第217話

 天意の道標は、私が全てをやりきった時に使えるって書いてあるもんね。


 つまり、デスゲームも何も解決してない現状で使おうとしても使えるわけがないんだよ。


 そもそも、全然やりきった感ないし。


 ▶プレイヤー『司馬』より不正ツールC-LEGによる強制アクセスを受けました。

  以後、ヤマモトのメインカメラの映像が定期的にプレイヤー『司馬』に送信されます。


「んん?」


 私は思わず辺りを見回す。


 けど、誰もいない。


 これ、私じゃない、違うヤマモトが受けた事案かな?


 というか、不正ツールって……。


 え? メインカメラの映像を相手に流すって……それを見てどうするんだろう?


 喪女の私生活が知りたい奇特な変態プレイヤーがLIAにいるんだろうか?


 というか、私生活を見られるのは普通に嫌なんですけど?


 ▶【バランス】が発動しました。

  不正ツールによる干渉のバランスを調整します。

  不正ツールC-LEGの構造を解析中。

  プログラムコードのエラーを確認。

  修整後、複製します。


 ▶C-LEG_r2を取得しました。

  以後、C-LEG_r2にて他プレイヤーのハード内のストレージ情報などに無断でアクセスできます。


「【バランス】さん、ヤベェ方向で【バランス】取ってきた!」


 えぇ、なんなのC-LEG_r2って……?


 あ、コマンド欄に見慣れないアイコンがある。


 これがC-LEG_r2?


 中をちょっと覗いてみると、他人のカメラを勝手にオンにして映像を覗いてみたり、音声を勝手に横流しできたり、相手の行動データを地図に表示したりだとか、なんか監視するようなツールが山盛りな感じ?


 あ、プログラミングコード解析/取得とか、データ改竄みたいな項目もあるけど、グレーアウトされてて選べないね。


「まぁ、私にはあんまり意味のない分野かな?」


 というか、詳しくないので下手に弄って変な風になりたくないというか……。


 現状、十分変なので、これ以上変になりたくないというか……。


「あ、そういえば、強制ログアウトの条件にハード側のストレージ空き容量不足の条件があったから、それに使えるかも」


 これで、古代都市内部調査担当ダイヤの人体実験が捗るといいなぁ。


 まぁ、とりあえず、


「【ラップ音】を使って防衛担当ハートでも呼ぼうかな?」


 古代都市の風景が中継されたら嫌だからね。


 この殺風景な岩場の中で色々と対処するつもりだよ。


 ■□■


「よっす。なんか呼ん――痛ぁ!? なんか踏んだぁ! なに! なんのトラップ!?」

「あ、マキビシそこに落ちてた? ごめんごめん」


 というわけで、もう一度マキビシ掃除。


 うん。


 なんとなくドリルの体積が増えた気がする。


「というか、本体キングなんて格好してるのさ。着替えが必要だから呼んだの?」

「え?」


 改めて、私の服を見てみたら超マキビシスピンの影響でボロボロになっていた。


 暗黒の森の素材で作った黒のパーカーとロングコートとロングスカートがズタズタだよ……。


 耐久度も確認してみると、かなりヤバイ領域にまで踏み込んでる。


 こんなオハダケ寸前の姿なんか、ますますどこの誰とも知らない相手に映像として渡せないね!


 まぁ、定期的に送るって書いてあったから、まだ送られてないと思うけど、どうだろう。


「違う違う。今回はちょっと目標ターゲットがいないと発動しそうになかったから、目標として呼んだだけ」

「ふぅん?」

「ちょっと動かないでねー」


 というわけで、防衛担当を相手にC-LEG_r2の定期録画機能を開始。


 ▶C-LEG_r2による強制アクセスを開始しました。

  プレイヤー『ヤマモト』のメインカメラの映像は既に定期送信設定がオンになっています。

  設定を変更することはできません。


「これで、定期録画機能を起動させといて……」


 ▶C-LEG_r2による強制アクセスを解除します。

  プレイヤー『ヤマモト』のメインカメラの映像は他プレイヤーによって定期送信設定がオンにされています。

  設定を変更することはできません。


「こうすれば、私のC-LEG_r2の機能はオフになるでしょ?」


 すると――、


 ▶【バランス】が発動しました。

  不正ツールの起動状況のバランスを調整します。

  プレイヤー『司馬』のC-LEGの映像送信機能がオフになりました。

  プレイヤー『ヤマモト』のメインカメラの映像の定期送信設定がオフになります。


 うん。


 対処完了だね。


 多分、あっちは焦ってもう一度C-LEGの映像送信機能を起動するかもしれないけど、私が映像送信機能をオンにしない限り、【バランス】が取れないってことになって、オンにできないんじゃないかな?


