第128話
■□■
「私はアトラ。魔王であるマユンちゃんの古い友人よ。よろしくね」
「どうも。私はヤマモトです。この間、四天王に就任しました。よろしくお願いします」
というわけで、魔王の執務室で握手を交わす私とアトラさん。
というか、魔王ってマユンちゃんって名前だったんだね。知らなかったよ。
魔王の執務室は意外にも落ち着いた雰囲気のある洋室だった。
なんというか、ここだけおどろおどろしい雰囲気もなく、普通にお金持ちの洋館の執務室って感じだ。
まぁ、相変わらず壁は黒だけど。
それでも、少しだけセンスの良さを感じる。
「エナドリしかないけどいい?」
魔王がエナドリを用意してくれる。
というか、本当にエナドリしかないんだね。
エンヴィーちゃんが色々と社畜体質になっちゃうわけだよ。
「お構いなくー」
ここで、コーヒーとかを出してもいいんだけど、絶対にドリンクボックスが接収される未来しか見えなかったので、余計なことは言わないことにする。
執務室にあるソファにアトラさんと向かい合って腰掛けながら、魔王がエナドリを持ってくるのを待つ。
「うふふ」
「どうかしました?」
「本当に物怖じしない娘だなぁって思って」
なぜだかアトラさんに笑われてしまった。
そこへ魔王もやってきて空いていたソファに座る。その背後にはエナドリとグラスを運んできたエンヴィーちゃんがいるね。
「それよ、それ。なんなの? あの入室の仕方に、返事の仕方は? フザケてるの?」
「え? 同じ魔王軍なんだから、もう家族みたいなものかなって思ってフレンドリーに接してみたんだけど……ダメだった?」
「うふふ、本当にライコさんの後任ねぇ」
「はぁ……。もう、そういうこと言われると強く叱れないじゃない……」
グラスに注がれたエナドリが出てくる。
一応、体裁には気を配った感じ?
目の前で移し替えてたけども。
「どいうこと?」
「ライコさんもマユンちゃんには、本当のお婆ちゃんだと思って甘えていいからねーって甘やかしてたのよー」
「アトラさんは余計なこと言わなくていいです!」
なんだ。魔王軍ってファミリー体質だったんだ。
じゃあ、態度を改める必要もないね。
「とにかく! その態度は問題よ! 常識が無さすぎる!」
「うーん、シュバルツェンさんにも同じようなことを言われたなぁ」
「あら、なんて言われたのかしら?」
「暗黒の森を知らなかったりだとか、王都の名前を知らなかったりだとかして、常識がなさ過ぎるって。六公につけ入る隙をあたえかねないとかなんとか」
「あらあら、それはいけないわねぇ」
アトラさんも思案げな表情になっちゃったよ。
なんか二人が真面目な顔してると、私まで不安になってきてドキドキしちゃうね。
「常識を身につける必要があるわね」
そう最初に言い放ったのは、魔王だった。
私を見つめる目が紅く光る。
あれ? これ、何か【鑑定】されてる?
「というか、ステータスはほぼ文句なしね。全盛期のイコ婆並じゃない……。なんで、こんな人材が埋もれてたんだか……」
「あら、すごい。でも、ヤマモトちゃんってまだ一回も進化してないわよね?」
「え!?」
魔王の目がまた紅く光る。
やっぱりコレ【鑑定】系のスキルだよね?
まぁ、プレイヤー同士だとアレだけど、上司と部下だから逆らうこともできないかな?
ただ、目がいちいち光るから眩しいんだよねー。
「年齢ゼロ歳の進化なし!? ちょっとちょっと! 突然変異ってレベルじゃないわよ!? どうりで常識がないわけだ……!」
「進化って、そんなに重要なんですか?」
「うーん、そうねぇ。進化してないと魔物族の中では基本的に侮られるかしら? あと、進化をすることで魔物族としての格が上がって、上限レベルが引き上げられるの。だから、進化してないと、この種族は最大でもこのぐらいのレベルだなーって思われて、強さを信用されなかったり、馬鹿にされたりすることも多いのよ」
「ゴメン、よくわからないんだけど?」
「はぁ……。つまり、スライムだと上限レベルが30くらいしかないんだけど、進化してカラー系のスライムになれば、上限は50。別進化ルートでグラトニースライムになれば、上限は100って具合に、モンスター種別で上限レベルが決まってくるから、進化をしてないモンスターはこの程度のレベルが最大だと見切られて侮られるってわけ」
「モンスター種別で上限レベルが決まってるの?」
「そこから!?」
魔王に呆れられちゃったよ。
だって、仕方ないじゃない! 知らないんだもん!
「そうよぉ。モンスターの種別によってレベル上限が決まってるの。そして、その上限レベルが高いモンスター種ほど、格が高いとされてるのよ〜。まぁ、私やマユンちゃんのように上限レベルがないモンスター種もいるんだけどねぇ」
「なるほどー」
というか、マユンちゃんやアトラさんって、何のモンスター種なんだろ? 上限がないって相当だよね?
「ちなみに、進化ルートによって進化の回数も変わったりするけど、そこは問題じゃなくて、重要なのはモンスター種としての格だからね? だから、それを間違えて『あ、新しい進化先が出てる! これに進化しよう!』とかって、安易に弱い進化先とかに飛びついたりしないようにね? 場合によっては弱体化することだってありえるんだから……」
「あはは、そんな子供みたいなことしないって」
「子供より常識がないから言ってんの!?」
魔王に怒られた。
これ、パワハラじゃないのかな?
