒んないでよ。フンフ的にも、私と繋がりがあることを積極的にアピールできた方が説得にも優位になるでしょ?」
「うるせぇ! 俺はこういう目立つ行動はしたくねぇんだよ! ったく、派手過ぎだ! 馬鹿野郎!」
立ち上がって、身だしなみを整えるフンフ。
そして、そんな私たちの様子を完全無視して、襲いかかってくるオークの群れ。
ま、百体ぐらいなら削っちゃってもいいでしょ。
「【木っ端ミジンコ】」
ボボボンッ!
私の目の前を塞いでいたオークの群れが一瞬で粉微塵となってポリゴンに変わる。
色彩鮮やかな光が舞う中、私を睨みつける特殊なオークが四体――。
「おい、なんか残ってるぞ」
「想定内だよ」
「ホントかよ……」
やっぱり、ちょっと特殊って意識があったから、【木っ端ミジンコ】じゃ消し飛ばないかぁ……。
「屍小姫ちゃんズ、お疲れ様。ここからは、私がやるから――交代だよ」
私はそう言って【灰棺】を解除すると、特殊なオーク四体相手にゆるりと対峙するのであった。
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