第142話

 ■□■


学園担当ジャック・ヤマモト視点】


 その日、私は宿を出て、チェチェックの学園へと向かっていた。


 チェチェックには、騎士学園、魔法学園、貴族学園の三つの学園があって、学園での勉強を希望する者は自分の能力に合わせて、その三つの学園のどれかから希望する学園を選んで入学できるらしい。


 例えば、騎士学園は近接戦闘を中心にした学習プランが組まれているし、魔法学園には魔法や魔術を中心とした学習プランが組まれている、といった具合だ。


 入学試験はなく、誰でも希望すれば入学できるのだが、学費や教材費はそれなりにするので、本気で自分の技能を磨こうとする者が多く、学園で怠惰に過ごしている者は稀だと魔王は語っていた。


 まるで、全寮制のスパルタ学校に閉じ込められる気分である。


 そんな中、私が通う貴族学園は支配者階級に必要な知識やマナー、それに加えての魔物族のリーダーとなり得るだけの突出した戦闘能力まで育んでくれるらしく、それに見合う厳しい授業が特徴なんだとか。


 うん。既に吐きそう。


 ちなみに、こういった学園施設はフォーザイン以外の土地には、必ず二、三個あるらしいよ。


 フォーザインにないのは人族国家との交易の窓口だからで、簡単に人族に魔王国の情報を与えないためなんだって。


 というわけで、フォーザイン以外の都市から、どの学園に通うか決めなきゃ行けなかったんだけど、期間的には一週間しかなかったからね。


 移動時間を考えて、エヴィルグランデ、もしくはチェチェック、または王都ディザーガンドの三箇所しか選択肢がなかったんだ。


 で、どうせなら知り合いのいない土地で始めた方が、色々とやりやすいかなーと思ってチェチェックを選択したという感じ。


 そして、転入試験当日――。


 私は、チェチェックの街の北部にある貴族学園へと赴き、その学園の威容を確認する。


 貴族学園は広大な敷地の中に六本の塔が建ってるスタイルで、その塔の間に蜘蛛の巣のように空中遊歩道がこれでもかと張り巡らされている特殊なデザインだ。


 どうも必要に駆られて増築に増築を重ねた結果、こんな複雑な構造になったらしい。立体型ダンジョンみたいで、絶対に迷う自信があるのはナイショである。


「すみません。転入試験を受けに来たヤマモトですが、どちらに向かえばよろしいのでしょうか?」


 学園に入る門の所で、守衛さんに礼儀正しい感じで声を作って話し掛けたらめっちゃ驚かれた。


 なんでも、この貴族学園は貴族の子息たちとか大商人の子息たちとか、LIAの中でも身分ある者たちが多く通っているらしく、普通は馬車で乗り入れしてくるし、本人が直接声を掛けてくるなんてことはほぼないらしい。


 というか、常識外れを隠すために猫被ったのに、そもそもその行動が常識外れだったというね……。


 冒険担当クラブと出会った時からキャラ作りには力入れてたのになぁ。ショボンだよ。


 なお、学園での私はデキる寡黙系女子を目指す予定。


 寡黙だと喋らないから、ボロが出難いでしょっていう安易な発想だけど、果たしてどうかな?


 正門から入って、長い道を歩いて、そして受付で話して、また驚かれて、ようやく通されたのが簡単な椅子と机が置かれた小さな部屋だった。


 そこで待つように言われたので、席に着いたんだけど……なんか席が四つ用意されてて、私以外に別の三人が座ってるんだけど……。


 彼らも私同様に転入試験を受けるのかな?


