第218話
「昼間っから、オークが徒党を組んで草原を闊歩してくるって、ちょっとおかしくない?」
「というか、思ってたよりもクエストの難易度が高いんじゃ……?」
ミクとそんなことを言いながらも、後方に下がる。
見晴らしの良い草原をノッシノッシと我が物顔で歩いてきているのは、豚の頭とプロレスラーの体躯を持った化け物だ。
それが十体ずつ組になりながら、三組でこちらにやってくる。
つまり、三十体もの大所帯である。
普通の村なら壊滅するレベルの脅威だろう。
しかも、恐ろしいことに、オークは基本日中は森の中で生活しており、草原でエンカウントすることはありえない。
こうした普段とは違う行動を取るということは、それを指示した者がいるというわけで……。
勘の良いプレイヤーは、今回の緊急依頼の難易度が即座に急上昇したことに気づいたことだろう。
特殊個体だとか、キングだとか、エンペラーだとか。
オークの集落に一体何が生まれたのかはわからないが、一筋縄ではいかない事態になったというのは揺るぎない事実のようだ。
けど、今回の遭遇戦は運が良い。
見晴らしのよい平原で三倍近い兵力差で戦えるのは、相手に奇策でもない限り、大きな損害を出さずに圧倒できるはず。
ここで、少しでも相手の戦力が削げるというのは大きいはずだ。
「はーい。皆さん、聞いて下さいー。SUCCEEDの頭脳
オークの部隊を前にして、果たして誰が先陣を切るのかと迷っていたところで、その逸る気持ちを抑えるように間延びした声が聞こえる。
SUCCEED?
彼らプロチームが音頭を取ってくれるというのならありがたい。
素人に音頭を取られるよりも断然安心だ。
「我々、特に連携も何もない大所帯ですから、作戦はシンプルに行きたいと思いますー。ミタライくんの合図で後衛が攻撃魔術を放ち、うち漏らしを前衛で仕留めますー。それだけですー」
本当に作戦とも言えないシンプルな戦い方。
でも、だからこそわかりやすくもある。
「では、後衛の皆さん準備して下さいー。前衛の方も突貫の準備をー」
「……ミク、魔術の準備をして。ユウ、アラタ、Minghuaちゃんに荒神くんも、魔術の一斉射撃後にオークに接近戦を仕掛けるから、準備を怠りなくね」
「任せて! 全魔道士の実力を見せちゃうよー!」
「わかった。微力を尽くすよ」
「上腕二頭筋が唸るぜ!」
「オッケーあるネ!」
「……まぁ、撹乱メインでやってみるか」
みんなが私の指示に従ってくれる中、
「拙者に指示がないでござるが?」
「え、虚無僧.comさんは、えーと……」
私は虚無僧.comさんに指示を出しかねていた。
というか、よく考えてみると、毎回何かをやってくれているような気もするけど、早すぎて何をやっているのかよくわからないのが虚無僧.comさんのここまでの働き。
だから、虚無僧.comさんが何ができるのか私には良くわからないのだ。
まぁ、適当に邪魔にならないように指示でも出しておけばいいかな?
「遠くから石でも投げて下さい」
「え?」
「え?」
いや、え、石を投げるだけの行為になにか驚く部分とかあった……?
むしろ、驚かれたことに驚いたんだけど。
そして、虚無僧.comさんはブツブツと一人で小さく呟き始める。
「【魔纒】を掛けなければいけるかな?
いや、そんなに石を投げることに気になる点があるの!?
ただひょいと軽く投げれば、いいだけじゃないの!?
むしろ、そんなに気になる点があるなら、お願いしなかった方が良かったの!?
私が目を剥いてる間にも、オークの部隊は徐々に近づいてきている。
それを見ても浮足立たずに冷静に対処できているのは、このデスゲームという理不尽な環境の中でもC級までランクを上げてきたプレイヤーたちだからこそだろう。
魔術を唱え、冷静にオーク部隊に狙いを定める。
「ミタライ!」
「まだだ。もう少しだけ引き付ける……」
ミタライくんがそうやって我慢してオークの部隊を引き付ける中、
「えーと、石、石……」
一人、石を探してしゃがみ込んでる我が姉!
みんなはデスゲームの中で経験を積んで冷静に対応できるようになってるのに、この人は経験を積んでないのか、リアルと全く変わってない!
それでも、邪魔するような行動をとってないだけマシなのだろうか……。
あまり大きな声で注意して、周囲の集中力を削ぎたくもないので、とりあえず放っておくことにする。
「溜めて、溜めて……」
「あ、この石が投げやすそう」
「今だ! 撃てぇー!」
「あ、投げないと。えい」
火の槍やら風の刃やら土の針やら水の球やらが一斉にオークに向かって殺到する中、なんかそれらを一気に追い抜かして飛んでいく小さな物体。
だけど、それを確認する間もなく、オークたちの部隊が衝撃に弾け飛ぶ。
衝撃に弾け飛ぶというか、まだ魔術が着弾してない気がするんだけど……。
そして、次の瞬間には様々な魔術が着弾し、その場に破壊を巻き起こすんだけど……。
▶経験値58を獲得。
▶褒賞石32を獲得。
▶オークの腰蓑を獲得。
既にリザルトが出てる。
おかしい。
何かがおかしい!
