第200話

 やがて、宣言から三時間が経った。


 約束の時間になったので、まずはヴァーミリオン領都にある中央公園にまで様子を見に行く。


「あれ? 思ったより少ない?」


 公園に降りてきた私に驚きの声をあげたのは二十人くらいだった。


 子供が半分くらいで、あとは全部大人だ。


 私が首を傾げていると、大人の中でも年嵩の老婆が例の兄妹に支えられて前にやってくる。


「アンタが、ハーメルン種族を根こそぎ拉致しようっていう小悪党かい?」

「いや、むしろ働きたくても働けない人たちに働く場所を提供しようっていう慈善事業主だよ。というか、アナタがオババ? アナタはハーメルン種族じゃないんだね?」


 特徴的な角と翼がない。


 というか、ハーメルン種族は虐待されてるんだから、それを庇う相手もハーメルン種族だったらすぐに潰されちゃうか。


 オババはニヤリと年季の入った笑みをみせる。


「アタシャ、人族だよ。禁忌を犯しちまったせいで、人族国家に居られなくなっちまった魔女の端くれさ。アタシにとっちゃあ魔物族は魔物族だからね。ハーメルン種族だからどうこうって感情はないのさ。ま、虐められてグズグズしてる奴は嫌いだからね。コイツらに喝を入れてたら、いつの間にか懐かれちまったってだけさ」

「ふーん?」


 口は悪いけどイイ人そう。


 面倒見の良い姉御肌タイプかな?


「そういうアンタはどうなんだい?」

「私?」

「ハーメルン種族だと侮って使い潰そうってんじゃないだろうね?」


 凄味を感じる表情。


 ヴァーミリオン領の上空での激しい戦闘を見てなかったわけじゃないでしょうに……守るべきものがあるのって強いなぁと感じる瞬間だよ。


「そういうのは大丈夫。私も別にハーメルン種族がどうこうってのはないから。というか、土地が土地なだけに選り好みしてる場合じゃないというか……全然人が移り住んでくれないから、私の領地に来てくれるっていうなら種族問わずに大歓迎なんだよね」

「土地……?」

「暗黒の森って言うんだけど知ってる?」

「ハッ、そりゃ人が来ないわけだよ! というか、おかしいと思ったんだ! 話があまりに美味すぎるからね! 蓋を開けてみりゃ、場所が暗黒の森なんて……私らに集団自殺でもしろっていうのかい!」


 どうやら暗黒の森は魔物族にとっては、富士樹海みたいなものらしい。


 富士樹海にろくな装備もなく行って住んでとか言われたら、そりゃ集団自殺させる気かって切れるもんね。


 私もそうすると思うもん。


 だから、ここでアピールしてみる。


「大丈夫、大丈夫。暗黒の森のモンスター自体は私の敵じゃないし、周囲にはモンスターが襲ってこれないようにバリ……結界のようなものも張ってあるから安全だよ。それに、私の召喚したクソつよ召喚獣たちが常に森の中をウロウロしていて、モンスターたちを間引いているし、侵入者も許さないからね。迂闊に外には出られないけど、安全性でいったらヴァーミリオン領よりも上だと思う。作物もよく育つし、わりと天国なんじゃないかな?」

「ふん。物は言いようだね。聞いてる限りじゃ、籠の中の鳥になれって言ってるように聞こえるさね」

「安全で頑丈な箱庭を作ったんだけど、中に何もなくて寂しいから、中身を自由に作って欲しいなぁって思ってスカウトしてるんだけどなぁ……。偉ぶって、ハーメルン種族を虐げる連中もいないし、平等、平和、公平を理念に新しく街を作っていけると考えたら、悪くない提案なんじゃない?」

「そうやって、ハグレモノばかりを集めた街でも作ろうってのかい? とんだ偽善者だね」

「そうでもしないと人が来てくれないんだから、そうするのが正解でしょ。虐げられた魔物族たちが集う最後の希望の街になれば、それはそれで発展すると思うんだ」

「確かに街は発展するかもしれない。けど、街を発展させて、アンタは何がしたいのさ。アタシにゃ、そこがまるで見えてこないんだけどね」

「え? 普通の生活がしたいだけだけど?」

「…………」

「ちょっと歩いて街中でショッピングを楽しんだりだとか、お腹が空いたら料理屋でご飯食べたりだとか、そういう普通の文化的な生活が送りたいの。そういうの全部自分でやってたら疲れるでしょ? あと、全て自分でやってたら驚きや発見もないし」

「ふん、アンタがようやく見えてきたよ。君臨すれども統治せずの典型的な政治に興味のないタイプの暗愚だね。けど、便利な文化は享受したいときたもんだ」

「そうそう」


 流石、オババ。


 年の功だね。私のことをわかってくれたみたい。


「で? 受けてもらえるかな?」

「ちょっと待ちな。こっちも相談するよ。ちなみに、受け入れ態勢なんかは整ってないんだね?」

「ないね。食べ物は沢山あるけど、寝る所がないかな。一時的に屋敷の部屋を貸し出すにしても、建物は作る必要があると思ってる」

「そうかい。わかった」


 で、オババは今度は他の人たちと話を始める。


 わざわざ受け入れ態勢を聞いたってことは、そういう職人さんがいるってことかな?


