第160話

 ■□■


冒険者担当クラブ・ヤマモト視点】


 この二週間で未進化三人衆がようやく進化した。


 ブレくんは、ゾンビからエビルフランケンというアンデッドの特殊進化系に進み、なんか腐りかけの悍ましい姿から、長身のガッシリ体型のハンサムくんへと変貌を遂げていた。


 どうも、物防と体力が初期から高いタイプらしく、前線で戦うには向いてるということで、ブレくん自身はわりと喜んでるみたい。


 そんなブレくんを見て、何故か得意そうな顔のミサキちゃんは軽鎧から重鎧の姿へと変貌を遂げていた。


 うん、ミサキちゃんは何故かナイトメアへと進化したんだよね。


 多分、パリィとかで攻撃を何度も防いでいた関係で、防御よりの種族としてディラハンが進化先として出現したらしい。


 で、ディラハンになったかと思ったら、二週間もしない内にレベルがカンストして、ナイトメアへと進化したみたい。


 …………。


 いや、私がディラハンの時はもっと強敵とバンバンあたってようやくカンスト間近になったイメージがあるんだけど? なんか早くない?


 でも、よく考えてみると、この進化の塔っていわゆるボスラッシュみたいなところがあるから、経験値を稼ぐにはもってこいの場所なのかもしれないね……。


 しかも、パーティーの強さに応じて、モンスターが出てくるわけだから、私がいると常に格上のモンスターとミサキちゃんは戦うわけで……。


 それを何度も何度も繰り返してたら、まぁ、ディラハンのレベルもカンストするよねって話なのだろう。


 そして、Takeくんはなんとまぁ、ちょっと大きめの狼になった。


 種族の名はエビルファング。


 なんか特殊な進化先っぽく、Takeくんはフェンリル狙いだって言ってたけど、白銀色の美しい毛並みのフェンリルとは違って、Takeくんのエビルファングの毛並みは真っ黒なんだよね。


 本当にそのルートでフェンリルになれるのかなぁ、とはクランメンバー全員が多分怪しんでると思う。


 で、三人がめでたく進化したわけなんだけど、そこで私は大変なことに気づく。


「クランランキングの賞品で進化してない人たちに、特殊進化の道を用意する計画がご破産に……!」

「そんなこと考えとったんかい!」


 本日はクランの活動は全面的に休み。


 思い思いに過ごす中、私とタツさんはクランハウスのリビングで寛いでる最中だ。


 というか、毎回死にそうな目にあうので、連日では進化の塔には行きたくないらしい。


 逆に、こういう休みの日でも勝手に一人で行っちゃうツナさんみたいな人もいるけどね。


「ちゅーか、これからどうするんや? SPは言われた通り、そこそこ残してあるけど、ヤマちゃんの言う、『全員オールマイティ化計画』は無理やからな? というか、それとは別に、やり過ぎて一部で不満が噴出しとるで?」

「わかってるよ。Takeくんでしょ?」


 Takeくんはずーっと、死ぬほど痛い目にあってまで、なんで強くなんなきゃいけないんだって一貫して言ってるんだよね。


 まぁ、わかるけど。


「Takeくんは死ぬほど痛い目にあってまで強くなってどうするんだって、むしろ、今のままじゃ死ぬ時の痛さでショック死するって言い続けてるんだよね」

「まぁ、Takeの意見はわかる。ワイも痛いの嫌やからな」

「そんなの私だって同じだよ」

「だったら、それを強要するのはちゃうんちゃうっちゅー話やろ?」

「別に強要はしてないよ。やめたいっていうなら、別にやめてもいいし」

「そうなん?」

「そうだよ」


 ついてこれないなら、後は自分の歩幅で進んでいけば良いと思うんだよね。


 そこを強要する気はない。


「私はクランメンバーを特別な存在だと思ったから、特訓をすることで運営よりももっと強いプレイヤーになってもらいたいって考えてたの。それこそ、運営の悪巧みなんか鼻息で吹き飛ばしちゃうくらいのとんでもないプレイヤーになってくれればいいって。そうすれば、私はみんなの心配をする必要もないし、ゲーム本編をちゃんと楽しむこともできるでしょ? ほら、不安抱えたままゲームしてると、なんか楽しめない時ってあるじゃん? だから、それが嫌でみんなを鍛えるために頑張ってたんだけど、そのにこれ以上耐えられないっていうのなら、普通に進めて一般的なトッププレイヤーを目指せばいいと思うよ」

「特別なぁ……。まぁ、特殊な環境なんは確かやと思うで? 莫大な経験値、莫大な褒賞石、多数の素材、ぶっ飛んだ装備品……。そんな環境でやってれば嫌でも強なる。けど、強うなるのもや。現実のスポーツと違って身体的な差異はゲームの世界にはあらへんけど、繰り返しの作業に飽きへんとか、難易度鬼ムズの挑戦を心折れずに何度でもやれるとか、そういったメンタルの部分でどうしても差が出る。しかも、これはデスゲームや。Takeが痛みに心折れて、もう無理やって連呼するのもしゃあないトコはあると思うで」

