第113話

「シュバルツェン外相……?」

「叔父貴……、嘘だろ……?」


 エリックとディーンの二人が、そして周囲の人々がゆっくりとシュバルツェンと呼ばれた壮年の男に道を作る。


 だが、男は慌てた素振りすら見せずに、ゆっくりとその割れた人垣から前に出ると深々と頭を下げてみせていた。


 何か態度が堂々としてるねー。


「お久し振りですな、魔王様。まさか、魔王様とこんな所でまみえるとは思っておらず、変装するのも忘れておりました」

『昔と全く変わらないから吃驚したよー。ま、そちらも元気そうで何よりね』

「嘘をつくな、魔王ッ! 叔父貴の家系シュバルツェン家は過去何代にも渡って王家を支えてきた忠臣の家系だ! そんな叔父貴が魔物族などであるものか!」


 ディーンが叫ぶけど……。


『何年ぐらい潜伏してたの?』

「ざっと五百年ぐらいですかな。その間にゆるりと、どうすれば誰にも気づかれずに自然と戦争を起こせるのかと考えておりました。その間にどうやら、この国の王家の信も得られたようで」

「ご、五百年、だと……」

「特にディーン殿下は子供の頃から可愛がり、如何に魔物族が愚かで薄汚く、卑怯者であるかということを徹底して教育してきましたので、結果として、非常に動かしやすい駒となってくれまして、私も大変満足しております」

「お、叔父貴……」


 うわー。ディーンってばショックで顔色が青くなってるよ。


 ねぇ、今どんな気持ち? とかやったら、殴られそうだね。


 それにしても、五百年って気の長い話だとは思うけど、魔物族にとっては大した時間ではないのかな?


 現に、魔王も五百年と聞いても然程驚いていないようだしね。


『そう言えば、五百年ぐらい前だっけ? 戦争推進派がやたらと戦争しろ、戦争しろってうるさかったのって? ちょっとムカついたから、シュバルツェン元侯爵を含め、多くの戦争推進派の貴族を取り潰しまくった時期があったよね?』

「まぁ、そのぐらいの時期でしょうな」

『シュバルツェン元侯爵は、そんな憂き目にあっても戦争をすることを諦めてなかったんだ?』

「当時、私の元には大きな戦争がなくなったことで、人生の落伍者のように扱われる者が大勢集っておりました。その者たちに仕事を与える意味でも、私は多くの貴族階級を巻き込んで戦争すべきだと声高に叫んでおったのです。それが、取り潰しにあったからといって、掲げた拳を下ろすことはできません」

『十年後には、情勢が落ち着いてきて、頭の冷えた貴族連中を元の地位に戻してあげたんだけどねぇ……』

「その誘いに乗る者もおりましたが、私は乗りませんでした。そして、貴族でなくなったことを機に志を同じくする者たちと連れだって、海を渡ったのです」

『わざわざ、私に気づかれないように事を進めたのは、私への意趣返し?』

「それもありますが、人族と魔物族の互いの恨みや憎しみの連鎖をより加速するためですな。なるべくならば、数百年単位で人族国家全てを巻き込んで戦争をして欲しかったのですよ。頭の良い魔王様であれば、いきなり宣戦布告をして、襲いかかってくるような蛮族が隣国にいると知れば、我々の時のように問答無用で潰しにかかってくるでしょうから……そうなれば、次は我が国が危ないかもとなり、全人族国家が団結して、魔物族国との全面戦争を開始する。私はそれを狙っていたのですよ」

『やっぱり意趣返しじゃない……』


 魔王が『あの時は本当に余裕がなかったんだから、仕方ないじゃない……』とかブツブツ言ってる。


 なんだかなー。


 シュバルツェンさんは、フンフみたいな戦争でしか輝けない人たちを救うために、戦争を起こそうって頑張ってたんだろうけどさー。


 平和に暮らして、発展した文化や文明を享受してきた人たちにとってはいい迷惑だよねー。


 まぁ、全員が丸く収まるような案があれば良かったんだろうけど、なかなかどうして出てこなかったってことかな?