 大工さんがいてくれたらいいなぁ。


「オババ、どうするんだ?」

「この話、引き受けるのか?」

「条件的には悪くないが、しかし暗黒の森だぞ?」


 オババを中心に相談する声が聞こえてくる。


 彼らとしても、判断が難しいところなんだろうね。


 蔑まれない、ハーメルン種族が主導で発展させていける街は魅力的だけど、場所がほぼ地獄。


 行くべきか、退くべきか、判断に迷ってるんだと思う。


 けど、オババの意見自体は固まってたみたい。


「今更、計画の変更はないさね。この話は受ける。最初からそのつもりだったからこそ、人数も厳選した。アタシらは万が一の時は人身御供となることを決意して、覚悟を決めたはずだよ。ここで怖気づくなら、今すぐ逃げな。これは、さね」


 あー。


 もしかして、ハーメルン種族の全滅を避けるために、まずは少ない人数でお試し移住してみようとか、そういうこと?


 だから、思ってたよりも人数が少なかったんだね。


 いやぁ、みんな色々と考えてるもんだね。


 私が考えてないだけかもしれないけど。


 まぁ、別にお試し移住でも何でもいいけどね。


 私としては、少しでも住民が増えてくれたら、ありがたいし。


 増えた住民で領地を発展していってくれたら、もっとありがたいし。


 何かとんでもなく困ったことがあれば、私が尻拭いをするし、やりたいことをどんどんとやって街が発展していったら嬉しいって感じ。


 オババ含め何人かで、やいのやいのとやってたけど、結局は行くことに決まったみたい。


 覚悟を決めた目でこっちを見てくる。


 そんな……この世の終わりみたいな顔をされてもさぁ?


 わりとのんびり平和的な場所だよ? 暗黒の森って。


 まぁ、一歩バリアの外に出たら命の保証はできないけど。


「じゃあ、とりあえず行くってことでいいかな?」

「なんだかんだ言うても、ヴァーミリオン領ここはユートピアではなかったからね。理想郷を求めて行くのに躊躇う必要はないさね」


 理想は自分の手で掴むものってことかな?


 当然のことのように聞こえるけど、じゃあ実際にそれをやってる人がどれだけいるの? って感じではある。


 そういう意味で言えば、彼らは勇気ある挑戦者ということだろう。


 いや、開拓者かな?


「じゃあ、行こうか。【レビテーション】【エアウィング】」


 開拓団全体を浮遊させ、空に飛ばす。


 大人たちは突然の魔法に顔を強張らせるが、子供たちの一部は大はしゃぎだ。


 空を飛ぶのが楽しいらしい。


「ったく、これからどこに向かうか分かってんのかねぇ……」

「気落ちしてるよりはいいでしょ。新天地に向かうんだから、少しぐらいは楽しまないとさ」

「世の中には、アンタほど楽観的に捉えられない人間の方が多いさね……」


 喜ぶ子供たちに気を良くした私はオババの愚痴なんかを聞き流しつつ、ぐんぐんと高度を上げていく。


 最初はその光景に喜んでいた子供たちや、強張った表情を見せていた大人たちも、街の姿が大分小さくなったところで神妙な表情へと変わる。


 この高さに怯えてる、というわけではなさそうだけど……。


「あの広い街なら、きっと私たちも受け入れてもらえるだろうと思って様々なことをやってきた……」

「あの街が俺たちを拒絶するのなら、もう行き場所はないと思っていたな……」

「けど、この場所から見る領都は……」

「なんて小さいんだ……」


 周りは自然がいっぱいだし、領都も離れた上空から見ればポツンと存在するだけのちょっとした一地域でしかない。


 というか、まだ街中に光が灯ってるのは何?


 私があの街を破壊できないとでもタカを括ってるのかな?


 それでも、街の八割に光は無いし、ある程度の人々の避難は完了しているのだろう。


 私はゆっくりと上昇し、ようやく【ロック】で固定していた弟くんの元にまで戻る。


「やぁ、お待たせ。全身に薄く【魔纒】をしといてあげるから、多分、地面にぶち当てられても生き残れると思うから復興頑張ってね」


 私はそう言いながら【魔纒】を施し、弟くんの尻尾を持って【アンロック】を行う。


 その瞬間を待ち侘びていたのか、弟くんが動き出そうとするけど――それよりも弟くんの尻尾を持って、ハンマー投げのように回転し始める私の方が早い。


 こんな投げ方で街の中心部に当てられるのかという疑問もあるけど、そこは【バランス】さんが上手く【バランス】取ってくれるでしょ!


 期待してるよ! 【バランス】さん!


「じゃ、もう二度と会わないことを願ってるよ」

「こっちのセリフだ、ボケェーーー!」


 ぽいっ。


 尻尾から手を離すと、弟くんはまるで大砲の弾丸のようにぎゅーんと飛んでいき、街の中心部に着弾――。


 その日、ヴァーミリオン、セルリアン、ノワールの三公の領都が一瞬で地図上から消滅し、ここまで無名の四天王という扱いだった私の名前は悪名と共に一気に広まることとなったらしい。


 そして、それが原因で、私の領地にますます人が来てくれなくなってしまうんだけど――。


 その時の私は、そんなことを考えることもなく、いい仕事をしたなぁという満足感でいっぱいだったことを追記しておこうと思う。

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