第144話

 ■□■


【ヴァッキー視点】


「リィ先生!」

「やぁ、ヴァッキー先生」


 実技訓練場に辿り着いたところで、実技試験官を頼んでいたリィ先生と合流する。


 私がこの四人の実技試験を全て担当しても良いのだが、今回の四人の内、三人は実力者のために万が一を考えて専門家を呼んだのだ。


 このリィ先生は貴族学園での武術における実技指導の担当者で、過去にはあの大武祭で準優勝をしたこともある実力者なのだ。これほど頼りなる助っ人もいないことだろう。


「今日はよろしく頼みます!」

「こちらこそ」


 がっしりと握手を交わす。


 我々がそんな握手をしている間にも、転入生たちは物珍しそうに周囲を見回している。


 一段高い、石畳を敷かれた舞台に、周囲は闘技場コロシアムよろしく、客席まで設けられているのだから当然か。


 彼らも訓練場というには、あまりに充実した設備に面食らっているのだろう。


 あ、こら、ヤマモト! 舞台をペシペシ叩くんじゃない!


 ちなみに、私が聞いた話だと、この闘技訓練場はフォーザインの大武祭の決勝トーナメントで使用されている闘技場を元にして作られているらしい。


 いわば、仮想大武祭を体験できる立派な施設なのだ。


 特にチェチェックの学園対抗祭の時などには、各学園の猛者が集って激戦を繰り広げる舞台にもなる。それだけの本格的な施設なのである。


 まぁ、今年は貴族学園にこの三人が入ったので、まず貴族学園の優勝は揺るがないだろうが……。


「それでは最後に武術系スキルの実技試験を行う! 試験官はこちらのリィ先生だ! リィ先生は武術全般に精通しておられて、あの大武祭でも準優勝したことがあるツワモノだ! 皆、胸を借りるつもりで挑むといい!」


 大武祭の準優勝者と聞いて、転入生三人にピリッとした空気が流れる。


 だが、ヤマモトだけは話を聞いていたのか、いなかったのか、それとも興味がないのか、かなり自然体だ。


 いや、自然体であることが不自然なのか?


 ……これは私の雑念だな。


 その雑念を振り払うようにして声を張る。


「この試験では、魔法、魔術を使用せずにリィ先生と三分間戦ってもらう! 武術系のスキルの使用であればなんでもOKだ! また、勝てないと思ったのなら降参も認める! 試験の評価ポイントとしては、実力は勿論のこと、戦闘への創意工夫や精神面なども評価される! では、エギル! 舞台へ上がれ!」

