第199話

 私がアップデートされて、新たに取得したスキルである【古代魔法】。


 これ、本体がミリーちゃんに鬼のシゴキを受けて、無理やり習得させられたスキルである。


 この【古代魔法】は、今までの魔法や魔術と違って、レベルによって使える魔法が登録されない。


 一般の魔法は後年の魔法使いが使いやすいようにと、規模や威力、そして効果の確実な再現性を求めて開発されたものであり、古い時代の魔法使いはもっと魔力を自由に扱っていたらしいのだ。


 つまり、この【古代魔法】を修得すると、自分が思い描いた魔法を自由に作れる――ということらしい。


 魔法をアレンジしたり、オリジナル魔法を作れたりとそんなことができるようになるのが、この【古代魔法】というわけである。


 魔法のアレンジとか、もろエンドコンテンツだと思うけど、古代都市自体がエンドコンテンツみたいなものだし、これはある意味仕方ないよね?


「発動、【ミラージュアレンジ】」


 【光魔術】レベル7の【ミラージュ】。


 これは、本来ならば自分の周囲に幻影を投影したりして、自分の姿を隠す魔術なのだが、それをアレンジしてヴァーミリオン領都の上空にデカデカと私の姿を投影する。


 で、アレンジついでに音声もお届けできるようにしとこう。


 うん、【古代魔法】は便利だよね。


「あー、テステス。……ヴァーミリオン領都にお住まいのみなさん、こんにちは。いや、もうこんばんはかな? 私の名は魔王軍四天王のヤマモトです。今回はヴァーミリオン領都の一番立派なお屋敷の前までやってきてます。みんな、知ってるかな? 六公が一人、ヴァーミリオン卿のお屋敷がこちらです」


 と、上空で生放送をしながら、ヴァーミリオン領都にある豪奢な家の前までやってくる。


 夕暮れ時だった空模様は、既に暗くなってきており、その分、私の映像がくっきりはっきりわかって目立つ。


 ヴァーミリオン卿の邸宅の前で門番をしていた二人の兵士もポカーンと上空を見上げてるし、それだけ注目を集めてるってことだろう。


「では、立派な邸宅に突撃隣の無断訪問ー」

「待て待て待て待て」


 で、そんな兵士を無視して通り過ぎようとしたら、目の前でガシャンと槍が交差されて通行止めされたよ!


 なので、手刀でその槍の柄をすぱぱっと叩き切って、そのまま中へと入っていく。


「無断訪問ー」

「――っ!? このっ、待てぇ!」


 兵士二人が追いすがろうとするが、【心霊術】レベル7の【金縛り】で、その動きを止めておく。


 二人はその場にパタリと倒れて動かなくなったけど、ダメージはないと思うから、安心して倒れててね?


 で、宣言通り、私はそのまま邸宅の前庭へと不法侵入。


 そしたら、上空の映像でも見てたのか、わらわらと屋敷の中から戦える人たちが出てきたね。


 と言っても、執事風の人やメイド風の人たちも混じってるけど。


 急な訪問で歓迎の準備ができてなかったのかな?


「はい。ワラワラと沢山出てきましたよっと。あー。ワラワラ出てきた誰でもいいけど、この屋敷で一番偉い人を出してくれる? その人に話があるんですけど?」


 ちょっと上空の生放送を意識して、状況なんかを説明しつつ、屋敷の偉い人の登場を待つ。


 すると、筋骨隆々の背の高い赤髪の大男が人垣を割って出てきた。


 なんか、どっかで見たことあるなーと思ってたら、魔王城で文句を言ってた三公の一人に似てる気がする。


 まぁ、あっちはブクブク太ってたけど、こっちは現役の武人って感じだね。


「グース・ヴァーミリオンだ。現当主の弟にあたる。魔王軍四天王のヤマモトだったか? 我らが治める、この地に何の用だ?」

「はい、ダメー」

「ぁん?」

「私は現役の魔王軍四天王で、あなたは現当主の弟ってだけで、六公でもなんでもない木っ端でしょ? そこは、ヤマモト様って言って欲しいし、もっとへりくだって頭下げて、怯えて許しを請わないとダメだと思うんだけど……違う?」

