第120話

 ■□■


【ミタライ視点】


 TAXが、継戦か撤退かの意見をレイドチャットで取りまとめようとしたところで、突如として湖上に水柱が上がり始めた。


 多分、それが始まりだった――。


 最初は誰かの外した魔術の着弾した結果だと思ったんだけど……そうじゃない。


 ラプーだ。


 ラプーに人が乗って、湖の上を高速で走っている!


「いや、なんで?」


 思わず声に出てしまった。


 だが、ラプーを駆る誰かは鎖付きの巨大な銛を片手にデイダラに近づくと、その銛を片手で軽々と投擲する。


 ドンッ!


 腹に響く重い音と共に、デイダラの腹部が衝撃に抉れる。


 僕らの攻撃とはまるで違う迫力。


 かなり、物攻にステを振っているのだろうか?


 男はそのまま銛に繋がる鎖を片手で引き寄せると、勢いよく返ってきた銛をキャッチ。更にもう一度、銛を投げつけてデイダラの腹部を再度抉る。


 行動に迷いがない。


 かなり戦い慣れてる様子だ。


 彼は、デスゲームというこの状況に一ミリも臆していないのではないか――そう思えてしまうほどに、行動に恐れが見えない。


「あっ!? 危ない!」


 大きなダメージを与えれば、ヘイトを奪うのは当然だ。


 僕に向いていたデイダラのヘイトがラプーの騎乗者に向き、その鋭い拳が水面に叩きつけられる。


 ボンッ!


 まるで爆発でもしたかのような激しい音が鳴り響く!


 次の瞬間には湖が大きく歪んだかと思うと、破裂するように大量の水が弾け飛ぶ。弾け飛んだ水が篠突く雨のように、ざーっと降る中、ラプーの姿は見えない。


「まさか……」


 直撃をもらったのか……?


 僕がそれを疑うよりも早く、水の底からラプーとその騎乗者が上がってきて、イルカのように水面を跳ねてから、水面を走り始める。


 もしかして、潜水して今の一撃を躱したのか……?


 ラプーの潜在能力にも驚くが、乗り手の技量にも脱帽しきりだ。凄いとしか言いようがない。


「まさに人馬一体……いや、人ペン一体といったところか? そんな言葉はないとは思うが……」


 苦笑するが、


 ……いや、待て。


 そこで、僕の脳裏に山田さんが見せてくれたスクリーンショットの映像が思い浮かぶ。


 あのステータスには確か【冷気弱点】と書いてなかっただろうか?


 水を多く含む泥は凍りやすいから、それは当然と感じていたけど、もしかして、あれはデイダラ攻略のヒントが二重の意味ダブルミーニングで用意されてたのではないだろうか。


 氷が浮かぶほどの水場を思い浮かべれば、そこに見た目ペンギンラプーが存在していようが違和感がない。


 そして、ラプーは王国のみで見かけられるモンスターだということを考えると……。


「もしかして、デイダラに対する特攻武器……ならぬ特攻騎乗ユニット!?」


 だとしたら、彼があそこまで優位に戦えているのも頷ける。


 ズッ……。


 僕がやや驚きをもって納得していると、今度は王城の壁から巨大な剣がゆっくりと突き出してきた。


 そして、その裂け目を通って、誰かが外に出てきたかと思うと……あっという間に巨大化していく。


 あれは……。


「――第二王子!?」


 あの威風堂々たる佇まいは見間違えようはずがない!


 だけど、なんで……。


「なんで、デイダラに殴りかかっているんだ!?」


 巨大な泥でできたデイダラと全く見劣りしない大きさとなり、大迫力で湖上での肉弾戦を行っている。


 剣を使わないのは、斬属性よりも叩属性の方がダメージが通りそうだと睨んでだろうか?


 それにしても、第二王子が健在だということは、クーデターは成功してしまったのか? それとも……?


 …………。


 いや、今は迷ってる場合じゃない……。


 第二王子とラプーの騎乗者のおかげで三つ目のHPバーが減るようになってきた。


 レイドチャットでも、当初は撤退を推す声が多かったが、戦況が変わってきたことにより継戦を推す声も多くなってきている。この二人がいれば、もしかして……と思う者も少なくないのだろう。


 だが、またHPバーが一本削られたら……。


 更に手に負えないバケモノになるんじゃないかという不安が、僕たちに二の足を踏ませる。


 けど、その不安はすぐに霧散することになった。


 光が空中を一直線に駆けてくる。


 そして、挨拶代わりとばかりに、


 ――斬ッ!


 デイダラが縦に真っ二つになる。


 思わずHPバーを確認すると、目に見えてデイダラのHPが減った! しかも、元に戻ろうとするデイダラの傷が炎によって燃えている! なんだあのスキル! ……スキル? それとも武器か!? わからない! わからないが、何かが起きてるのは確かだ!


 光が空中で静止する。


 山田さんだ!


「ごめーん、ちょっとごたついたー!」

「来たか、ゴッド」

「ふん、現場を放り出して逃げ出したかと思ったぞ! 魔王軍四天王!」

「「あ」」


 ヤマモト……?


 ヤマモトってどこかで聞いたような……?


「まさか、EOD殺しニャリ!?」


 ささらちゃんの言葉で思い出した。


 そうだ……。


 ゲーム開始後、間もなくしてEODという特殊なモンスターが倒されたというワールドアナウンスがあったんだ。


 そこで、表示されたプレイヤー名が確か……ヤマモト。


 いや、待て。待ってくれ。


 先程、第二王子はなんて言っていた?


