第118話

 デイダラの第三形態は、細マッチョ状態でした。


 なんというか、このまま筋肉まで削げ落ちて、最終的には骨と皮だけになりそうだな――と、そんな呑気なことを考えていたら、ムービーが終わり、デイダラが動き出したんだけど、さっきと比べたらかなり早くなってる!


 魔術部隊の魔術の大半が外れ、デイダラも攻撃がくるのをわかって躱すような動きが増えてきた。


 これって、ステータスの敏捷が上昇したっていうよりも……AIが上がった?


 ちょっと、ちょっと!


 強くてタフな敵の立ち回りAIなんて強化されたら、どうやって倒すのさ!


 それでも、一部の……最初に紫色の光弾をあてた人とか……腕がいい人たちはダメージを与え続けているみたいだけど……。


 でも、リジェネとトントンくらいで、全然HPが減っていかない。


 しかも、デイダラの立ち回りが上手くなってるせいか、私の【灰棺】の動きではデイダラに対応しきれないよ!


 デイダラの攻撃を受けないようにするので精一杯だ! 【ファイアーピラー】を設置してる余裕がないほどに追い詰められてる!


 駄目だ!


 とにかく、【灰棺】が足を引っ張ってる!


 私は【灰棺】を一斉に橋へと戻しながら、そのスキルを解除する。


====================

[TAX]

攻撃陣の交代か?

その時間にはまだ早いようだが?


[山田]

相手の動きが変わったせいで、これ以上このスキルで攻めるのが難しいの!

このままだといずれ、被弾すると思って戻した!


[WSGM]

やはりか。

何か先程よりも動きが鋭い気がしてたんだ。


[天王洲アイル]

ごめーん!

フロート隊も同じ理由で辻斬りが難しいって言ってる!


[TAX]

まだ、相手のHPは六割もあるんだぞ!

ここで攻撃の手数が減るのはマズイだろ!

====================


 そうは言っても!


 痛みがリアルなデスゲームの中で、死ぬの覚悟で巨人相手に突っ込んでこいなんて言えないじゃん!


 私がレイドチャットに他の手を考えるべきだと発言しようとした瞬間――。


 完全に私に背を見せていたはずのデイダラが振り向くことすらなく、モーションの少ない裏拳をこちらに向けて放つのが見えた。


「あ」


 完全に油断してた。


 ――めしゃあッ!


 私は、デイダラの一撃をもろに受けて、勢いよく吹き飛ばされるのであった。


 ■□■


【TAX視点】


「山田ッ!?」


 山田がデイダラの一撃を避けられずに被弾し、湖の向こうにある森の中にまですっ飛んでいくのを見て、俺は背筋が凍った。


 物攻500オーバーの攻撃が直撃……。


 普通なら即座にポリゴンになっていてもおかしくはないというのに……森の中で派手に土煙が上がる。


 ポリゴンにならなかったということは、耐えたということか?


 その規格外さに、むしろ逆に慄いてしまう。


 そもそも、たった一人で戦闘開始から、デイダラのHPバーを二割も削っていたような手合いだ。直撃を受けても生きていられるのは当然なのだろうか?


 だが、流石にあの威力の攻撃が直撃したのだ。


 もしかしたら、今回のレイドボス戦にはもう戻ってこれないのかもしれない。


 そう考えると、俺の背筋にぶわっと怖気が走る。


 山田は、先程までメインアタッカーであり、回避盾であり、ヘイトのほとんどを山田が担っていた。


 そんな山田が抜けた戦場で、デイダラが次に狙うとしたら誰だ?


 そんなの決まってる!


 二本目のHPバーを消し飛ばしたミタライだ!


「ミタライ、気をつけろ!」


 ツヴァイさんが上手く【黒棺】を操り、デイダラの攻撃からミタライを守ってくれている。


 ホッ……。


 今は、ツヴァイさんの防御技術の高さがありがたい……。


 しかし、どうする?