「馬鹿にしてんのか?」


 いや、馬鹿にしてるのはアナタたちでしょうに。


「本日正午頃、私の領地をヴァーミリオン家、セルリアン家、ノワール家の三公で攻めたよね? こっちは証拠として魔道具で映像を残してるし、魔王様に聞けば一発で攻めたことはモロバレになるってわかってるよね? で、やられた以上はやり返さないといけないってのも理解できるかな? 四天王ってのは力の象徴だし、やられっぱなしの泣き寝入りはできないのよ。それをやったら、魔王国という国の根底が崩れて、また無法地帯に戻っちゃうからね。だから、やり返しにきたんだけど、ここまでは分かる?」


 まぁ、分かるなら普通は逃げ惑って、泣いて許しを請うと思うけど、そうしないってことは分からないんだろうね。


「ククク……」


 あれ? 笑われてる?


 私、なんか変なこと言ったかな……?


「やり返す? お前こそ理解してるのか? ここは、ヴァーミリオン家の腹の中! 貴様を殺せば、この俺こそが次の四天王ってことだろうが!」


 よかった。


 変なのはあっちの方だった。


「三公がかりで勝てない相手に、あなた程度が勝てるわけないじゃん」

「それは、やってみなければわからないだろうが! はっ、それとも四天王というのは口だけか!」


 いや、わかるでしょ?


 とか言う前に、ヴァーミリオン弟くんの殺気が膨れ上がる。


 で、いきなり剣を抜いて攻撃してきた。


 素早く近づいてきて一閃。


「ハハハ! 獲ったぁ!」


 とか言いながら、私の首を落としにくるんだけど、そのまま私の首に当たった剣の方が砕け散った。


「は?」


 私の物防は4500オーバー。


 エンドコンテンツっぽい武器の物攻でも1000程度しかないんだから、普通の武器が効くわけがない。


 まぁ、一発は一発なので、私はとんっと掌で弟くんの胸を押してあげる。


 ――ギャン!


 ドォン!


 弟くんの体が一瞬でその場から消えて、屋敷がバラバラに吹き飛んでしまった。


 うん。やっぱり、加減が難しいね。


 本当は、弟くんの胸を小突いて、「かはっ……、い、息が……」とか言いつつ、後ろに後退りしてそのまま地面に両膝ついて倒れ込むのを期待してたんだけど。


 マッハでふっ飛んで屋敷にぶち当たって、どかんと破壊しちゃったみたい。


「や、屋敷が……」


 流石に屋敷を一瞬で消し飛ばすほどの相手に、「弟様の仇ー! うおりゃー!」と挑んでくる無謀な人たちはいないみたいだ。


 せめて、弟くんを助けに行けばいいのにね?


 動いたらやられるとでも思っているのか、兵士も執事もメイドもその場で立ち竦むばかりだよ。


 いや、私は猛獣かって話だよね。


 まぁ、邪神だし、似たようなものかな?


「じゃ、この辺で大事なお知らせといってみよー」


 まぁ、気にせず続けるけどね!


「えー、ヴァーミリオン領都にお住まいの皆さん。見ての通りです。アナタ方の住む領地を治めるヴァーミリオン卿は非常にアホなので、その報復行為として、私はこの街を更地に変えることにしました。けど、ここに住む人々に罪はないと思いますので、三時間ほど退避する時間を与えたいと思います。死にたくなかったら、家財道具や貴重品を持って街の外に退避して下さい。じゃ、警告終わりです。ばいばーい」


 それだけを告げて、私は【ミラージュアレンジ】を解除し、【レビテーション】と【エアウィング】を使って飛び上がる。


 さて、じゃあ三時間ほど待とうかな。


 空の上でね。


 ■□■


 私がヴァーミリオン領の滅亡まで三時間の猶予を与えたのは、ストリートチルドレンたちに集まるだけの時間を与えたかったのもあるけど、実はもう一つの目的を果たそうと考えていたからだ。