 うーん、魔王も万能ではないってことかー。


『いずれにせよ、シュバルツェン元侯爵がやろうとしていたことは、他国への内政干渉に戦争教唆の疑いがあるわね。……コホン。ヤマモトさん、あなたを正式に魔王軍四天王に任命します。その上で、四天王特別権限において、シュバルツェン元侯爵を捕縛しなさい。そして、本国へと送り返すことを命じます』

「はーい。承り〜」

『返事、軽っ!』


 魔王軍に任命されたってことは、もう身内みたいなもんだから、くだけてみたんだけど……間違ったかな?


 魔王が仰天してる。


「……抵抗はせんよ。これでも、元魔王軍に席を置いていた身。魔王軍四天王というものが、どういうものなのかは良く知っておるつもりだからな」


 というわけで、特に抵抗する気もなさそうなシュバルツェンさんをタイーホ。


 というか、魔王にここまで計画がバレた時点で諦めてる感じはあるね。


 だって、ここまでバレちゃったら、魔王は意地でも戦争しないだろうし。


「ちなみに、シュバルツェンさんは魔物族の国に送還したらどうなります?」

『五百年も他国で事務官僚やってたんだから優秀なんでしょ? こっちも事務系の魔物族は喉から手が出るほど欲しいから、そう酷いことにはならないわよ。うふふ、ちょっと残業時間とかが酷いことになるだけで、休日とかがなくなるだけだから……』


 むしろ、ブラックな業務的な関係で酷いことにはなりそうだけども……。


 それは、シュバルツェンさんも気づいたのか、顔が引き攣ってるね。


 ま、それならフンフの望みも果たしたということでいいかな?


「ふざけるなよ……」


 シュバルツェンさんの両腕を適当に後ろ手に縄で縛っていたら、静かに怒る声が聞こえてきた。


 見れば、ディーン王子がものすごい形相でこっちを睨んできてるじゃん! 怖っ!


「多くの兵の命を散らし、多くの時をこの時のために費やしてきたんだぞ! それを、それを……こんな茶番で終わらせてたまるかぁ!」


 まぁ、ディーン王子からすればそうだろうね。


 クーデターを起こしたにも関わらず、もろもろドッキリでしたーとか言われてる感じだもん。そりゃ、キレるわ。


「魔王が戦争を仕掛けてこないとなれば好都合! かくなる上は、兄上を殺し、俺様がこの国を牛耳り、魔物族共の国に攻め込んでくれるわ!」

「ディーン落ち着け! 魔王殿、貴国には、後日厳重に抗議させて頂く! 二度とこんな事がないように対策を打ってもらい、賠償もしてもらうぞ!」

「黙れ、兄上! そんな生温い対応で済ませてなるものか! やはり、兄上は王の器ではない! 今すぐ俺様が成り代わり、魔物族共の国を落としてくれん!」


 いやぁ、暴走してますなー。


 そんな中で、大剣を大上段に構えるディーン。


 すると、私が見ている前で構えた剣が見る間に伸びて、太くなっていくではないか!


 ▶まねっこ動物が発動しました。

  【そこそこ巨大化】を習得しました。

  他のまねっこ動物スキルと入れ替えますか?

  ▶はい/いいえ


 【そこそこ巨大化】?


 なに、その夢スキル!


 巨大なケーキをイモムシの気分になりながら、穴を掘って食べ進めることとかできそうな奴じゃん! 凄い!


 私が目をキラキラと輝かせてると、ディーンの剣は天井にかすりそうな程にまで膨れ上がり、ビタリとそこで動きが止まる。


 なにあのサイズ。


 ほぼ塔じゃん。


 そんな塔サイズの剣を構えながら、ディーンは血走った目で私……ではなく、エリックを睨みつける。


 あ、そっち?


「まずは、このクーデターを成功させてみせる!」

「目を覚ませ、ディーン! そんなことをしても何の意味もないのだぞ!」

「今から意味を持たせるために、俺様は兄上を殺すのだ!」


 巨大な剣が、今まさに振り下ろされようとした、その刹那――。


「――っ!?」


 ぐわんぐわんと床が揺れ、城全体が大きく揺れる……地震!?


「ぬっ……、ぐっ……!」


 突如の揺れにディーンが大上段に構えてた大きな剣がグラグラと揺れ、意図せずに天井を複数箇所斬りつける。


 恐らく、それがいけなかったのだろう。


 天井の建材の一部が剥がれ落ちてきて、大地震に体勢を崩すディーンの頭上に真っ逆さまに落ちてきた!