「ヘッ! こういうのを待ってたんだ!」


 エギルは舞台に手を掛けると、流石の身体能力というべきか、一メートルはある高さを一息で上がる。


 一方のリィ先生は、舞台脇に取り付けられている階段を使い、一礼してから舞台の中央へと足を進める。


 そして、二人が動きを止めたところで……。


「始めッ!」


 開始の合図を行う。


 開始の合図と共に、様子見することなく飛び出したのはエギルだ。


 リィ先生は試験官ということもあり、受けて立つといったところだろうか。


 あまり動くこともなく、待ち構える。


 エギルの戦い方はまるで燃え盛る炎のように荒っぽいものであった。


 だが、その打撃のひとつひとつが鋭く重いのか、リィ先生が少し驚いた表情を見せる。


 だが、結局は創意工夫が足りずに、全ての攻撃がリィ先生に捌かれて、三分が経過する頃には、エギルは肩で息をすることになっていた。


「止め!」

「クソッ! 攻め切れなかったか!」

「ふふふ、なかなかに良い攻めでしたよ」


 リィ先生のその言葉はお世辞抜きで褒めているのだろう。それだけの激しい攻めをエギルは見せた。


 続いて、シーザの番だが……。


「私は棄権します。魔法が使えないのであれば、ほぼ勝ち目はありませんからね」

「それだと、実技試験の結果が0点になるが、それで構わないか!」

「醜態を晒すよりはマシですね」


 どこか達観したように語るシーザ。


 どうやら、彼としては体を動かすことが苦手なようだ。


 六公に連なる者として意外ではあるが、完全な魔法特化型らしい。


 私は頷いてツルヒに目を向ける。


「では、次! ツルヒ!」

「…………」

「どうした! ツルヒ! 君の番だぞ!」

「試験官。私の対戦相手だが、指名させてもらえないだろうか?」

「なに?」

「ヤマモト……彼女とやらせて欲しい」

「あ、テメェ! ズリぃぞ!」


 エギルが騒ぐが、私は冷静に考える。


 剣姫とも呼ばれる程の実力者が、何故ヤマモトを指名する?


 まさか、弱い者イジメというわけでもあるまい。


 だったら、何故、力なき一般生徒と戦うことを望むのだ?


 …………。


 まさか、実技も……なのか?


 学園長は全員が権力者によって急遽ねじ込まれた話だと言っていた。


 だったら、あのヤマモトも六公に匹敵するクラスの権力者によってねじ込まれた可能性がある。


 私は、その要因となったのが人並み外れた魔力であると考えていたのだが……。


 まさか白兵戦でも、十二分以上に戦えるというのか?


「どうするんだい? ヴァッキー先生? 私は二人の審判をするのでも構わないよ?」

「リィ先生……」


 リィ先生が糸目の奥で笑うのが見えた。


 動きを見れば、大体の実力は分かるという自信か。


 ならば、生徒の自主性に委ねてみるのも面白い、のか……?


「ヤマモト、君はどうだ! ツルヒと戦う気はあるかね!」

「貴族学園って、全寮制ですよね?」

「ん? あ、あぁ!」


 一瞬、何を言われてるのか分からずに戸惑ってしまったが、何のことはない、今後の確認である。


 いや……。


 何故、それをここで聞く……?


 ざわり、と背筋を悪寒が駆ける。


「この試験が終わったら、入寮しても良いんですよね?」

「あぁ! 案内するつもりだぞ!」

「だったら、さっさと終わらせて生活用品とか買いに行きたいんで受けます」


 ……今、何と言ったんだ?


 生活用品が買いたいからと聞こえたが……。


 気のせいだよな?


 剣姫だぞ?


 魔王軍四天王に最も近いと呼ばれる近接戦闘の達人だぞ?


 それを相手にさっさと終わらせる、と彼女は言ったのか?


「…………」


 ピリついてる。


 表情には出ていなくとも、雰囲気で分かる。


 ツルヒがピリついている。


 一足飛びで舞台に上がった所作……それだけで苛立っているのが分かる。


 それだけの鬼気を周囲に振り撒いているというのに、ヤマモトの方はリィ先生が使った階段から一礼して舞台に上がるという余裕を見せている。


 いや、気づいていないのか……?


 どれだけ図太いんだ!


「君は礼儀正しいねぇ」

「いやぁ、それほどでも」


 深く被った帽子の奥から響く、朗らかな声。


 なんだ? ヤマモトの雰囲気が変わった?


 先程までの硬い雰囲気が取れて、妙に軽くなっている?


 親しみやすい、といえばそうだが……。


 この状況で親しみやすいという感情を覚えることに、既に違和感がある。


 やはり、この四人の中で一番おかしいのは……。


「ヴァッキー先生ー。開始の合図下さいー」


 手を振るヤマモトに、私は生唾を飲み込みながら――、


「始めッ!」


 ――そう告げるのであった。


 ■□■


学園担当ジャック視点】


「【木っ端ミジンコ】!」


 しーん……。


 ありゃ、初手で終わらなかったよ?


 バラバラにならなかった黒髪ポニーテールちゃんを見て、私は軽く嘆息を漏らす。


「どうやら、あなたには私と戦う資格があるみたいだね?」


 赤髪ツンツンの彼だったらバラバラにできた自信があるんだけどねー。


 だって、彼、常に小物ムーヴしてたんだもん。


 こっちの黒髪ポニテちゃんは、どっしりと構えてたから、私の中では木っ端扱いされなかったらしい。


「えーと、何だっけ? オオホウリちゃんだっけ?」

「ツルヒだ! それよりも貴様! おかしなことをベラベラと! 十秒待ってやるから、剣を抜け!」


 剣って、本体が作ってくれた『うごうごエストック』とかいう最終呪物兵器でしょ?


