第138話
■□■
「何か、非常に恐ろしいものを見た気がするのだが思い出せない……」
目を覚ましたツナさんは記憶を失っていた。
よほど恐ろしい体験をしたんだね。
可哀想に。
なお、私もちょっと何が起きたのか忘れたので、これ以上は掘り返さないことにする。
それがお互いのためだと思うんだよね。うん。
「というか、私の渡した装備を壊したわけじゃなかったんだね」
一緒にフォーザインの大通りを歩くツナさんの装備は、着流しと天狗面に高下駄姿だ。
どうも、【収納】にしまってただけだったみたい。
それはそれで、何でフンドシ姿に戻ってるのさと言いたいところだけど……。
「海中のモンスターは防御を固めても仕方ないぐらい攻撃力が高いからな。身軽になって攻撃を躱すのが基本だ。だから、装備は【収納】に入れていた」
ということらしい。
海中って、どうもやっぱり魔境らしいよ。
EODが現れそうで怖いから、絶対に入らないけどね。
「ふーん、そうなんだ。あ、ここだ、ここだ。あれ……?」
とりあえず、王都土産を忘れたお詫びは、毒料理を奢ることにしたんだけど……。
ムンガガさんの店の前に行列が出来てる……?
昔は、全然人がいなかったから、並ばないでも入れるかなーと思ったんだけど、見通しが甘かったみたい。
そっか……。
大武祭の出店から人気が出て、人気店になっちゃったのかぁ。
なんか、推しの漫画とか小説が知らない内にメジャーになっちゃって、勝手に自分の手を離れたような少し寂しい気分になっちゃうよ。
「どうする? 並ぶ?」
「飯を用意してるところを邪魔されたからな。待つよりも何かしら食いたい」
「そう。わかった」
ということは、すぐに食べられる物だよね?
正直、フォーザインで待たずに食べられる所って、あそこぐらいしか知らないんだけど、今もあそこでやってるかなぁ……。
■□■
「へい、らっしゃい!」
というわけで、ウナギウツボの露店にやってきた。
良かった。今も変わらず営業してたね。
露店のお兄さんは、私のことを今も覚えてるとは思うんだけど、装備が変わって【偽装】まで発動してる私を見分けることはできないみたいだ。初めて会う人に対するような態度を取ってくる。
まぁ、わざわざ正体を隠してる以上、自分から正体を明かすようなマネはしないけど。
「串焼き十本お願いー」
「あいよ!」
とりあえず、いつも通り串焼きを買って、それをツナさんに渡す。
「お土産買ってこれなくてゴメンね? その分は、これで勘弁して」
「仕方ないな。うむ、美味い」
そりゃ、ようござんした。
私も一本だけ分けてもらって食べる。
うん、相変わらず香ばしくて美味しいね。
そんな感じで、ツナさんが食べ歩くのに並んで、フォーザインの街を歩く。
それにしても、この街は本当、目に悪いくらいに白いね。もう少し、魔王国らしくあってもいいと思うんだけど……。
「そういえば、ゴッド」
「ん?」
「これからどうするんだ? 任地とかそういうところに行くのか?」
ツナさんは、私が魔王軍四天王になったから、領地に封ぜられるとか、そんなことを思ってそう。
まぁ、実際に領地をもらったし、そこの開拓もしていかないといけないんだけど、それは
「特にそういった仕事は与えられてないかな?」
「だったら、このまま旅を続けるのか?」
「そうだね。まぁ、その前に一度タツさんと会わないといけないんだけど……」
「そうなのか?」
「うん、こっちに戻ってきたら連絡欲しいって言ってたし」
というわけで、私は歩きながら、早速タツさんにメッセージを送ってみる。
装備の新調をするにも実際に会って採寸とかが必要だからね。どこにいるのー? って感じで軽くメッセージを送ってみたんだけど……。
「今、ちょっと連絡したら、なんかタツさん、フォーザインにいないんだって」
「そうなのか」
「チェチェックっていうエリア3の都市に行ってるみたいだから、そこに来て欲しいって言われたんだけど……」
「エリア3か」
もう既にタツさんはエリア3に行ってるんだね。
なんかちょっと置いてかれた気分。
まぁ、私が長い間、ファーランド王国に逃げてたのがいけないんだけどね。
「行ってみる? チェチェック?」
「うーむ」
いつかは行かないといけないだろうし、いい機会だとは思うんだけど……。
何故だかツナさんは乗り気じゃないみたい。
「それより、喫緊の問題がある」
「何?」
「レベルがカンストしたので何とかしたい」
「ダメじゃん!」
それは、チェチェック行きよりも重要な問題だよ!