 まぁ、もしかしたら、オンにできるかもしれないけど、その時はもう一回オフにすればいいだけだからね。


 対処方法自体は簡単だ。


「はい、オッケーだよ」

「もういいんだ?」

「うん。後は服を着替えてからそっちに行くから、もう帰っていいよー」

「わかったけど、次はそうホイホイと呼び出さないでよ? 今は温泉作りの研究で忙しいんだからさぁ」


 なにそれ?


 なんか面白そうなことしてるね?


「え、温泉作ってるの?」

「ほら、私たちの領地に公衆浴場作るって張り切ってるけど、川の水引いてきても水を温めるのがなかなか難しいって話あったでしょ?」

「え? 木材沢山あるよね?」

「暗黒の森の木材は硬い、重い、火が点かないの三拍子揃ってるんだよ。だから、薪には不向きなの」

「だったら、【火魔法】で水を沸かせば……」

「それを毎日やっても平気なのは私たちぐらいか、オババさんぐらいのもんでしょ。そして、その全員そんなに暇じゃないんだよね」


 浴場のお湯ひとつ沸かすのに、そんなに大変なことになってたんだ。


 知らなかった……。


 ちなみに、公衆浴場の建築自体は山羊くんたちが頑張って終わらせてくれたらしい。


 なんか建物を建てた山羊くんを褒めてあげたら、それを羨んだのか他の山羊くんたちも建築の技術を頑張って覚えて、領地では現在建築ラッシュが起きてるらしいよ?


 領民よりも山羊くんの方が重要な労働力になりそうなのが、なんとも言えないね!


 いや、実際疲れ知らずで触手も何本もあるし、器用だし、力もあるしで重労働をするには、この上ない人材なんだろうけど……。


 うん。


 領民にはもっとクリエイティブな仕事を期待しよう!


「……それじゃあ、現在、公衆浴場は建物はできてるけど湯が張ってないって状態なの?」

「そう。で、今私が研究中なのがこの古代都市の地下から温泉掘って、地上まで通そうって話ね」

「え。この古代都市の地下から温泉出るの?」

「ミリーちゃんに聞いたら、昔にそんな報告があったみたいなこと言ってたし、古代都市内部調査担当ダイヤも資料を調べてる中で、そんな記述があったって言ってたから、多分掘れば出ると思うんだよね」


 な、なんだってー!


「そ、それ、もちろん、古代都市の方でも利用するんだよね……?」

「もちろん! じゃなきゃ、動いてないってば」


 はぁ〜……。


 古代都市で温泉に入れるようになるとか……。


 【地獄門】の次は極楽門が開かれた気分だよ。


 マイ温泉とか、家にプール付いてるぐらいの贅沢な感じだよねー。


「防衛担当、超期待してるから頑張って!」

「うん、私も入りたいから頑張るね!」


 そうだね。


 私はそういう奴だったよ!


 ■□■


【aika視点】


「どうかしましたか? 司馬さん?」

「え? いや、何でもないですよ。ははは……」


 いや、なんでもないってことはないでしょ?


