第139話

 チェチェックまでの道のりをロックバードに襲われながらものんびり(?)と歩いていると、やがて少し広い空間に出た。


 そこでは、複数のパーティーが思い思いに体を休めている光景が広がっている。


 休憩所か何かかなと思ったけど、この光景はどこかで見たことがあるような……?


 あっ。


「もしかして、これ、第二エリアのエリアボス待ち?」


 第二エリア……つまるところのフォーザインから、第三エリアであるチェチェックに行くためのエリアボスを倒すための順番待ちが、この広場で行われているのだ。


 そういえば、ロックリトルドラゴンの時も、確かこんな感じだったよね?


 というわけで、一応、その辺のパーティーに確認してみる。


「すみませーん、これって第二エリアボスの挑戦待ちって感じですか?」

「そうだけど……。チャレンジするなら、あっちが最後尾だから、あっちに並びなよ?」

「あ、どーも。ありがとうございますー」


 というわけで、最後尾らしい場所に並ぶ。


 待機してるパーティーの姿をちらりと横目で流し見るけど……。


 なんというか、地味な印象の装備をしてる人が多いね。


 地味というか、素材の良さを前面に活かした装備っていうのかな?


 鱗なら鱗をそのまま使ったり、皮なら皮をそのまま使ったような、原材料の味をそのまま活かしたような装備が多い印象。


 あんまり派手にカラーリングすると、モンスターに狙われやすくなるってこともあるのかな? それにしたって、地味過ぎだとは思うけど……。


 まぁ、流石に私みたいな、どこぞのアニメキャラのコスプレかってぐらいに派手な人はなかなかいないかなーって思ってたんだけど――。


 ……いた。


 全身を黒一色で染めた軍服姿の黒髪女性。


 軍帽を深く被って顔を隠しつつ、マントで体型を隠すようにして、たった一人で場所取りをしている姿が妙に目立つ。


 というか、鎧も何もない軍服姿っていうのが、また周囲から浮いてるんだよねー。


 仲間もいないようだし、たった一人で彼女はエリアボスにアタックするんだろうか?


 そんなことを考えてたら、ピシパシッと音が弾け飛んだ。


 ツナさんは「ん?」って感じで周囲を見回してるけど、私は素知らぬ顔をしながら立ち上がって、その軍服姿の女性に近づく。


 彼女は特に視線を上げることもなく、差した影だけで私が来たことに気がついたのだろう。


 透き通るような声で「何か用?」とだけ告げる。


 私は思わず頬が引き攣る感覚を覚えながらも、ニッコリとスマイルを浮かべると声を掛ける。


「一人パーティーで挑むんですか? 万が一があったら危ないですよ? もし、良かったら私たちを助っ人に雇いませんか?」

「…………」


 ちらりと軍服少女が、私たちを窺う気配。


 警戒してる……という印象を受ける。


 けど、実際はそれほどでもないということを私は知っている。


 ……とんだ茶番だ。


「そうね。保険にあなたたちを雇おうかしら」

「ありがとうございます。……ツナさーん、この人と一緒にエリアボスと戦うことになったからー」


 私も猫耳ローブを深く被り直しながら、ツナさんに告げる。


 というか、軍服少女。


 軍帽を深く被り直して、表情を隠してるけど、絶対に笑ってるでしょ! わかってるんだからね!


「そうか」


 ツナさんの方は無味乾燥な答え。


 というか、本当に食以外には興味が薄いんだよね、ツナさんって。


 でも、軍服さんのおかげで、エリアボス待ちの順番が大分短縮されたのは確かだ。ありがたい……というか、最初からそれが狙いなんだけど。


「おいおいおい、ちょっと待てよ!」


 けど、それを快く思わない連中もいる。


 私たちに近付いてきたのは、身長が三メートルくらいの横にも縦にも大きい紫色の男の人。


 巨体は巨体なんだけど、ただの太った人ってわけじゃなくて、全身が筋肉質なプロレスラーみたいな体型をしてる。


 ただ、ファッションセンスは壊滅的で、上半身裸で岩をそのまま加工したような胸当てを付けてるような蛮族スタイルといった見た目だ。


 そんな男の人が近付いてきたんだけど……なんか、この人、どこかで会ったような気がするんだけど? 気のせいかな?