 山田が抜けた戦場。


 この状態で、あの鋭い動きをし始めたデイダラを抑え込めるのか?


 いや、三十分抑え込んだとして、ミタライがもう一度【必殺技】をあてたとして、更に次の段階に進んだとしたらどうなる?


 もっと動きが鋭くなってきたら、ツヴァイさんでも耐えることが難しくなってくるんじゃないのか?


 その時、俺の頭の中で『撤退』という二文字がチラつく。


 ここまでやっただけでも十分だし、デスゲームという性質上、撤退の戦引きはまだ余裕がある内にするのが正解だろう。事故が起きてからでは遅いのだ。


 だが、ここまで優位に運んだ分、それを渋る者も出てくるだろう。それを説得するのにどうしたら良いのか……。


「TAXさん、どうしましょう! フロートチームもやることがなくなっちゃって……! 私たちも魔術部隊に加わった方がよいですかね!? それとも、山田お姉様を探しに行った方が……!」


 アイルがそう言いながら、意気込んで駆けつけてくる。


 ……山田が戦線に戻ってくれば、あるいは立て直せるか?


 だが、今からそれをやっていて、果たしてミタライたちはもつのか……?


 俺が頭を悩ませていると……。


「――その必要はない」


 キッパリと断言する口調に、俺は周囲を見回すが……。


 どこだ? 誰もいないぞ?


「あ、TAXさん! あそこ! 湖の上!」


 アイルが指をさす方向に視線を向けると、湖の上を優雅に移動する白鳥……もといペンギンの姿があった。


 あれは……ラプーか?


 そして、そのラプーの上には着流し姿の天狗面の男が乗ってるではないか。


 あんな奴、王都の冒険者パーティーにいただろうか……?


 まぁ、いい。


 俺は男に声をかける。


「必要ないというのはどういうことだ!」

「ゴッドはこの程度のことでは死なん。それよりも、時流を読み違えるなよ? そろそろ動くぞ」

「動く? 何を言っているんだ……?」

「ゴッドが王城とか適当なことを言うから、普通に王城の中にまで行ってしまったじゃないか。全く無駄な時間を食った」

「何を言ってるかわからん! とにかく、アンタ、そこにいると危ないぞ! 湖はデイダラの領域だ! いつ戦闘に巻き込まれるかわからないんだぞ!」


 だが、男は動くことはない。


 ラプーの首筋を撫で、続ける。


「ラプーがペンギン型なのは何故なのか? ずっと俺にはそれが疑問だった。鳥で足が早いといえば、ダチョウだろうに。なのに、何故かペンギン型……それが理解できない、というか、納得できなかった。だが、ここにきてようやくわかった」


 ブル、ブルルッ、ブルルルルル……ッ!


 なんだこの奇妙な音は?


 まるでモーターが高速で回っているかのような、そんな駆動音。


 俺が驚いていると、徐々にラプーの体高が大きくなっていく……。


 ――いや、違う!


 水面に浮かんでいたラプーの体が浮き上がってきているのだ!


 その長い脚を高速で動かして、水を踏み付けて水面にまで上昇しようとしているのだ!


 なんて脚力だ!


「コイツは、陸上よりも水上の方が早い」


 男が【収納】から獲物を取り出す。


 それは、巨大な銛であった。


 それを片手で軽々と振り回すと、ラプーを一気に加速させてデイダラに向かっていく!


 それは、まさに水上を跳ねる水切り石。


 土煙ではなく、水柱を上げながらあっという間にデイダラに肉薄していく!


「無茶だ!」


 あの巨大なモンスターを相手に、たった一人で何ができるというのか!


 だが、そんな俺の叫びにつられたわけではないだろうが――、


 今度は、ズッ……と王城の壁の奥から巨大な剣先が突き出してくる。そして、それは王城の壁に隙間を作るかのように、ゆっくりと隙間を押し広げていく――。


「なんだ……? 何が起きようとしているんだ……?」


 動くというのは、こういうことなのか?


 備えるべきなのか、俺たちも?