「死ぬほどの痛みに耐えてまで、強くなる必要はあるのかって話だよね……。死んでほしくないから、死ぬほどの痛みに耐えて欲しいっていうのは矛盾なのかなぁ?」

「考え方がアスリートを鍛える監督のそれと同じやろ。栄冠を勝ち取るために心を鬼にして体をいじめ抜く……痛みが死ぬほどのレベルって点を除けば、それほど珍しいことはしてへんのとちゃうか? そして、通常の部活でもそれに耐えられずに辞める奴はおる。そういうことや」

「そういうことかー」


 Takeくんがドロップアウトするというのなら悲しいけど、本人の意思は尊重したいとは思う。


 今度あったら、どうするか一度ちゃんと聞いてみるかな……。


 そういえば、その本人の姿が見えないけど、どこに行ったんだろ……?


 ■□■


【Take視点】


 その日、俺はあてもなくチェチェックの街を歩いていた。


 一日置きとはいえ、進化の塔にのぼっては死にかける日々……。


 毎日毎日体がクソ痛いせいか、体にダメージがないのにも関わらず、幻痛を感じる。


 こういうのを感じると脳にダメージがいってるんじゃないかと疑うが、他のクランメンバーは平気そうな顔をしてるのを見ると、幻痛を感じているのは俺だけなのかもしれない。


 思ったよりも俺は神経が細いのか……?


 まぁ、とにかく、こういうオフの日は何もしないに限る。


 とはいえ、クランハウスで寛いでると、鬼のクランマスターの顔を見ることになるので心が休まらない。


 なので、俺はこうしてオフの日はチェチェックの街並みを見ながら散歩することが多くなっていた。


 まぁ、別に狼系の魔物族になったから散歩が好きになったとか、そういうことではないと思う。


「ん?」


 チェチェックの街は、そもそもの土地が狭いせいで街自体が結構入り組んだ造りとなっている。


 今日も人気のない路地を歩いていたら、路地裏に繋がる道に何故かカーテンのようなものがかけられているのに気づいた。


 なんだこれ?


「何か、この先にあるのか?」


 興味本位で中を覗こうと、鼻先でカーテンを押し開けようとしたら――、


 ▶決闘の申し出を受諾致しました。

  受けますか?

  ▶はい/いいえ


 あ。


 カーテンが目眩ましの役割となり、その表示に気づかずに思わず「はい」を鼻先でタッチしてしまった……。


 それと同時に広がっていく緑色の光。


 これは……決闘フィールドから脱出できないタイプの決闘方法か?


 下がって引き返そうとしたが、見えない壁に阻まれて、これ以上引き下がれないようだ。


 ならばとフレンドに救援メッセージを送ろうともしたが、そちらも封じられている。


 降参を選ぼうともしたが、項目が見当たらない。


 ……カーテン一枚でハメられたか。


「はい、本日一人目の犠牲者ご案内〜」

「良かったなぁ、ワンコ。テメェはPKクラン『宵闇』の血と肉になるんだ。さっさと経験値と石とアイテムぶち撒けて死んでくれや」


 PKクラン……。


 俺が毛を逆立てている間にも路地裏の奥からゾロゾロとプレイヤーたちが姿を現す。その数は七人。いずれも小さい体躯をしているが……ゴブリンに近い種族だろうか?


 だが、全体的に肌の色が浅黒く、ただのゴブリン種という感じもしない。特殊進化先か?


 タツはPKがこの街にも来てるかもしれないって言ってたが……本当に来てたのかよ。


 しかし、どうする?


 見逃してくれといって、見逃してくれる連中でもないだろうし……。


 かといって、逃げる道は真っ先に塞がれて、仲間を呼ぶこともできないときた。


 戦うしかないのか……?


 だが、PK連中が仕掛けてきた決闘だ。


 決着方法としては、どちらかのHPがゼロになるまでだろうな……。


 …………。


 冗談じゃない。


 俺は殺されるのも嫌だし、人殺しになるのも嫌だ。


 なんでこんなことに巻き込まれることになったんだと思いつつも、とりあえず交渉を試みる。


「持ってる褒賞石は全部出す。だから、見逃してくれねぇか?」

「出たー! 不正解ー!」

「不正解?」

「テメェを殺せば、経験値も石もアイテムも丸儲けなんだ。誰がそんなクソみてぇな条件で見逃すかってんだよ!」

「そもそも、俺らは馬鹿なプレイヤーをハメて楽してザマァして儲けんのが好きなんだ! それにリアル生死がかかってくるとかゾクゾクすんぜ! テメェもどんな顔で命乞いすんのか見せてくれや? な?」


 コイツら、正気か?