「おい、ねーちゃん。さっき、俺らが攻略手伝ってやるって言った時に断ったよな? なのに、俺たちよりも弱そうな着流しヒョロ野郎に斥候職のチビを雇うっていうのかよ? それは、理屈が通らねぇんじゃねぇのか? なぁ?」

「だって、あなたたち、攻略の手伝いに百万褒賞石も要求してきたじゃない。私、そんなお金持ってないもの」


 軍服少女に、嘘つけと言いそうになって、思わず唇を噛み締める。


 これは駄目だ。


 油断すると、すぐボロが出そうになるよ。


「あと、この二人の方があなたたちよりも強そうだわ。ね?」

「……え、何? 髪染めた?」

「染めたけど、話聞いててよ……折角決めたのに」


 駄目だ、ツッコミを我慢してたせいで何も聞いてなかった。


 でも、まぁ、状況はわかる。


 大男が顔を真っ赤にして、射殺すような目でこっちを見てるもん。すごく敵対してるってことは理解したよ。


「このチビが俺より強いっていうのか! このチビが!」

「煽られてる?」

「煽ってるのはテメェらの方だろうが!」


 怒られた……。


 え、私が悪いの?


「だったら、勝負でもしてみる? 勝った方に負けた方が百万褒賞石を払うってルールで」


 あー。軍服ちゃんの狙いが分かってきたよ。


 いや、でも、それっていいの?


 この大男を倒しただけで、が入ることになっちゃうんだけど? そんなこと許されちゃうの?


「ひゃ、百万褒賞石、だと……」

「あら、怖気づいたの? 体格だけで大したことないのね?」

「なんだと!? いいだろう、やってやるよ! その代わり、何でもありバーリトゥードでHPが先に5割を切った方が負けというルールでやらしてもらうからな! 受けやがれ!」


 私の視界の真ん中に、


 ▶決闘の申し出を受諾致しました。

  受けますか?

  ▶はい/いいえ


 といった表示が現れる。


 LIAにこんな機能があったんだ……。


 全然知らなかったよ。


 もっとちゃんとゲームのシステムを把握しとかないとダメだね。


 あ。


 一応、戦闘ルールの詳細とかも確認できるので、ちょっと読んでおこう。


 大体全部のチェック項目に印が入ってるね。えーと、5割全損マッチで、賞金が100000褒賞石と……。


 ん? 桁がひとつ違くない?


「賞金が十万になってるけど?」

「それしか手持ちがねぇんだよ! 別に百万でも十万でも構わねぇだろうが!」


 大男さんが大声で叫ぶものだから、わりと周囲の注目を集めてる気がする。


 そんな中でケチ発言して大丈夫かな?


 まぁ、いいか。


 私の評判が落ちるわけじゃないし。


 あと、公衆の面前で大したことのない実力だってわかっちゃえば、さっきみたいなあこぎな商売もできなくなって、LIAも少しは平和になるでしょ。


「受けるのか、受けねぇのか、どっちだ!」

「じゃあ、受けるよ」

「受けたな! なら、試合開始だ!」


 私が決闘を受諾するなり、いきなり三日月刀シミターを抜いて斬り掛かってくる大男。


 カウントダウンとか、そういうのはないんだね。急な動きにびっくりだよ。


「うわっ! いきなり斬り掛かった! 汚ぇ!」

「馬鹿! 何でもありってことは、そういうことだ! 油断してる方が悪いんだよ!」

「躱したら軍服の奴に当たるぞ! どうする!?」


 あ、そっか。


 避けたら当たるか。


 まぁ、普通に軍服ちゃんは避けそうな気もするけどね。


 まぁ、新装備の練習も兼ねて、弾滑りの手甲でパリィを狙ってみようかな?


