第220話

 PROMISEリーダー、天王洲アイル。


 ミタライくんたちのクラン、SUCCEEDには下部組織が沢山あって、その下部組織のひとつひとつに区別がつくように名称がついている……らしい。


 つまり、PROMISEっていうのは、クラン名でもなんでもなくパーティーの自称ってことなんだよね。


 ま、アイルちゃんはSUCCEEDの下部クランとして、後々にクラン名として名付けるみたいなことを言ってたような気がしたけど……。


 現状だと、組織が肥大化してるのはSUCCEEDよりもメサイアの方っぽいから、今も自称のままなんだよね。


 そのPROMISEのリーダーであるアイルちゃんが鋭い視線でこちらを睨んでくる。


 というか、目が血走ってる。


 なんか怖い。


「それで? 私の正体を知ってどうするの?」

「どう……?」


 顎に手を当てて小首を傾げるアイルちゃん。


 あれ? 反応がなんか可愛い?


「いや、えっと? その……話がしたくて? どうするかとかは特に……」

「いや、反応がなんか乙女」

「乙女ですけど! 何か!」


 あ、うん。


 黒髪短髪でボーイッシュな見た目だけど、女の子だもんね。


 そこは配慮が足りてなかったかな?


「ごめんね。十分アイルちゃんは可愛いのに……今の発言は軽率だったよ」

「くっ……あなたはまた……!」


 またってなんだろう?


 何かしたかな?


「で、本当にお話するためだけに探してたの?」

「それもありますけど……真面目な話をしてもいいですか?」

「うん?」


 改まってなんだろう?


「今回の件、ヤマモトお姉様の力で何とかしてくれませんか?」

「お姉様」

「妹として立候補したいので」

「リアル妹がいるからいらないかな?」

「では、成り代わります」

「さらっと怖いこと言うね」


 アイルちゃんはチェンジリングか何かかな?


 で、なんだっけ?


「私の方でなんとかするって、オークの討伐依頼のこと?」

「えぇ」

「というか、これ規模は小さいかもしれないけどレイド戦だよ? それを横から掻っ攫っちゃったら、非難轟々じゃないの?」


 緊急依頼で複数パーティーを呼び寄せるって、多分そういうことでしょ?


 それなのに、私が出張って一掃しちゃったら、プレイヤー的には「何すんだ、コノヤロー!」だと思うんだけど。


「それはわかってます。けど、全滅するよりはいい」

「アイルちゃんは失敗すると思ってるんだ」

「お姉様はこの依頼の募集パーティー数を見ましたか」

「えーと?」

「最大で五十。でも、今回集まったのはたったの十パーティーしかいない」


 相手がオークだとドロップ品もそんなに期待できない……肉とか、棍棒とか、腰蓑……ってことで、微妙に依頼の人気がないと愛花ちゃんが嘆いてたっけ。


 人数が集まらないから緊急依頼なのに、開始がどんどん遅れてるとも言ってたような……?


 ミタライくん人気でなんとか十パーティーが集まって、期限ギリギリで開始したというのは私も知ってるけど……最大五十パーティー募集だったんだね。


 それは初めて知ったよ。


「パーティーの集まりが悪いから、行動を開始するのが遅れました。それに伴って、難易度も相応に高くなってると推測できます。そして、その難易度の調整は、最大パーティー数の五十で行われているんじゃないかと私は推測しています」


 つまり、アイルちゃんは時間が掛かった分、五十パーティー用意できた前提で運営は難易度を跳ね上げてくるんじゃないかと思ってるわけね。


 でも、普通は集まったパーティー数で難易度を変えてくると思うんだけど……。


 緊急依頼だって言ってるのに、のんびり準備を整えるだなんて! これは、ペナルティだ!


 ……と、運営がやる可能性も否定できない。


「最悪を想定してるんだ?」

「先程まではそこまで考えてなかったんです。けど……」


 村の中央で起きたイベントを見て、考えが変わったらしい。


「村の中央には一人の男がいました。腕も立ちそうだったし、私は勝手に運営が用意してくれた助っ人キャラだと思ってました。でも、男は警告をして去ってしまった――」


 その警告を聞いて不安になったみたい。


 これ、ガチで戦力足りない奴だから、騎士団を連れてこいって言われてるんじゃないのかって気になっちゃったらしい。


「最初は、プレイヤーが懸賞金云々を告げて、男と敵対行動を取ったから協力してくれないのかなと思ったんですけど、そのわりには私たちに忠告してくれてるし、これガチの奴じゃないかなと思えてきて……」

