第129話

 魔王とアトラさんのトチ狂った発言は一時の気の迷いだったみたい。


 すぐに両手で顔を隠して、「今言ったことは無かったことに……」とか言い出したんで、哀れすぎて私も頷くことしか出来なかったよ。


 というわけで、その失態を誰にも話さないことを交換条件に、王都でも有名な工房への紹介状を書いてもらったよ!


 これを工房の人に見せれば、魔剣のお手入れの仕方を教えてもらえるんだって!


 というわけで、早速魔王城を辞して、王都の工房街にやってきた。


 ちなみに、魔王城を辞す時に、アトラさんがやたらと「大丈夫? お姉さんが一緒について行こうか?」とか言って、手を握ってきたり、肩を触ってきたりしたんだけど、そういう意味じゃないことを願いたいなぁ……。


 工房街は夜ということもあって、わりと静かだ。


 まぁ、普通の鍛冶師っていうのは、朝に打って、昼に売って、夜に飲むものらしいからね。


 私がガガさんの工房で二十四時間ガンガンガンガンとロングソードを打ってたら、うるせー! 寝られねーだろーが! とポカリとやられたのも良い思い出だ。


 それにしても、ガガさん曰く、『魔物族には武器は人気ない』って話だったと思うんだけど、所変われば品変わるって奴で、王都にはそれなりの数の工房があるみたい。


 まぁ、消費者の母数が違うからかもしれないけどねー。


 で、紹介された工房であるスザキ工房へと行ってみる。


 スザキ工房は長い歴史と確かな技術を伝える武器専門の鍛冶工房で、そこだったら魔剣のお手入れ方法なんかも知ってるんじゃない? って魔王が頬を赤らめながら言ってたので期待してるよ。


「こんばんはー。人いますー?」


 道端で寝てる酔客をひょいひょいと避けながら進んで、マップにピンが立っていた工房に到着。


 とりあえず、木で出来た扉を優しくノックしながら……ちょっと強めに叩いたら壊しちゃいそうだし……呼びかけてみると、中から誰かが出てくる気配。


 しばらく待ったところで、ガラリと木戸が開いて、髪の毛ボッサボサの上半身裸の髭面の大男が出てきたよ。うん、格好のいい加減さがガガさんを彷彿とさせるね。


「おーう、ヒョウロク、酒買ってきたか――……って、なんでぇ、オメェは?」

「えーと、魔王軍四天王のヤマモトです。魔剣のお手入れの方法を教えて欲しくて――」

「魔剣だと!? 帰れ帰れ! 酒が不味くならぁ!」


 えぇっ、そんなに邪険にしなくてもいいのに!


 というか、魔剣が何したっていうのさ!?


「えーと、これ魔王様からの紹介状です。これでなんとかなりませんかね?」

「…………」


 すっごい嫌そうな顔。


 権力とか大っ嫌いって言いそうな雰囲気だよ。まぁ、四天王の目の前で言うほど馬鹿じゃないみたいだけど。


「あれ、師匠? 酒買ってきたんですけど、お客さんですかい?」


 私と髭面さんが睨み合ってると、そこに酒樽を両手に抱えるようにして運んできた男の人が到着。


 ちょっと童顔で頼りなさそうな印象だけど、この人がヒョウロクさんかな?


「チッ、いつまでも軒先にいられちゃ堪んねぇか。……入れ」


 というわけで、ようやく敷居を跨がせてもらったよ。


 でも、なんか魔剣のお手入れ方法を教えてくれそうな雰囲気じゃないね?


 場がピリついてる。


 まぁ、どうせ私のせいなんだろうけども。


「ツマミを用意しろ、ヒョウロク。この客の分は必要ねぇ」

「そうなんですかい?」

「要らねえっつったら要らねえんだよ!」

「へいへい」


 うん、まぁ、超美味しそうなオツマミとかでもない限り、今回の目的からは外れるし、要らないかな?