 覚悟を決めるべきなのか?


 だが、不確定要素に頼ってしまって、それでもプロと言えるのだろうか?


 クソ……。


 俺だけで決められる問題じゃない!


 全員に意見を聞くべきか……。


 俺はレイドチャットに意識を集中し、撤退するのか、抗戦するのか、その意見の取りまとめにかかるのであった。


 ■□■


【エンヴィー視点】


 それは今から十五分ほど前のことでしょうか?


 ツナさん様が、ヤマ様が王城におられるという知らせを受けて急ぎ、他国の王城へと向かったのです。


 アポイントメントもなしに。


 この時点で四天王ポイントがプラス1される事態なのですが、ツナさん様の奇行はヤマ様には関係ないので、ポイントの増減はありません。


 そして、ツナさん様はあろうことか、王城の中を畜生に騎乗したまま走り回り、城の中の装飾品や美術品を結構な勢いで破壊してしまいます。


 この辺は、クーデターが激しかったということで、私は知らぬ存ぜぬを貫くつもりです。


 そして、畜生に乗って走り回った結果、広い空間に出ました。


 そこでは、何故か瓦礫の撤去作業が行われており、慎重に瓦礫をどかしているのが分かります。


 誰か下に生き埋めにでもなっているのでしょうか?


 そう思っていたら、ツナさん様が巨大な銛を取り出し、ふんっと一振り。


 瓦礫ごと埋もれていた人が吹き飛んでいくのが見えます。


 ……この人は一体何をやっているんでしょうか?


「なんだ、ゴッドじゃないのか」


 相手がヤマ様であっても許されない行為だと思うのですけど……。


 ツナさん様は気にしていない様子でした。


 そして、無茶苦茶やったにも関わらず、私をそこに人身御供のようにラプーから下ろしたのです。


「やっぱり、外の巨大なモンスターが怪しいな。可食部がほとんどないから見逃したが、あれはゴッド関連じゃないのか? ちょっと行って見てくる」

「あの……。でしたら、私も……」

「足手まといだ」


 そうして、ピューっと去っていってしまうツナさん様。


 あの? 皆さんの視線が突き刺さるほどに痛い中で、私を置いていくというのはどうなのでしょう? ちょっと泣いちゃいますよ?


 そもそも、他国の知らない人たちに囲まれるという状況だけでもストレスだというのに……。


 と思っていたのですが、どうやら知らない人ばかりといったわけでもないようです。


「もしかして、シュバルツェン侯爵様ではないですか?」

「元侯爵だ、レディ」


 なるほど。


 そういえば、シュバルツェン家は五百年程前にお家取り潰しの憂き目にあっていましたか?


 それにしても、何故こんなところにいるのでしょう?


 私が疑問に思っていると、瓦礫と共に吹き飛ばされた人影がゆっくりと立ち上がります。


 ベコベコに凹んだ金色の鎧を着てますが、あれは本物なのでしょうか?


 だとしたら、かなりもったいないですね。


 その金色鎧の人は、玉虫色鎧の人の前まで、まるでゾンビのような動きで近づきます。


 あの様子だと、体の骨のいくつかは折れてるのかもしれませんね。痛そうです。


「兄上……」

「ディーン」

「俺様を……、殺せ……」


 金色鎧の人はそのまま玉虫色鎧の人に体ごともたれかかります。凄く重そうです。


「クーデターを収めるための……、首謀者の首が必要だ……、だから、俺様を殺せ……」

「それで、全ての責任を取るつもりか、ディーン?」

「そうするしかないだろ……。犠牲なきままに終わらせるには、あまりに血が流れ過ぎてる……。誰かが槍玉に上がらないと国民は納得しない……」

「…………」

「だが、その辺の雑兵にくれてやるほど、俺様の首は安くねぇ……、だから、兄上……。アンタが俺様を殺せ……」


 そう金色鎧の人が言った瞬間。


 パンッと、乾いた音が広い室内に響き渡りました。

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