第143話

 ■□■


【ヴァッキー視点】


 百分後――。


 筆記試験終了の合図と共に試験用紙を回収する。


 採点自体はまだだが、驚いたのは一番に試験を終えたのがシーザであったということだ。


 氷魔法ばかりに精通しているかと思っていたが、頭脳の方も優秀らしい。


 そして、二番目に終えたのが文武に優れたツルヒ。


 更に遅れて試験を終えたのがエギルといった具合だ。


 ヤマモトは……時間ギリギリまで粘って試験を受けていたようだが、最初からそういう作戦だったということか? 結果が出ていることを願おう。


 そして、筆記試験を終えた後は魔法試験だ。


 四人を先導して、私は魔法専用の訓練場へと案内する。


 魔法訓練場は塔から少し離れた場所に、ポツンと用意されている。


 誰も利用しないから、こんなうら寂しい場所にあるというわけではなく、魔法の練習音などがうるさいために、こんな郊外に追いやられているのだ。


 中は細長いレーンが幾つも並んでおり、そこには少し離れた先に的となる巨大な氷柱が用意されている。


 それに向かって魔法を放ち、生徒たちは命中精度や熟練度を磨いていく造りになっている。


 的までの距離は凡そ二十メートル。


 魔法の威力を減衰させずに的に当てることが出来れば、大体一人前と呼ばれる距離である。


「今回はあの氷柱目掛けて、各自が得意な魔法、または魔術を放ってもらう! これはあくまで魔法の技術を見るための試験なので、魔法または魔術が出来ない者は事前に名乗り出るといい!」


 私はちらりとヤマモトを見るが、帽子を深く被る彼女は特に何かを発することもない。


 やれる、ということか?


 この三人と比較されて落ち込むことにならなければいいが……。


「では、エギルからだ! やってみろ!」

「へっ、俺様からってのは運がなかったなぁ! テメェら全員尻尾巻いて逃げ出すぜぇ!」


 エギルの周囲の空間が歪み、膨大な魔力が集っていくのを感じる。


 これは、またとんでもない魔力量だな……。


「【ブレイジングブラスト】!」


 叫びながら両腕を前に突き出すことによって、膨大な光の奔流が溢れ出す。


 【火魔法】レベル9、【ブレイジングブラスト】。


 圧倒的な破壊を撒き散らす火線が氷柱を一瞬で溶かし、その向こうの訓練場の壁に激突して火花を散らす。


 【魔法無効】の壁で良かった……。


 そうでなければ、壁ごと消し飛んでいたことだろう。


「へっ、まぁ、ざっとこんなもんだな!」


 火線の通り過ぎた後の氷柱はその原型を留めないほどにグズグズに溶けており、その火力の凄まじさをマジマジと感じさせるほどであった。


 魔法としては中級魔法だったが、その発動速度や命中精度は上級にも迫るレベルと感じさせた。


 私は、手元にあったボタンを押して、訓練場の地面に刻まれた魔法陣を起動する。


 すると、すぐさま魔素を分解して氷柱の残骸が消え、分解した魔素を集めて新たな氷柱が作り出される。


 相変わらず、この試験を行う度に便利な時代になったものだと実感してしまうな……。


「なかなか良かったぞ! 次、シーザ!」

「私は最後でも良いのですがね。まぁ、軽くやらせてもらいましょうか……」


 髪をかき上げながら、シーザが前に出る。


 そして、軽く片手を前に突き出すと――。


「【アイシクルランス】!」


 巨大な氷の槍が出現し、氷柱を一瞬で貫き、粉々に砕く。


 上級魔法である【氷魔法】のレベル3。


 【氷魔法】は大規模な影響を与える魔法が多いのだが、その中でこの試験にベストなチョイスをしてくる辺りは流石だろう。


 そして、発動速度、命中精度、魔法の格とほぼ採点基準を完璧に満たしているようだ。


 やはり、魔王軍四天王候補と呼ばれるだけあって、高い能力を有しているのは間違いない。


 私は表情には出さずに心の中で頷く。


「はっ! 壁まで届かないでやんの!」

「加減したのが分からないのですか? これだからヴァーミリオンの猿は……」

「なにぃっ!」

「二人とも喧嘩はやめろ! 減点されたいのか!」

「「チッ!」」


 そういえば、ヴァーミリオン家とセルリアン家は昔から仲が悪いことで有名だったな……。


 まるで犬猿の仲のようにいがみ合う二人を無視して、私は試験を進める。


「では、次! ツルヒ!」

「私はまともな魔法は使えませんので、魔法剣を披露したいと思います」

「おい! 試験官! 魔法じゃなくて、魔法剣なんていいのかよ!」

「構わない! この試験は魔法力を見る試験だからな! 何だったら補助魔法で氷柱を強化してもらっても構わないぐらいだ!」


 全ての学生がオーソドックスな攻撃魔術、または攻撃魔法を覚えているわけではないのだから、この試験では生徒の持つ魔力の強さ、または魔力操作の精度、魔法や魔術なら、どの程度の熟練度に達しているかを見ることになる。