「ロクでもない相手に下手な戦力を持たせたままだと、変なことを考えかねないからね」


 ヴァーミリオン領の夜空に浮きながら、持ってきた木の板をその場に【ロック】で固定。


 そこに座りながら、足をブラブラさせていたら、飛竜部隊が吹っ飛んだ屋敷の方へと戻っていくのが見えた。


 で、多分、カクカクシカジカと説明したんだろうね。


 一時間後には、全壊した屋敷の隣にあった大きな建物の中から、飛竜部隊が次々と出撃してきて、私の周りをぞろりと囲んでくれていた。


 うん。


 これは、ヴァーミリオン家には過ぎたるものだと思うんだよね。


「人数が増えたところで、意味なんてないんだけどね。実力差は身に沁みたでしょうに」

「黙れ! さっきはちょっと油断しただけだ!」

「グース様、敵の挑発に乗ってはなりません」


 そして、弟くんも復帰して、その隣になんか歴戦の猛者感を出してる隻眼のおっちゃんもいるんだけど……。


 なに? 軍師的な立場の方かな?


 だったら、私と敵対するよりも弟くんを諌めた方が良いと思うんだけど、どうだろう?


「マグマリア将軍」

「敵は腐っても四天王、侮って掛かっては痛い目を見ますぞ」

「ぬぐっ」


 もう見てるからか、押し黙っちゃったよ。


 でも、すぐに気を取り直したみたい。


 言い訳するように弟くんはまくしたてる。


「い、いや! そもそも、俺のユニークスキルは【竜身合体】なのだ! だから、全力を出せずに先程はたまたまやられただけにすぎん! だが、今度はそうはいかん! 何故なら、これが本気百パーセントの俺だからだ! はぁぁぁ……【竜身合体】!」

「……【竜身合体】の隙を防ぐ! 皆のもの、グース様の盾となれ!」

「「「はっ!」」」


 飛竜部隊が私の前に厚く展開していく中で、乗ってた飛竜にメリメリと吸収されていく弟くん。


 そして、気づいた時には、飛竜の顔が弟くんの顔を模した感じになっていた。


 うん。


 うん……?


 なんて感想を言ったら……?


「ははは! こうなった俺はもう誰にも止められんぞ!」

「流石はグース様。我々が隙を埋める必要もありませんでしたな」

「クククッ、ヤマモトぉ! 貴様を倒し、次の四天王がこの俺であることを証明してやる!」

「【ロック】」

「はがっ!?」


 あれ?


 止められちゃったんだけど……。


 どうしよう?


「ぐ、グース様! 貴様ぁ、口上の途中で不意を打つとは、それでも武人か!」

「え? 駄目だったの?」


 油断する方が悪いと思うんだけど、ヴァーミリオン流の流儀ではアウトらしい。


 「卑怯」「空気読め」「外道」だの、言われたい放題である。


 というか、ヴァーミリオン領の兵士たちって、総じてガラが悪い気がするんだけど、なんなの?