 あんなの、実技試験に使うような代物じゃないしなぁ……。


 あれで斬っちゃったりしたら、ツルヒちゃんに一生物のトラウマを植え付けちゃうからね。


 そんなの使えるわけないんだよねー。


「ヤダ」

「や……、やだ、だと……」


 というか、学園では四天王らしく、こう威厳を持って臨むつもりだったのに、段々素が出てきてるのが何とも……。


 まぁ、無理は良くないか。


 私は、私らしく学園生活をエンジョイできればいいや! ひゃっほい!


「いいから、とにかく何か得物を出せ! 無手の者を斬るのは好かん!」

「試験中だぞ! 両者真面目にやれ!」


 怒られてしまった。


 私、別に悪い事なんてしてないと思うんだけど……。


 むー。仕方ない。


 なんか、得物がないとツルヒちゃんが戦ってくれないっぽいので、【収納】から得物を取り出す。


「じゃーん! トングー!」


 うん、バーベキューコンロとセットのアレです。


 私がそれを取り出したら、ツルヒちゃんが私を指さしてワナワナと震え始めた。


 人を指さしちゃ駄目だって習わなかったのかな?


「き、きさ、貴様……」


 ピキーン!


 その時、私の【野生の勘】がツルヒちゃんに先手を取らせちゃ駄目だと警告してくれる。何か面倒なことになるらしい。


 なので、


「えい」


 トングを伸ばして、ツルヒちゃんの剣を掴んでみたよ。これで攻撃は封じたね。


「なにっ!? ――フッ、フフフ! その程度で私の剣を封じたつもりか! こんな拘束など……」


 ガチャガチャ。


「こんな拘束など!」


 ガチャガチャ。


「えぇいっ! こんな拘束などぉ! キエエエェェェッ!」


 ガチャガチャ。


 うん。


 私の物攻って、750オーバーあるからね。


 ちょっとした筋肉自慢でも、多分どうにもなんないと思うよ?


「馬鹿な!? 動かないだと! せめて、そのトングが曲がらないとおかしいだろう!? こっちは魔剣なんだぞ!? ただの鉄製のトングに押さえられるはずが――」

「あ、このトング、アダマンタイト製」

「なんで、そんなところに贅沢するんだよぉ!?」


 ツルヒちゃんが涙目だ。


 だって、トングって肉の焦げとか付いたら洗い落とすの大変なんだもん。


 だったら最初から焦げない、曲がらない、水洗いで簡単に落ちる素材で作った方がいいと思ったんだよねー。


 ガチャガチャ。


 それでも諦めずに、何とか剣の自由を取り戻そうと足掻くツルヒちゃんなんだけど……。


「そんなにガチャガチャやってたら、折れるんじゃないの?」

「え?」


 その魔剣の耐久値がどれくらいかは知らないけど、ギザギザのトングで横手から物攻750オーバーほどの力で思い切り握られてるって考えたら、動かす度に耐久値に750ダメージが入ってもおかしくはないよね?


「ちょっと捻れば折れるかも?」

「待て、やめろ……。これは、お爺さまからもらった大切な魔剣なんだ……。それを折ったと知られたら……」

「降参してくれたら、折らないかも♪」

「…………」

「降参してくれたら、折らないかも♪」


 大切なことだから、二回言っちゃった! てへっ!


「ぐぎぎ……! こ、降参、する……!」


 というわけで、ツルヒちゃんが負けを認めてくれたので、私の勝利で実技試験はあっさりと幕を閉じたのでした。めでたし、めでたし。


 それにしても……転入生の人たち、みんな、みたいな風潮で自己紹介してたけど、なんか身分ある人の子息だったりするのかな?


 まぁ、学園で常識を学んでいったら、わかるようになるでしょ。多分。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る