 現在のところ、私の見立てでは評価Aがシーザ。エギルは評価Bといったところだ。


 評価はAが一番高く、Gが最低となるが、二人は共に高い評価となることだろう。


 シーザは上級魔法を難なく使ったところも凄いが、きちんと魔力を制御して氷柱だけを砕くに留めたのも評価ポイントだ。


 魔力が多い者にありがちな魔力任せな攻撃で、氷柱だけではなく周囲にも被害を及ぼすことがなかったことが、特段に評価されることだろう。


 逆に、エギルは魔法の威力は申し分なかったが、魔力の制御という点においてはやり過ぎ……いわゆる、お粗末さを見せた。それが、評価としてはB止まりになる理由だ。


 では、このツルヒはどうだろうか。


 再度、再生させた氷柱を前にして、ツルヒが腰に差していた剣を抜き、鋭く振るう。


 剣の振りの鋭さで斬撃が飛んだようにも見えたが、あれは風の魔法剣だろう。


 すっ、と音もなく氷柱に到達したかと思ったら、すぐさま氷柱が上下に真っ二つとなり、その場にずんっと崩れ落ちる。


 これは……魔力が強いのか、斬撃が鋭かったのか、判断に困るところだ。


 一応、この訓練施設には最新の計測機器も埋め込まれており、使用された魔術や魔法の魔力量なども測っているので、私の判断などよりも計測機の数値を信じることになるだろうが……。


 印象としては技の方が強かったように感じたがどうだろう?


「よろしい! では、次! ヤマモト!」

「はい」


 私がその名を呼んだ瞬間、三人の目つきが鋭くなった気がしたが……気のせいか?


 それにしても、あれだけの魔法や技巧を見せられた後だというのに、このヤマモトの落ち着きようはどうだ?


 泰然自若というか……いや、むしろ緊張し過ぎて何も感じなくなってしまっているのか?


 私がボタンを押すことで、斬られた氷柱が消え、新たな氷柱が作られる。


「では、【ファイアーストライク】で」

「ふっ……」


 ヤマモトの宣言と同時に、シーザが鼻で笑う。


 確かに、【火魔法】、【氷魔法】、【魔法剣】と見せられた後で【火魔術】というのはグレードが下がる。


 だが、普通はこうなのだ。


 この三人がおかしいだけで、貴族学園にやってくる生徒は普通はこのレベルなのである。


 そういう意味でいえば、ヤマモトは実に平均的であると言えた。


「【ファイアーストライク】」

「ん?」


 ヤマモトの目の前で発動した【ファイアーストライク】が目の前でグングンと萎むと、一瞬で姿を消した?


 いや、何か光ってるか?


 私がその正体を確認するよりも早く、その光の点は姿を消した。


 発動……失敗、か?


 この三人に見守られていることもあり、過大なプレッシャーが掛けられていたのだろう。


 ヤマモトには悪いが、むしろ、これが普通だとも言える。


「撃ちました」

「わかった! では、これで全員終わったな! 次は――」

「ダッセェ! なんだそりゃ! 【火魔術】もろくに発動できねぇのかよ!」


 エギルは自分の腹を押さえて笑うが……シーザとツルヒはピクリとも表情筋を変えない。


 いや、シーザは顔を強張らせ、ツルヒは多少の呆れを見せているか?


 何にせよ、生徒間同士で下手なイザコザは起こして欲しくないものだ。


 特にヤマモトはこの三人と比べると人畜無害な凡人なのだ。ここで、彼らに目をつけられることは学園生活にも支障をきたすことになりかねない。


 ここは少し口を挟まねばならないか。


「他人の試験結果に対して、どう思おうが口には出さないこと! さぁ、全員、次の訓練場に向かうぞ!」

「チッ……」


 反抗的な態度……。


 ヴァーミリオン殿は息子の育て方を誤ったな。これでは、恐れられこそすれ、人はついて来ないだろう。


 私が先導し、魔法訓練場の外へ出る。


 そして、次は実技訓練場へ向かおうとした――その瞬間だ。


 ドォンッ!


 腹の底に響く程の爆発音が魔法訓練場で響き渡る――。


「いったい何事だ! お前たちはちょっとここで待ってろ!」


 私は、そう言い置いて、魔法訓練場へとトンボ返りする。


 すると、先程までは何事もなかったはずの氷柱のひとつが見事にバラバラになって砕けているではないか。


 あれは、ヤマモトがと言った氷柱か?


 私は慌てて砕けた氷柱の元に近づくと、そこに光を放ち続ける小さな点を見つけた。


 これは、先程、ヤマモトが放った【ファイアーストライク】、なのか……?


「馬鹿な……!」


 【火魔術】は水系統の魔術や魔法に弱いというのが通例。


 だが、この【ファイアーストライク】は氷柱に当たったにも関わらず、消えずに未だに燃え続けているのだ! 


 恐らくは、魔術行使の際に極小に圧縮され、尋常ではない魔力を込められたのではないだろうか?


 その結果、この【ファイアーストライク】は飛躍的に貫通力と持続力を伸ばされて発動されたのだ。


 そして、氷柱にあたり、溶かし進み、内部に潜り込んだ後も、魔力を消費しながら燃え続け、凍り続けようとする魔力の氷と燃え続けようとする魔力の火でせめぎ合った結果、氷柱の中の内圧が高まり内側から爆発した――そんなところだろうか?


 詳しいことは、魔法担当の講師にでも聞かないと分からないが、未だに燃え続ける極小の【ファイアーストライク】を見て、私は唸るしかない。


「ヤマモト……彼女もまた特別なのか?」


 私はボタンを押して、壊れた氷柱の魔素を分解して消すと、新しく氷柱を作り出そうとするのだが……。


「【ファイアーストライク】が消えない……」


 氷柱ができたそばから穴が開き、中に【ファイアーストライク】が飲み込まれていく。


 このままではまた爆発するだろうか?


 氷柱が消えるボタンを連打して、【ファイアーストライク】の魔素も分解しようとするのだが全然消えないぞ……。


 なんだこれは? 呪いか何かか?


 仕方ないので、ヤマモトをわざわざ呼んで消してもらったが……。


 この四人の中で一番厄介なのは、もしかして……という思いが私の中で芽生えたのは間違いないのであった。

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