「まぁ、いっか」


 ガラが悪い分、躊躇なく倒せそうというのはいいことだ。


 私は【収納】からつば付きの作業帽子を取り出して深く被ると、ついでに巨大なスパナを【収納】から取り出す。


 このスパナは、うごうごシリーズじゃなくて、普通の巨大なスパナね。


 それで、肩をトントンとやりながら周囲を見据える。


「本来は【木っ端ミジンコ】で一瞬で終わりにするんだけどね? まだ自分の出力に慣れてないから、調整がてらに少し遊ぼうか?」


 私がそう言って木の板の上に立ち上がると、将軍さんが何か危険なものを感じたのか、


「か、掛かれ!」


 と号令をかけて、飛竜部隊が一斉に動き出す。


 私は【わりと雷帝】を発動すると、空中を飛び回りながら、スパナで飛竜の頭を潰して回る。


「なん――、貴様ぁ!」


 飛竜がポリゴンになったために空から落ちていくヴァーミリオン家の兵士たち。


「おのれー! 殺してやるー!」


 同僚がそんな目にあっても、メゲない彼らはなかなかのタフボーイである。


「いけぇ!」


 首がぐわっと伸びて、飛竜が私に噛み付いてくるが、私はそれを躱しながら飛竜の頭をスパナで殴る。


「ぐぇっ」

「こなくそ!」


 それでも、怯まない飛竜部隊は私に噛み付こうと、次々と噛みつき攻撃を敢行してくるのだが……。


 その攻撃を躱している内に、私はふと気づいてしまった。


 竜の首が伸びて、次々と噛みつきにくる光景がアレに似てるとな――、と。


 なので、アテレコをしてみることにする。


「いてっ、いてっ、いてっ、いてっ、いてっ……も~怒ったぞ〜! いていていていて!」

「何なんだ、貴様は!」

「おい、変なリズムを取るんじゃない!」

「つられて噛みつこうとしちゃうだろうが!」


 リズムよく飛竜の頭を潰してたら、地上に落ちていく兵士の皆さんに盛大にツッコまれてしまった。


 うん。


 兵士の皆さんは、五点着地頑張って下さい。


 ■□■


 この領地を更地にするよ宣言から、二時間が経った。


 私はその場に縫い付けた弟くんと、空中に固定した板に座りながら睨み合いを続ける。


 というか、相手が睨んでくるから睨み返してるだけなんだけどね。


 他の兵士さんはどうしたって?


 もう乗れる飛竜がないみたいで、誰も空に上がってこないよ。


 うん。


 当初の目的であるヴァーミリオン領の戦力削りもできたので、私的には大満足です。


 余計な戦力なんてあるから、他勢力に喧嘩吹っ掛けようなんて思うんだよ。


 ヴァーミリオン家には、いい薬になったんじゃないかな。


『防衛担当ちょっといい?』


 そうこうしてたら、本体から【神託】が下った。


 まるで、携帯電話で電話を掛けるくらいの気楽さで【神託】をしてくるのだが、いいんだろうか。


「何? なんかあった?」

『そっちで暴れたことがヴァーミリオン卿に伝わったみたいで、ヴァーミリオン卿から魔王様経由で、こっちに通達があったよ』

「魔王様から通達?」


 私の言葉を聞いていたのか、ヴァーミリオン弟が何かを言いたげにしてる。


 なので、ちょっと顔面付近の【ロック】だけ解除してみた。


 こういう時に便利だね、【古代魔法】。


「ははは! こういうこともあろうかと、マグマリア将軍の案であらかじめ兄貴には連絡を取っていたのさ! 貴様が如何に強かろうとも、所詮は四天王という立場である以上、魔王様からの命令には逆らえまい! 見たか! 俺たちの頭脳プレイだ!」

「で、魔王様はなんて?」

『証拠も出揃ってるし、好きにやっちゃっていいって。むしろ、ソイツら潰すことで戦争やらせろって声が減ってせいせいするから、頑張ってだってさ』

「あ、潰していいんだね? 了解」

「は? 潰す……?」


 私の言葉を聞いてたらしい弟くんの顔がさぁっと青褪める。


 調子に乗ったり、青くなったり、弟くんは忙しないね。


 私は軽く肩を竦める。


「アナタのお兄さんは魔王様から大変な不興をかってたみたい。今更、取り繕ってなんとかしてくれなんて泣きついても『そのまま潰れろ』って言われちゃうぐらいには信頼がなかったみたいだね」

「そ、そんなはずはない……! 俺たちが潰れれば、魔王国は激しく弱体化するぞ!」

「そんなアンタたちを簡単に潰せる私がいるんだから、戦力的には問題ないでしょ。経済は少し停滞するかもしれないけど、復興に必要な感じでお金が動けば、相応に経済は回るかもしれないし。まぁ、要するにいらないってさ、アンタたち」

「そ、そんな、そんなことは……」

「あぁ、あと一時間後には、アナタが街を滅ぼすことになるから。それまでに覚悟を決めといてね」

「な……に……?」

「【ロック】」


 いやぁ、街を破壊するのに、頑丈そうで質量のあるが欲しかったんだよねー。


 それを考えれば、ドラゴンっていうのは丁度いい大きさと頑丈さなんじゃないかな?


 まぁ、弱い【魔纒】でもかけてあげれば、地面に辿り着く前に塵と消えることもないでしょ。


 私はそんなことを考えながら、弟くんとにらめっこをしながら時間を潰すのであった。

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