第145話

 ■□■


【ヴァッキー視点】


 とんでもない生徒が転入してきた!


 それが、ヤマモトに対する私の最終認識である。


 魔力試験の方も魔法の格こそ低かったものの、後で試験場内に設置された測定器の記録を確認したところ、あの【ファイアーストライク】には4000MP相当のMPが注ぎ込まれていたとあって、思わず背が震えたほどだ。


 それだけのMPを惜しげもなく解き放ち、そしてあんなにあっさりと魔術を圧縮できたのは、【魔力操作】を高いレベルで持っている証拠だ。


 魔術の熟練度だけは不安要素だが、あれだけの魔力を保持している者が、大して魔法が使えないとも考え難い。


 そのため、魔力試験の成績に関しては期待値込みのBが与えられる。


 そして、なんとも私を驚嘆させたのが、実技試験の方だ。


 あの剣姫を一歩も動かさずに完封……。


 リィ先生でさえも、実力を計り知れなかったという程の実力。


 エギルとシーザが、あの戦いの様子を食い入るように見ていたのが気にはなったが……。


 それでも、私とリィ先生のヤマモトの実力に対する見解は一致した。


 間違いなく評価Aだ。


 近接戦闘、魔法戦、どちらもハイレベルにこなせる【バランス】の良いアタッカー。


 それが、私がヤマモトという生徒を転入試験の中で見た感想である。


 だが、その高揚した気分は一瞬で打ち砕かれることとなる。


 私の目の前に広がるのは、ヤマモトが提出した筆記試験の答案用紙。


 計算問題、外国語、古代文字などはそこそこの点数を取ってはいるが……その他がほとんどダメなのだ。


 地理も歴史も経済学も経営学も貴族学もマナーも教養もほとんどが点数を取れていない。


 最終的な点数としては36点。


 百点満点のテストではない。


 200点満点のテストで、この結果だ!


「あのバランスのいいヤマモトがッッ……」


 トータルの試験成績で所属するクラスが決定するのだが、筆記試験の成績の壊滅具合で、結局は中間ぐらいのクラスに在席することになるであろうことを私は思わず嘆くのであった。


「これだけの才能がありながら勿体ない!」


 ■□■


屋敷担当クイーン・ヤマモト視点】


 暗黒の森――。


 そこは、古代人が好き勝手に作ったバイオ植物や強化モンスターがふるき時代より解き放たれ、独自の進化を繰り返してきた生命の坩堝るつぼというか、混沌のあるべき場所というか……なんかそんな場所。


 そんな特殊な森は侵入者を拒み続け、森を傷つける者を総力を以て叩き潰しにかかるという特性があるのだけど……そんな森にも不可侵の掟というものが存在する。


「うーん、ちょっと広くなったねー」


 それが、魔力バリアの存在。


 古代都市が張る魔力バリアは、暗黒の森に旧い時代の記憶を思い起こさせるのか、バリアの範囲を広げたら、その分、森が後退するという珍現象を私に見せてくれた。


 というか、そもそも、この魔力バリアには敵対者を弾き出すという特性があるから、反抗的な意志がある暗黒の森の植物たちが弾き出されるのは当然といえば当然なんだよね。


 なお、私がちょいちょい召喚してる山羊くんたちは弾き出されない。


 うごうごしてるだけだからね。


 別に敵対意志もないから、魔力バリアには弾かれないんだろうね。


 存在自体は多分邪悪なんだろうけど!


 そして、魔力バリアのおかげで土地が広くなった以上、まずやらなければならないことがある。


「館を直そう!」


 衣食住の内の、まずは住だ。


 暗黒の森のほぼ中央部に作られたこの館は、魔力バリアのおかげで経年劣化からも免れ、少し掃除するととても綺麗になる。


 だが、その魔力バリアの外に出ていた部分に関しては、その限りじゃない。


 柱も壁も朽ち果て、屋根もなく、その姿は無惨なものであった。


 なので、まずは腐り落ちて使えそうにない部分を切り落として、その後に不要な部分を壊しちゃおうと思って、山羊くんを三体くらい連れてきたんだけど……。


 ▶【バランス】が発動しました。

  屋敷の外観のバランスを調整します。

  屋敷を復元しました。


 うん、ノコギリをすっと入れたら、屋敷の壊れてた部分が直ったね。


 ちょっと、自分でも何を言ってるかわからないけど。


「うごうご」

「あー……。癒やされるー……」


 とりあえず、山羊くんのうごうごダンスを見ながら現実逃避しつつ考える。


 うん。


 屋敷の壊れてる部分は一部分だけだった。


 割合で言えば、一割くらい?


 だったら、残りの九割と同じ状態になった方が、【バランス】がいいよね? ってことで勝手に復元されたってこと?