 あんなにずっとお姉ちゃん……じゃなかった虚無僧.comさんを見続けて、いきなり顔を強張らせてたら何かあるって言ってるようなものじゃない。


「あぁ、すみません。長居しすぎました。では、私もパーティーに戻るのでMinghuaによろしく言っておいて下さい」

「わかりました。お互い頑張りましょうね」

「えぇ、では」


 そう、討伐。


 討伐だ。


 現在、私たちは緊急の討伐依頼を受け、王都サーズから、とある漁村にまで移動の真っ最中である。


 その漁村に向けて、合計十パーティー……総勢百名以上のプレイヤーが見晴らしのよい草原を闊歩している姿は、ある種壮観ではあった。


 そもそもの事の起こりは、ファーランド王国の外れにある辺鄙な漁村の近くにある森の奥で、オークの集落が発見されたことから始まる。


 当初は漁村にある冒険者ギルドの構成員のみで対応しようとしていたのだけど、偵察してみてビックリ。


 なんと、オークの集落はオークが二百体以上も暮らす大規模なものとなっていて、とてもじゃないけど田舎のD級冒険者数人でなんとかなるような規模じゃなかったんだそうだ。


 慌てた漁村の冒険者ギルドは、王都にある冒険者ギルドの本部に応援を頼み込み、私たちC級以上の冒険者が今回の緊急依頼を受ける運びとなった――というのが、今回の流れである。


 なお、十組という数が多いとみるか、少ないとみるかはわからない。


 まぁ、緊急依頼にしては集まった方だとは思うけど……。


 ちなみに、司馬さんもそんな依頼を受けたメンバーの一人である。


 どうやら、Minghuaちゃんの知り合いらしく、Minghuaちゃんに声を掛けてきたかと思ったら、こちらのパーティーメンバーに挨拶を行った後で、なにやら中国語でMinghuaちゃんと会話し、それから虚無僧.comさんを見る目が怪しくなったんだよね。


 まぁ、Minghuaちゃんの知り合いというと、中国のプロチームの一人だと思うし、お姉ちゃん……じゃなかった……虚無僧.comさんの強さの秘密を暴きたくて、じっと観察してたとかそういうことなのかな?


 それにしたって、虚無僧.comさんがその視線に無頓着なのがね。


 というか、男の人にジロジロ見られるのに慣れ過ぎちゃって危機感がないんだよ!


 なお、虚無僧.comさんは、司馬さんには全く興味がないのか、深編み笠の中に尺八を突っ込んではずっとぷぴーといった音を垂れ流してる。


 ねぇ? それなに?


 虚無僧だから尺八吹く練習してるの?


 別に虚無僧だからって尺八吹く義務はないでしょ?


 なんのイメージに引っ張られてるのそれ?


「なになに? どうしたのaikaちゃん?」

「あぁ、うん。なんでもないよ」


 ぴゅーっと駆けてきたミクに困った表情を返す。


 でも、ミクは鋭い娘だから、私が何に困ってるのかすぐに気づいたみたい。


「虚無僧.comさんのこと? ちょっと変わってるよねー」


 ちょっと……?


 周囲を見渡す。


 今回は王都サーズから、例の漁村に向かうということもあって、依頼を受けたパーティー全員が一丸となって固まって移動している。


 固まって行動するのは、抜け駆けを許さないだとか、楽をしたいだとか、理由は色々とあるとは思うんだけど、最大の理由はリソースの消費を節約したいからだと私は思っている。


 C級冒険者といえども、実力はピンからキリまであるので、漁村に着くまでに消耗してしまうパーティーももちろんあるからね。


 けど、これだけの大人数だと利口なモンスターは避けてくれるし、襲ってくるモンスターも戦闘狂のパーティーによってすぐに蹴散らされるから、安全に漁村まで向かえることになる。


 それを考えての集団行動なのだろう。


 あとは、SUCCEEDのミタライくんがみんなに「一緒に行かないか?」と誘ったというのもあるのかな?


 人族プレイヤーの中で、ミタライくんの人気は凄いからね。


 LIA初のレイドボス戦で個人総合二位という実力。


 新規のエリアを先頭に立って開拓していくメサイアのアクセルくんと、人気を二分するような有名プレイヤーだから、その人が「みんなで集まって移動しよう」と声をかけたら、内心はどうあれ、みんな従おうという気にはなると思うんだ。


 そんなわけで、私の周りには多種多様なパーティーが固まって移動している。


 その面子を確認すれば、虚無僧.comさんの個性も確かに埋没する感じかな?