 そーっと覗き見るように彼らを確認する。


 まぁ、装備のおかげで【偽装】LvMAXだし、そんなことしなくても気づかれない可能性はあるけど、念のためね、念のため。


 一人はツンツンヘアーの赤髪の少年。椅子の座り方もだらしないし、部屋に私が入った瞬間から、ずーっと何か……ガムかな?……をくっちゃくっちゃ噛んでる。


 もう一人は青髪長髪のヒョロリとした青年。痩せすぎってわけじゃないんだけど、赤髪の青年が筋肉質な感じだから、並ぶと余計に頼りない印象を受けるね。


 そして、最後の一人は黒髪ポニーテールの和装の少女? 彼女だけは、私と。多分、こっちが観察してるのに気づいて、目を合わせてきたんじゃないかな? 何にせよ、ちょっとタダモノではない感があるね。


 男子二人はどうだかわからないけど……。


 そして、そんなことをして暇を潰していたら――。


「いやぁ、すまない! 待たせてしまったようだね!」


 元気爆発といった感じで部屋に入ってきたのは、スーツを着たシュモクザメの頭をした魔物族。


 あれも悪魔、なのかな……?


 ■□■


【???視点】


「しまった! もう、転入生の諸君は着いているだろうか? 待たせてしまったのなら、申し訳ないな! はっはっは!」


 事の始まりは、つい先日――。


 学園長から、急遽、転入生のための試験を用意して欲しいと言われたのが、昨日の夕方の話だ。


 私はそれを受けて、一晩かけて試験問題を作ったのだが、今朝になって学園長に「更に三人転入生が増えるので、その準備もよろしく」と無茶振りをされた。


 その結果、試験問題を複製するのに少々時間を食ってしまったのだ。


 そもそも、この時期の転入生というのが非常に珍しいのだが……それが急に四人もというのが、何だかキナ臭さを覚える。


 学園長の話では、どの生徒もかなり身分の高い人物からのねじ込みであるらしく、詮索無用と言われているが、正直気になって仕方がない。


 とはいえ、私も冒険者を引退して、今は教員として学園で働く身だ。


 冒険者時代ならともかく、今はある程度の処世術も心得ている。


 とりあえず、長いものには巻かれろの精神で、学園長のアドバイスに従おうとは思う。


 そんなわけで、試験問題を複製の魔道具で複製し、転入生が待つ部屋へと向かったのだが……。


 そこにいる転入生たちに驚かされた。


 まず、後ろに倒れそうな程に椅子を傾けて座る赤髪の少年――護衛として何度か貴族のパーティーに付いていった時に見た顔だ。


 六公の一人、赤の貴族ヴァーミリオン家の嫡男、エギル・ヴァーミリオン。


 六公の中でも図抜けた残虐性で知られるヴァーミリオン家の、更に歴代でも最強の才能を持つとされる麒麟児。


 次期魔王軍四天王候補とまで言われた少年が、何故こんな片田舎の学園に転入してきたのだろうか……?


 いや、詮索してはいけなかったのだな。


 というか、エギルの横にいる男もまた有名人ではないか!


 六公の一人、青の貴族セルリアン家の次男であるシーザ・セルリアン。


 僅か5歳にして、水魔術を修め、二十歳ほどの現在では上位魔法である氷魔法を操るとされる不世出の天才。


 氷魔法の分野では、我が国でもトップレベルの使い手で、彼もまた次期魔王軍四天王候補として名前が上がっていた人物だ。


 こうも、有名人が続くともう驚くこともないかと思ったが……ところがどっこい!


 三人目の少女を見て、私は目を丸くせざるを得なかった。


 六公の一人、黒の貴族ノワール家の秘蔵っ子、ツルヒ・ノワール。


 ノワール家の末っ子でありながら、文武に優れ、齢十六にして剣姫の名を欲しいままにするほどの凄腕の武芸者。


 彼女に稽古をつけてもらいたいと思う者は、この学園内にも多く……恥ずかしながら、私もその一人である。


 剣を習った者であれば、多かれ少なかれ名前は聞いたことがあるレベルの有名人……それが、ツルヒだ。


 彼女もまた、魔王軍四天王候補の筆頭に挙げられる存在なのだが……。


 しかし、まさか、こんな有名人三人が揃って我が学園に転入してくるだなんて、一体どういう風の吹き回しなのだろう……?