「それで、魔剣のお手入れの方法なんだけど――」

「んなもん、何もしねぇでも勝手に回復するわ! 魔剣っつーのはダンジョンが作り出した生き物みてぇなもんだからな! 手入れせずとも周囲の魔素を取り入れて、勝手に自己修復しやがんだよ! だから、手入れの必要なんざねぇ! 以上だ! わかったら帰れ!」


 えぇ……。


 でも、それって簡単な傷が付いた場合の対処方法だよね? こう、耐久度が減ってきた場合にどうするのかとか聞きたいんだけど……。


「駄目っすよ、お客人。ウチの師匠は魔剣を毛嫌いしてますから。あんなの鍛冶職人に対する冒涜だって言っちゃうぐらいの人ですからね」

「冒涜?」


 私が視線を向けるも、師匠さんは酒をぐい呑みに注いでひと息に呷るだけだ。


 語るつもりはないらしいよ?


「魔剣って、ほら、ダンジョンから生まれ出るものじゃないですか?」


 けど、お弟子さんの方は口が軽いみたい。


 ギロリと師匠さんが厨房に視線を向けてるのに気づかず、あるいは気づいてるだろうけど、話を続けてる。


「偶然の産物なんだか、神の奇跡なんだかは知らないですけど、どうやって出来たのかもわからない得体の知れない武器なんでさぁ。それを冒険者連中は非常にありがたがって使ってる。それこそ、アッシらが丹精込めて作った剣なんぞ腰掛けぐらいにしか思ってねぇぐらいにね」


 まぁ、魔剣は性能いいもんね。


 そりゃ、ダンジョンとかで手に入ったら、今まで使ってた市販の剣なんて使わなくなっちゃうかな?


「そんな現状を師匠は知ってるからこそ、魔剣という存在に腹を立ててるし、本気で剣を打たなくなっちまったんでさぁ」

「黙れ、ヒョウロク。喋り過ぎだ」

「へいへい」


 王都の鍛冶屋にも色々とあるんだね。


 まぁ、打った剣を一時的な腰掛けみたいに使われるんだっていうのなら、手を抜くのもわかるかな?


 一流はどんな仕事にも手を抜かないって言うけど、その一流の仕事を貶すような使われ方をされたら、やっぱり頭にくるもんだし。


 リアルでも匠が自分の作品を予想外の使われ方して、ブチ切れるなんて良くあるしね。


 私がうんうんと頷いてると、師匠さんが睨んでくる。


「いっちょ前に頷いてみせて、関心を引いてるつもりか?」

「いや、その気持ちわかるなーって思って」

「ふん、剣を打ったこともない奴が何言ってやがる……」

「あるよ。私、鍛冶スキル持ってるし」

「あぁ!? だったら、何で魔剣なんざ使ってやがる! テメェも鍛冶師なら自分で打った剣を使わねぇか!」


 自分で打った剣かぁ。それもいいね。


 でも、この魔剣には色々と愛着もあるしねー。


 なかなか切り替え難い事情もあるのだよ。


「私が使ってる魔剣は私が打った剣じゃないけど、私の知り合いが打って餞別にくれた物だからね。だから、大事に使いたくて、お手入れの仕方をここまで聞きに来たんだよ」

「フカシこいてんじゃねぇ! 鍛造で魔剣が作れるか! そんなことができるのは、エルダードワーフぐらい……いや、エルダードワーフだって無理だろうよ!」

「そんなことないよ、ほら」


 そう言って、私は【収納】からガガさんの魔剣を取り出して、師匠さんに渡す。


 そしたら、師匠さんの顔色が変わった。


 多分、【鑑定】したのかな?


「なんつう性能をした剣だ……! いや、それよりも、この剣を作った奴の名前だ! ガガだとっ!?」

「ガガって、その昔に師匠のライバルだって言われてた、あのガガですかい?」


 あらら、師匠さん、ガガさんの知り合いだったの?


 まぁ、ガガさんが昔に活躍してたであろう場所だから、こういう出会いもあるかなぁとは思ってたけど、こんな簡単に会えるものだとは思ってもみなかったよ。


「アイツは、『俺たちの打つ剣が必要とされねぇなら、俺たちが魔剣を打つことで必要とされるようになればいい』とかいう、とんでもねぇ妄言を吐いて王都を後にしたんだ。当時の王都にいた鍛冶師たちは「頭がおかしくなったんだ」とか、「借金で夜逃げをしたんだ」とか散々言ってやがったが……。やりやがったのか……。人工的に、魔剣を……」