「ほら、上半身裸の筋肉集団マッスラーズとか、冒険者なのに騎士団を名乗る黄の騎士団とか、グレイウルフに乗ってしか移動しないグレイウェーブとか。それに比べたら、虚無僧.comさんなんて可愛いもんだよ」

「ミクはもう少し小さい声でしゃべろうね」


 槍玉に上がった冒険者パーティーからの視線が鋭くなったような気がして、慌てて取り繕う。


 ぷぴー。


 そして、その気の抜ける音はなんとかならないの、虚無僧.comさん?


「コムソ、何してるネ?」


 あ、コミュニケーションモンスターのMinghuaちゃんが突撃しにいったね。


 空気の読まなさなら、私たちのパーティーでも随一だ。


 虚無僧.comさんの奇行を注意してくれるのかな?


「拙者登場時の出囃子を吹こうとしてるのでござる」


 あ、さっきからの気の抜ける音は出囃子だったんだ。


 …………。


 冒険者に出囃子なんて要らないでしょ!


 なんなのよそれ!?


「なんて曲ヨ?」

「ハイパーソウルでござる」


 あー、国際水泳のテーマソングにもなってる、あの曲ね。


 …………。


 尺八で吹くには難易度高くない!?


 あと、虚無僧と尺八という利点を全く活かしてない!


 甘えん坊将軍のテーマにでもしときなさいよ!


「練習のかいがあって、少し吹けるようになったでござるよ」


 ぷぴー、ぷぴー、ぷぴー、ぷぴー、ぷぴー。


「どうでござるか?」

「音が全く一緒ネ」

「話にならないでござる」


 話にならないのは虚無僧.comアンタの方だよ!


 誰がどう聞いてもメロディーになってなかったでしょ!


 …………。


 そういえば、お姉ちゃん、音楽だけは成績悪かったっけ……。


 こんな所でもお姉ちゃんだと確信させてくるところが、詰めが甘すぎるお姉ちゃんらしいといえば、そうだけどさぁ。


「なんか楽しそうだね、aikaちゃん」

「え?」


 下から覗き込むミクに言われて、私は思わず間抜けな声を漏らしてしまう。


 そんなに楽しそうだったかな?


「少し前まではすっごいピリピリしてたけど、今は別人? ってぐらいに雰囲気和らいでるもん」

「そう?」

「というか、学生時代もそんな表情見せたことなくない? 完璧な氷の女王パーフェクトアイスクイーンとか言われてたでしょ?」

「そんな恥ずかしい名前、私は名乗ったことがないんだけど?」


 というか、影でそんなこと言われてたの?


 いや、学生時代は確かに家に帰るとお姉ちゃんの心のケアとかあったから、学校ではあまり笑ってられるような余裕がなかったんだけど……いや、なにその恥ずかしい二つ名。普通に勘弁して欲しいんだけど?


「今はわりと笑顔も見れるようになって、かなりいい感じだよ。ま、その笑顔を振り撒き過ぎてユウは気が気じゃないみたいだけどねー」


 ニヤニヤ笑うミクにつられて、前方に視線を向けるとユウと視線があった。


 いや、後ろ向きながら歩いたりしたら危ないでしょ。


「ユウ、前向いて歩きなさい。転んだりしても知らないわよ」

「わ、わかってるよ」


 わかってるなら、何で後ろ向きながら歩いていたんだろう?


 なにかのフリなのかな?


「いやー、ユウに足りないのは信じる心だね。これだけの視線にaikaちゃんが気づかないで、ユウだけ見てるってことに気づいた方がいいよねー」

「いや、視線が向いてるのは虚無僧.comさんの方でしょ……」


 和装の胸元が大きくはだけてるというのもあって、当然のように男の人の視線を集めてる。


 あれだけ和装が似合わない人もなかなかいないと思うんだよね。


 むしろ、和装が似合うのはもっと私みたいなスラッとしたタイプで……。


 …………。


 やめよう。悲しくなってきた。


「ミクも和装が似合う方だよね」

「和装? 着付けとか面倒くさくない? あ、でもLIAだと一瞬で着脱できるのか。だったら、着てみてもいいかなー」


 私の言葉の真意に気づかずに、ミクは屈託なく笑う。


 ――と。


「モンスターが来るぞ! みんな気をつけろ!」


 そんな叫びが私たちの弛緩した空気を引き締めるのであった。

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