というわけで、ツナさんを伴ってフォーザインの教会へと赴く。教会は街の中央の目立つ位置にあったよ。なので、探すのには苦労しなかったんだけど……。
「進化の間ですか? 申し訳ないのですが、当教会には設置されておりません……」
どうやら、フォーザインの教会では進化の間が用意されてないみたい。
一応、チェチェックにはあるらしいので、これでチェチェックに向かうのは決まりかな?
「より良い進化先をお望みでしたら、チェチェックをお勧めしますよ。あそこには、色んなモンスターの因子を取り込める進化の塔がありますからね」
そんなことを考えていたら、親切な司祭さんが聞いてもいないのに情報を教えてくれた。というか、進化の塔ってなんだろ?
疑問に思ったので聞いてみたら……。
「上へ登っていけば、登っていくほど強力なモンスターが現れるダンジョンです。そこで、強敵を倒せば倒すほど、次の進化先に強力な選択肢が現れると聞きます」
そういうトコがあるんだー。へー。
……じゃない!
そんなトコがあるって知ってたら、進化する前に挑戦して選択肢増やしてたのに!
今更出てくる情報に歯噛みしちゃうよ!
まぁ、進化先は勝手に決まったから、選択肢が増えても意味なかったかもしれないけどさぁ!
「どうする、ツナさん? 進化先の選択肢増やすためにチェチェック行ってみる?」
「進化先の選択肢の増加には興味がないが、色んなモンスターが現れるダンジョンというのは気になるな」
どうせ、そのモンスターを食べる想像をしてるんでしょ? わかってるよ!
じゃあ、思い立ったが吉日とばかりに、私たちは早速旅の準備を整え、フォーザインを旅立つのであった。
■□■
▶フォーザイン地下迷宮
視界の隅にテロップが現れては消えていく。
とりあえずは、いきなり【バランス】さんが発動して、EODが襲いかかってこないことを喜ぶべきなのかな?
このフォーザイン地下迷宮。
エヴィルグランデ側の入口から入って、途中でフォーザイン側へと抜ける道があるけど、そちら側に行かずに真っ直ぐに突き進むと、チェチェック側へ出るらしいよ。
適当に冒険者ギルドの受付のお姉さんに聞いてみたら、そう答えてくれたんだ。ありがとう、お姉さん。
というわけで、早速レッツゴー。
相変わらず、開けた広大な地下空間をテコテコと歩いて進む。
視界を遮る物といえば、土の柱くらいしかないので、ほとんどモンスターから隠れる術はない。
なので、モンスターに見つかったら、手早く瞬殺して、別のモンスターが集まってくる前に離脱するというのがこのダンジョンの鉄則のようだ。
こういう時に馬車があれば……とは思うんだけど、馬車は進化で使えなくなってしまったので、とりあえず徒歩移動だよ。てくてく。
不便になったことをツナさんにダメ出しされるかもとは思ったけど、ツナさんは特に何も言わなかった。
むしろ、襲いかかってくるモンスターを返り討ちにして、ホクホク顔だ。
「意外とロックリザードの肉が美味いんだ」
「そうなんだ」
「ちなみに、ゴッドは戦闘に参加するなよ? あのバラバラにする奴をやられたら、食う所を選り分けるのが大変だからな」
「わかった」
というわけで、護衛よろしく戦闘はツナさん任せ。
私も、うごうご丸を抜きたくないから、これはこれで助かるね。
ちなみに道中に出てくる敵は、耐久が自慢のロックリザード、時折上から強襲してくるロックスパイダー、いつでも複数で行動してるソルジャーアントって感じだけど、ほぼ私たちの敵じゃないので、戦闘シーンについては割愛する。
というか、ちょっと気になってたんだけど……。
「フォーザイン地下迷宮っていう割には、入り組んでないんだよね。なんでだろ?」
「聞いた話では、どこかに地下二階に下りる階段があって、そこを下りると大迷宮が広がってるんだそうだ」
「へー。なんか浪漫があるね」
「今のところ、広大過ぎてまだ全貌は明らかになってないらしい。行ってみるか、ゴッド?」
「誰か潜ってるんでしょ? それだったら、誰も潜ってないようなダンジョンを見つけて潜りたいかなー」
「それもそうだな」
そんな世間話をしていたら、徐々に地下空間が登り坂へと変わっていく。
そろそろ地上が近いのかな?