「まだ終わったかどうかはわからない! みんな、油断するな!」
ミタライくんの一言で、楽勝ムードだった空気が一気に引き締められる。
複数の魔術が着弾した地点では今もモウモウと煙が上がっていて、中の様子を窺い知ることはできない。
あの煙が晴れたら、まだ生きてるオークが襲いかかってくる可能性だってゼロではないのだ。
リザルトが出たのも距離が少し遠かったって理由かもしれないし……。
その時、一陣の風が吹き、吹き上がっていた煙が散る。
そこにあったのは――、
「な、なんだ、これは……」
「魔術の相乗効果なのか……」
「まるで巨人の拳でも振り下ろされたかのような……」
――オークの姿はひとつもなく、地面に巨大なクレーターができあがっていたのであった。
■□■
謎の魔術相乗効果爆発事件――。
それは話題としては面白かったが、私たちにはそれを研究したり、実験したりする時間がなかった。
そう。
私たちが遭遇したオークの部隊が先遣隊であった場合、私たちが討伐依頼を受けたオークの集落が私たちの想像を越えて遥かに成長している恐れがあったからだ。
特に、オークは森の中で暮らすモンスターなのに、その活動範囲を森の外にまで広げようとしているところに危機感を覚える。
版図を広げようとしているということは、その森の中では手狭になってきたということなのだろう。
急がなければ、どんどんとオークの数が増えていき、クエストの難易度が際限なく上がっていく可能性がある。
それを恐れて、私たちは進む速度を上げたのだが……。
「これは酷い……」
件の漁村に辿り着いた時には、既に手遅れだと思い知らされた。
外敵の侵入を阻むはずの漁村の土壁は崩れ、木でできた入口の門はひしゃげ、火の手でも上がったのか、村のあちこちから黒煙が立ちのぼっている。
村にある家のほとんどは崩れ、壁や地面には惨たらしい光景が繰り広げられたであろう血の跡や鈍器による深い傷などがハッキリと残っており、その惨劇の様子をまざまざと伝えてくるかのようであった。
「これは、オークに……」
「この様子じゃ、村の中も全滅してるんじゃ……」
誰もが顔色を青くする中で、希望の福音とも言うべきか。
――――!
村の中で何かが争うような物音が聞こえてくる。
「おい、まだ誰か戦ってるみたいだぞ!」
「ミタライ!」
「あぁ! 行ってみよう!」
SUCCEEDのメンバーを先頭に、私たちは村の中へ雪崩れ込むようにして突入する。
悲惨な現場を通り抜けるのは、なかなかに勇気の要る行動だったけど、それでもその先に希望があるのであれば、と私たちは先を急ぐ。
そして、その音の発生源である村の広場に辿り着いた時――私たちは見た。
多数のオークに囲まれながらも、一人で奮戦する男の姿を……。
格好的には魔術師が着るような黒のローブを着て、急所部分には金属製のプレートを縫いつけているようだ。
随分と実戦的だという印象を抱く。
また、顔は上半分を隠すような仮面で覆われており、素顔を窺い知ることはできない。
だが、わかる部分もある。
それは、五体ものオークを相手取って、一歩も退かないほどの実力の持ち主だということだ。
「あの人だけか……? 村人は……?」
「それよりも、あの男に加勢するぞ!」
「というか、あの風貌どこかで見覚えがないか?」
オークの攻撃を華麗に躱しながら、すれ違い様に短剣で斬りつける姿は、そこまでの凄味を感じない。
もしかしたら、接近戦が得意ではない?
でも、彼の姿は私もどこかで……。
「あっ! 手配書に描かれてた依頼泥棒の絵に似てるんだ!」
その一言に、ピンとくる。
言われてみれば、この間、Minghuaちゃんが剥がして持ってきた『冒険者の依頼を勝手に解決してしまう依頼泥棒』の手配書に描かれていたイラストに似ている。
え?
でも、それならこれはどういう状況?
冒険者の依頼を勝手に片付けてしまう迷惑依頼泥棒が、何故かオークと戦ってるというのは……。
「大方、オーク討伐の依頼を横取りしようとしたけど、その規模の大きさを読み違えたんだろうよ! 丁度いい! オーク討伐の依頼料と嫌がらせ野郎の懸賞金と両取りだ!」
「「「おぉっ!」」」
「チッ……」
一部の冒険者が気炎をあげる中で、仮面の男は小さく舌打ちをすると、まるで重力がないかのように空中を自在に動き、一軒の家の屋根の上へと着地する。
そして、パンパンと肩の埃を払うような仕草を見せたかと思うと、私たちに鋭い視線を向けていた。
「忠告しといてやるよ。テメェら死にたくなかったら、王都の騎士団かファースの騎士団でも呼び寄せることだ。テメェら程度がいくらいたところで何ともならねぇよ。もう、そういう段階にきてる」
「そういう君ならなんとかできるとでも?」
ミタライくんが前に出て、そう声をかけるけど、
「さぁな」
男はそれだけを言うと、空を飛んで去っていく。
…………。
あれ? おかしいな?
何か違和感というか、既視感が……。
なんだろう?
「あぁっ! 懸賞金野郎が行っちまった!」
「いや、それよりも目の前のオークをやるぞ!」
一部の冒険者たちは懸賞金がどうのこうのと言って騒いでいるけど、それよりも今は残されたオークたちを対処することの方が重要だ。
私たちは襲いかかってくるオークの群れを前に戦闘を開始するのであった――。
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