 というか、眼帯のせいで実は距離感があんまり掴めてないんだよね。それに慣れるためにも、これは良い練習になりそうだよ。


 そんなわけで、手甲で三日月刀を受けたんだけど――。


 その瞬間に、三日月刀の刀身が爆発した。


「痛っ」

「ふははっ! 俺のユニークスキル【爆砕灰燼撃ばくさいかいじんげき】は、攻撃がヒットした瞬間に爆発による追加ダメージを与えるのだ! もはや、爛れた腕の痛みで、まともに動けまい!」

「出た! コンガ様の必殺コンボ!」

「ナメてた奴らは全てこの連携の前に敗れ去った黄金パターンだ! やっちまえー!」


 いや、うん。


 ちょっと、チクッとしたけども、弾滑りの手甲でちゃんと攻撃自体は逸らせてたし、そもそも私の物防を全然抜いてないからね?


 派手な光と炎と煙にちょっと勘違いしちゃったのかな?


「このまま装備をぶっ壊して裸にひん剥いてやる! 公開ストリップだ!」


 あ、女性軽視発言。カチーン。


 というわけで、ほぼ止まって見える動きの中で、私は大男……コンガというらしい……の股間を思い切り蹴り上げてやる。


 ゴッ。


 良い音が鳴ったところで、コンガが空中に飛び上がり、そのまま泡を吹きながら孤を描いて、勢いよく地面へとダイブ。


 それと同時に、私の目の前にWINNER!!の文字が踊り、勝利を知らせてくれた。


 なるほど。


 女性には放尿機能がシステム的についていて、男性には金的弱点がシステム的に付いていると……。


 いや、変なところにこだわり過ぎでしょ、LIA!


「「「コンガ様ーーー!?」」」

「い、一撃だなんて……」

「いや、あれは一撃になるだろ……」

「見てたこっちが痛ぇよ……」


 男性陣が何故か皆、梅干し食べた後のような酸っぱい顔になってるのは何故だろう?


 まっ、いっか。


 ▶決闘に勝利したため、勝利報酬を獲得しました。

  コンガから100000褒賞石を強奪しました。


 ▶【バランス】が発動しました。

  取得物のバランスを調整します。


 ▶経験値100000を追加で強奪しました。


 いや? え? まさか? ……?


 その、ゴメンね、コンガくん……?


 レベル1とかになってたら、その……何か美味しいものでも今度奢るから、復讐心に駆られて、変なストーカーとかにはならないでね……? ホント、ごめん……。


 そして、結構な経験値を強奪したんだけど、私のレベルが上がらないってことは、本体のレベルが勝手に上がってる感じなんだろうか……?


 コンガくんの経験値が、本体に横流しって……なんか生理的に嫌だなぁ。


 そして、気づく。


 これ、時間が経てば経つほど本体が色々と酷いことになる奴じゃない? って。


 …………。


 うん、細かいことは気にしないことにしよう。


 私は皆が酸っぱい顔をしながら股間を押さえてるのを尻目に軍服ちゃんに近づくと、彼女にしか聞こえない小さな声で囁く。


「こういうのは今回だけにしてよ、学園担当ジャック?」

「ごめんねー。順番待ちするの大変そうだなーと思ってラップ音で連絡取ったら、こんな感じになっちゃった。本体にはナイショでね?」


 いや、いきなり、十万経験値も入ったら「何事!?」ってなると思うよ……。


 それにしても……そっか。


 学園担当ジャックはチェチェックの学園を目指すんだね。


 エヴィルグランデにもあったと思うんだけど、そっちは知り合いも居そうだから、正体を看破されるのを恐れたのかな?


 まぁ、新天地で新生活っていうのは、悪くないと思うよ?


 私と生活圏が被るのは、ともかくね!

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