やがて、闇に慣れた私たちの目の前に明るい光の筋が差し込むのが見えて、私たちはそちらに歩を進める。
なんだかんだで特に苦戦することもなく、フォーザイン地下迷宮のチェチェック側の出口に辿り着いたね。
そして、そのチェチェック側の出口というのが、とんでもないインパクトで私たちを出迎えてくれる。
道自体は一本道。
フォーザイン地下迷宮の出口から、細く長い道が曲がりくねりながら続いているんだけど、両側が雲海で見通せないほど深い谷になっている。
そんなにキツイ傾斜を登ってきたつもりはないんだけど、ずっと緩い登り坂だったので、気づいたら結構高い所にいたってことなのかな? なかなか面白いギミックである。
「これ、もしかして落ちたら即死か?」
道の両側に広がる雲海……もしかしたら、霧かも?……を見て、ツナさんが嫌そうに言う。
道幅の狭い足場で大立ち回りをしようとして、足を滑らせるところでも想像したのだろう。
私は飛べるから、そんなに怖くもないけど、ツナさん的には結構気になる点みたい。
「流石に即死はないんじゃない? HP減って、落ちたところからリスタートだと思うけど」
「そう願いたいが、わざわざ試す気にはならんな」
まぁ、それもそうだよね。
私もわざわざ落ちて確かめる気も無いし。
両脇に雲海を臨みながら、一本道を歩く私たち。
それにしても、ここって地図的にはどうなってるんだろ? 暗黒の森と外側の平野部を隔てる峻険な山の中って感じなのかな?
そんなことを、ぼーっと考えながら歩いてたら、頭上からモンスターが襲ってきた。
全身が石でできた鳥のモンスターで、こっちが足元に気を取られてる中をチクチクと頭を突いてくる非常に鬱陶しいモンスターだ。
【鑑定】してみたら、ロックバードというモンスターらしい。ステータス自体はそんなに脅威でもないので、目すら通さない。
「鬱陶しいなぁ」
「バラバラにするのはやめろよ?」
「なら、これでいいでしょ? 【スタンスパーク】!」
【風魔法】のレベル5。範囲を指定して、範囲内にいる敵に強力な電撃を加える攻撃魔法だ。ダメージ自体は小さいものの、この魔法の利点は別にある。
「動きが止まった?」
「【わりと雷帝】」
【スタンスパーク】には、ダメージを与えた相手を一定時間麻痺にするという追加効果がある。
まぁ、言ってしまうと範囲指定のスタンガンみたいなものかな?
それで動けなくなったロックバードが次々と落下しようとするのを、手早く【わりと雷帝】を使って回収すると、ツナさんの所に持っていってトドメをさしてもらう。
うん。
下手にうごうご丸で斬ると、逆に酷い状態異常を引き起こして食べられなくなる可能性が出てくるからね。食用ならツナさんに絞めてもらうのが正解だよ。
「なんというか……」
ロックバードの首を銛の先でさくっと落としながら、ツナさんが首を捻る。
「なに?」
「まるで、鷹匠の気分だ。いや、相手が神だから神匠か……?」
むしろ、邪神匠だよとは言えずに、私は微妙な顔をして言葉を飲み込むのであった。
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