 魔王軍四天王って……。


「あっ! あの白銀鎧姿! どこかで見たことあると思ったら! ネームド殺しの白銀鎧じゃないか!」


 言われて、ピンとくる。


 確かに、あの後ろ姿は出回った写真の人物と瓜二つに思える。


 だったら、EOD殺しがネームド殺しで魔王軍四天王ということなんだろうか?


 駄目だ。何を言ってるんだ。混乱してきた。


 でも、そんな人物だからこそ、なのか。


 見ている間に、圧倒的なスピードでHPバーが削れていく!


 あれは……剣の長さを伸ばして斬りつけているのか? 泥の抵抗で武器が沈み込みかねないというのに、それを無視して一方的に攻撃を加えているようにみえる。


 そして、切り裂かれた箇所からは炎が発せられ、デイダラに継続的なダメージを与えているのか! なんて苛烈な攻撃だ!


「レイドボスっていうのは、こんなにスムーズに個人が削っていくものじゃないと思うんだけど……凄いな」


 彼女たちの動きは、僕たちの知ってるLIAとは一線を画していた。


 命を失うことを恐れ、安全マージンを多く取り、いつも緊張感と恐怖心をもって戦っていた僕たちとは違う。


 彼女たちは、楽しんでいた。


 命を賭したデスゲームだといつのに、普通のゲームをやるかのように楽しんでいたのだ。


 それが、僕の知ってるLIAの印象とは違い過ぎて――、


 …………。


 いや、もしかして、これが本来のLIAなのか?


 楽しめって、そういうことなのか?


 楽しめば、そこまでいけるのか?


 そういうゲームなのか、これは……?


「ミタライくん」


 一瞬でヤマモトさんに背後を取られて、僕は総毛立つ。


 動きが全く見えない。


 それは、あのドライの時と全く一緒だ。


 敏捷が違い過ぎるのか? それとも、そういうスキルなのか?


 わからない。


 わからないことだらけだ。


 それも含めて楽しめといったのか、この人は?


 参ったな。度量が違い過ぎる……。


「もう一回、【必殺技】をやるには、あと何分ぐらい必要?」

「十分もあれば……」

「だったら、十分で削り切るから、その後をお願い」


 気負いなく、そう告げたヤマモトさんの姿が一瞬でその場からいなくなる。


 参ったな、これは……。


「相当なプレッシャーだぞ……」


 僕は誰にも聞かれることなく、そう独り言ちた。


 ■□■


「ふざけんなよ! EOD殺し! 情報独占してんじゃねえよ!」

「そうだ! そうだ! 俺らにも素材流しやがれ!」

「けど、ここでレイドボス倒したらチャラにしてやるから、何とかしやがれー!」


 第二王子の迂闊発言のせいで、私の正体が一気にバレた。


 とはいえ、まだ顔バレまではしてないから大丈夫なはずだ。……大丈夫? うん、大丈夫。多分。


 というか、なんでみんな上から目線?


 そして、情報は必ず共有しなきゃいけないみたいなルールもないよね?


 それでチャラっておかしくない?


 でも、まぁ、そういう意見も多いみたい。


 文句を含む罵詈雑言とこれならいけるんじゃないかって希望に縋る意見の半々くらいに別れてるみたい。


 嬉しくはないけど、どうやらバランスは取れてるっぽいね。


「それにしても、変なタイミングで正体がバレちゃったね。ツナさんはツナさんで到着が遅いし」


 私が【わりと雷帝】でツナさんの横手につけながら言うと、ツナさんは心外だとばかりに肩を竦める。


「ゴッドが王城にいるとかいう適当な伝言を残すのが悪い。一度行き過ぎて、王城まで行ってしまったじゃないか」

「えー、ツナさんの姿なんて見かけなかったけどなぁー」

「湖の上と橋の上が混雑してたからな。橋の向こう側の湖を通って、王城に入った」


 じゃあ、丁度、橋に姿が重なって見えなかったのかな?


 ということは、ツナさん側からも私の姿が見えなかったってことで、入れ違いになっちゃったかー。


 ガガさんの魔剣を伸ばして、適当に斬りつけながら、私はうーんと唸る。


「で? あのデカイのは何なんだ? またゴッド案件か?」

「強敵っぽい敵が出てきたら、全部私関連にするのやめてくれない?」

「間違ってはないだろ」


 はい、合ってますね。


 ささやかな抵抗をしてみただけです。


「あのデカいのはレイドボスで名前はデイダラ。よくわかんないけど、クーデターを阻止しようとしてたら、いきなり出てきたの」

「そうか」


 その『そうか』は全然信用してない時の『そうか』だね! 私が呼び寄せたとか思ってるんでしょ! いい加減、付き合いも長くなってきたし、わかるよ!


「クーデターは収めたんだけど、とにかくあのバケモノが暴れてて困ってるの! 悪いんだけど、手を貸してくれない?」

「食える部位がなさそうで、嫌なんだが?」


 正直だね!


「じゃあ、好きなタイミングで飲み放題を三回でどう?」

「もう一声欲しいな」

「じゃあ、五回」

「十回くらい欲しかったが、まぁいいだろう。もしかしたら、食える泥というのもあるかもしれんしな」


 よし、ツナさんがやる気出してくれた!


 これで、リジェネ削りが大分楽になるはずだよ!

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