 あ。


 もう一人いたな。


 おかしな格好をしているが……何者だ?


 …………。


 まぁ、見たこともない顔だし、大した転入生でもないだろう。


 とりあえず、まずは自己紹介からいこうか。


「いやぁ、すまない! 待たせてしまったようだね! 私は今回の転入試験の試験官であるヴァッキーだ! 短い時間の付き合いになるだろうが、よろしく頼む! それでは、すまないが私から見て右側の君から簡単に自己紹介してもらえるかな!」

「あ? 必要か、それ? 俺様のことを知らねぇ奴なんていねぇだろ?」

「勘違いしてもらっては困るが、既にここから試験は始まっている! 試験成績はもちろんだが、試験中の態度なども鑑みて、総合的な成績で転入先のクラスが変わることになるぞ! クラスはAからGまであるが、Aから順々に優秀な生徒が配置されるからな! Gクラスにぶち込まれたくなければ、相応の態度で試験官に対応して欲しい!」

「チッ……エギル・ヴァーミリオンだ」


 エギルは椅子から立ちもしないでそう告げる。


 そして、続く言葉はなし。


 どうやら、これで終わりらしい。


「次!」

「シーザ・セルリアンです。まぁ、皆、知ってるとは思いますがね……」


 立ち上がって、髪をかき上げながら薄い笑みを浮かべるシーザ。


 彼も特に付け足して何かを喋る気はないようだ。


 よく考えてみれば、彼らは魔王軍四天王の座を争うライバルのような関係なのだから、わざわざ馴れ合うつもりもないのだろう。その予想を裏付けるかのように――。


「ツルヒ・ノワールだ」


 ツルヒも名前を言うだけに留めていた。


 そして、最後の一人に移るのだが……。


 私は若干ではあるが彼女に同情していた。


 どこの貴族のコネで学園に転入してきたのかは知らないが、周囲にいる若者たちはいずれもが才能や実力が飛び抜けた者たちだ。


 そんな中に、たった一人無名の凡人が混じるというのは、やり難いことこの上ないだろう。


 恐らくは、四天王候補の……中でも有名なツルヒがこの学園に転入してくるという話を聞いて、エギルとシーザが当て馬として送り込まれ、逆にツルヒと縁を持ちたいと思った貴族が、太鼓持ちとしてこの少女を送ったのではないだろうか?


 だが、少女にすれば針の筵であり、その状況に私は思わず同情したのである。


 少女が立ち上がり、挨拶する。


「ヤマモトです。よろしくお願いします」


 意外にも、少女は緊張していなかった。


 むしろ、堂々とした佇まいを見せている。


 だが、その体から漏れ出る雰囲気は、その辺の一般市民とまるで変わらない。


 いや、むしろ、それ以下である可能性すらある。


 前の三人と比べると、あまりに酷い差を目の当たりにして、現実の厳しさというものを改めて感じてしまうほどだ。


「よし! 自己紹介は済んだな! それでは早速筆記試験を行う! 筆記試験の回答時間は百分! 回答が終わった者も、すまないが教室内で待っていてくれ! 時間が来たら、今度は全員で訓練場の方に向かうからな! あと、筆記用具がない者は言ってくれ! 貸し出すぞ!」

「では、貸して下さい」


 試験と聞いて、一瞬、異様な雰囲気が漂う中、気負いもせずにヤマモトが声をかけてくる。


 なるほど。


 魔王軍四天王の座を争う三人はライバル関係であるが、彼女には全く関係のない話だからリラックスできているのだな。


 それにしても、周囲の雰囲気を気にもせずに自由に振る舞えるとは……。


 私は、ヤマモトの評価を若干上方修正する。


 メンタルだけなら、彼女は満点だ。


「では、試験用紙を裏返しにして配る! 開始の合図と共にひっくり返して、回答を記載していってくれ! フライングはなしだぞ!」


 そうして、まずは学力を確かめるための筆記試験が始まった。

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