 PKクランとか言ってた時点で頭がおかしいとは思ってたが……どうやら交渉は通じないらしい。


 七対一で、場所は路地裏。


 俺の武器である機動力を活かせるような広い場所じゃない。


 そして、相手は対人戦のプロ。


 俺の勝機なんてあるのかどうか……。


 けど――、


「お、目が据わった! やる気になったじゃん!」

「いつも通りやんぞ! 油断すんなよ!」

「へへへ、ヨユー! ヨユー!」


 一人ぐらいは道連れにしてやるよ!


 ――バフッ!


 初手で宵闇の連中が放ったのは、謎の粉が詰められた小袋だった。


 それが俺の周囲で舞い散り、ピリピリとした感触を鼻で感じる。


 ……麻痺効果のある粉か?


 けど、麻痺に関しては、ヤマモトに言われて既に耐性を取得している。少し体がピリピリするが、動けないほどではない。


 俺は一瞬で舞い散る粉を突っ切り、宵闇の一人に肉薄する。


 俺の目の前の男は、いつの間にか付けていたマスク越しに驚いたようであった。


 目を丸くし、それでも俺が突っ込んでくるのを見て、刀身に何か薬のようなものを塗ったダガーを真っ直ぐに突き出してくる。


「え……!?」


 ――お、遅い。


 いや、遅すぎるだろ!?


 なんだその動きは!?


 いや、進化の塔のバケモノたちと比べるのがいけないのか……?


 まるで、スローモーションのような動きを簡単に躱しながら、俺は攻撃せずにそのまま男の脇を通り過ぎる。


 なんだこれは?


 相手が弱いのか?


 いや、今の奴が弱かっただけかもしれない……。


 俺はそのまま次の相手へと接近し――、


 今度は振り下ろされてくるダガーを持つ腕にとっさに爪を立てて、相手の手からダガーをすっぽ抜けさせる。


 コイツも非常に遅い……。


 なんだこれ……?


「なんだコイツ!」

「強ぇぞ!」

「動きが見えねぇよ!」


 ……強い?


 コイツらが弱いんじゃなくて、俺が強いのか……?


 いや、待て。


 二週間だぞ? たった二週間でそんなに劇的に変わるか?


 多分、二週間前の俺はコイツら一人ひとりよりも弱かったか、トントンだったはずだ。


 覚えがあるとすれば、特殊進化先に進化したこと、レベルが既に100を突破していること、そして敏捷と直感を常時1.5倍にするアクセサリをヤマモトから渡されたことぐらいだが……。


 それだけで、こんなに変わるものか?


 先程までは死を覚悟していたのだが、それがあっという間に逆転した。


 今はどんな手を使われても負ける気がしないほどに自信に溢れている。


 そこで、ふと気がつく――。


 ヤマモトがやりたかったのは、こういうことなんじゃないのか?


 自分の目が届かないところで、友人フレンドに不幸が訪れないようにしたい――。


 それは、こちらの立場から言わせてもらえば傲岸不遜で厚かましく、何様だと思うような行為だし、普通はそんなことはしないものだ。


 普通の友人とは、相談を持ちかけられたら応えるぐらいの距離感で、わざわざ友人の幸せのために身辺警護の人員を配置したり、世話を焼いて身の周りの品一式を揃えたりはしないものだろう?


 だが、ヤマモトはそれをやろうとしている。


 デスゲームの中で過保護になろうとしている。


 ヤマモトはなんだ……?


 友達との距離感が分からない人間なのか?


 その過保護が行き過ぎて死にかけたりもしたんだが……?


 だが、見せたかった世界の一端は見せてもらった気がする……。


 多分、ヤマモトは俺が今、このPKたちに対して思ってる気持ちを運営相手にも持ってもらいたいと思ってるんだろう。


 日々パワーアップしてるであろう運営。


 それを追い抜いて、追い越すためには、今のような訓練じゃないとダメってことか?


 …………。


 死亡する回数は当初よりも減ってきてはいるが……。うぅむ……。


 ▶相手が降参サレンダー致しました。


「……は?」

「逃げろ! 逃げろ!」

「撒け! 撒け!」


 どうやら、相手側からは決闘を降参できるルールで設定されていたらしい。


 緑色のフィールドが一気に消えて、宵闇の連中がバラバラになって逃げていく。


「…………。追わねーよ」


 追ったところで何をしていいのかわからねぇし……俺に殺しとか無理だし。


 コイツらを逃がすことで、次の犠牲者が出るかもしれないから、一応、情報はギルドには流すが、もっと真っ当にLIAをプレイしてもらいたいもんだ。


 まぁ、真っ当かどうかわからんクランに所属している俺の言えた義理じゃないかもしれないけど……。


「ギルドに報告してから帰るか……」


 もう少しだけヤマモトの地獄の特訓に付き合ってみる気になりながら、俺はゆっくりとチェチェックの街を歩くのであった。

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