 

「ディーン!」

「う、ああぁぁぁ――……!?」


 ディーンが建材というか、瓦礫? の下敷きになる中、私はパッと視界の隅に表示されたシステムメッセージに反応する。


 え、まさか、今のでクリア報酬とかが貰えたりするの!?


 だが、システムメッセージの内容はそんなに甘いものではなかった。内容を確認した私は戦慄する――。


 ▶緊急クエスト発生!


 ▶レイドボス『太古の神デイダラ』の封印が解かれ、ファーランド城周辺に復活しました。

  近隣にいるプレイヤーの皆さんは、力を合わせてレイドボスを倒しましょう!


 ▶レイドボス『太古の神デイダラ』戦にエントリーしました。

  エントリー数 3/1000


 …………。


 クーデターもそろそろ終わりに向かってるかな? ってところで、こう、おしゃべりと第二王子の発狂だけで済むわけがなかったんだよ。


 こういうところで、イベントバランスとってくるよね、【バランス】さんって……。


 でも、エントリー数3?


 誰か近くにいて巻き込まれたのかな?


 まぁ、いいや。


 デイダラとやらを何とかしないと、ファーランド城周辺が危なそうだし、何とかするしか……ん?


「…………」


 何か言いたそうな感じでシュバルツェンさんが、建材が落下した辺りを見ている。


 今はエリックが駆けつけて瓦礫をどかそうと奮闘してるみたいだけど……。


 そんなことより、回復魔術の使い手とかを呼んだ方がいいと思うんだよね。


 というか、さ。


 シュバルツェンさんは、言葉では第二王子のことを利用したみたいなことを言ってたけど、そもそもこの人って困ってる魔物族たちのために一肌も二肌も脱いじゃうような人でしょ?


 そんな人がさ、計画のためとはいえ、心を鬼にして第二王子を洗脳? 調教? したとはいえ、そこに情はなかったのかって話だよね。


 ……私はあったと思うんだよなぁ。


 色んな人の思いに応えるために、申し訳ないって気持ちでいっぱいになりながらも、第二王子を洗脳してきたんじゃないの?


 だから、そんな心配そうな顔をしてるんじゃないのかな?


 …………。


 あーぁ、こっちが見てらんないよ!


 私は魔王との【遠話】を「緊急事態が起きたみたいだから切るねー」と言って中断しながら、魔法陣が描かれた羊皮紙を【収納】の中にしまいこむ。


 それと同時に【収納】から【蘇生薬】を取り出すと、シュバルツェンさんにそれを握らせてから、両手を縛っていた縄を解いていく。


「何を……?」

「縄を解いたからって逃げないでよねー? それ、【蘇生薬】。瀕死の人間だろうと、死んだ人間だろうと問答無用で生き返らせるから安心して使っていいよ」

「こんなものを私に持たせて何をさせようというのだ……?」

「さぁね。使うのはあなた。私はどう使おうと知らないよ」

「何故、私に……」

「あなた、鏡見た方がいいよ。そんなに辛そうな顔されたらさ……誰だってお節介のひとつぐらい焼きたくなるじゃん」

「…………」

「別に、本当に何とも思ってないで接してたってわけでもないんでしょ? だったら、そのアイテムを使ってあげれば? ま、一発殴られるかもしれないけどね。……まぁ、使いたくなければ使わなくてもいいし、そこはあなたの自由ってことで」


 そう言って、私はシュバルツェンに後ろ手を振って離れる。


 とりあえず、城の外に出てみようか。


 現状を確認しないと、どうすればいいのかわかんないしね。


「君はどこへ……?」

「デイダラとかいう奴の封印が解かれたみたいだから、ちょっと行って見てくるよ」

「デイダラ? 初代勇者がフルパーティーで挑むも、倒し切れずにこの地に封印したという亜神か? 何故、今頃になって封印が……」


 いや、今から戦うかもしれない人のやる気を削ぐ発言をしないでくれる?


 なんなの初代勇者が倒し切れなかったって?


 そんなのと戦わないといけないの、私?


 急にテンション下がってきたわー。


 私がテンションダダ下がりの間にも断続的な地震は続き、今も微細な震動が城の床を震わせている。


 これ、地震だと思ってたんだけど、もしかして……。


「デイダラは山よりも大きなバケモノだったという。戦うのだったら、くれぐれも気をつけることだ」


 うん、この震動、多分、デイダラの身じろぎか何かだわ。

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