 そう呟いた師匠さんは、しばらく何かを考えるようにガガさんの魔剣を見つめた後で、私にガガさんの魔剣を返すと、ヒョウロクさんに紙とペンを持ってこさせて、そこに何かを書き込んでいく。


 なんだろうと思っていたら、その紙が私の目の前に突き出されたよ。


「いいもん見せてもらった礼だ。魔剣の手入れの仕方を書いといた。それ見て、手入れしな」

「え? ありがとう?」

「それと同時に、テメェはとんでもねぇことをしたかもしれねぇぜ」

「え?」


 何か特殊な研ぎ石とか、魔力を多量に含んだ油とか、特殊な工具とかを使って打ち直したりだとか、やっぱりそういうのを使うんだーって、紙に書かれていたお手入れ方法と修理方法を確認してたら、師匠さんが急にやる気を漲らせてる。


 なんだろう?


 昔、ライバルだったガガさんが魔剣を人工的に作り出したことで、燻っていたライバル心が再び燃え上がったとか? そういう話かな?


 でも、とんでもないことって……。


「昔によう、俺はガガとよく議論を交わしたことがあんだよ。その時のテーマが、ダンジョン産の魔剣ばかりが優遇される現状で、俺たち鍛冶師が目指すべき目標ってのは何だ? ってのでな。その当時から、ガガは『人工的に魔剣を作り出すことで鍛冶師全体の地位の向上を図る』って語ってたんだよ。そして、逆に俺が語っていたのは『魔剣に勝る人工的な剣を打つことで魔剣の地位を下げる』ってことだった……」


 現状、魔剣の方が能力が優れているから優遇されてるわけで、それ以上の剣を鍛冶師が打てば、状況は逆転するってことかな?


 けど、魔剣の性能をそう簡単に凌駕できないから、魔剣が重宝されてるんじゃないの?


 それを聞いてみたら……。


「別に性能で魔剣の上をいく必要はねぇ。魔剣よりも優れてることが証明できりゃあいいんだ。つまり、魔剣を破壊するための剣が打てればいい。いうなれば、魔剣キラーとも言うべき剣が作れればいいんだよ」

「魔剣キラー……」


 なんて、恐ろしいことを考えるんだろう。


 私の持つ魔剣グラムも【竜種超特攻】って効果が付いてるんだけど、師匠さんはそれと同じ感じで剣に【】って効果を乗せるつもりなんだ。


 仮称、魔剣キラーのエグいところは、普通の剣だと思って打ち合ってたら、自分の使ってた魔剣がいつの間にかぽっきりと折れてたりするってことだ。


 時間をかけてダンジョンに潜って、その最奥で見つけた超激レアなお宝装備が、なんか見た目普通の剣に一瞬で装備破壊されたら……私なら一ヶ月は寝込む自信がある。


 っていうか、ガガさんの魔剣がそんなことで破壊されたら、普通に泣くよ?


「それが成れば、魔剣に席巻されていた武器市場に革命が起きる。魔剣使いは魔剣キラー対策に普通の剣を用意し、普通の剣を使ってる奴は魔剣の市場価値が下がって、手に入れやすくなる。そして、魔剣を持ってる悪党なんぞを倒すことを生業にしてる奴らは、こぞって魔剣キラーを手に入れようとする……」


 師匠さんが言ってるのはメタが回るって奴だよね?


 もしかして、私が余計なことを教えちゃったから、武器市場に革命が起こるかも?


 でも、ガガさんも魔剣の開発にかなり苦労してたみたいだし、すぐに状況が変わるとも思えないかな?


「一朝一夕に作り上げるのは難しいと思うよ?」


 私がそう言うと――、


「ガガに出来て、俺にできねぇってことはねぇだろ! 時間が掛かろうが何だろうが、必ず完成させてみせるぜ! カッカッカッ!」


 どうやら、ガガさんの偉業を聞いて、師匠さんもやる気になったみたいだ。


 結論としては、色々と良かったのかな?


 その後は、若かりし頃のガガさんと師匠さん……まんまスザキさんって言うみたい……の昔話を聞いたり、ガガさんの様子なんかを話してたら、すっかり遅くなっちゃったんで、魔王国の王都で宿を取って一泊することにしたよ。


 うん、なかなか濃い話に、色々とヒントをもらえたような気がする良い一日だったかな?

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