 相変わらず無茶苦茶やるね、【バランス】さん……。


 それにしても、困ったのはこれからの作業だ。今日は一日かけて屋敷を直すつもりだったのに、いきなり仕事が無くなってしまった。


「うーん。それじゃ、屋敷の掃除でもしよっかな?」


 というわけで、屋敷内をキュッキュッと雑巾で水拭きをしていたんだけど……。


 ▶【バランス】が発動しました。

  屋敷の清掃バランスを調整します。

  屋敷が綺麗になりました。


 いきなり、屋敷がピカピカになっちゃったよ。


 これも、屋敷の半分くらいを綺麗にしたら、【バランス】をとって全てが綺麗になっちゃったみたい。


 今日に限ってはいっぱい働いてくれてる【バランス】さんなんだけど、これ、飛竜部隊が来たら、どうしようかなーという一抹の不安が……。


 屋敷が暗黒の森に侵食されない理由がわからないから、勝手に環境を変えるなって言われてたのに、こんなにピカピカにした上に壊れた部分の復元まで行ってるんじゃ、言い訳のしようがなくない?


 どうしよう……?


 うーん。


 飛竜部隊が来たら馬鹿正直に言う……?


 いやいや、この屋敷の地下に古代都市があったので、そこを制圧して魔力バリア広げたんですよ、あはははって言って、誰が信じるの?


 そもそも、なんでそんなトコに古代都市があるって知ってるんだよって絶対なるし、もしかしたら魔王に『調査するから』という名目で長期間古代都市が差し押さえられちゃうかもしれないし。


 そうなったら、全ての機能が完全に生きてることまで分かっちゃって、私の秘密のお城が表舞台に引きずり出されちゃうんじゃないの?


 むむむ。


 悩む私の頭の中で、天使の私と悪魔の私がポンッと現れてアドバイスをくれる。


『下手に大きな都市の持ち主だとバレると税金納めるのが大変だぞ! 黙っとけ、黙っとけ! ケケケ!』

『ヤマモトさん、本当にウマい話というのは誰にも言わないものです! 独り占めしましょう! ウマウマウッシッシです!』


 なんか二人して結託してた!


 …………。


 それじゃあ、ひとまず飛竜部隊には誤魔化す方向で動こうかな?


 天使と悪魔が結託しちゃったんだもん。


 これもう最強だしね!


 なので、古代都市については隠す方向で動こうと思うよ。


 バレた時にはゴメンナサイってことで。


 うーん。


 それにしても、誤魔化すにしても、館が急に新品になっちゃった理由が必要なんじゃない?


 見るからに変わってるもんね。


 絶対に「どうしたのこれ?」って聞かれる奴じゃん。 「近所のおばちゃんからの差し入れだよー」って言って誤魔化せるものでもないし。


「あ、そうだ」


 暗黒の森で謎の生物と交流を持ったことで、屋敷を直してもらった上に、安全な領域を広げてもらったことにしよう!


 うん。


 実際に謎の生物山羊くんも暗黒の森に放し飼いにしてるからね。


 未知との遭遇に見せかけたマッチポンプで、言い訳することにしたよ!


「うご?」

「あ、山羊くん? 戻ってきたの? 何それ? モンスターの素材? あー、毒やら混乱やら麻痺やら魅了やらに冒されちゃってるねぇ……」


 暗黒の森に放し飼いにしている山羊くんたちは、たまにこうして狩りの成果を誇るためなのか、私の元に狩ったであろうモンスターの素材を誇らしげに持ってくることがある。


 まぁ、その素材は多分希少なものなんだろうけど、大体が使い物にならないくらいに状態異常に冒されちゃってるので、これはそのまま山羊くんのオヤツとしてあげている。


 これがまた美味しそうに食べるんだよねぇ。


 絶対に食べたらいけない奴だとは思うんだけど……。


「エライねぇ! 報告できて凄いねぇ! うーん、この素材は頑張った山羊くんへのご褒美としてあげる! 食べていいよ!」

「うご!」


 一応、オヤツをあげる時は、ちゃんと褒めてあげるのがポイントだ。


 褒めてあげないと、後で拗ねてイジける姿を見せるので、そこは報告できて偉いねとちゃんと褒めておく必要がある。


 こうすることで、学習した山羊くんは何か面白いものを見つけてきた場合などには、私に褒めてもらいたくて持ってきたりするのだ。


 珍しいモンスターの素材(状態異常塗れ)を持って来るようになったのも、私が褒め始めてからだからね。


 基本的には犬と変わらないよ!


 見た目は似ても似つかないけど!


「うご?」

「うごうご!」


 私が山羊くんを褒めていたら、別の山羊くんが森の中から慌てて出てきた。


 最初は嫉妬してるのかなーと思って見ていたけど、身振り手振りを見るに……。


「もしかして、魔王軍の飛竜部隊が来た?」

「うご!」


 チャンス到来!


 魔王軍の飛竜部隊がこっちに向かってくるのなら、山羊くんを紹介しつつ、屋敷が新築みたいになっちゃった言い訳を実行できるよね!


 というか、早目に説明しないとでっちあげた理由を忘れちゃうからね!


 こっちとしては、なるべく早く吐露しちゃいたい気持ちでいっぱいなのである!


「よし、山羊くん! 森に隠れて! そして、私の合図で姿を現してね!」

「「うご!」」


 ラジャー的に触手で敬礼してから、山羊くんたちが森に隠れる。


 さぁ、魔王軍飛竜部隊よ、来るがいい!


 そして、屋敷の外観が思い切り変わっちゃった、私の言い訳を聞くがいい!

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