「で、私になんとかして欲しいと相談しにきた、と?」

「それは違います」

「んん?」

「お姉様とお話をしたくて探してましたけど、話の内容を考えてなくて……これぐらいしか思いつかなくて相談しました」


 …………。


 ちょっとごめん。


 何を言ってるのかわからない。


 とりあえず、アイルちゃんのよくわからない意見は置いておこう。


 それよりも気になる部分がある。


「というか、その謎の男っていうのは何者?」

「冒険者の依頼を横からかっ攫う依頼泥棒って話です。でも、何か事情を知ってそうでもありました」

「ふぅん? ……【追駆】」


 逃走した相手を追跡するスキルである【追駆】を発動してみたら、空に薄く光る線のようなものが描かれているのが見えた。


 線が消えてないということは、追跡可能ということなのだろう。


 同時に現れた距離の数字も追跡不可能な数字じゃないしね。


「アイルちゃん」

「はい」

「その男の追跡ができそうだから、ちょっと追ってみるよ」

「え!?」

「ついでに、オークの集落も覗いてくるから、こう、ミタライくんと愛花ちゃんにはなんか上手いこと言っといて」

「なんかうまく……?」

「こう、うん、頼むね」

「え? え? え?」


 混乱するアイルちゃんを放置しつつ、【レビテーション】と【エアウィング】の合わせ技で空を飛んで逃げる。


 いや、だって!


 ミタライくんには、これからレイド戦の規模を縮小してきますーとか言い辛いし、愛花ちゃんにはちょろっと単独行動してきますーとか心配かけるだろうから言い辛いし……。


 だから、こう、伝言ゲーム形式なら伝えやすいんじゃないかなって……。


 …………。


 うん。


 怒られる覚悟だけはしておこう。


 そして、無茶振りごめんよ、アイルちゃん。


 ■□■


 光の線の終点は、思ってたよりも近い位置にあった。


 漁村に程近い森の浅い場所。


 そこで、光の線が途切れてる。


 森の奥まで行かないのは、私のような追跡者を待っていたから?


 それとも、奥に行けないぐらい森の中が危険だということ?


 まぁ、近いのは楽なのでありがたいかな。


 男は大きな木の幹を背にして、枝の上に立っていた。


 地上三十メートルくらいの高さ。


 なんとかと煙は高いところが好きっていうけど……これはどっちかというと、オークが絶対に登ってこれないであろう高さを考えて、そこで待機してる?


 私は男の隣の巨木を選んで、その枝の上に着地する。


「チッ、自分の実力も考えねぇで追ってくる馬鹿がいたか……」


 男が木の幹から背を離す。


 というか、なんか聞いたことのある声のような……。


 知り合い?


「テメェの実力を分からせてやる必要があるようだな。テメェの力じゃ、あのオーク共の餌になるだけだ。それを少しボコってわからせてやる。調子に乗るんじゃねぇってな」


 そう言う男のこめかみから捻じくれた角が生えてきて、背中から蝙蝠のような翼が――って。


 その特徴は、もしかして……。


「フンフ?」

「…………」


 変身が途中で止まり、男が仮面の奥から鋭い視線を投げかけてくる。


 いや、そんな睨まなくても。


「誰だ、テメェ?」

「私、私」

「…………」


 仮面で表情はわからないけど、絶対に渋い顔してるよね?


 というか、これじゃ私私詐欺だ。


 よし、ヒントを出そう。


「はい、これなーんだ?」


 というわけで、【収納】からガガさんの魔剣を取り出す。


「なんだ? 剣? いや、その意匠どこかで見たことがあるような……」

「ヒントその2〜」


 私はガガさんの魔剣を伸ばして、地面に深く突き刺す。


 そこで、フンフも何かに思い当たったらしい。


「待て」

「ヒントその3〜」


 地面に深く突き刺したガガさんの魔剣でゆっくりと谷を作っていくと、フンフも思い出したらしい。


 両手を前に出して慌てる。


「待てやめろ、わかったやめろ、これ以上やめろ」


 やめろの三段活用かな?