「駄目だわ……。やっぱり、ヤマモトは常識がなさ過ぎる。仕方ない。魔王命令です。ヤマモト、あなたは王立、もしくは国立の貴族学園へ通うことを命じます! もっと色々と勉強しなさい!」
「えぇーーーっ!? ヤダよ! この歳になって学校で勉強なんて!」
「ゼロ歳児が何言ってんの!?」
魔王にツッコまれてしまった。
そして、ぐうの音も出ないツッコまれ方。
「とにかく、魔王命令だから!」
「えー」
「えー、じゃなくて、はいでしょ!」
「はーい……」
「とにかく、そこで貴族としての常識とかマナーとか知識とか、色々と身につけてきなさい。それで、少しでも六公につけいる隙を与えないようにするのよ!」
「アトラさーん、魔王がイジメるー」
「イジメてない!」
「あらあら。でも、ヤマモトちゃん、無茶な任務を押し付けられるよりは、公費で勉強できるなんてオイシイと思わない?」
「公費?」
「魔王命令なんだから、その辺は出すんでしょ? ねぇ、マユンちゃん?」
「ひ、必要経費にプラスして、お給料まで出すわよ……。だから、通って? ね、お願い?」
うーん。
それなら、オイシイから断る必要もないかな?
でも、色々と時間とか、束縛されるのはなー。
けど、私自身に知識が足りてないってのは自覚してたし……。
仕方ない。学生時代を途中でドロップアウトした続きだと思って、学校に通うとしますか……。
「わかった。行くよ……」
「良かった。それじゃ、王立と国立で運営してる学園のリストを渡しておくわね。そのリストのどこの学園に入学するか決めたら、私に【遠話】の魔法陣で連絡を頂戴。そこの学園長に話は通すから」
「期限とかはあったりするの?」
「できれば、一週間以内に決めて入学して欲しいかな? 知識がない状態だと六公たちの槍玉に上がる未来しか見えないもの。だから、早ければ早いほどいいわ」
「はーい」
言ってるそばから、エンヴィーちゃんじゃない他の秘書さんがリストの紙を持ってきてくれる。
うん、リストアップされてる数自体が少ないね。
どこも特色とか書いてないし、授業内容にはそんなに差がないのかな?
だったら、通いやすさで選べばいいんじゃない?
エヴィルグランデにも一個あるみたいだけど……まぁ、この辺は少しタツさんにも聞いてみよっかな? アルファテスターなら何か知ってるかもしれないしね。
「あとは、進化も早めにしときなさい。あなた、もうレベル57にもなってるじゃない。ディラハンの限界レベルは確か60だったはずよ」
うわ、結構ギリギリだ!
経験値を無駄にするところだったよ!
一応、王都の進化施設の場所を聞くと、教会の場所を教えてもらった。
なんか進化施設を置いてある教会と、そうでない教会があるらしくって、王都の教会ではその施設があるんだって。
ついでに鍛冶の工房が建ち並んでる場所も教えてもらう。こっちは興味本位だけど、魔剣のお手入れの仕方とか聞けたらいいなーとは思ってるんだよね。
「というか、なんで鍛冶?」
「私、生産職ですし、後学のために? あと、魔剣のお手入れ方法とかも聞きたいなーって思ってまして」
「「生産職……?」」
すっごい不思議な顔されたんだけど!
あと、魔王は私のステータス見たんだから、生産職ってわかるじゃん!
「なんか、不満そうな雰囲気を垂れ流してるけど、私のユニークスキル【見透すもの】は何でも見ようと思えば見えるけど、見ようとしないものに関しては見えないからね? 特にスキル関連に関しては、わざと見ないようにしてるから」
「え、なんで?」
「私の頭の中にある記憶を覗くようなヤバいユニークスキルがあったらマズイでしょ? 虎の子の四天王の情報が全部丸裸にされちゃって、攻略されちゃうかもしれないじゃない。そうならないように、スキル関連の情報はなるべく見ないようにしてるのよ」
まぁ、LIAは結構スキルゲーだもんね。
だから、情報をすっぱ抜かれるのを警戒して、頭の中にすら残さないというのは理解できるかな?
「だから、私はあなたが生産職だということも知らない。オーケー?」
「おーけー」
「あと、言っちゃ悪いけど、魔剣のお手入れの仕方なんて工房によっては門外不出の秘伝中の秘伝だからね? そんな簡単に「教えて?」って言っても普通は教えてくれないからね?」
「そうなんだ。ヴェールを上げて、ニッコリ微笑んで「お願い♪」って頼んだらイチコロかと思ってたよ」
「いや、そんなことで門外不出の技術を流出するわけないでしょ……」
えぇ? 愛花ちゃんとかは、これやると「はぁ、仕方ないなぁ……」って言って甘やかしてくれるんだけどなぁ。
仕方ないので、魔王に頼んで一筆書いてもらおう。
「マユンちゃん、マユンちゃん」
「私、あなたの上司なんだけど……?」
「じゃあ、マユンお姉ちゃん」
「あ、ちょっと聞く気が起きたかも」
チョロくない? 魔王?
「魔剣のお手入れの方法が知りたいから、ちょっと一筆書いて欲しいなぁって」
「まぁ、四天王としての戦闘力を保つために必要だっていうなら、一筆書くぐらいやぶさかじゃないわよ? けど――」
あ、なんか、条件を出してきそうな気配。
なので、さっとヴェールを捲って、上目遣いで「お願い♪」って言ってみるよ。
「…………」
「…………」
その場にいる魔王とアトラさんが、何故か二人共鼻血を流し始めたんだけど……。
エナドリの飲み過ぎじゃないの? この二人?
とりあえず、ヴェールを下げてっと。
「一筆書いてもらえるかな?」
「「結婚しよう」」
いや、意味がわからないよ!
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