 というか、ぷち谷を作ったことで思い出してもらえたみたい。


 はぁ、とフンフが嘆息を吐き出す。


「こんな所で何やってんだよ、魔王軍四天王ヤマモト……」

「やっぱりフンフじゃん。あ、ちなみにこの前、魔王軍特別大将軍に出世したから。もう四天王じゃないよ」

「特別大将軍? 聞いたこともねぇな」

「強くなりすぎちゃって、四天王の枠に収まりきらなくなったから大将軍に追いやられた感じ?」

「アンタはどこを目指してんだ……?」


 うんざりだとばかりに言葉を吐き出して、仮面を外すフンフ。


 うん。


 やっぱり、フンフだね。


「で、なんで仮面なんてつけてるの? カッコつけ? というか、冒険者の依頼泥棒とかよくないよ? 大人しく自首しよ? それに、なんで今回のオークの件に首突っ込んでるの? 暇だったの?」

「聞きたいこと盛り沢山だな、おい」


 フンフが呆れたような表情を見せる。


 というか、私の配下になってというお誘いを袖にしておきながら、まだ人族国家で暴れ回ってるのはどうなのさ?


 事情によってはお説教だよ、お説教。


「で? 何か悪巧みしてるわけ?」

「んなことしてねーよ。逆だ、逆。尻拭いしてんだよ」

「尻拭い……?」


 フンフの話を聞くと――、


 元々、シュバルツェンさん(クーデターを起こそうとしてた元凶)の元で働いてた魔物族はフンフ以外にも何人かいたらしくて、彼らは彼らでクーデターの幇助ほうじょをするような計画を進めてたらしい。


 けど、シュバルツェンさんが私に捕まってクーデターは失敗。


 魔王国とファーランド王国との戦争は開始されず、戦争でしか活躍できない魔物族に日の目を当てる計画は途中で頓挫した――はずだった。


「クーデターの計画は失敗した。だが、一部の馬鹿共は止まらなかった。いや、止まれなかったんだ。長い時間をかけて進めてきた計画だし、魔王国にだって帰るところがねぇんだから今更だわな」

「だから、彼らは計画を続行した? いや、クーデターがポシャったらそこで終わりじゃないの? それを幇助する計画だけが動いても……」


 大元のクーデターが潰れてるんだから、その計画を助けるも何もないんじゃない? とは思うんだけど、そうじゃないらしい。


「計画自体は単純なもんで、モンスターを使って人族の街や村に被害を与えて、その指揮をとっていたのが魔物族だって証拠らしきものを残すだけの雑な仕事だ。そんで、人族と魔物族との間に軋轢を生んで、戦争の雰囲気を高めようって作戦だった。だが、これ単体でも決行すれば、憂さ晴らしくらいには人族国を荒らせる」

「嫌がらせ目的!? もっと前向きに生きようよ……」

「企みがバレた以上、ファーランド王国の上層部は梃子でも戦争に傾くことはねぇだろう。それは俺も知ってる。だから、本当にやるせねぇ思いを発散させてぇってだけで、計画を進めてる奴らが多くてな」


 そういえば、フンフも王国騎士団の騎士団長をやってたんだっけ。


 あー、それで、顔隠してるの?


 騎士団長時代にわりと顔バレしてたから、フンフだってバレないように今更顔隠してるんだ?


 顔隠し先輩の私がなんかアドバイスしてあげようかな?


 大体バレてるケースが多いけども!


「だから、俺は無駄なことをやろうとする元同僚たちをぶん殴って止めてたんだよ。それに、下手にこれが魔王国側に勘付かれると、アンタみてぇのが派遣されてきて、俺含めて粛清されるかもしれねぇからな。少し乱暴な話し合いをして何人かをわからせてやってたところだ」

「なるほどね。それで、依頼泥棒かぁ」

「それは結果でしかねぇよ」


 フンフの元同僚たちはモンスターによるヤケクソ被害を生み出そうとしてたみたいだけど、モンスターに関する問題の解決は大体冒険者の領分なんだよね。


 だから、異変を感じ取った街や村の住人が、冒険者ギルドに依頼を持ち込んで、冒険者が依頼を受けて、「さぁやろうか!」ってなったんだろうけど……。


 そこにフンフがやってきて、「テメェら馬鹿やってんじゃねぇ!」と勝手にモンスター騒動の元凶を潰して回ったってことでしょ?


 そりゃ、依頼泥棒扱いされてもおかしくないよ!


「じゃあ、この森にいるオークの集団っていうのも、シュバルツェンさん残党の起こした人災だっていうわけ?」

「あぁ。そして参ったことに俺一人だとなかなか荷が重い案件ときた。元同僚ながら、やってくれるもんだぜ……」

「じゃあ、私が手伝おうか?」


 親切心からそう発言したんだよ?


 なのに、


「…………」


 心底嫌そうな顔を見せるってどういうことなの!?

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